読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年01月

『万物理論』, グレッグ・イーガン
『踊る黄金像』, ドナルド・E・ウェストレイク
『螢女』, 藤崎慎吾
『恐怖』, 筒井康隆

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『万物理論』 グレッグ・イーガン
創元SF文庫 本体:1,200円(04/10初)、★★★★☆
 2055年、映像ジャーナリストのアンドルーは、次の仕事として“万物理論”の提唱者のひとりを取材する事になった。“万物理論”はすべての自然法則を包み込む単一の理論であり、理論物理学学会において3人の学者がそれぞれ異なる“万物理論”を発表する予定だった。どの理論が正しいのか、理論の完成を嫌うカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が蔓延しつつあった。

 劇薬の力で臨終直後の遺体に証言させる印象的な場面から始まる。この死者復活や絶対の免疫を得る技術、7つに分かれた性別、自閉症患者のラマント野の損傷など、色々なアイデアが次々と展開していく。アイデアに富んでいて刺激されるが、小説としてはまとまりが悪かった。

 学会が開かれる南太平洋の人工島ステートレスに移ってからの話は退屈だった。大企業がバイオテクノロジーの特許を無視した無政府主義者の島であり、政治がらみの話が長々と論じられる。一転して後半は、万物理論の完成を阻止しようとするカルト集団との攻防が描かれる。この間に本書のメインとなるアイデアが明かされ、SF好きには嬉しい壮大な理論が展開される。

 このアイデアは魅力的だけれど話にするのが難しそう。前半の様々な未来技術の提示と、カルト絡みの展開で小説の体裁を整えた感じもする。使われているアイデアの幾つかは、著者の優れた短編のアイデアに匹敵するほどの刺激を受けたが、メインのアイデアには大きな展開もなく、単なるサスペンス物になってしまった。ただし、その瞬間に何かが起こるという考え方は新鮮だった。ラストは否定に継ぐ否定で、結局何が起こったのか読み取れなかった。  

『踊る黄金像』 ドナルド・E・ウェストレイク
ハヤカワ文庫ミステリアス・プレス 本体:740円(94/05初)、★★★★☆
 南米某国から盗まれた踊るアステカ僧侶像。ちょっとした行き違いで百万ドルの僧侶像は15体の複製品に紛れて、ある政治団体の16名に配られた。僧侶像を追う運び屋ジェリーに悪党オーガスト・コレラ。事情を知ったセールスマンらを巻き込んで大混乱に……。

 10年間積まれたままだった本を読む。百万ドルの価値がある踊るアステカ僧侶像を巡って起こるドタバタを描くコメディ。無理矢理に笑わせようとした部分が鼻に付くけれど、文章が安定していて読みやすい。原書は1976年に書かれたものだから、ユーモアは感じるけれど余り笑えなかった。

 この時代にハッスルというダンスが流行たとかで、与太仕事(ハッスル)、悪知恵(ハッスル)、ペテン(ハッスル)、急がなきゃ(ガッタ・ハッスル)と言った具合に、やたらに“ハッスル”という言葉が出てくる。発表当時は流行に乗った勢いのある小説だったのだろうと想像する。今またハッスルという言葉が流行っているけれど、その勢いは感じられない。

 16体の僧侶像を探す単調な話になるかと思ったら、意外に派手な展開でどうなる事かと楽しんで読めた。最後にちょっとした謎が仕掛けられていて嬉しい。1995年版の「このミス」で第3位に入っている。  

『螢女(ほたるめ)』 藤崎慎吾
ソノラマ文庫 本体:619円(04/09初)、★★★★☆
 山中の廃屋に放置された電話機から流れ出る声は、山を破壊して進められるリゾート開発工事の中止を池澤に訴えた。電話の声が一カ月前にその山で消息を絶った女性と知り、池澤は友人の植物学者・南方と調査を開始する。浮かび上がってきたのは、人間の排除に動く「森」の恐るべき意志と、その手段だった。

 「SFが読みたい! 2000年版」(早川書房)で国内篇第1位となった『クリスタルサイレンス』(ソノラマ文庫)の著者による日本の神話・伝説を題材にした和風ファンタジー。文庫レーベル的にはライトノベルだけど、主人公の年齢やイラストがない事からライトノベルかどうかは微妙なところ。

 山中に放置された電話機から「山を破壊する工事を中止して山ノ神を救って下さい」という声を聴いた雑誌編集者の池澤は、大学の植物生態学の助教授・南方と共に調査を開始する。南方は樹木の生体電位の測定から、森の情報ネットワークを基にした超常現象を解き明かしていく。いつしか二人は“山ノ神”と“螢女”の存在を確信するようになる。

 山の神などの伝説の存在が、森の自然を媒体にした情報ネットワークとして解明されていくのがSF的で面白い。幼い頃のほのかな恋や、螢女との幻想的な出逢いなど、ファンタジーや伝奇小説としての魅力も見逃せない。SF的な説明と幻想的な魅力のバランスが上手い。読みやすく、安定した筆力と構成力を感じた。  

『恐怖』 筒井康隆
文春文庫 本体:448円(04/02初)、★★★★☆
 姥坂市で起きた連続殺人事件。犯人の狙いはどうやら、町に住む文化人を皆殺しにすることらしい。「次に殺されるのは俺だ」、作家の村田勘市は次第に半狂乱に追いつめられていく。一体犯人は何者なのか? 謎解きのサスペンスに加え、「恐怖とは何か?」という人間心理の奥底にせまる異色傑作ミステリー。

 作家の村田勘市が、画家の町田美都が殺されているのを発見する。村田がうろたえる様子が執拗に描かれる。事件は町の文化人の間でも話題になり、様々な噂が飛び交う。やがて、第二の殺人が起きて彼らは恐怖に追い詰められていく。恐ろしい物を見た恐怖、狙われるかも知れない恐怖、誰もが犯人たりえる恐怖。様々恐怖に人がどのような反応をするか、笑いを交えながら描いていく。

 ミステリの形式を借りて“恐怖”を描く200ページの中編。殺人事件の謎を追う話に、筒井さんらしいブラック・ユーモアや言葉遊び、メタ・ミステリ的な展開を絡ませながら、作家・村田勘市を襲う様々な恐怖を描く。筒井さん的な遊びは控え目で、普通のミステリとして読みやすい。

 ラストの謎解きはミステリとしては物足りないし、タイトルの割に余り恐くなくホラーと言えるかどうか疑問がある。著者の狙いは読者を恐がらせることではなく、あくまで“恐怖”の追求にあったのだろう。人が恐怖する姿をユーモラスに捉えていて面白かった。