読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年11月

『カムナビ 上・下』, 梅原克文
『幻惑密室』, 西澤保彦
『妻という名の見知らぬ女』, アンドリュー・クラヴァン
『陰の季節』, 横山秀夫

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『カムナビ 上・下』 梅原克文
角川ホラー文庫 本体:819円・857円(H14/11初)、★★★★☆
 葦原志津夫は十年前に行方不明になった父に関する情報を得るため、茨城県の石上遺跡に来た。現場には無惨な焼死体が転がっており、情報提供者の助教授は行方不明になっていた。彼は前代未聞の土偶を発見したと言っていたが、関係者はそれを否定する。志津夫はわずかな手掛かりを頼りに調査を始めるが…。

 上下巻合わせて1355ページの大作。2週間かけて読んだが、娯楽作品なので苦痛ではなかった。日本の古代史を題材に“カムナビ”という怪現象の謎を追う伝奇小説で、上巻では2つの殺人事件を巡って話が進む。欠点も多いけれど、エンターテインメントの定石をきちんと押さえているので楽しんで読むことができた。星野之宣さんのマンガ『ヤマタイカ』(潮出版社・希望コミックス)が似た作品として思い浮かんだ。

 下巻に入ると読んだページ数の割に、話の核心まで遠そうなのが辛くなってきたが、少し我慢して読み続けると、突拍子もない“カムナビ”の原理が明かされ驚かされた。説明に矛盾が見られるが、矛盾がなくても無茶なアイデアだと思う。そこからは、話も佳境へ向かっているのが実感できてすらすら読める。クライマックスの超能力戦はまるで『ドラゴンボール』のようだと、ほとんど『ドラゴンボール』を知らないのにそう思った。

 問題点は、内容に比べて長すぎること。また、登場人物の多くが超能力めいた力を発揮するのに、その力の限界や応用範囲が検討されていないように思われた。主人公の器量の狭さや、神道を極めた白川幸介の言動の幼稚さなども気になった。作品中の説明自体が矛盾している“カムナビ”の原理は、こんなアイデアを堂々と小説にしてしまう人がいるという意味では嬉しかったが、小説としての完成度を落としている。「空を飛ぶクジラでも目撃したような表情(上92)」とか「冷や汗が数ミリグラム放出された(上102)」など、普通じゃない表現が使われていて妙に滑稽な感じがするが、これは作者の個性にもなっていて捨てがたい面もある。  

『幻惑密室 神麻嗣子の超能力事件簿』 西澤保彦
講談社文庫 本体:667円(03/06初)、★★★★☆
 社長宅で開かれた新年会に招待された男女4人。気がつくと外に出ることが出来なくなっていた。電話も通じなくなった閉じられた空間で、社長の死体が発見される。ワンマンで女好きの社長を殺したのは誰か? 美人警部とチョーモンインの美少女・神麻嗣子らが、異常な密室の謎に挑戦する。

 〈チョーモンイン〉シリーズ長編第一作で、その前に「念力密室」という短編が存在する。事件はまったく前作と関連ないらしいが、主人公の保科とチョーモンインの神麻と能解警部の会話は、めいっぱい前作の内容を引きずっていて、仲間外れにされた気分。短編「念力密室」はシリーズ3冊目の『念力密室!』という短編集に収録されているそうなので、それだけ先に読めたら幸せかも。

 神麻嗣子は、髪を三つ編みにしたきものに袴姿の美少女で、超能力者問題秘密対策委員会出張相談員(略してチョーモンイン)の見習いだそうだ。彼女と小説家の保科と美人でキツイ性格の能解警部の3人が超能力がらみの事件の謎を解決するシリーズで、本格パズラーと神麻のかわいさが魅力。

 水玉螢之丞さんの描く表紙の神麻もかわいいが、小説中でも神麻のかわいらしさや警部のキリッとしたカッコ良さが、実に上手く表現されていて良かった。本格パズラーだと認識していた西澤さんが、こんな魅力的なキャラクター小説を書けるとは思わなかった。

 超能力の設定がすごく作為的なので、ちょっとひるんだけど、これを元に展開される推理がパズルのような面白さで楽しめた。誰が超能力者で、制約の多い超能力でどのように犯行に及んだかを解明する。ラストは全然予測していなくて、見事にやられた感じ。ちょうど、第2長編『実況中死』が文庫化されたので早く読みたい。  

『妻という名の見知らぬ女』 アンドリュー・クラヴァン
角川文庫 本体:743円(H15/08)、★★★☆☆
 キャル・ブラッドリーは、小さな田舎町でクリニックの所長を務める精神科医だった。美しい妻と結婚して子供にも恵まれ、幸せで穏やかな人生を手に入れていた。教会に放火した青年の治療がきっかけで、愛してきた妻への信頼が揺らぎ始める。やがて、彼の幸せを崩壊させる出来事が…。

 数々のミステリの名作を書いてきた著者だが、最近の翻訳作品はゴシック・ホラーの『ベラム館の亡霊』(角川文庫)や、女性詩人の結婚談らしい『愛しのクレメンタイン』(創元コンテンポラリ)など、ミステリとは言えない作品が多い。本書もミステリ色はあるものの“幸せな夫婦に訪れた妻への不信”をテーマに描いており、ミステリ・ファンを満足させる物ではない。

 「わたしがこれほど彼女を愛していなかったら、殺人は起きなかっただろう」と告白する精神科医ブラッドリーの一人称で話が進む。結婚して14年経っていまだに美しい妻を愛していた。彼は教会に放火した青年の治療を引き受けることになり、それがきっかけで夫婦に危機が訪れることになる。この青年と奥さんが出来てしまうという展開を予想していたのだが、意外にもミステリ的な展開が待っていた。

 小説としては上手いと思うけれど、前半はかなり退屈。後半はミステリ的な展開があるものの、テーマが別のところにあるので、割とあっさり終わってしまってもの足りない。  

『陰の季節』 横山秀夫
文春文庫 本体:448円(01/10初、03/04,11刷)、★★★★☆
 D県警本部の人事担当の二渡真治は、任期の終わる天下り先のポストに固執する大物OBの説得を命じられた。にべもなく撥ねつけられた二渡が周囲を探るうち、ある未解決事件が浮かび上がってきた…。第5回松本清張賞受賞作の表題作ほか、警察内部の様々な問題に対処する警務課の仕事を追ったD県警シリーズ第1弾。


 天下り先のポストを辞めないと言い出した大物OBの真意を探る「陰の季節」は、他の3編にも脇役で登場する二渡が主役の話。警察内部の人事の問題を描きながら、OBの真意を探るという形でミステリを成立させている。この本収録の4編とも全て同じタイプの話になっている。先に読んだ『動機』(文春文庫)という短編集と同じ手法だと思ったけど、本当はこっちが先。

 警察に届いた密告文書の真実を確かめ、密告者を探し出す監察官を描いた「地の声」は、病気から監察官を任じられた新堂が主役の話。密告の真実を探るなかに、対象者の昇任問題が絡んでくる。ミスディレクションの存在が話を脇にそらしてしまって、ちょっと失敗だったかも。

 犯人逮捕に結びついた似顔絵を描いた婦警が失踪し、心配した女性警部が謎を追う「黒い線」は、連作短編集『顔 FACE』(徳間書店)につながる似顔絵描きの婦警・平野瑞穂が登場する話。婦警担当係長の七尾友子が母親のような目で婦警の成長を見守り、失踪の謎を追う。事件には憤りを感じるが、友子の頑張りに救いを感じる。

 県議会の質問内容を事前に調べだす秘書課の仕事を描いた「鞄」は、秘書課の柘植が主役の話。警察内部にこんな仕事があったとは意外だった。これ1編で終りじゃなくて、シリーズで読みたくなる。


 「地の声」「黒い線」「鞄」の3編が、結果的に警察内部の汚れた部分を描いており、さらに出世に絡んだ欲も強調されていて、読み終わった後味が悪い。一編一編の質の高さは評価できるけど、『動機』ほどには好きになれない短編集だった。「陰の季節」「地の声」「黒い線」「鞄」の4編を収録。  






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