読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2004年01月

『トリガー 上・下』, A・C・クラーク&M・P・キュービー=マクダウエル
『赤ちゃんをさがせ』, 青井夏海
『クライマーズ・ハイ』, 横山秀夫
『新世紀デジタル講義』, 立花 隆ほか

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『トリガー 上・下』 アーサー・C・クラーク&マイクル・P・キュービー=マクダウエル
ハヤカワ文庫SF(SF1383,1384) 本体:各900円(01/12初)、★★★★☆
 科学者ホートンが開発した装置に思わぬ副作用が発見された。装置が動作すると周囲数百メートルのすべての火薬が発火するのだ。トリガーと命名されたこの装置で、銃を持ちこめない安全地帯を作りだせる。装置の平和利用を目指すホートンらの前に様々な難関が立ちはだかる。

 巨匠クラークさんとマクダウエルさんの共作。全ての火薬類が無効になる装置が、世界の軍事力をどう変えていくか? 社会はその変化をどう受け入れるのか? 軍事設備に付いてのテクノロジー、アメリカの政治や軍の行動予測、一般大衆の反応など、書き手に広範な知識を要求される物語だ。巻頭の“謝辞”にあるように、多くの人の知恵を得て完成された作品だと思う。

 初期のSFは、ロケットやタイムマシンを作った科学者が、ひとりで月や未来に行って冒険するなどと言う社会性のない物だったかも知れないが、現在のSFでは、開発される装置の社会への影響を無視できない。そういう意味では、SF的な発想の飛躍こそ抑えられてはいるけれど、SFらしいSFと言えるし、『宇宙のランデヴー』(ハヤカワ文庫SF)を書いたクラークさんらしい小説でもある。でも、装置の動作原理にはSFらしい面白さがあったし、その理論の構築にも夢を感じる。

 アメリカの理想を具象化したような大統領は思わず応援したくなる存在だが、小説のリアリティが薄くなった。でも、内面はとにかくも外面はこうでないと大統領選に当選できないか。ラスト近くのホートンに焦点を当てた事件は私的には不要だった。編集者への注文だが、語尾などに校正ミスが多いので、もっと注意して欲しい。  

『赤ちゃんをさがせ』 青井夏海
創元推理文庫 本体:640円(03/01初)、★★★★☆
 見習い助産婦・陽奈の成長と「伝説のカリスマ助産婦」明楽先生の冴え渡る推理を描くシリーズ第1弾。出張助産婦の聡子と見習い陽奈の向かった屋敷には、3人の妊婦が…。その中から本妻を見つけ出す「お母さんをさがせ」。女子高生の出産騒動を解決する「お父さんをさがせ」。次々とキャンセルされる依頼の謎を解く「赤ちゃんをさがせ」の3編を収録。

 『スタジアム 虹の事件簿』(創元推理文庫)でデビューした青井夏海さんの2作目。前作に続いて安楽椅子探偵物だが、今度は引退した助産婦が探偵役となっている。助産婦歴13年の出張助産婦・聡子さんと、助産院に見習いで通うかたわら、聡子さんの助手を務める陽奈が仕事に関係した事件に巻き込まれる。40有余年の助産婦生活を引退して旅行や陶芸を楽しんでいる明楽先生が、二人の持ち込んだ話を聞いて真相を見抜く。

 元気が取り柄の陽奈としっかり者の聡子さん、二人の際立ったの性格の違いや、人生の達人である明楽先生のおとぼけぶりが微笑ましい。妊婦を守ろうとする二人の助産婦、彼女らを見守る明楽先生という図式が温かい。殺人など起こらず、日常の謎を解くタイプのミステリなので、ほのぼのと楽しむことが出来る。ちょっとした言葉から真相を見抜くのは、無理を感じる部分もあるけれど、厳格に考えずに楽しみたい。

 「お母さんをさがせ」では、ひょんな事から3人の妊婦から、本妻を見つけ出す必要に迫られる話で、それぞれの妊婦の事情に切ない気持ちにさせられる。「お父さんをさがせ」では、3人の男性に甘える女子校生妊婦に翻弄される話で、特徴ある男性3人の存在が面白い。「赤ちゃんをさがせ」は、依頼が次々とキャンセルされるのを聡子さんの元ダンナの悪事と思い込む話で、聡子さんの意外な一面がうかがえる。

 2002年から“助産婦”の名称が“助産師”になったが、本書では“助産婦”が使われており、巻末に著者の言葉が載っている。  

『クライマーズ・ハイ』 横山秀夫
文藝春秋 本体:1571円(H15/08初、H15/12,7刷)、★★★★★
 北関東新聞の記者・悠木和雅は、同僚の元クライマー・安西と谷川岳に屹立する衝立岩に挑む予定だった。出発日の夜、御巣鷹山で日航機の墜落事故が発生し、悠木は事故の全権デスクを命じられる。安西は山に向かわず歓楽街で倒れ意識が戻らない。1985年の日航機事故で運命を翻弄された地元新聞記者たちの濃密な一週間。

 日航機墜落という未曾有の大事故を当時の新聞記者たちの目を通じて描く。部下の事故死以来、社内で微妙な存在だった悠木が事故の全権デスクを命じられる。部下を叱咤しながら記事作りに全力を尽くす悠木。息子の反抗に戸惑い、社内の軋轢に怒り、事故の凄まじさに恐怖し、遺族に涙する姿が描かれる。ミステリ的な要素はほとんど無く、航空機事故以外の記者の日常や様々な問題も描かれていて、ノンフィクションに近い雰囲気がある。

 事故から17年後の衝立岩への登山が、事故を巡る数日間の出来事の間に挟まれる。当時果たせなかった登山と、共に登るはずだった安西の残した言葉、そして息子との関係が浮かび上がってくる。日航機墜落に騒ぐ記者たちの緊迫した空気に対して、17年後の衝立岩は自然の中でゆったりとした時間が流れる。

 元新聞記者の著者が、取材体験を元に描いた墜落事故の記録としても価値があると思うし、その未曾有の事故の中で大きな経験を得た記者たちの物語としても感動を味わった。 事故現場の様子は間接的にしか語られないけれど、それでも十分に事故の大きさ悲惨さが伝わってきた。多くの事が描かれており、各エピソードが何を語ろうとしているのか未だ整理出来ていないけれど、間違いなく良く出来た小説だったと思う。  

『新世紀デジタル講義』 立花 隆ほか
新潮文庫 本体:667円(H14/11初)、★★★★☆
 デジタル世界の真の基礎と深層に立花隆と東大・立花ゼミの面々が挑戦。ガイドを務めるのは、日本が誇る最先端科学の知性たち。コンピュータのしくみ、歴史、その産業界に及ぼした影響、インターネット社会の将来像まで、デジタル世界の実像が明解になる集中講義。

 立花隆さんと東京大学先端科学技術研究センター(先端研)の先生が、1999年に行った情報学講義の内容をテキストにまとめたもの。巻頭の「サイバーユニヴァーシティの試み」では、1997年当時の情報教育への不満、情報教育の重要性、将来の構想が述べられている。 この内容は97年の立花さんの話をまとめたもので、この文章が以下の講義のきっかけとなったようだ。

 第1章は立花隆さんの「情報原論」で、「情報とは何か」から始まり、コンピュータによる情報処理の必要性や、コンピュータの基礎理論を解説している。第2章は南谷崇さんの「コンピュータのしくみ」で、もっとも基本的な回路や簡単なアルゴリズムから、現在のコンピュータの構造と動作原理までを解説する。第3章は橋本毅彦さんの「コンピュータの歴史」で、初期の加算機からENIAC、プログラム言語の発達、トランジスタやICの開発、OSの発達、ネットワークの拡張を説明する。第4章は児玉文雄さんの「デジタル産業革命」で、コンピュータのハードウェア、ソフトウェアの産業の変化や、コンピュータが産業にもたらした影響を解説する。第5章は安田浩さん「ネットワーク社会の将来」で、ネットワークの基礎を解説、ネットワークの将来を展望している。

 「情報原論」「コンピュータのしくみ」「コンピュータの歴史」までは一般的な情報教育として連想される内容だったが、「デジタル産業革命」「ネットワーク社会の将来」に関しては、これほど比重を上げるとは予想外だった。情報処理が社会にもたらす影響に重点を置いた内容であり、一般課程としての情報教育らしい内容だった。

 一般の入門書に比べて難易度が高くいかにも講義テキストらしい内容だった。初心者はこの分野を展望するというつもりで読むと良いだろう。講義のレベルとして、聴講者の2割が内容に付いて来ていれば適当と書いてあった。立花さんは良く「分からなくても、とにかく読み進め」みたいなことを書いているから、難しくても安心して読み進めば良いと思う。

 各章に文庫版付録の「補講ノート」が追加されていて、文庫化までの時間のギャップが補われている。  






間違いなどお気付きの事がありましたら hirose97@max.hi-ho.ne.jp までメールを下さい。
ご感想もお待ちしています。なお、リンクは自由ですが出来ればお知らせ下さい。