タイトル |
著者 |
レーベル名 |
定価(刷年月),個人的評価 |
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『妻に捧げた1778話』 |
眉村 卓 |
新潮新書 |
本体:680円(04/05初)、★★★★☆ |
余命は一年、そう宣告された妻のために、小説家である夫は、毎日一編のお話を書き続けた。5年間で1778編、とうとう最終回なってしまった。「また一緒に暮らしましょう」と夫は書き結んだ。1778編から選んだ19編に、闘病生活とそれまでの暮らしを振り返るエッセイを合わせた、ちょっと変わった愛妻物語。
眉村さんは『ねらわれた学園』や『消滅の光輪』などで知られるSF作家。眉村さんが、闘病中の奥さんに毎日短い小説を書いているという話は知っていた。書き溜めた小説を自費出版のような形で本にしている事も知っていた。その頃から読んでみたいと思っていた。
その間に書かれたショートショート19編に、闘病生活などを振り返ったエッセイが補足されている。この小説を読みたかった理由は、何のために毎日一編の小説を書くことにしたのかという疑問があったのと、小説の中に奥さんへの想いや、別れへの恐れなどが表れているのではないかと思ったからだ。
小説の占める割合は多くはないけれど、作品の解説などもあり、半分はショートショート集として楽しめる。闘病記の部分も病状の変化が詳細に書かれている訳ではないので、読むのが辛くなるような事もなく安心して読めた。小説は日常と何らかのつながりのある作品を心がけたそうだが、SF作家らしい空想的な作品も多くあって良かった。
病状が悪くなった後半の作品には、迫り来る物への恐怖や、何かを失う事への不安が読み取れた。免疫力が増すような面白い話を書こうとした気持ちとは裏腹だったかも知れないが、眉村さんの奥さんへの気持ちが表れた貴重なメッセージとなっていたかも知れない。
読んでいて気持ちが暗くなってしまうのを、工夫を凝らした短い小説が気持ちを切り替えさせてくれた。エッセイや小説からにじみ出てくる奥さんへの想いに感動した。
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『四日間の奇跡』 |
浅倉卓弥 |
宝島社文庫 |
本体:690円(04/01初、04/05,6刷)、★★★★★ |
ピアニストを目指す如月敬輔は、指に重傷を負ってピアニストの道を閉ざされた。脳に障害を負う少女・千織の保護者となった敬輔は、彼女のピアノの才能を伸ばすために各地でコンサートを開いた。山奥の診療所で衝撃的な出来事に遭遇し、奇跡を体験する…。第1回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
夢を閉ざされた主人公、彼を慕う片言しか話せない少女、音楽に対する天才的な才能。あざといまでに、読者の気を引く設定が揃っている。文章力、構成力ともに新人離れしていて、すぐに話に引き込まれた。このままの話で十分に面白くて、先が楽しみだったのに中盤で意外な展開が待っていた。
ここで引っかかるのが、その出来事から直後の展開までもが、まだ記憶に新しい著名な作家の名作のある部分に酷似していること。物語の前半や、その出来事以後の話は違っており、独自の作品に仕上がっているけれど、割り切れない気持ちが残る。
後半はエンターテインメントとして、ぎりぎりのところまで死の問題に踏み込んでいる。生命の限られた時間を意識するという苦しみを丁寧に描き出していて、何度も涙で読めなくなった。苦しみの果てに尊い救いが用意されている。生きるとは何なのかという疑問に、ひとつの回答を与えてくれた。
欠点があるとすれば、きれい事過ぎて嘘っぽくなっている事。所詮フィクションなんだから、嘘っぽくて当たり前、話を気に入ってしまったら全く問題ない。本書を読んで「泣けない」と書いている人がいるが、泣けるから優れた小説という訳ではない。泣ける、泣けないは、その人の感受性次第だと思う。
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『あなたの人生の物語』 |
テッド・チャン |
ハヤカワ文庫SF(SF1458) |
本体:940円(03/09初)、★★★★☆ |
地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者ルイーズは、まったく異なる言語を理解するにつれ、驚くべき運命にまきこまれていく……ネビュラ賞を受賞した感動の表題作をはじめ、天地の降臨とともにもたらされる災厄と奇跡を描くヒューゴー賞受賞作「地獄とは神の不在なり」など、SF的想像力にあふれる8編を収録。
「バビロンの塔」
天空に向かい建設の続く“バビロンの塔”。空の丸天井に穴を掘るために呼ばれた鉱夫たちが、塔の最上階を目指して旅立つ。
バベルの塔を描いた作品の中でも、これ程スケールを感じさせる作品はないと思う。それもその筈で、後半になって納得。この一作で著者の凄さを実感することが出来た。
「理解」
事故で脳に損傷を受けた男は、新薬の副作用で超知性を獲得した。並外れた知性を持った男は、更なる知能向上を計画し病院を脱走する。
これは『アルジャーノン…』かと思っていたら、もう一人の超知性獲得者との超能力戦に…。知性の向上によって肉体の高度な制御が可能になるというアイデアが面白い。アニメばりの展開だが、脳や精神の問題を考えさせる。
「あなたの人生の物語」
エイリアンとのコンタクトを担当する言語学者が、コンタクトの進展と娘への思いを語る物語。人類とは異なる思考法を身に付けた言語学者の能力とは…。
小さな疑問から、徐々に明らかになっていく真相。娘に語りかけるという構成が憎い。25歳で亡くなった娘への思いが感動的だ。異星人とのコンタクトの過程も良く書けていてSFとしても一級品。変化がちょっと急激過ぎるのが問題点。
「地獄とは神の不在なり」
神の降臨によって救いが与えられる世界。その降臨によって失明したり死者が出たりもする。降臨によって最愛の妻を失ったニールが、妻との再会を望んである選択をする。
イーガンさんの「闇の中へ」と似ている。「闇の中へ」は、地球上のどこかの地点に突然実体化するワームホールの脅威を描いている。本編ではそれが神の降臨になった感じ。全然違うと言えばそれまでだけど、共に超自然の力に対する人間の無力感が現れている。
特に好きな作品は「バビロンの塔」「理解」「あなたの人生の物語」の3編で、その次に「地獄とは神の不在なり」。8編中半分ぐらいに感想を書けばよいだろうと思ったが、粒ぞろいの短編で選ぶのが大変だった。読んだ時には、中学生が思い付くアイデアを作品にしたような話と思った「ゼロで割る」のゼロの除算と、「あなたの人生の物語」の変分原理だが、ネットで調べてみたら、始めに思ったより奥が深いテーマだったらしい。
短編SFの名手として、グレッグ・イーガンさんと並び評されるテッド・チャンさんだが、確かに作品の雰囲気はイーガンさんの作品に良く似ている。だが、その違いも明確に表れていた。テッド・チャンさんは言語に関心が深く、多くの作品にその痕跡があった。自然科学に精通しており、そこからアイデアを得ているが、作品化にあたってはファンタジー的な設定で現実と剥離させる傾向が強い。短編という事もあるだろうが、ストーリー的に貧弱な作品が多い。
「バビロンの塔」「理解」「ゼロで割る」「あなたの人生の物語」「七十二文字」「人類科学の進化」「地獄とは神の不在なり」「顔の美醜について――ドキュメンタリー」の8編と、収録作品について書かれた「作品覚え書き」が収録されている。
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『遺伝子インフェルノ』 |
清水義範 |
幻冬舎文庫 |
本体:600円(H16/04初)、★★★★☆ |
製薬会社の技術者が刺殺され、愛人関係にあった資産家の女性が指名手配された。彼女に究極の美容法を提供したベストライフ研究所とは…。近未来研究局(NFC)の佐東と城ヶ崎刑事が研究所の秘密に迫る。ドラッグ、バーチャル・ゲーム、遺伝子操作…、近未来に待ち受ける恐怖を大胆に描いたSF連作集。
2000年に出版された単行本『二重螺旋のミレニアム』を改題したもの。“ミレニアム”という割に、2050年頃の未来を舞台にしている。ドラッグ、バーチャル・ゲーム、高齢化社会、遺伝子操作、若返りなどをテーマにしたSF連作。1話毎に完結しているけれど話が進むに連れ、刑事の城ヶ崎、NFCの佐東、ベストライフ研究所といった共通の設定が見えてきて長編としての顔も持つ。
ユーモア小説の多い著者としては異例の本格的SFで、近未来を舞台にしたシリアスなテーマに挑んでいる。サイバーパンク的な世界を上手く取り込んで、自分の物としている。近い未来に起こりえる様々な問題を、殺人事件など謎解きと絡めて提示している。テーマの深刻さに比べて描写が軽く、もう少しリアリティが欲しかった。
清水さんらしさも残しながら、異色の作品に仕上がっている。ベテラン作家としての技量も感じさせる。
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『罠から逃げたい』 |
パーネル・ホール |
ハヤカワ文庫HM |
本体:860円(01/11初)、★★★★☆ |
投資会社重役の男が私立探偵スタンリーの元に依頼を持ちかけてきた。取締役会の新会長の座をめぐり、ライバルたちが彼を陥れようとしている。その証拠を見つけてくれと言うのだ。彼を罠にはめたという巨乳の女を探しだすが、女と依頼人が殺され、またしてもスタンリーに殺人容疑が…。
私立探偵スタンリー・ヘイスティングズ・シリーズ12作目。ある依頼主の仕事を引き受けて、殺人事件の容疑者にされてしまうというややワンパターンな流れ。前回までは色々工夫が感じられたのに、妻アリスの助言も、マコーリフの悪態も、ローゼンバーグの有能さもパターンどうり。
依頼主を陥れようとしている罠を探っていくと、依頼主自身が浮かんでくる。謎を追ううちに3つの殺人事件の容疑者にされてしまうスタンリー。さらに担当刑事は、マコーリフ刑事への恨みから、スタンリーを罠にはめようとする。事件に関してはいつもよりもハードな展開で、控えめ探偵スタンリーも後半はいつもよりも強気の態度で挑んでいる。
いつもラストはあっと驚く事件の真相が用意されているのだが、今回も意外な人物が犯人だった。そして、とても意外な人物が事件を解決している。12回ともなるとマンネリになるのは仕方がないが、開き直ったようなパターン化と、ミステリ部分の本格化に戸惑う思いがした。個人的には、ミステリ的には弱くても、色々な味わいの話を読みたい。殺人事件なしでもいいと思う。
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