読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年10月

『ハグルマ』, 北野勇作
『真空ダイヤグラム』, スティーヴン・バクスター
『十三番目の人格』, 貴志祐介
『探偵ガリレオ』, 東野圭吾
『屍蘭 新宿鮫3』, 大沢在昌
『ネザーワールド』, 東 佐紀

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ハグルマ』 北野勇作
角川ホラー文庫 本体:590円(H15/03初)、★★★☆☆
 テストプレイを頼まれたゲームは、生々しくプレイする者の心を捉えた。開発者が飛び降り自殺し、そのゲームの担当になったが…。ゲーム世界にのめり込んでいくに従い、現実との境目が曖昧になっていく。ゲームに、そして現実に介入する「ハグルマ」の意味する物は…。

 『かめくん』(徳間デュアル文庫)で日本SF大賞受賞し、次々とSF作品を発表している北野勇作さんだけど、井上雅彦さん監修のホラー・アンソロジー〈異形コレクション〉に幾つもの作品を寄せている著者なので、ホラーというジャンルはお手の物だろう。

 ゲーム開発を引き継いだ主人公の現実と、テストプレイ中のゲームの内容と、自殺したゲーム開発者の意思が混沌としていく過程が恐ろしい。女の謎めいた行動、動き続けるコピー機、混沌とする記憶。『かめくん』の中に感じた非現実感が、この作品の中にも存在する。のほほんとした『かめくん』の非現実感とは全然違って、強い嫌悪感を感じるような存在だが……。

 様々な出来事の裏にある「ハグルマ」の謎が明かされる。かなりSF的な話で面白く思ったが、文章で説明が与えられただけで、物語の中の出来事と関連して来ないまま終わってしまい、多くの疑問が残った。  

『真空ダイヤグラム ジーリー・クロニクル2』 スティーヴン・バクスター
ハヤカワ文庫SF(SF1430) 本体:820円(03/01初)、★★★★☆
 宇宙進出から1万年の歳月が経過し、異星種族スクウィーム、クワックスによる支配をも克服した人類は、ついに超種族ジーリーに告ぐ地位を獲得するに至った。しかし、人類はジーリーが数百億年かけて遂行してきた計画の存在を知らなかった。人類の絶頂から衰退、時空の黄昏までを描ききった驚愕の未来史連作集第2巻。

 各短編の間に悠遠な時間が存在し、『プランク・ゼロ ジーリー・クロニクル 1』(ハヤカワ文庫SF)と合わせて〈ジーリー・クロニクル〉と言う壮大な未来史になっている。年表によると最初の短編がAD3672年を描いていて、最後の短編がAD4101284年の未来なのだから想像を絶する。小説中にはAD5億年を描いた部分もあった。

 虚無的な定理を中心哲学にするスノウマンの遺産を描いた「ゲーデルのヒマワリ」。量子の波動関数の基本レベルまで見える少年がジーリーの謎に挑む「真空ダイヤグラム」の2編は、『プランク・ゼロ』と同様に物理や数学から発想したアイデアSFとして楽しめる。その後の作品は、長編と共通する特殊な世界を舞台にした短編と、ジーリーの前に衰退した人類を描いた連作になって、物語性が強くなる。

 ジーリーの計画と宇宙の真の姿を見せてくれる「秘史」は、イメージの凄さに圧倒される。長編『天の筏』や『フラックス』(共にハヤカワ文庫SF)を読んできた者には嬉しい「密航者」や「ヒーロー」は、登場人物の魅力と不思議な世界で楽しませてくれる。ジーリーによって保護された最後の人類の希望を描く「〈殻〉」「八番目の部屋」「バリオンの支配者たち」の連作は、ハードSFの魅力には欠けるが、そのドラマが心を打つ。

 「ゲーデルのヒマワリ」「真空ダイヤグラム」「密航者」「天の圧制」「ヒーロー」「秘史」「〈殻〉」「八番目の部屋」「バリオンの支配者たち」「イヴ」を収録している。  

『十三番目の人格 ―ISOLA―』 貴志祐介
角川ホラー文庫 本体:660円(H8/04初、H11/12,19版)、★★★☆☆
 人の感情が読みとれる加茂由香里は、能力を活かして阪神大震災の被災者の心のケアをしていた。そこで森谷千尋という複数の人格を持った少女に出会う。少女の十三番目の人格〈ISOLA〉に危険を感じた由香里は、少女を担当する臨床心理士を訪ねて警告する。

 第3回日本ホラー小説大賞佳作受賞の著者デビュー作。いきなり、阪神大震災の被災地での話で興味を引く。エンパスの由香里が多重人格の少女・千尋に出会い。千尋を診る臨床心理士が信頼できる人間だと判明したとき、これは面白くなりそうだと思った。結論を言えば、期待に十分に応える作品だった。

 人の感情を読みとることができるエンパス(心を読むテレパスとは違う)、一人の心の中に複数の人格が形成される解離性同一性障害(多重人格障害)、そして話が進むにつれ明らかになるもう一つのキーワードが読者の興味を惹きつける。こういった設定をどのあたりまで掘り下げて描くかで、その小説の性格が決まる。前に読んだ『クリムゾンの迷宮』(角川ホラー文庫)もそうだったが、エンターテインメントの範囲内で真面目に扱っていて、SF好きには読み応えもあり好感が持てる。

 後半に幾つかの問題点があった。ある人物が裸で死んだことを主人公が知る場面が抜けていたり、磯良の裏切りを説明抜きで展開したり、主人公の恋愛も説得力が十分でない。特にラストの解決手段には大きな疑問が残る。もう一つのキーワードを認める限り、必然的な疑問だと思うが……。

 表紙はともかく、口絵が内容に合っていない。この小説も含んで新しいホラー小説が始まっていると言うのに、昔の恐怖小説そのままの絵はないだろう。  

『探偵ガリレオ』 東野圭吾
文春文庫 本体:476円(02/02)、★★★★☆
 突然、燃え上がった若者の頭、池に浮んだデスマスク、右胸に壊死した痣のある死体、幽体離脱した少年…警視庁捜査一課の草薙俊平が遭遇した説明のつかない難事件を、物理学科助教授・湯川学が解決する。連作ミステリーのシリーズ第一作。

 1編目の「燃える」は、バス停で騒ぐ5人の若者が、ガソリンの入ったポリタンクの炎上に巻き込まれ、1人が死亡するという事故が発生する。彼らは、死亡した少年の頭が燃えて、その炎がポリタンクに引火したと証言するが…、という話。

 2編目の「転写る」は、中学生が池で拾ったアルミの顔型が、行方不明の男の顔型と判明する。池の捜索で男の腐敗死体が発見され、行方不明の男と断定された。犯人は死者の顔型をどうやって作ったのか、何のために作ったのか?

 捜査に行き詰まった草薙刑事が、友人の湯川助教授に相談する。湯川は謎めいた実験や解説を披露した後に、更なる調査を頼んでその報告によって謎を解明する。5編すべてが似たような展開で話が進む。

 様々な事件の謎が科学的な事象として解明されるミステリで、科学が苦手な人には不評なシリーズのようだ。前半で披露される湯川助教授の実験や解説が謎解きのヒントになっていて、科学の苦手な人にもフェアに書かれていると思うのだが……。

 学生時代からの友人だと言う草薙と湯川のやり取りが楽しい。このやり取りにもヒントが込められているから油断ができない。湯川助教授のモデルは佐野史郎さんだそうだ。でも、森博嗣さんの犀川助教授とイメージがだぶる。名前も似ているし、意識してやっているのだろうか。“ガリレオ”という呼び方は、最後の作品で初めて出てくるみたい。

 「燃える もえる」「転写る うつる」「壊死る くさる」「爆ぜる はぜる」「離脱る ぬける」の5編を収録。  

『屍蘭 新宿鮫3』 大沢在昌
光文社文庫 本体:667円(99/08初)、★★★★☆
 犯罪者たちから「新宿鮫」と恐れられる、新宿署刑事・鮫島。高級娼婦の元締めが殺された事件を追う鮫島の前に浮かび上がる不審な産婦人科医院。鮫島に突然の汚職・殺人の容疑が…。背後に潜む存在、呪われた人生、完璧な罠が「新宿鮫」を追いつめる。人気傑作シリーズ第3弾。

 高級娼婦の元締めが殺された事件を追う鮫島と、事件の裏に潜む美人経営者・藤崎綾香と彼女を守るために殺人も厭わない島岡ふみ枝の行動が描かれる。普段はごく普通の独身の婦人であるふみ枝が、綾香のために迷いもなく人を殺していくのが不気味だ。そして、23年間も昏睡状態の須藤あかねと綾香の関係が静かな恐怖を感じさせる。

 前作の毒猿との壮絶な闘いから一転、女性たちの静かな悪意と誠意が描かれる。マンネリを逃れるにはこれしかないといった選択だ。同じような話だったら、きっとがっかりした事だろう。デビュー当時のサザンもこの展開で大成功した。対応できる実力がないと出来ない事をしっかりとやってくれた。

 汚職・殺人の容疑に対して鮫島は退職寸前まで追い込まれる。そこでの対処が甘いところに、人気シリーズがこの巻で終わるわけないと言う裏側が見えてしまった。そこまで追い込まない方が良かったと思う。

 もっと重たい話かと思っていたが、読んでみると面白くって止められない話だった。読み終わってみると、心に重く残る物がある。  

『ネザーワールド ―カナリア―』 東 佐紀
集英社スーパーダッシュ文庫 本体:648円(03/08初)、★★★★☆
 世界中が地下で繋がった未来。指揮者となった直樹は、育ての親であるドンが意識不明と聞いて駆けつける。ドンの昏睡の原因がカナリアという少女の歌だと知った直樹は、さらわれたカナリアを追って地下世界へ…。地下案内人の赤髭と共にカナリアの行方を探るうち、少女を利用した驚くべき計画を知る。

 第2回スーパーダッシュ小説新人賞受賞作。オビに「審査員絶賛!!! 創りこまれた世界観に魅了された!」と描いてあるだけあって、地下世界や遺伝子改変生物などの設定(世界観)がなかなか魅力的な作品だった。新人とは思えない文章力にも驚かされた。エンターテインメントとして基本に忠実な話作りも好感が持てる。

 唯一の弱点が品が良すぎて迫力に欠ける事だった。クラシック音楽をテーマにしているので、ある種の品があるのは当然かも知れないが、ここぞって言う場面ではもっと荒々しさが欲しかった。

 イラストの唖采弦二さんは、アニメっぽい絵にしては背景の描ける人で、作品世界の構築に、この絵の魅力が一役買っている。  






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