読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年12月

『らんぼう』, 大沢在昌
『植物はなぜ5000年も生きるのか』, 鈴木英治
『てとろどときしん』, 黒川博行
『The S.O.U.P.』, 川端裕人
『死に花』, 太田蘭三

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『らんぼう』 大沢在昌
新潮文庫 本体:590円(H14/02初)、★★★★☆
 185センチ・柔道部出身の「ウラ」、小柄ながら空手有段者の「イケ」。凸凹刑事コンビの二人はキレやすく凶暴だった。検挙率は署内トップだが、無傷で彼らに逮捕された被疑者はいない。情け無用、ケンカ上等、懲戒免職も何のその。「最凶最悪コンビ」が暴走する痛快無比の10篇。

 身長185センチで柔道の得意な「ウラ」と、ウラより20センチも身長が低い「イケ」の刑事コンビが活躍する短編集。二人はヤクザも怖気付くほどの暴力で事件を解決する。これが実に爽快! 大沢さんの小説をシリアスなものからマンガタッチのものまで順に並べたら、マンガタッチの一番端に位置する作品だ。

 マンガタッチとは言っても、ハードボイルドな探偵や刑事ものを書いてきた著者だから、暴力や犯罪に関してはリアリティがある。そんな犯罪者たちを二人のコンビが痛快に打ちのめすのだから、スカッとすること受け合い。笑わせる話から、ほろりとさせたり、恋愛がらみあり、子供や老人ものなど、色々なタイプの話を用意して楽しませてくれる。

 最後に犯人が逃亡し、それを追う二人。ひと騒動あって、ようやく事件解決って言うのを期待しているのに、想像以上に解決が早くあっさり終わってしまう話が多い。ちょっとあっさりし過ぎだが、深刻にならずにさらっと楽しむには最適の短編集だった。読んだのは新潮文庫だが、最近になって角川文庫からも出ていて、その方が少し安価になっている。  

『植物はなぜ5000年も生きるのか 寿命からみた動物と植物のちがい』 鈴木英治
講談社ブルーバックス 本体:880円(02/03初)、★★★★★
 200歳の人間はいないのに、200歳の屋久杉はまだまだ子供。どちらも細胞からできているのに、動物と植物のこのちがいは、なぜなのだろうか。なぜ生物には寿命があるのだろうか。生命の「生」の不思議を解き明かす。

 なぜ植物は動物よりずっと長生きなのか? 読む前には、小さい動物は活動的であり短命で、大きな動物は長い寿命をゆったりと生きる。植物は動物よりずっと活動的ではないので、そこに答えがあるだろうと思っていた。この答えもまったく見当違いではなかったが、本書では植物生態学の専門家が色々な角度から動物と植物の違いに迫っている。

 植物の体の多くは死んだ細胞であり、動物とは異なること。植物と動物では成長の方法も異なること。単純に細胞分裂を繰り返す生物は不死であり、有性生殖で遺伝子が交換されることで“死”が存在するようになったこと。動物の細胞には分裂回数が決められていて寿命があるが、植物の細胞は無限に分裂し続けること。

 動物と植物の体の違いだけでなく、生物の進化の歴史や、生物とは何か個体とは何かといった疑問まで、幅広い角度から生物の寿命の問題が取り上げられていて、終りまで興味深く読めた。研究テーマを本にしたのではなく、課題を与えられてあらゆる方向から解答に取り組んだ力作。多くの人に読んでもらいたい。ただ、進化を語る際に目的を持ってある方向に進化したかのような言葉を使うのが気になった。著者だけでなく、多くの科学解説書で見られる傾向なのだが……。  

『てとろどときしん 大阪府警・捜査一課事件報告書』 黒川博行
講談社文庫 本体:590円(03/06初、04/07,4刷)、★★★★☆
 大阪府警の刑事たちが、漫才のような大阪弁で事件を解決する。フグ毒により客が死んだ事件に端を発する表題作をはじめ、下着ドロの意外な真犯人を描く「飛び降りた男」など、大阪府警・捜査一課の登場する短編6編を収録。

 1991年に単行本として刊行されてから、長らく絶版状態だった著者の初期短編集。黒マメコンビの3編を含む、大阪府警・捜査一課の刑事たちが活躍する短編が収められている。長編でおなじみの黒マメコンビと言う事だが、著者の作品を初めて読んだのでこのコンビに愛着はない。「飛び降りた男」の誠ちゃん・デコの夫婦コンビが気に入った。

 表題作「てとろどときしん」は、フグ毒により客が死んだ事件の真相を黒マメコンビが突きとめる。 大沢さんの『らんぼう』を読んだ後なので、漫才のようなお笑いミステリを期待していたら、真面目な話なので戸惑った。事件の真相も複雑で理解するのがやっとだった。


 「指環が言った」は、宝石商殺しの容疑者の取調べを描く。ラストの意味が分からず読み返してしまった。読み返して分かったけれど、ちょっと難しいので説明があればと思った。取調べを主な舞台にした構成は面白いと思った。

 「飛び降りた男」は、青年が下着ドロに襲われた事件を誠ちゃんとデコが解決する。始まりのエピソードのデコがかわいい。この作品でようやく著者の作品の会話の面白さに気付いた。

 「帰り道は遠かった」は、タクシー運転手が車内に大量の血痕を残して失踪した事件。「爪の垢、赤い」は、封筒に入った指が電車内で発見された事件で、2作品とも黒マメコンビ物。あとがきによると「爪の垢、赤い」は犯人当てクイズの出題作品だそうだ。どこまでが問題なのか書かれていないので挑戦できないのが残念。この2作品は、コンビの会話も面白く、事件の真相が複雑ながらも良く出来ている。

 「ドリーム・ボート」は、19歳の女性が殺された事件の容疑者にされた男。そのヤクザな男に惚れた恭子の揺れる思いを描いた作品。ミステリとしては終わり方が納得いかないが、試みとしては面白いと思う。


 事件が複雑で注意深く読まないと分からなくなってしまいそう。ミステリとして少しマニア向きな感じがした。黒マメコンビの会話の魅力も良かったが、誠ちゃん・デコの夫婦がかわいい。「てとろどときしん」「指環が言った」「飛び降りた男」「帰り道は遠かった」「爪の垢、赤い」「ドリーム・ボート」の6短編を収録。  

『The S.O.U.P. ザ・スープ』 川端裕人
角川文庫 本体:743円(H16/05初)、★★★★☆
 世界中を熱狂させたゲーム「S.O.U.P.」の開発者のひとり周防巧は、会社を辞めてネットワークのセキュリティの専門家として活動していた。経済産業省のサーヴァに侵入したクラッカーの正体を突き止めてほしいという依頼を引き受けた彼は、オンライン版の「S.O.U.P.」に巣食うサイバー・テロリスト集団を発見する。

 コンピュータやネット関連の事を良く勉強して書いている。その分野の情報が豊富に取り込まれていて、テーマに興味がなかったら読むのが辛いだろう。川端裕人さんの小説に共通する事だと思う。本書のテーマはネットワークとセキュリティとコンピュータ、その第一線で活躍する人たちだろう。著者の関心の多くは常に人に向けられているように思う。

 ひきこもりの3人が作ったゲーム「S.O.U.P.」が大ヒット。北米に会社を設立するまでになるが、オンライン版「S.O.U.P.」が完成する前に、開発者のひとり巧は会社を辞めてしまう。依頼を受けてクラッカーの正体を追った巧は、その周辺にかつての仲間の存在を見つけ出す。彼らの考える理想のネットワーク社会とは……と言う話で、ネット犯罪者を追跡するサスペンス物で楽しませてくれた。

 非常に興味のある分野だし話も面白かったけれど、登場人物に現実世界でのコミュニケーションを苦手とする人が多いせいで重苦しさが付きまとった。ゲームを作った3人以外にも、テロの手先となる統や、彼を教育する女性も現実世界でのコミュニケーションに問題がある人物として描かれている。彼らの精神世界と、描かれたネットワークの世界が重なってきて、悪夢を見ているような感じがした。

 コンピュータの世界の人が皆こんな人たちだと、著者が誤解しているとは思わないけれど、人物像がひどく偏っているのは問題だと思う。現在のネットワークの現実的な弱点なども上がっており、現実のネットワークについても考えさせられた。登場人物の名前で遊んでいるのが面白い。  

『死に花』 太田蘭三
角川文庫 本体:590円(H16/04初、H16/06,再)、★★★★☆
 自分の葬式の総合演出に取り組んでいた源田金蔵が急死した。老人ホームの仲間が見守るなか葬式はつつがなく進行したが、火葬の際に奇妙な事件が発生した。警察の捜査から意外な真実が判明し、大きな衝撃を受ける仲間たち。彼らは「死に花を咲かせよう」と人生最後の大バクチに出る決意をする。

 急死した老人の葬式でのショッキングな事件。本格ミステリを思わせる謎が提示されるが、都合の良い展開であっさり解決してしまう。さらに老人ホームで幾つかの事件があった後、老人ホームの5人の仲間が「死に花を咲かせよう」と大バクチに乗り出す。いまいち動機が薄い気がするけれど、それぞれの特技と知識を生かして形にしていく姿にはわくわくした。

 犯行後の予想外の展開も面白かった。欲を言えばもっと丁寧に話を作って欲しかったけれど、こういう展開も悪くはない。ラストは厳しいと言うか、寂しいと言うか……人生を感じる。

 老人が仲間たちと犯罪に挑む話は、テレビの2時間ドラマでも観たことがある。東野圭吾さんの短編集にも、老人たちが誘拐を企てる話があった。こういった話は、年をとってもまだまだ何か出来るという希望を与えてくれて嬉しくなる。この小説も卑猥な言葉や性描写が少し下品な気がしたけれど、期待どうりの希望を与えてくれる作品だった。  






間違いなどお気付きの事がありましたら hirose97@max.hi-ho.ne.jp までメールを下さい。
ご感想もお待ちしています。なお、リンクは自由ですが出来ればお知らせ下さい。