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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年05月

『記憶汚染』, 林 譲治
『本の雑誌血風録』, 椎名 誠
『新宿熱風どかどか団』, 椎名 誠
『フリークス』, 綾辻行人
『氷の帝国』, リチャード・モラン

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『記憶汚染』 林 譲治
ハヤカワ文庫JA 本体:720円(03/10初)、★★★☆☆
 携帯情報端末による厳格な個人認証が課された近未来の日本。遺跡発掘を仕事とする北畑は、奈良の弥生遺跡から謎の文字板を発見するが、なぜか200年前のものと推定された。いっぽう痴呆症研究に従事する秋山霧子は、人工知能の奇妙な挙動に困惑していた。2つの事象が交わったとき、人類の営為そのものを覆す驚愕の真実が明らかになる。

 林譲治さんの小説を読むのはこれが初めて。著者のウェブページを見て、科学技術に詳しそうなので、新しいハードSFの書き手として期待した。2040年の日本、地球を取り巻く環状通信衛星によるネットワークと、携帯情報端末による個人認証が普及した時代。遺跡を破壊した組織の謎と、研究段階の脳内コンピュータのシステム異常の謎を追うミステリタッチのSF。情報化社会の未来を豊富な科学技術の知識で描いている。

 ワーコンの世代は高いモラルを持ち他人に対して親切だとか、リングによって各地の内乱が沈静化していったとか、理想化し過ぎて説得力がない。霧子の両親の過去や霧子が隔離されるエピソードはストーリー上余り意味を感じられず浮いている。“記憶汚染”がテーマでありながら、脳内コンピュータのシステム異常に対し、効果的な解析手段がなく、一番面白そうな部分が書かれていなかった。

 ハードSFとしては十分に魅力的な話だったが、政治や風俗の説明に違和感を感じたのと、不要に思えるエピソードによってテーマが書ききれていないなど、小説としての不備が目立った。ラストは“記憶汚染”に関係した意外な真相が明らかになるけれど、テーマと関係ない方向に話が流れてしまってまとまりに欠けた。

 重厚なハードSFとして書かれていたので、小さな不備を色々上げてしまったが、細部を気にしないエンターテインメントして書かれていれば問題なかったのではと思える。アイデアや展開は、エンターテインメントとしての方向性を感じるので、書き方次第ではないか。または、読み方次第なのか。  

『本の雑誌血風録』 椎名 誠
朝日文庫 本体:760円(00/08初)、★★★★☆
 1976年4月、「本の雑誌」創刊! 椎名誠はひたすら書いた。沢野ひとしもひたすら描いた。目黒考二はひたすら読んだ。そして木村晋介はひたすら歌った――「本の雑誌」をめぐって熱く燃えていた人たちと、そこで起きるさまざまな出来事をどーんと描いた実録。

 椎名誠さんの自伝的小説。『哀愁の町に霧が降るのだ 上・下』『新橋烏森口青春篇』『銀座のカラス 上・下』に続く「本の雑誌」の創刊前後を描いている。登場人物の名前や文体などそれぞれに違うけど、これらを読んでいくと椎名さんの青春時代を知ることが出来る。

 「本の雑誌」は現在も発行され書店で売られているが、最初は本好きの目黒考二さんの読書感想手紙だった。目黒さんは、椎名さんの勤める会社に入社したが、数ヶ月で「本を読む時間がないから」と辞めてしまった。椎名さんたちの、遊びに対する情熱や仕事に対する責任感、遊び心が羨ましい。椎名さん、目黒さん、沢野さん、木村さん、タイプは違うけどみんな一生懸命に生きているのが感じられる。

 沢野ひとしさんの4コママンガ「本の雑誌物語」も面白いし、椎名さんたちについての情報を補ってくれる。本の雑誌社についてもっと知りたければ、目黒考二さんの『本の雑誌風雲録』(角川文庫)や、群ようこさんの『別人「群ようこ」のできるまで』(文春文庫)などがある。本書は、読んだのは朝日文庫だが、2002年に新潮文庫で再刊された。  

『新宿熱風どかどか団』 椎名 誠
朝日文庫 本体:600円(01/08初)、★★★☆☆
 1980年、本の雑誌社は株式会社となる。椎名はサラリーマン生活に別れを告げ、体当たりルポの連載、憧れの「ホテルのカンヅメ」体験、初のサイン会、と物書きの道をどかどか進んでいく。一方、本の雑誌社には緊急事態が発生し……。『本の雑誌血風録』に続く自伝的実録大河小説。

 『本の雑誌血風録』の続きになる椎名誠さんの自伝的小説。実際は小説というより、エッセイに近い感じがする。連載一回ごとに完結していること、前作以上に地の文でくだけていること、「本の雑誌」の記事や椎名さんの仕事の内容が多いことがそう思わせる。椎名さんが作家になる時期が描かれており、本来なら自伝的小説群の中でも一番興味深い一冊になったかも知れないのに、エッセイ風なため臨場感がなく小説の持つ感動とかは味わえない。

 「本の雑誌」の成功、初めての小説の刊行、様々な仕事の依頼が増えていく中で、会社員としての仕事に行き詰まり、社内の雰囲気にも居心地の悪さを感じ始める椎名さん。人生の大きな分岐点を向かえた主人公の気持ちをもっと踏み込んで描いて欲しいところなのに、雑誌の記事や突撃取材の内容ばかりで、面白いけれど物足りない。

 当時の取材の内容はエッセイ集に収録されているし、「本の雑誌」の記事は『特集・本の雑誌』(角川文庫)や『「本の雑誌」傑作選』(本の雑誌社)で読むことも出来る。それらを読まない人には、この時期の椎名さんの仕事を知るのに最適の一冊。  

『フリークス』 綾辻行人
光文社文庫 本体:552円(00/03初、04/08,2刷)、★★★★☆
 「J・Mを殺したのは誰か?」。私が読んだ精神病患者の原稿は、その一文で終わっていた。5人の子供に人体改造を施し自分より醜い怪物を造り出した異常な科学者J・M。奴を惨殺したのは、どの子供なのか?――小説家の私と探偵の彼が解明する衝撃の真相! 表題作ほか3編を収録。

「夢魔の手 ――三一三号室の患者――」
精神科に入院する母を見舞いに訪れた浪人生。病室に向かう途中で幻覚に襲われる。一年前の事件の傷がまだ心に残っているのだろうか?
良くあるオチだけど、ひとひねりしている。オチなどなしに、傷ついて歪んだ精神の凄味で読ませる作品でも良かったのではないだろうか。

「四〇九号室の患者」
記憶喪失の女性患者。事故で夫を亡くし、その時に彼女も大怪我を負った。包帯の巻かれた顔はどうなったのか? わたしは何者なのか?
記憶を失った私は、死んだ男の妻・園子なのか、別の人物なのかというサイコ・ミステリ。精神と肉体の両方の損傷が痛ましい。どんでん返し的なオチがあるけれど、その前にたどり着いた真相の方が意外性があった。

「フリークス ――五六四号室の患者――」
5人の子供に人体改造を施し自分より醜い怪物を造り出した異常な科学者J・M。奴を惨殺したのは、どの子供なのか? 精神病患者の原稿は犯人を記す前に終わっていた。事件の真相は?
醜い男が人体改造された子供たちを虐待するというホラーのシチュエーションながら、精神病患者の書いた殺人事件の犯人を推理するという一番ミステリらしい作品。探偵はきっちり事件を解決するのだが、ほのめかす形で意外な展開がある。


 「夢魔の手 ――三一三号室の患者――」「四〇九号室の患者」「フリークス ――五六四号室の患者――」の3編を収録。突き詰めると、どれも同じパターンのオチだった。3編とも精神病院の病室を舞台にしたサイコ・ミステリであり、心理描写とか異常性を楽しむ話だろうけれど惜しい気がする。  

『氷の帝国』 リチャード・モラン
扶桑社ミステリー 本体:680円(94/08初)、★★★★☆
 西暦2000年、大西洋海底火山が大爆発。大寒波が襲来し、流氷群にとりまかれ孤絶した英国は〈氷の帝国〉と成り果てるのか。ガラス製巨大ピラミッドを居住施設にという生物学者グリンの計画に活路を見て、政府は全土でピラミッド建設を推進するが……。

 『南極大氷原北上す』『ダラスが消えた日』に続く、近未来パニック三部作の最後。1994年の作品なので、西暦2000年に大災害が起こる話だけれど、気にしない。翻訳である本書も94年に出ているので、読まなかった自分が悪い。

 大西洋の海底火山の大爆発により、イギリスが大寒波に襲われる。地球物理学者ミードの地熱開発と生物学者グリンの〈英国英国生存圏〉が、イギリスを救う道に思われたが、政治的な陰謀によって事態は思わぬ方向へ……。SF的な大異変に、政治的な駆け引き、主人公の恋愛と盛り沢山。恋愛は野暮な感じがするけど、自然の脅威と人間との戦いはパニック小説の基本をしっかりと押さえていて、スリルある展開を満喫させてくれた。

 三部作の前2作を読んでいないけれど、関係なく楽しめる。近未来のパニック物というだけで、三部作に直接の関連はないらしい。『南極大氷原北上す』は読んでるような気もする。本書には『氷河期を乗りきれ』(扶桑社ミステリー)という続編がある。