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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年02月

『富豪刑事』, 筒井康隆
『パーフェクト・プラン』, 柳原 慧
『鉤爪プレイバック』, エリック・ガルシア
『海ちゃん、おはよう』, 椎名 誠
『量子コンピュータとは何か』, ジョージ・ジョンソン

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『富豪刑事』 筒井康隆
新潮文庫 本体:280円(S59/01初)、★★★★☆
 キャデラックを乗りまわし、最高のハバナの葉巻をくわえた富豪刑事・神戸大助。彼は大富豪の父親の財産を湯水のように使って、常識外れの捜査方法を考え出し、5億円強奪事件、密室殺人事件など、迷宮入り寸前の難事件を解決していく連作集。

 ドラマ化されたので、20年も昔の本を出してきて再読した。解説からすると、筒井さんが初めて書いたミステリらしい。富豪刑事の活躍する「富豪刑事の囮」「密室の富豪刑事」「富豪刑事のスティング」「ホテルの富豪刑事」の4編を収録している。


「富豪刑事の囮」
5億円強奪事件が事項間近だった。富豪刑事が犯人の疑いのある4人の男を罠にかける。
富豪刑事の父の美人秘書が4人の男を誘惑する。その描写で、4人に同じ誘いをしたという意味だろう。知らぬ間に相手が変わっているのが面白い。

「密室の富豪刑事」
会社社長が密室で焼死。ライバル会社の社長による殺人と思われたが…。密室の謎を解明するために意外な方法が採用される。
密室の謎を解明するための方法が奇抜。やる事はギャグの世界だが、密室の謎などはきっちり描いていてミステリとして楽しめる。

「富豪刑事のスティング」
子供が誘拐され身代金が奪われた。犯人はさらに金を要求する。身代金を都合するために富豪刑事が策を練る。
富豪刑事が金を用意して解決…、じゃないところがリアル。用意した金を被害者に渡す苦心のトリックが興味深かった。同時進行の書き方に工夫がある。

「ホテルの富豪刑事」
談合に数百人の暴力団員が集まった。富豪刑事たちは万全の警戒態勢を取るために、大胆な作戦を取る。
富豪刑事の金の使い方の斬新さが光る。無茶な話だけど、解説にあるように細部はしっかり考えられている。富豪刑事の父親の正体が垣間見れた。


 富豪刑事が爽やかな若手刑事として描かれていて、金に不自由しない富豪ぶりに嫌味がない。父親のお約束の発作ギャグや筒井さんらしい文体の遊びが楽しい。富豪というと悪く描かれることが多いけれど、爽やかに徹していて豪快な金の使い方が爽快だった。  

『パーフェクト・プラン』 柳原 慧
宝島社文庫 本体:695円(05/01初)、★★★☆☆
 代理母として生計を立てている良江は、かつて出産した息子を救うため、ある“犯罪”を企てる。そして始まる「身代金ゼロ! せしめる金は5億円!」という前代未聞の誘拐劇! 幼児虐待、オンライントレード、ES細胞、美容整形……現代社会の危うさを暴きつつ、一気に読める面白さ。予想を裏切り続けるノンストップ・誘拐ミステリー。第2回『このミス』大賞受賞作の文庫化。

 『このミス』大賞というのは、作品の完成度を問わず作家の可能性を評価すると何かで読んだ気がするが、だからこその受賞だろうと強く思った。応募作からブラッシュアップされたという本書でさえ、アイデアの詰めの甘さ、人物描写の未熟さ、専門知識の不足があからさまに出てしまっている。

 まず“5億円をせしめる”方法に説得力がない。パソコンとスキャナとプリンタあれば偽札が作れると言うのと同レベルの説明だけで、簡単に成功してしまうから嘘っぽくて面白くない。コンピュータ関連の描写はあからさまな間違いこそないけれど、何かズレを感じる部分が多い。説明が微妙に変だったり、その人物の技術力が表現できていなかったりする。

 そんな欠点とは別に“身代金ゼロの誘拐”というプロットの面白さ、どこに行きつくか予測できないスピード感のある展開が大きな魅力になっている。代理母、幼児虐待、潔癖症、クラッカー、オンライントレード、ES細胞など流行のネタを詰め込んだことは魅力でもあるが、詰めの甘さと専門知識の不足を感じさせられ欠点でもある。始めは薄っぺらに感じた人物描写が、終盤に向かって良くなっている感じがしたのは救い。

 ネットで著者コメントを読んだら、「マンガみたいな小説が書けないかな」という思いで書いたらしい。確かに「展開が早く、するする読めて、途中でやめられなく」マンガのような作品に仕上がっている。  

『鉤爪プレイバック』 エリック・ガルシア
ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックス 本体:880円(03/01初)、★★★★☆
 おれはロサンジェルスで探偵事務所をやっているヴィンセント・ルビオ。苦楽を共にしてきた相棒アーニーと俺は人間じゃあない、恐竜だ。長い長い間、おれたち恐竜は人間にまぎれて暮らしてきた。 相棒の元妻の頼みで、カルト集団にハマって家を出た彼女の弟を探し出すことに…。恐竜社会をおびやかすカルト集団の謎を暴くため教団に潜入する。恐竜ハードボイルド第2段。

 前作の『さらば、愛しき鉤爪』(ソニーマガジンズ ヴィレッジブックス)よりも昔の話で、ルビオが相棒と共に活躍する。恐竜が現在も生きていて、特性のコスチュームを着込んで人間にまぎれて暮らしているという設定。アメリカの人口の5%が恐竜だと言う。あの有名人が実は恐竜だと言う話が笑わせる。

 前作より少し若返って相棒もいて、少しコミカルなアクション路線になった感じ。カルト集団の謎を暴くというストーリーに加えて、次々と明かされる隠された恐竜の暮らし振りが面白い。別れた妻を愛し続けるタフな相棒アーニーのキャラもいい。相棒以外にも、オカマの恐竜の扮装整形師や〈祖竜教会〉の美人恐竜キルケー、騒がしい双子の恐竜ウェンデル&バズなど魅力的な脇役が光る。

 恐竜が人間の扮装をして暮らすなんて無理があるのに、ふざけた設定を真面目に描いて楽しませてくれる。著者のいたずら心に共感する一冊。前作ほどのインパクトは無いもののまだまだいける。  

『海ちゃん、おはよう』 椎名 誠
朝日文庫 本体:560円(04/05初)、★★★★☆
 子どもが出来たと知らされて狼狽する夫。妊娠して、女から“強い母”になっていく妻。3月19日、3225グラムのおんなの赤ちゃんが無事に生まれた。忙しくなっていく仕事に、不安と喜びいっぱいの子育て、著者の体験に基づいて描くはじめての子育て物語。

 『岳物語』(集英社文庫)やエッセイなどで、椎名さんの息子さんの存在は有名だが、本書は長らく書かれる事のなかった椎名さんの長女をモデルにした小説。エッセイ集か何かによると、娘さんに「私のことは絶対に書かないで」と言われて、書くことが出来なかったらしい。娘さんも成長して書くことを許してくれたのだろうか。

 初めての子供が生まれてうろたえる主人公が、仕事でも評価されて忙しくなっていく日々の中で、家族と共に子育てのさまざまな苦労と喜びを経験していく。妊娠したと知らされて「まだ親父になんかなりたくない」と言った主人公だったが、いざその時になると一人前の親父らしい姿を見せてくれる。大きな事件もないけれど、子供を育てていく不安と喜び、妻や義母との対立や支え合いが、読む者の心を温かくしてくれる。

 学生の頃のアルバイトや、男数人の共同生活など御馴染みの話も出てきて嬉しい。印象的だったのが、奥さんとの出逢いを振り返る場面。二人で、宮沢賢治さんの童話に出てくる音について語り合うのだ。椎名さんの独特な音の表現の原点を知った気がした。原田一家のその後を描いた続編をぜひ描いて欲しい。  

『量子コンピュータとは何か』 ジョージ・ジョンソン
早川書房 本体:1800円(04/11初)、★★★★☆
 一般誌でも量子コンピュータという言葉が紹介されるようになった。この技術がなぜ注目を浴びているのか。これで何ができるのか。何をどう変えるのか。量子コンピュータという「ブラックボックス」の中身を、サイエンス・ライターの著者が手取り足取り教えてくれる。話題の先端理論を一から解説する量子コンピュータ入門書。

 量子コンピュータをSF的な技術だと思っていたら、簡単な実験が成功したという報告があったりして現実味を帯びてきた。ネット上の簡単な解説を読んでみたが何だか良く分からなかった。一応、先端技術に対しては知識がある方でいたいと思っているので、あせって専門書を読んでみることにした。

 著者の子供の頃の電脳マシン組立キットの仕組みから、現在のコンピュータの仕組みを解説したり、読み物としても面白い。コンピュータの原理から量子力学の初歩までを説明して、現在のコンピュータとの違いから量子コンピュータの仕組みを易しく解説している。

 通常のコンピュータが0か1という値を取るビットで計算するのに対し、量子コンピュータは0と1の他に“0と1の重なった状態”を取る“量子ビット”を使って計算する。量子ビットは電子のスピンなど量子的重ね合わせ状態にある物を使う。量子ビットの重ね合わせ状態を壊さずに演算することで、通常のコンピュータでは計算時間がかかって解けない問題に、短時間で答えを出すことができる。

 重ね合わせ状態を壊さずに演算するためには、問題を量子コンピュータで解きやすい問題に変換する必要がある。因数分解を量子コンピュータで解くためのショアのアルゴリズムと言う具体的な変換方法も説明してくれる。また、量子コンピュータの最大のトピックである暗号問題を説明するために、暗号の初歩からの解説もある。

 量子力学は常識からは理解しにくい部分が多く、それを応用した量子コンピュータの説明も非常に困難な作業だと思う。その説明を量子力学やコンピュータ、暗号理論の初心者にも分かるように辛抱強く丁寧に説明している。それでいて、難しい問題もあきらめる事なく解説している姿勢が素晴らしい。この本によって、量子コンピュータについての初歩的な理解は得られたように思える。