読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年11月

『スペインの貴婦人』, ジョン・ケース
『脳とビッグバン』, 立花 隆
『13階段』, 高野和明
『揺籃の星 上・下』, ジェイムズ・P・ホーガン

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『スペインの貴婦人』 ジョン・ケース
ランダムハウス講談社 本体:500円(03/11初)、★★★★☆
 1918年、最も強力なインフルエンザウィルスが猛威を振るい、世界中で3000万の人々が亡くなった。このウィルスは“スペインの貴婦人”と呼ばれるようになった。消滅した北朝鮮の村、北極圏から掘り出された遺体、季節外れのインフルエンザ、その情報は怪物が80年の眠りから目覚めたことを示していた。真相に迫るフランク記者とウイルス学者アニーの運命は?

 原題の"THE FIRST HORSEMAN"もだけど、邦題の『スペインの貴婦人』は余りにひどい。白馬を描いた表紙も手伝って誤解を与えそう……。何者かが、強力なスペイン風邪のウィルスを手に入れた事を付きとめたジャーナリストのフランク。彼がウイルス学者アニーと共にその目的を探るバイオテック・スリラー。

 タイトルと見た目の悪さと書評の影響もあって、後半はフランクとアニーのラブロマンス物になってしまうのかと危惧したが、サスペンス溢れる展開で最後まで楽しませてくれた。主人公たちに魅力が足りない事や、現場に描いたシンボルから犯人グループが判明するなど展開の甘さもあり、全体的にもう一息という感じはあった。

 余り重要な存在ではない犯人の一人スザンナに、焦点を当てているのが面白い。命令に従って殺人すら実行する彼女の姿に、カルト集団の異常さが良く出ていた。税別500円という本の価格は“ランダムハウス講談社 刊行開始記念 初版限定”のサービス。これからも、面白い翻訳作品を出し続けて欲しい。  

『100億年の旅 3 脳とビッグバン 生命の謎・宇宙の謎』 立花 隆
朝日文庫 本体:640円(04/08初)、★★★★☆
 科学誌「サイアス」で好評を博した「100億年の旅」シリーズ最終巻。ビッグバン、宇宙線など宇宙の謎への挑戦、脳科学など生命の神秘の追究など、宇宙(マクロ)と生命(ミクロ)という両極からその謎に迫る。テーマ毎に内容を分類し、さらに写真・図版も多用してより読みやすく紹介する。

 『100億年の旅』『100億年の旅 2 宇宙・地球・生命・脳』(共に朝日文庫)に続く科学誌「サイアス」の連載をまとめた物。前2冊では色々な科学の最先端を紹介していたが、今回は“宇宙の謎を探る”と“生命の謎を探る”という2つにテーマが絞られている。科学の最先端を駆け足で伝える記事から、ひとつのテーマを分かりやすく解説した読み物というイメージに変化した。

 “宇宙の謎を探る”では、東京大学の「初期宇宙研究センター」と「ビックバン研究センター」を紹介し、インフレーション理論が誕生するまでの流れを説明する。また、東京大学宇宙線研究所・明野観測所の研究活動を紹介し、高エネルギーの宇宙線の謎を解説している。

 “生命の謎を探る”では、成人の脳に神経幹細胞があったという慶応義塾大学医学部・岡野栄之研究室の発見と、その発見までの研究過程を説明する。また、新潟大学脳研究所・中田力研究室がMRを使って行っている脳の研究成果を紹介している。最後に、東京工業大学・吉田賢右研究室がATP合成酵素の回転を証明した映像の重要性を解説する。

 どの記事も単なる科学解説で終わらずに、最先端の科学のもつワクワク感をきちんと伝えているところが素晴らしい。シリーズは最終巻になってしまったが、先端科学の驚きを伝えてくれる本をこれからも読みたいと願っている。  

『13階段』 高野和明
講談社文庫 本体:648円(04/08初)、★★★★☆
 犯行時の記憶を失った死刑囚の冤罪を晴らすため、刑務官・南郷は前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。死刑囚の脳裏に蘇った「階段」の記憶を手掛かりにするが、残された時間はわずかしかない。処刑までに男の無実を証明する事ができるのか。第47回江戸川乱歩賞受賞作。

 死刑囚の冤罪物のミステリは、これまでにも何作かあっただろう。この作品の新しいところは、その死刑囚が犯行時の記憶を失っているところ。そのために手掛かりが少なく、調査も困難を極める。犯行時の記憶がない事で恩赦の出願も出来ないらしい。

 さらに、冤罪を晴らすために事件の調査に乗り出すのが、刑務官と殺人の前科を持った青年というのが変わっている。南郷は過去に執行した死刑の記憶に苦しんでおり、執行の日を恐れて生きる死刑囚の話と共に、死刑制度のもたらす問題について考えさせられる。

 殺人の前科を持った三上の人を殺してしまった者の苦しみ。殺人事件の被害者の家族の苦しみも描かれている。どの犯罪小説よりも、人を殺すこと、その罪を償うことについて考えさせられる。そんな小説でありながら、エンタテインメントとして楽しませることも忘れていない。

 調査の結果から怪しい人物が絞られてくる過程も無理がなく良かった。ラストの意表を突く展開にも驚かされた。死刑というテーマは十分に描けているけれど、テーマに負けて人物の魅力はもう一息かも知れない。重いテーマの割に、設定が作り過ぎなのが気になるが、エンタテインメントな面を重視した結果だと思う。  

『揺籃の星 上・下』 ジェイムズ・P・ホーガン
創元SF文庫 本体:720円・840円(04/07初)、★★★★☆
 地球はかつて土星の衛星であった――。土星の衛星に住むクロニア人科学者たちは、地球の科学者にとって到底受入れがたい惑星理論を展開する。太陽系では今、木星から生まれた小惑星のアテナが彗星と化し、地球を襲おうとしているのだと。ヴェリコフスキー理論を大胆に応用、宇宙の謎に迫るハードSF新3部作開幕。

 木星から生まれた小惑星のアテナが、地球に接近して起こる大災害を描いたSF。ディザスター小説とか、カタストロフ小説とか、ホロコースト小説とか呼ばれるジャンルのもの。それぞれ微妙な違いがあるかも知れないけれど、良く分からないので並べて書いた。似た小説として『悪魔のハンマー』や『地球最後の日』が思い浮かぶ。

 解説などに、本書がヴェリコフスキー理論を元にしていることが書かれているけれど、あくまでもフィクションなのでトンデモ系の理論であっても楽しめれば全然構わない。地球に小惑星が衝突する話なんて、確率的に嘘っぽくならざる得ないのだから、ヴェリコフスキー理論を使うことで読者の興味を引きたかったのだろう。ホーガンさんでもヴェリコフスキー理論に、説得力のある説明を付けるのは難しかったらしく、木星から小惑星が生成される理由には全く触れないし、小惑星の軌道が変わる理由もいい加減な説明で誤魔化している。恐竜についての疑問は興味深かった。

 設定に対して十分な科学的説明をしないし、主人公の気持ちの変化がぎくしゃくしていたりして、上巻はやや退屈だった。一転して、大災害が始ってからはスムーズに展開し楽しませてくれた。3部作の1作目ということなので、次作以降で今回説明がなかった部分に対して納得いくような説明があるかも知れない。また、災害を描いた小説・映画は多数あるけれど、復興を描いたものが思い浮かばないほど少ない。続きは復興を描いた小説になるのだろうか、期待させられる。  






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