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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年10月

『タイムライン 上・下』, マイクル・クライトン
『深紅』, 野沢 尚
『モンスターズ1970』, 尾之上浩司 監修
『リスクテイカー』, 川端裕人
『トライアル』, 真保裕一

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『タイムライン 上・下』 マイクル・クライトン
ハヤカワ文庫NV 本体:各840円(03/12初、04/01,4刷・03/12初)、★★★★☆
 フランスにある14世紀の遺跡から、現代製の眼鏡のレンズと助けを求めるメモが発掘された。大学の歴史調査チームはスポンサーでもある巨大ハイテク企業ITCによって緊急に呼び出され、ジョンストン教授の救出を頼まれる。その行き先は14世紀のフランスだと言うのだが…。

 砂漠で精神に異常をきたした老人が見つかり、ITCの研究者だと判明するのに100ページ。一転してITCがスポンサーとなっている遺跡発掘現場で、その責任者であるジョンストン教授の助けを求めるメモが14世紀の遺跡の中から見つかるのに100ページ。ITCの開発した装置によって教授を救助に向かうのに100ページ。もっと短ければ面白かっただろうが、ここまでの話は退屈だった。

 過去に移ってからは、次々と危機が続いて飽きさせない。武術に通じたマレクの格闘場面や、ロッククライミングを趣味とするケイトのアニメばりの活躍は十分に楽しませてくれた。この時代に関して知識がないのだが、歴史物としての雰囲気も悪くなく、従来のイメージを覆すような考察もあって新鮮だった。

 教授の残したヒントから“秘密の通路の鍵”を見つけ出そうとする後半は、RPGを小説化したような展開で、サービス精神に感心した。14世紀のフランスでの冒険を成立させるために、量子テレポーテーションによる時間移動や量子コンピュータなどのSF的な設定が使われているけれど、後半はSF的な展開がなくSFとして読むのには無理があった。  

『深紅』 野沢 尚
講談社文庫 本体:695円(03/12初、04/02,5刷)、★★★★☆
 父と母と二人の弟の命を奪った一家惨殺事件。修学旅行中でひとり生き残った奏子は、心に癒しがたい傷を負ったまま大学生に成長した。奏子は、加害者にも同じ年の娘がいたことを知り正体を隠し、彼女に会う。吉川英治文学新人賞受賞。

 楽しい修学旅行の夜に、突然に呼び出され帰宅することになる奏子。詳しい事を知らされないまま、不安を抱きながらタクシーで東京に向かう場面の緊張感が凄い。靴の履き方、先生の言動までこだわって描いた事で、非常事態にある人間の心理をリアルに描き出す事に成功している。

 緊張の場面から一転して、犯人の上申書と判決文が続く。その後に、普通の大学生として暮らす成長した奏子が登場する。恋人とのセックスなどもあり、その落差が面白い。事件後の幾つかのエピソードを降りかえりながら、徐々に奏子が事件の傷を背負っていることが明らかにされていく。

 前半に比べて、後半が弱いという指摘があるらしい。一家惨殺事件の生き残りの娘と加害者の娘が出会って何が起こるのか? ここからがこの小説の見どころだと思う。途中で主人公の心情が理解できなくなったが、ラストに至ってはこうなるしかなかったと納得させられた。どんな展開にでも出来る後半を、十分に納得出来る話にした事に著者の力量を感じる。

 犯罪によって心を傷つけられた人の、決して癒されない傷跡を垣間見た気がする一編。いつか犯人の娘・未歩の側から同じ話を描いて欲しかった。それは、この物語に新たな側面から光を当てより深いものにしてくれただろう。残念ながら著者は既にこの世を去ってしまったが……。  

『モンスターズ1970 ホラー・セレクション』 尾之上浩司 監修
中央公論新社 C・NOVELS 本体:900円(04/06初)、★★★★☆
 尾之上浩司監修によるホラー・アンソロジー。「1970年代の匂いのするモンスターもの」というのが今回のテーマ。井上雅彦、田中啓文、友成純一、菊地秀行の4人がこのテーマに挑んだ。ホラーの館へようこそ。

「デモン・ウォーズ」(井上雅彦)
ワシントン市に住む少女に怪異が起き、カソリックの神父が呼ばれ悪魔祓いが行われた。事実はあの物語と大きく異なっていた…。
『エクソシスト』を骨格にして、70年代の色々な作品のパロディを散りばめた小説。パロディらしい人物や場面がいくつもあったが、半分ぐらいしか元ネタが分からなかった気がする。マニアな人は何倍も楽しめるだろう。

「糞臭の村」(田中啓文)
アマチュア考古学者の吉村は、退職を期に白髪山で古墳の発掘を開始した。人糞をババガミさまにお供えする習慣があるこの村には、常に糞便の臭いが漂っていた。
伝奇小説と言うのか、糞便を抜きにすると意外にまともな小説かも。一作品読むごとに、田中ワールドにはまってしまいそうで恐い。

「魔物の沼」(友成純一)
K市の住宅地にある、金網で囲まれた、樹木の生い茂った一帯を〈入らずの沼〉と言った。そこに忍び込んだ若者3人の運命は…。
後半の描写があっさりしている。もっと気持ち悪かったり、痛々しい方がホラーとしては良いかも。全体的には楽しめた。

「甘い告白」(菊地秀行)
トラブル専門のトップ屋「コルチャック」は、山手線で可憐な娘に言い寄られる。依頼の仕事を難なくこなした直後、天変地異が…。
テンポの速い展開で一気に読めた。ちょっと軽めかなとは思うけど、4編中で一番良かった。パロディも入っている。


 出来の悪い作品はないのだけれど、飛び抜けた作品もなく全体的に小粒な印象。菊地秀行さんの展開の上手さが目を引いた。巨大な昆虫が出てくる作品が2つあって、それ自体は問題ないけど、「モンスターもの」の本としては少し物足りなくなってしまった。  

『リスクテイカー』 川端裕人
文春文庫 本体:724円(03/10初)、★★★★☆
 90年代末のニューヨーク。理論物理学を研究するヤン、ユダヤ系アメリカ人のジェイミー、銀行を辞めてアメリカに来たケンジの3人は、ビジネス・スクールを卒業してヘッジファンドを旗揚げした。伝説的ファンドマネージャーの出資によって、順調なスタートをきったかに見えたが…。

 カオス理論を応用した為替予測を使ったヘッジファンドを旗揚げする若者3人。主人公たちが独力で夢をかなえていく話かと思っていたが、なかなか思うようにはいかず。伝説的ファンドマネージャー・ルイスに動かされていくという始末。ロケット開発の夢を描いた『夏のロケット』(文春文庫)のように、自分たちの力で道を切り開いていく爽快感がない。

 ロケット開発の夢に比べて目標も曖昧で、自分たちの力で夢を実現できないこともあって、読んでいて不満が募る。主人公たちが現状に満足していないことも影響していると思う。金融世界についての説明も多く、ちょっと難しい小説になってしまっている。為替取引などの知識を得るには絶好の小説だと思う。

 カオス理論によって為替予測をするというアイデアに大きな魅力があった。『夏のロケット』は、ロケットだから少しSFかもと思ったが、空想の経済理論を元に話を作ったこの小説も広義のSFかも知れない。世界を動かし、人の人生をも変えてしまうマネー。巨大なマネーを取り引きする現場で「マネーとは何なのか」と、戸惑う人たちの姿が印象的だった。  

『トライアル』 真保裕一
文春文庫 本体:448円(01/05初)、★★★★☆
 A級への昇格を控えた競輪選手・直人。7年ぶりに訪ねて来た兄が切り出した言葉とは…(「逆風」)。新人騎手として修行を積む高志。馬の故障を次々と癒した新人の厩務員の過去に、彼は疑念を抱く…(「流れ星の夢」)。競輪、競艇、オートレース、競馬。ファンの夢と期待を背に一瞬の勝負に挑むプロの世界を描く。

 公営ギャンブルの選手たちの世界を描いた連作短編集。競輪、競艇、オートレース、競馬と舞台を変えながら、勝負の世界の厳しさと選手を支える家族を描いている。人生を踏み外した兄と栄光を掴もうとしている弟、不振に苦しむ夫と成績を上げていく妻、勝てない選手と死期の近い父親、祖父に育てられた騎手とその……。

 ギャンブルとしてのスポーツという特殊な世界を舞台にして、その独特な部分が良く出ていて興味深かった。しかも、勝負の世界に終始せず家族に視点を当てた事で、誰もが感動できる物語になっている。朝山実さんが、解説で各作品の台詞のひとつひとつを取り上げて人物の心の動きを説明していて、呼びかけの一言にも登場人物の感情を考慮して描かれていることに気付かされた。

 一編一編は優れた短編だったが、連作として設定を揃えたため似た話になって、少し損をしている。最終話の「流れ星の夢」のラストは難しい。ラストの手紙から厩務員の正体を想像する必要がある。  






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