読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年09月

『テイクン 上・下』, トマス・H・クック
『有栖川有栖の密室大図鑑』, 有栖川有栖
『デスゲーム 24/7』, ジム・ブラウン
『魚籃観音記』, 筒井康隆
『カメレオンは大海を渡る』, 橋元淳一郎

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『テイクン 上・下』 トマス・H・クック著/レスリー・ボーエム原案
竹書房文庫 本体:各590円(H15/07初、H15/09初)、★★★☆☆
 第二次大戦中に不思議な光に遭遇したラッセル・キーズは、悪夢や激しい頭痛に悩まされていた。一方、野心に燃えるオーエン・クロフォード大尉は、砂漠に墜落した謎の物体の捜査を始める。事故現場から遠からぬテキサス州で主婦サリー・クラークが不思議な人物と出会っていた。

 スピルバーグさん製作総指揮のTVドラマのノベライズで、60年にわたるE.T.と3家族の交流を描くSFファンタジー。ノベライズを担当したのが、『緋色の記憶』(文春文庫)などの著作のある一流のミステリ作家、トマス・H・クックさんだと言うのが凄い。

 短いエピソードで次々と場面が替わり、心理描写も少なく、TVドラマをそのまま小説にした感じが強い。人の心の闇を巧みに描き出すクックさんだから、TVドラマを越えた小説を読ませてくれるかと思っていたが少し期待はずれ。

 クロフォード家の野心、キーズ家に受け継がれる能力、クラーク家に混じったエイリアンの血。エイリアンに関係する3家族の複雑な愛憎関係が60年に渡って描かれるだけあって、その人間ドラマはなかなか読み応えがあった。SF的には、良くあるUFO談話を超える部分がほとんどなく、盛り上がりに欠けている。

 全10話のTVドラマとして、毎回の見せ場を盛り込んだ構成では、一編の長編小説としてはだらだら長く感じるかも。良い部分も悪い部分も含めて、ノベライズとしての限界を感じた。  

『有栖川有栖の密室大図鑑』 有栖川有栖[文]、磯田和一[画]
新潮文庫 本体:552円(H15/02初)、★★★★☆
 作家と読者の双方を魅了し続けてきた東西の「密室」ミステリから、カー、クイーン、乱歩、安吾、鮎川哲也など、歴史的なトリックを凝らした40編を厳選。意表を衝く発想と緻密な論理の魔術をイラストと共に解き明かした密室パノラマ図鑑。

 海外ミステリ20作品、国内ミステリ20作品の密室ミステリを、磯田和一さんのイラストと有栖川有栖さんの文章によって紹介する。文庫化にあたって、有栖川さんの作品一編が加えられている。この作品に限りイラストの磯田さんが選んで、後から有栖川さんが解説を書いた。

 基本的にはSFファンなので、古典的なミステリはクリスティさん、ドイルさん、乱歩さんぐらいしか読んでいない。本書に紹介された密室ミステリは、幅広い年代から選ばれていて古典ばかりではないのだが、9割以上読んだ事のない作品だった。トリックは明かされていないので、未読の作品の紹介も安心して読めた。

 『書斎曼荼羅/本と闘う人々』(東京創元社)で知った磯田和一さんの絵の魅力は、本書でも十分に発揮されており、コメントも楽しい。有栖川さんの解説は、密室の紹介以外に、選んだ理由や作家の紹介、作品の見どころなどを、エッセイのような親しみやすい文章で説明していて読み物として楽しめた。トリックを明かさない事もあり「密室大図鑑」と言うより、密室を題材にしたエッセイと言う方が正しいかも。  

『デスゲーム 24/7』 ジム・ブラウン
ハヤカワ文庫NV 本体:940円(02/03)、★★★★☆
 1日24時間、週7日、孤島で12人の男女が課題に挑む姿が、テレビとインターネットで生中継される。視聴者の投票で一人ずつ脱落し、勝者が決まるのだ。ゲーム開始直後からスタッフが続々と変死。何者かが番組を乗っ取り、12人は本当の“死”を賭けたゲームに挑まされる。

 娘の手術費用が必要な主人公、一人ずつ減っていく参加者、刻々と迫る死の恐怖、誰が何の目的なのか、対策委員会は彼らを救えるのか、主人公のデイナと、主人公と恋に落ちるジャスティンの生還を祈ってドキドキしながら読んだ。エンターテインメントの基本をしっかり押さえて楽しませてくれた。

 死の不安や、犠牲的精神、政府の対応、過去の番組での事故など、深いテーマ性を発揮できそうな部分も少なくないけれど、さらっと流してエンターテインメントに徹している。面白く読んだが、心に残る物がないことがちょっと不満。この作品の場合、期待させる設定があるだけに残念だった。

 『ルパン三世』の特番アニメを思わせるような真相は、ちょっと現実感に欠けているけど、許せる範囲だった。視聴者の投票結果に対し、納得できる出来事を織りこんでいることや、大統領には死なせたくない人物がいるという設定に、著者の構成力を感じた。本書がデビュー作らしいので、これからが楽しみな作家だと思う。  

『魚籃観音記』 筒井康隆
新潮文庫 400円(H15/06初)、★★★★☆
 孫悟空が観音様と禁断の関係に踏み込むポルノ版西遊記「魚籃観音記」。市街戦が発生するなか、ホームドラマのロケ隊が“日常的描写”にこだわり続ける「市街戦」。牝馬が人間の娘に見える「馬」など、ポルノ、スラップスティック、ホラー、ジャズなど筒井ワールド満載の10編。

 小説のモデルにされ喜んでいた男、その作中の人物が死んで騒動を起こす「作中の死」。ある異変から巨大化した鼠が人間と戦う「ラトラス」。空き地でジャズを演奏する犬たちを擬人化して描く「ジャズ犬たち」。妻の実家のある谷間の村に移り住むことになった男の戸惑いを描く「谷間の豪族」など。

 「馬」は特別な展開もなく、淡々とした話だが余韻が残る。「ラトラス」は、読んだことがあるので、調べたら掲載された「小説新潮 1998.3」は、星新一さんの追悼特集号なので持っていた。「ジャズ犬たち」は、筒井さん身辺の人物がモデルらしい楽屋落ち的な作品。彼らを犬や猫として描いて、さらに心に迫るものがある。

 従来の短編集にあった極端な実験作というのが影を潜めていて、収録された作品の多くから、しみじみとした枯れた味わいを感じる。派手ではないけれど充実した作品が並ぶ短編集だった。今、じわじわとその凄さを感じている。

 「魚籃観音記」「市街戦」「馬」「作中の死」「ラトラス」「分裂病による建築の諸相」「建物の横の路地には」「虚に棲むひと」「ジャズ犬たち」「谷間の豪族」の10編を収録。  

『カメレオンは大海を渡る』 橋元淳一郎
ハヤカワ文庫NF 本体:660円(03/06初)、★★★★☆
 幽体離脱時に活性化する脳の部位とは? 鳥の祖先は4枚翼の恐竜だった? 植物の葉緑体は強い光を当てると逃げる? ナノテクで原子のメビウスの輪ができた!? 科学雑誌「ネイチャー」「サイエンス」に発表された、小説よりも奇なる研究成果を軽やかな文章で提供する。最先端科学を味わうコラム第2弾。

 ページの上3分の2に本文、下3分の1に使われた専門用語の説明が載っている。第1章から第7章まで、人間、生物、地球、宇宙、物理、数学、科学ゴシップに分けて最新の科学情報を紹介している。

 数式を使った難しい科学解説書といった雰囲気は微塵もなく、気軽に楽しめる科学コラムだった。短く話題が変わっていくので物足りない面もあった。実証され正しいと認められた科学ではなく、科学雑誌に発表された最新の研究成果なので、後に笑い話になってしまう物もあるだろう。そこは割り切って読むしかない。

 ウェブ上に、この本のミスを指摘する文章が掲載されていた。私には、この本の解説の正誤を判断する知識はないけれど、指摘された部分の多くは、例外を省いて簡単な説明で済ました部分のようなので安心した。ただし、P219-P220に渡って4行がだぶっているのは、校正の不備を感じた。  






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