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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年08月

『夏の滴』, 桐生祐狩
『活字の海に寝ころんで』, 椎名 誠
『蹴りたい田中』, 田中啓文
『暗黒童話』, 乙 一

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『夏の滴』 桐生祐狩
角川ホラー文庫 本体:743円(H15/09初)、★★★☆☆
 ぼくら4人は本が好きな仲間だった。ジョンの突然の転校、クラス中が熱中する「植物占い」。そして、今年もテレビ局が車椅子の徳田の取材に来た。親に内緒で、転校したジョンの家を訪ねた夏休み。そこで知った異変の兆し…。混沌とする事態のなか、夏休みの親子キャンプで目の当たりにした驚愕の真実とは!? 第8回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。

 母と子の2人で暮らす真介を主人公に、車椅子の徳田をごく自然に受入れている理想的な小学生たちの日常を爽やかに描いていく。その流れで、ひとりの少女へのいじめが描かれる。真介や徳田までもが、まったく罪の意識もなく、ひどい言葉を投げつけ血を流すほどの暴力をふるう。期待していた子供たちの爽やかな世界とは違っていて、著者の意図が理解できずに戸惑った。

 真介の植物占いの結果が存在しないことから、物語は徐々に異常な雰囲気を漂わせていく。教師や親の態度、ジョンの引越し先での出来事などから、異常に気付いていく子供たち。物語が佳境に入っていくにつれ、無理な展開が目立ってくる。家に忍び込むのも変だし、骨折した少年の事も、真介のママの事も、無理に問題にしている感じがしてしまう。

 ラストに至ってはガタガタ。子供たちのモラルがひっかかるし、登場人物の行動にも説得力がない。徳田が数時間であの状態になった事や、ミヤマスギの役割にも矛盾が感じられる。八重垣が学校に来なかった時期の話もリアリティに欠ける。全てを書き尽くせないほど問題点が多い。

 いじめの問題に挑んでいて、基本的な考え方に間違いはないと思うが、説得力がなかった。掃除をさぼるいじめられっ子に対し、彼女はみんなのストレスを解消する仕事をしていると弁護する大人。これでは本末転倒、もう少しましな説得は出来ないのか。

 細かいところを問題にしなければ、意外に面白く読めてしまう。子供たちの爽やかな物語を読みたいという期待も前半では十分に満足させてくれた。ホラーとしての設定が不十分で穴だらけなのが残念だった。  

『活字の海に寝ころんで』 椎名 誠
岩波新書 本体:740円(03/07初)、★★★★☆
 日本の異様な光景への疑問を語る「全国どこでも自販機横丁」、都会と自然界の眺めを鮮やかに対比する「素晴らしいぐにゃぐにゃ風景」、日本人の醤油・味噌好きをアンデスの麓で再発見する「アミノ酸の呪縛」など、〈食〉への徹底したこだわりと辛辣な眼差しが冴える軽妙なエッセイ17編。

 『活字のサーカス』『活字博物誌』(共に岩波新書)に続く、岩波書店の月刊誌『図書』の連載エッセイをまとめたもの。まずは「辺境の食卓」と題されたチベットやアマゾンなど辺境での食事についてのエッセイ5編から始る。著者が実際に体験した話と“旅行記”“探検記”“漂流記”などから食に関する話を紹介している。

 残りは、かつおぶしや醤油への愛着や、旅の話、電子レンジ調理など、様々なテーマのエッセイとなっている。それぞれ『日本食生活史』や、『旅行用心集』、『電子レンジで朝ごはん』など、テーマに因んだ本が何冊か取り上げられている。

 初めの頃より書籍ガイドという印象がだんだん薄くなっている。かならず何らかの本が取り上げられているようだけど、辺境の話や、食への愛着や、生活の中の疑問など、椎名さんの話の面白さが印象に残った。小説がほとんど取り上げられないのも、書籍ガイドとしての印象の薄さの原因だと思う。でも、結構面白く、色々面白い事や驚くような事も知ることが出来たので良かった。  

『蹴りたい田中』 田中啓文
ハヤカワ文庫JA 本体:700円(04/06初)、★★★★☆
 「蹴りたい田中」で第130回茶川(ちゃがわ?)賞を受賞し、突如消息を絶った伝説の作家・田中啓文。以来10年、その稀有なる才能を偲んで、幼少時から出奔までの偉大なる生涯を辿る単行本未収録作8編+αを精選した遺稿集(の訳がない)。

 上の説明は8編+αを収録していること以外全部ウソ。こういうコンセプトに基づいて、著者の短編8編と作家・評論家による短い解説が収録されている。『蚊―か―コレクション』(電撃ゲーム文庫)収録の「赤い家」や、「SFバカ本」シリーズの2冊に収録された「地獄八景獣人戯」と「怨臭の彼方に」があるので、“単行本未収録作を精選”にも疑問がある。

 巻頭は【茶川賞受賞記念インタビュウ】の「未到の明日に向かって」。これは「SFマガジン」の2001年4月号のインタビューをコンセプトに合わせて加筆し、さりげなく収録作の紹介もしている。

 一連の短編は、駄洒落と下ネタとパロディをこれでもかと詰め込んだ作品ばかり。横田順彌さんの昔の作品や、筒井康隆さんの一部の作品を彷彿させる。「地球最大の決戦 終末怪獣エビラビラ登場」では、怪獣と正義の味方の戦いが日本をとんでもない状態にしてしまう。「トリフィドの日」では、ホシ薬品の社長がキノコのアルジャーノンの世界征服を阻止する。「地獄八景獣人戯」は、水戸黄門ファンには読ませたくない小説に仕上がっている。表題作「蹴りたい田中」は、SF風の戦記物で、内容は元ネタとまったく関係なかった。「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」は、菅浩江さんの『永遠の森 博物館惑星』(ハヤカワ文庫JA)のパロディとなっている。

 まず駄洒落があって、それに合わせて話が作られたような作品ばかりだけど、文章力も構成力もあるので、作品はしっかりと読ませる物になっている。駄洒落なしでも面白い作品が書けるだろうが、読み返すたびに新たな発見がある駄洒落やパロディには、本当に感心させられた。

 「未到の明日に向かって」「地球最大の決戦 終末怪獣エビラビラ登場」「トリフィドの日」「トリフィド時代」「やまだ道 耶麻霊サキの青春」「赤い家」「地獄八景獣人戯」「怨臭の彼方に」「蹴りたい田中」「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」を収録。  

『暗黒童話』 乙 一
集英社文庫 本体:590円(04/05初、04/06,4刷)、★★★★☆
 突然の事故で左眼を失ってしまった女子高生。ショックから記憶までも失った彼女だったが、死者の眼球の提供を受けて視力は回復。しかし、左眼は様々な映像を脳裏に再生し始める。それは、眼が見てきた風景の「記憶」だった。眼球の記憶に導かれ旅に出る少女を、悪夢のような事件が待ちかまえていた。

 心に残るミステリやホラーの短編を数多く書いてきた乙一さんの初めての長編。事故で両目を失った少女に、鴉が眼球を贈る童話から始まり、眼球移植というありえない話を受入れや易くしているのが上手い。この童話が、以後の話の不気味さと、犯人の精神の異常さを暗示しているのも効果的だ。後に鴉まで意味を持ってくるのだから憎い。

 移植した左眼が再生する映像の意味するものに気付いていく過程が丁寧に描かれている。記憶を失った主人公が、眼球の提供者の記憶に惹かれるのも当然の成り行きかも知れない。提供者の巻き込まれた事件の犯人を、主人公が追求していく過程は、犯人にも主人公にも大きな動きがなく、もう少しサスペンスが欲しかった。

 真犯人の正体に関しては、二重三重のトリックが仕掛けられていて見事に騙された。ヒントが無いのでミステリ的には公正ではないかも知れない。この作品がミステリかどうかも怪しいし、楽しめたので問題ない。犯人の異常な能力は、中ほどで出てきたときから違和感があって、上手くまとめてはいるけど、必ずしも必要のない設定だった気がする。また、大きな悲しみ苦しみを持った人物の感情描写があっさりしすぎて重みがない。初めての長編と言うことで、短編に比べると完成度に欠ける部分があるように思った。  






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