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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年06月

『斎藤家の核弾頭』, 篠田節子
『日本酒』, 秋山裕一
『顔 FACE』, 横山秀夫
『封印再度 WHO INSIDE』, 森 博嗣
『ダイスをころがせ! 上・下』, 真保裕一

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『斎藤家の核弾頭』 篠田節子
新潮文庫 本体:705円(H13/08初)、★★★★☆
 2075年、国家主義カースト制度の布かれた日本。一戸建てに住むエリートの特A級市民・斎藤総一郎は、理不尽な転居命令を受け取った。先祖代々暮らして来た家を守るため、ささやかな抵抗を試みる総一郎だったが、役人たちは強引な手段によって転居を実行する。うちひしがれる一家にさらなる仕打ちが……。

 家族主義が復活した超管理国家の日本を舞台に、超エリートの総一郎の没落と、斎藤家に降りかかった災難をコミカルに描いている。バタバタ的な笑いの中に、管理国家の問題や男尊女卑的な家族主義への疑問が投げかけられていて考えさせられる。

 超管理国家の個人の生活を無視した暴走を描いており、管理国家に対しては否定的なのに対して、家族主義に対しては問題提議に留まっている感じがした。総一郎の妻・美和子が、夫に対する不信、性別による役割分担への反発を感じながらも、女性の地位向上を叫ばなかった事に現れていると思う。

 美和子の不満は解消されず、代わりに姑の孝子が跳んで、娘の小夜子が男女を超越した存在となって活躍する。SF的な小夜子の存在は、少し違和感があるかも知れないが、テーマに押されて少し面白さが足りなかった小説を断然面白くしてくれた。

 国家によって理不尽な目に合わされて、勝ち目のない戦いに疲れていく姿はストレスが溜まった。矢作俊彦さんの『スズキさんの休息と遍歴』(新潮文庫)に作品の雰囲気が似ている。  

『日本酒』 秋山裕一
岩波新書 本体:563円(94/04初、94年/09,7刷)、★★★☆☆
 口中にふわりと広がる芳醇な香り、するりとすべって五臓六腑にしみわたる爽やかなのどごし……。人を引きつけてやまない日本酒の魅力の裏には、自然の力の絶妙なバランスと、それを最大限生かそうとする蔵人や研究者たちの心意気がある。日本酒の不思議と味わいのポイント、その起源からバイオテクノロジーの現在までを縦横に語る。

 94年の本なので、その頃買ったらしい。日本酒はほとんど飲むことがないのに、日本酒に興味を持って、こんな本を買ったのは、この年にドラマ『夏子の酒』が放送された影響だろう。この本が出た事すらドラマ『夏子の酒』の影響がないとは言えない。

 著者は国税庁醸造試験所に長年勤めて、所長にもなった醸造の研究者。造り酒屋に生まれたそうで、小さい頃から日本酒造りに親しんで育ったのだろうと想像する。「私の醸造の研究結果はそんな父が(中略)実地に醸造してくれた」と書かれてあり、2代で日本酒に取り組む、日本酒に対する愛情と情熱が感じられる。

 第1章では、最近の日本酒の消費量や味や好みの変化などを説明し、第2章では、酒造りの工程や、材料となる米や麹、酵母の性質などを解説する。第3章は“酒造りの不思議”として、良い日本酒造りに大切な事や、良い日本酒を造るための試行錯誤が語られる。第4章は、日本酒の起源を中国の酒造りと比較して探っている。第5章は“日本酒に生きる人々”として、日本酒造りのこれからを考えている。

 全国の日本酒を比較したようなガイド的な記事もなく、地味な本だけど、著者の日本酒に対する気持ちが伝わって来る。意外に日本酒の歴史が解明されていないようなので、新たに専門の本を読んでみたくなった。  

『顔 FACE』 横山秀夫
徳間文庫 本体:590円(05/04初)、★★★★☆
 事件の被害者や目撃者から犯人の特徴を聞き出し、似顔絵を作成する似顔絵婦警・平野瑞穂。課長の言葉に傷つきながら、ひたむきに与えられた職務に立ち向かう。瑞穂が描くのは、犯罪者の心の闇。追い詰めるのは「顔なき犯人」。似顔絵婦警・平野瑞穂の活躍する連作短編集。

 『陰の季節』(文春文庫)収録の一編で、騒動を起こした平野婦警を主人公にした連作集。平野婦警は、事件の後に復帰してD県警の秘書課で広報の仕事に就いている。


「魔女狩り」
J新聞が特ダネを連発。捜査員の誰が情報を流しているのか? 広報室に配属された平野がその謎に迫る。
似顔絵婦警・平野瑞穂を期待していたら、広報室・平野瑞穂だった。事件の経過を記者発表する広報室で、警察にもこんな仕事があるのかと新鮮。ミステリ的にも満足がいく内容だった。

「決別の春」
平野は被害者のための電話相談員を担当させられる。相談第一号は“きっと私、焼き殺されます…”と言って切れてしまった。悩む平野は真相を追って連休を費やす。
またも仕事が変わって、今度は電話相談員。ここでも一生懸命な平野婦警の姿を見ることが出来る。一生懸命すぎてちょっと嫌な感じも…。意外な真相は買うけれど作り過ぎな感じも。

「共犯者」
銀行での防犯訓練に駆り出された平野婦警。実践さながらの訓練の最中に本当の銀行強盗が発生した。訓練の情報は誰から漏れたのか? 
事件捜査と言うことで、ストレートにミステリとして楽しめる一編。平野の推理が少しずつ真相に迫っていく様が小気味良い。


 主役の似顔絵婦警・平野瑞穂が色々な仕事を転々とさせられ、組織の意思に反抗した者への仕打ち、男社会での女性の苦労など、平野婦警の警察組織との戦いにも読めた。正規の似顔絵担当ではないけれど、各作品ごとに似顔絵婦警の側面が見えるように工夫されている。仲間由紀恵さん主演でドラマにもなった作品であり、少しだけ観たドラマのシーンを思い浮かべながら、楽しく読めた。横山さんの他の作品にも言えることだけど、登場人物が真面目すぎるのが若干気にかかる。「魔女狩り」「決別の春」「疑惑のデッサン」「共犯者」「心の銃口」の5編を収録している。  

『封印再度 WHO INSIDE』 森 博嗣
講談社文庫 本体:781円(00/03初)、★★★★☆
 50年前、日本画家・香山風采は息子・林水に家宝「天地の瓢」と「無我の匣」を残して密室の中で謎の死をとげた。不思議な言い伝えのある家宝と風采の死の秘密は、現在にいたるまで誰にも解かれていない。そして今度は、林水が死体となって発見された。2つの死と家宝の謎に犀川・西之園コンビが迫る。

 犀川・西之園コンビのミステリ長編5作目。50年前の日本画家・香山風采の死の謎と、香山家の家宝の謎を追うミステリ。研究所や実験室などを密室の舞台にした初期作品に比べると、シリーズらしからぬ舞台設定で新奇な味わいがある。

 50年前の事件の謎を聞き込んだ西之園萌絵が、好奇心旺盛に香山家にさぐりを入れる中、香山家を巡って新たな事件が発生する。謎を解こうと張り切る萌絵は、叔父の県警本部長を困らせながら、犀川助教授を巻き込んで事件の謎に迫る。

 性格の問題で萌絵には名前ほど魅力を感じないけれども、今回の話ではドキッとさせられ、ちょっとの間だけど、温かい思いで見守ってあげたくなった。小説の登場人物を現実の人物かのように語るのはちょっと恥ずかしいが、彼女は金持ちで少しわがままだけど、親兄弟のいない身でけなげに頑張っているんだなあと、萌絵に対する認識が改まった。

 ミステリとしては、全体的に分かり易い謎だったが、鍵に関する謎は全然解けなかった。謎解きは結構フェアだと思ったが、そういった存在を知らなかった。工学系の著者なので、その知識に疑いはないけれど、話の中のような事が実現可能なのかは疑問に思った。  

『ダイスをころがせ! 上・下』 真保裕一
新潮文庫 本体:590円、552円(H17/05初)、★★★★☆
 職を失い妻子と別居中、駒井健一郎はどん底にいた。ある日、高校時代のライバル・天知達彦が現れ、次の衆院選に立候補する、共に戦ってくれと告げられる。コネや金は一切なし、持てるものは理想のみ。第二の人生を拓くため、彼らは完全無党派で選挙戦に挑む。理解のない妻、敵陣営の妨害。早くも難題は山積みなのだが…。

 職を失い妻子と別居中の駒井は、高校時代の友人・天知の衆院選の立候補を手伝う事になる。別居中の妻に理解されず、離婚の危機を感じながら選挙への挑戦が始まる。故郷の懐かしい仲間たちの応援。経費を出来るだけ抑える様々な工夫。無党派での出馬の難しさ……。

 高校時代の友人たちと協力する姿や、当時の恋愛問題を引きずっている姿からは、青春小説の要素も感じられる。選挙戦という現実的な夢のない話に、友情とか恋愛とか政治への情熱とかをプラスして、わくわくする話に仕上がっている。それぞれが多少の無理をしてでも、彼らの力になろうとする友人たちの姿に感動した。

 選挙戦での様々な出来事や、法律的な問題を盛り込まれていて、そういう知識が得られるのも嬉しい。老人ホームから再開発へ計画変更の真相、達彦の祖父が知事を辞めたのは不祥事があったのか、彼らに妨害を仕掛けてくる相手は誰なのか、サキと達彦の間に何があったのか、現在も続いているのか。色々な謎を絡めてミステリ的な魅力でも楽しませてくれている。