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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年12月

『ブレイン』, ロビン・クック
『エンガッツィオ司令塔』, 筒井康隆
『しあわせの理由』, グレッグ・イーガン
『マジシャン』, 松岡圭祐

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ブレイン ―脳―』 ロビン・クック
ハヤカワ文庫NV 本体:544円(86/03初、97/07,13刷)、★★★☆☆
 ニューヨークのホブソン大学医療センターを訪れる若い女性患者が次々と視覚や嗅覚に異常を感じ、突然暴力的な発作を起こした。放射線科医フィリップスは、脳のレントゲン写真から奇病の正体を解明しようとしていたが、患者の遺体から脳が持ち去られ、他の患者も行方不明になる。

 神経放射線科医師のマーティン・フィリップスの日常の仕事を追いながら、数名の患者に共通する異常とその事実を消し去ろうとする何者かの存在を描いている。医療現場の実態としても興味深いが、1981年の作品なので医療技術は古い感じがする。

 数名の患者に共通する行動の異常と脳のレントゲン写真に見られる異変の関連に気付いたフィリップスは、更なる調査を開始するが、様々な妨害に合い進展しない。デニーズというレジデントとの恋愛や、実務一点張りの秘書とのやりとり、その他の様々な業務に追われ続ける。

 医療現場の日常を盛り込みたかったのは分かるが、主人公の気持ちが本格的に事件の解明に向かわないのでイライラさせられる。後半、事態が急転して主人公の命がけの逃走劇となるが、それまでの話とギャップが在り過ぎて嘘っぽい。ラストは一応の収拾を付けているが、100ページ使うところを3ページで済ました感があり、がっかりした。  

『エンガッツィオ司令塔』 筒井康隆
文春文庫 本体:524円(03/04初)、★★★☆☆
 恋人に指輪を買うために新薬の人体実験の掛け持ちをしたら、幻聴、妄想、電波、異常性欲と副作用はエスカレート。恋人の誕生日の当日、家に乗り込んだ男は…。“えんがちょ”な表題作をはじめ、エログロ、スカトロから抱腹絶倒のパロディまで、全十篇の超過激短篇集。「附・断筆解禁宣言」のインタビューを収録。

 「エンガッツィオ司令塔」は、過激にエスカレートしていく様子が可笑しい。好きな短編「薬菜飯店」にちょっと似ている。幻覚や幻聴、精神の変調で押し通した方が良かったかも。「乖離」は、品格ある美貌の女性が下品な悪声によって人気タレントになる話。関西弁での思い切りの良い罵声が凄まじい。作家のドラッグについての対談がエスカレートする「猫が来るものか」も、危ないネタが面白い。

 七福神に関するシャレや小話を並べた「越天楽」「東天紅」「ご存知七福神」は、知識不足でネタが分からない物も多く、ストーリーもないので物足りなかった。そんなのが3作並んでいたので、その前に読んだ短編集『魚籃観音記』(新潮文庫)より印象が悪くなった。

 3つの芝居が入り乱れて進む「俄・納涼御攝勧進帳」は、解説を読むまで歌舞伎だとは理解していなかったが楽しめた。某国の独裁者を痛烈に皮肉った「首長ティンブクの尊厳」は、毒の強さに唖然とさせられる。筒井さんならではの痛快な作品だが、著者の身が心配になってくる。

 「エンガッツィオ司令塔」「乖離」「猫が来るものか」「魔境山水」「夢」「越天楽」「東天紅」「ご存知七福神」「俄・納涼御攝勧進帳」「首長ティンブクの尊厳」の10短編を収録している。巻末の「附・断筆解禁宣言」は、「断筆宣言」から「解禁」までの経過をインタビューとしてまとめている。  

『しあわせの理由』 グレッグ・イーガン
ハヤカワ文庫SF(SF1451) 本体:820円(03/07初)、★★★★☆
 脳内の化学物質によって感情を左右されてしまうことの意味を探る表題作をはじめ、仮想ボールを使って量子サッカーに興ずる人々と未来社会を描く「ボーダー・ガード」、事故に遭遇して脳だけが助かった夫を復活させようと妻が必死で努力する「適切な愛」など、本邦初訳3篇を含む日本版オリジナル短篇集。

 「適切な愛」は、事故に遭った夫を救うため、クローンへの脳移植と特殊な方法での脳の保存を受け入れる事になった女性の話。
人体を使った脳の保存、臓器として利用するクローンの育成、新しい体の夫との生活など、技術の進歩にともなう未知の領域の物を、ひとりの人間がどう受け入れていくかを問う話。主人公の反応は一般的なものとは思えなかったけれど、それはそれでいいと思う。

 「闇の中へ」は、地球上のどこかの地点に実体化し、数分間そこに存続するワームホール。その特殊な空間から人々を救助するランナーと呼ばれる人たちの活躍を描く。
ワームホール内の特殊な制約の中での活動が面白い。本書の作品の「ボーダー・ガード」の量子サッカーも同じような部分が魅力だと思う。

 「道徳的ウイルス学者」は、同性愛や未婚でのセックスを撲滅するために、狂気をはらんだウイルス学者が研究にのめり込む。
純粋に笑えるマッドサイエンティスト物の一編だけど、これも考えさせられる部分を持っている。道徳的なことは置いといても、狂気と科学が人類を滅ぼす可能性は現在でも否定できない。

 「チェルノブイリの聖母」は、近未来を舞台に、行方不明になった聖母像を探し出す仕事を請け負った探偵の活躍を描く。
近未来的な色々な小道具が良く描けていて、ハードボイルドSFとして読み応えがあった。特定の事項を信じる想いというのは尊く、誰もそれを踏みにじることは許されないというテーマもしっかり描けている。

 「血をわけた姉妹」は、生物戦用の特殊なウイルスが世界的に広まってしまった未来。遠く離れた地で暮らす双子の姉妹が、同じウイルスに感染する。
ネタバレになるので書けないが、医療に関する重要なテーマを含んでいる。現代でも過去でもありえる話なので、必ずしも近未来を設定する必要はなかったかも知れないが、突然変異を強化されたウイルスの存在が臨場感を高めている。

 「しあわせの理由」は、脳腫瘍の副次的作用によって幸せを感じつづける少年。最新の治療によって死の危機を脱したが…。
あらすじから想像する以上に先があるけど、テーマは想像される通り、脳の物理的な作用と人間の感情に関する問題。面白いテーマだと思う。カフェインの取り過ぎで不安になったり、精神安定剤で落ち着くのを経験しているので、薬によって感情が制御できるのは実感できる。そのことに関してアイデンティティに不安を感じることも無いけど、始めてそういう考えに接したときは嫌な気持ちだったかも。


 イーガンさんの今までの印象は、「センス・オブ・ワンダーの一杯詰まったエンターテインメントなSFを書く人」だったのだけど、本書を読んで少し考えが変わった。坂村健さんの解説の影響もあるのだが、「哲学的なテーマを好んで取り上げる作家」というのがプラスされた。この短編集では「エンターテインメントなSF」という部分が薄くなり、「哲学的なテーマの小説」と言う部分が濃く表れている。

 「適切な愛」「闇の中へ」「愛撫」「道徳的ウイルス学者」「移相夢」「チェルノブイリの聖母」「ボーダー・ガード」「血をわけた姉妹」「しあわせの理由」の9編を収録。  

『マジシャン』 松岡圭祐
小学館文庫 本体:657円(03/06)、★★★★☆
 目の前で金が倍になると語る人々。この奇妙な詐欺事件を追う舛城警部補の前に、マジシャンを志す少女が現れる。舛城は少女に捜査への協力を依頼。少女が見破った金が倍に増えるトリックとは? 人をあざむくプロである“詐欺師”と“奇術師”の頭脳戦が展開する心理トリック小説。

 目の前に置かれた札を触れることなく倍にするという話に、詐欺の疑いを抱いた舛城警部補が捜査に乗りだす。捜査線上に浮かぶ元詐欺師・飯倉の存在。その飯倉を父親のように慕う少女が詐欺のトリックを暴いていく。マジックを応用した新手の詐欺を描いており、“詐欺師”対“奇術師”の図式が興味を引く。飯倉が事件の黒幕かも知れないという疑惑が面白いところ。

 テレビで催眠術師として活躍した著者だが、マジシャンの世界にも精通しているらしく、あまり知られていないマジシャンの世界を興味深く描き出している。マジックの詐欺への応用も無理がなく、何度もそのトリックに驚かされた。XEコンピュータ・ウィルスについての記述はちょっと怪しい部分もあった。コンゲーム小説の犯罪者の多くは義賊的なところがあるのに、この小説の場合、殺すことに意味があるとも思えない場面で殺人を計画するので後味が悪かった。

 最初の数ページから惹きつけて、飽きさせずにぐいぐい読ませてしまうエンターテインメントとしての構成力に感心した。後半は、私の望む展開と大きく違っていて、あまりたのしめなかったのが残念。  






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