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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年04月

『日曜日の夕刊』, 重松 清
『宇宙・地球・生命・脳』, 立花 隆
『昔、火星のあった場所』, 北野勇作
『裁判はわからない』, パーネル・ホール

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『日曜日の夕刊』 重松 清
新潮文庫 本体:629円(H14/07)、★★★★★
 繊細過ぎる男の恋愛話、網棚に忘れられたカーネーション、現代っ子の苦手なサマーキャンプなど。ある町の春夏秋冬、日常の些細な出来事を12編の短編小説でラッピング。忘れかけていた感情が鮮やかに甦る。日曜日の夕刊、ホンモノの日曜日にはありえない小さなおとぎ話。

 「チマ男とガサ子」は、チマチマした男とガサツな女の恋愛の結末。「セプテンバー'81」は、37歳の誕生日を迎えた男が、19歳の誕生日の1日を振り返る。「寂しさ霜降り」では、太り過ぎの姉を軽蔑する妹。ある出来事が姉妹の心を揺さぶる。「さかあがりの神様」は、娘のさかあがりの練習に付き合う父親が、子供の頃のある出来事を思い出す。「卒業ホームラン」は、少年野球の監督である父親と、万年補欠の息子の想いが描かれる。

 どこにでもいそうな普通の人々の、ちょっぴり感動的な小さな出来事を綴った短編集。普通の人の小さな出来事だから、さりげなく幸せな気分にしてくれる。宝石のように輝いてはいないけれど、それでも確かに存在し懸命に生きている普通の人の姿に暖かく感動する。

 特に気に入ったのは、「チマ男とガサ子」「さかあがりの神様」「卒業ホームラン」の3編。「チマ男とガサ子」では、几帳面できちんとしたチマ男が、自分の気持ちも整理できない、凄くぶきっちょな奴だと言うところが良い。後半がとても切なくて効果的。「卒業ホームラン」は、息子を試合に出してやりたい父親としての気持ちと、監督の立場の間で苦しむ姿が良く出ている。その苦しみを救った息子の一言が感動的。

 置き忘れた一本の花を物語に生かした「カーネーション」や、低俗番組の餌食にされる「すし、食いねェ」、25年目のクラス会を描いた「後藤を待ちながら」にも捨てがたい魅力がある。

 「チマ男とガサ子」「カーネーション」「桜桃忌の恋人」「サマーキャンプへようこそ」「セプテンバー'81」「寂しさ霜降り」「さかあがりの神様」「すし、食いねェ」「サンタにお願い」「後藤を待ちながら」「柑橘系パパ」「卒業ホームラン」の12編を収録。  

『宇宙・地球・生命・脳 その原理を求めて 100億年の旅2』 立花 隆
朝日文庫 本体:640円(03/06初)、★★★★☆
 科学・技術の最先端の研究現場を訪ね歩き、最新の成果とその将来像を克明にリポートする――宇宙の未知なる領域、太陽の知られざる素顔、地球太古の歴史をプレートから解読など、宇宙・地球科学を中心に、読者をダイナミックでロマンあふれる世界に誘う、科学の最前線レポート。

 科学雑誌「サイアス」(朝日新聞社)の連載の1997年12月から99年3月までをまとめたもの。『立花隆・100億年の旅』(朝日文庫)の続編。「サイアス」は既に廃刊になっているが、本書の続編『脳とビックバン 生命の謎・宇宙の謎 100億年の旅3』(朝日新聞社)も出版されている。

 本書では、宇宙、地球、生命、脳に、コンピュータの話が取り上げられている。最先端の研究をしている大学や研究所に取材に訪れ、世界的にも貴重な最先端の研究成果を分かりやすく解説してくれる。カラーの口絵をはじめ、図解や写真が豊富に使われていてイメージもしやすい。立花さん自身がその研究の専門家ではないからこそ、読者と同じ視点から分かりやすく新鮮な記事が書けるのだろう。

 生物のミクロな世界を明らかにした急速凍結法、同期式の限界を破る非同期式のコンピュータ、宇宙の新たな姿を見るX線天文学、太陽観測衛星が明らかにした太陽の素顔、地球の歴史を解読する全地球ダイナミクス、大腸菌を使った「生物進化」の実験など9つのテーマが上がっている。

 科学雑誌が次々と廃刊になり、科学知識の低下が心配されている。本書のような科学解説書が、購入しやすい文庫として出版されるのはとても良い事だと思う。  

『昔、火星のあった場所』 北野勇作
徳間デュアル文庫 本体:619円(01/05初)、★★★☆☆
 ぼくは火星開発会社の新入社員。この世界は、人間とタヌキの戦いによって成立している。分解して無くなってしまった火星の奪還をめぐって、二つの会社の対立がそのの戦いを続けさせていた。そういうことなのだ、たぶん。すこし不思議で、とっても変な北野勇作ワールドの原点。

 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した著者のデビュー作。『かめくん』(徳間デュアル文庫)の雰囲気と良く似ている。何故か擬人化された動物が登場し、童話のようでいて、ところどころにSF的な設定がちりばめられている。無気力で何か歪んでいるような、それでいて懐かしい未来を舞台に、日常的な些細な出来事が語られていく。非日常的な出来事でさえ日常的に語られてしまう。この頃から既に北野さんの独特の世界は確立されていたらしい。

 会社の命令で、主人公が鬼退治に向かう「〈火星の短い夏〉桃太郎起動」。失業した主人公は、タヌキが経営する妙な会社に入社。行方不明になった社長救出に同行する「〈火星の冬〉カチカチ山駅跡地」。主人公がアルバイトでテレビ番組のカチカチ山調査隊に加わる「〈昔、火星のあった場所〉猿蟹合戦集結」の3編からなり、1編ごとに世界観が変わっていく。進行に連れて変化した部分と、徐々に明かされていく設定が合わさって、物語の世界観が変貌していく。

 全体を読み終えても、何か釈然としない部分が残った。著者のあとがきに“いったいどうなるのかわからないまま、(中略)それを繋げていく(後略)”とあるように、あらかじめ構築された設定に基づいて書かれたのではないらしい。余り深くSF的な世界観を気にせずに、雰囲気を楽しめば良いのではないかと思う。それでも、SF的な設定と童話的なあいまいさのバランスが悪いように感じる。この本を読んで『かめくん』が、絶妙なバランスの上に成り立っている作品だということが分かった。  

『裁判はわからない』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:840円(99/06初)、★★★★☆
 ローゼンバーグから殺人事件のアリバイ調査を命じられた探偵スタンリー。妻殺しの容疑をかけられた男には鉄壁のアリバイがあった。殺人のあった時間に仲間たちとポーカーをしていたのだ。彼の無実を信じるスタンリーだったが、裁判が始まって証言に食いちがいが…。ひかえめ探偵の愛妻アリスが大活躍の第11弾。

 殺人事件の弁護を初めて引き受けることになった弁護士ローゼンバーグは、スタンリーにアリバイ調査を命じる。今までは、事件に巻き込まれてしまうか、直接依頼される事が多かったから、このパターンははじめてかも。これまでの活躍が認められたのかと思ったら、使い走りでしかなく、愚痴って愛妻アリスになぐさめられる始末。やっぱり、情けないスタンリーは今までどうり。

 ポーカーのルールに、“セブンスタッドのハイロースプリット”などという馴染みのない用語が出てきて、役作りの過程や勝負の展開にこだわるあたり、新シリーズ「パズルレディ」につながる物を感じた。ポーカーと共に今回のもうひとつのテーマが、タイトルにもなっている“裁判”で、検察側と弁護側の駆け引きや、裁判の意外な面などが盛り込まれていて面白かった。

 新シリーズの開始で、終わってしまうのかと思われた「ひかえめ探偵」シリーズだが、新作の翻訳も出て、快調に続きそうなので安心した。  






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