読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年08月

『パプリカ』, 筒井康隆
『25時』, デイヴィッド・ベニオフ
『プランク・ゼロ』, スティーヴン・バクスター
『ユビキタス・コンピュータ革命』, 坂村 健
『おれは非情勤』, 東野圭吾

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『パプリカ』 筒井康隆
中公文庫 本体:743円(97/04初)、★★★★☆
 精神医学研究所の時田浩作と千葉敦子は、画期的なサイコセラピー機器の開発と実践によってノーベル賞候補と目されていた。研究所内には二人の成功を嫉妬する者による陰謀が…。〈夢探偵〉パプリカに、所長の友人・能勢の不安神経症の治療が依頼された。敦子はパプリカとしてPT機器を使い能勢の夢の分析を始める。

 美貌の敦子が〈夢探偵〉パプリカとなって行う精神分析の話と、二人の研究成果を狙った精神医学研究所での陰謀が描かれる。新しく開発された〈DCミニ〉を巡って、夢の中で生死を賭けた激しい戦いが展開する。

 不安神経症の能勢と抑鬱症の粉川の治療によって、夢分析とか精神分析などの興味深い側面を見せてくれる。心理学に造詣の深い筒井さんならではの作品で人間の精神世界の深遠さを感じさせる。設定、展開など完全なエンターテインメントなのだが、登場人物たちの性格や反応が人工的な感じで浮いている。私も含めて、人によっては好きになれない部分だと思う。

 筒井さんが小説の虚構性を意識して書いた作品にこの傾向が強く、この小説でも終盤に向かって、どんどん非現実的になっていく。感情移入しやすくて、すらすら読めるのだけが、良い小説ではないと言うことだろう。実験的な作品も理解して楽しめる読み手になりたい。読み手の許容力が問われる作品だと思う。  

『25時』 デイヴィッド・ベニオフ
新潮文庫 本体:629円(H13/09初)、★★★☆☆
 麻薬密売で逮捕されたモンティ・ブローガンは、保釈期間を終了して24時間後に収監される。ハンサムな彼は、刑務所で他の囚人に強姦される日々が待っている。選択肢は服役、逃亡、そして自殺―。モンティは愛する者たちと淡々と一日を過ごす。

 友人である投資銀行トレーダーのフランクと高校教師のジェイコブ、恋人のナチュレル、酒場を経営する父親、飼い犬・ドイルとの収監までの1日が描かれる。前半はモンティの事件をモンティの周囲の人々がどのように受け止めたかが描かれていく。肝心なモンティの気持ちは前半では明らかにされない。

 終り近くになって、モンティの気持ちが正面に出てきて、印象深いラストを向かえる。短編だったら、絶賛するところかも知れないが、長編としては物足りない。読み終わって、主人公の気持ちが一番分からない。モンティは犯罪行為をどう思っているのか、結果として逮捕された事は、友人たちの生き方については……。描いているテーマが興味深かったので期待が大きかった。手堅くまとまっているけれど、内容の薄さに失望させられた。  

『プランク・ゼロ ジーリー・クロニクル1』 スティーヴン・バクスター
ハヤカワ文庫SF(SF1427) 本体:860円(02/12初)、★★★★☆
 西暦3600年代、人類は太陽系の開発を進め、ワームホール・テクノロジーによって他の恒星系に進出した。ワームホールのネットワークが太陽系全部を結びつけ、多種多様な生命との遭遇を繰り返していく。1万年後、二度の支配の時代を経てジーリーにつぐ種族となった人類を待っていたものは……。未来史連作集第1巻。

 著者の〈ジーリー〉シリーズの長編『天の筏』『時間的無限大』『フラックス』『虚空のリング』(全てハヤカワ文庫SF・絶版)の間を埋める短編を未来史に沿って並べている。さらに各短編の間を繋げる幕間劇として「イヴ」が書き下ろされた。続けて刊行された『真空ダイヤグラム』(ハヤカワ文庫SF)とで、連作集"Vacuum Diagrams"の全訳となる。

 冥王星の外側のカイパー・ベルトの生物との遭遇を描いた「太陽人」、物理学者を死に至らしめた論理プール生命とは…「論理プール」、ワームホールの事故で冥王星から決死の帰還に挑む「グース・サマー」、水星の氷の下に生きる生物たちを描く「黄金の繊毛」、数百倍の速さで成長する少女・リゼールとは…「リゼール」など。「リゼール」は読んだことがあると思ったら、『虚空のリング』の始めの部分そのままだった。

 異色の生命やテクノロジーを中心にしたアイデア重視のハードSFが並んでいる。各短編は、連作の一部という感じが全然なく、独立した一編として楽しめる。各短編の間で時代の変化を語ることで、全体では壮大な未来史が浮かび上がってくる。

 「イヴ」「太陽人」「論理プール」「グース・サマー」「黄金の繊毛」「リゼール」「パイロット」「ジーリー・フラワー」「時間も距離も」「スイッチ」「青方偏移」「クォグマ・データ」「プランク・ゼロ」を収録している。  

『ユビキタス・コンピュータ革命』 坂村 健
角川oneテーマ21 本体:667円(02/06)、★★★★☆
 インターネットの次にくる「ユビキタス・コンピュータ」。自動車、携帯電話、家具、衣服――あらゆるモノにコンピュータが入り、あらゆるモノがつながる。消費資源を半分にし、快適を2倍にする世界をめざす。世界No.1の組込みOS「TRON」の開発者による次世代社会の大予言。

 第1章はユビキタス・コンピューティングについての入門編な説明。第2章は、ユビキタス・コンピューティング社会のセキュリティを考えるために、現在のコンピュータ犯罪と対策を解説している。第3章は、ユビキタス・コンピューティングの下地として、オープン・アーキテクチャの重要性を説いている。第4章では、ユビキタス・コンピューティングの現状から、克服すべき課題を示し、目指す社会のイメージを描いている。

 著者の提唱する「ユビキタス・コンピュータ」は、ネットワークがどこでも自由に使えることを表す「ユビキタス・ネットワーク」とは違って、身の回りの様々な物に小さなコンピュータが入り、物と物とが互いに情報のやり取りをする。そうして手間を省いたりミスを防いだりする未来社会を想定している。最近話題のICタグと似ている。ICタグがコンピュータの能力を持てば「ユビキタス・コンピュータ」が実現しそうだ。

 単純に開発研究中の技術を紹介しているのではなく、第4章にあるように、技術の先を見通して将来を思い描いている。ある程度の過去において、現在のインターネットや携帯電話の普及を予想で出来なかったように、このユビキタス・コンピューティングによる未来像も実際の未来とは違うものかも知れない。しかし、技術開発にはその技術によってどのような未来が実現するか予測するのは、安全性の面からも必要なことであり、重要なことだと思う。  

『おれは非情勤』 東野圭吾
集英社文庫 本体:476円(03/05初、03/06,2刷)、★★★☆☆
 小学校の非常勤講師の「おれ」が、一文字小学校に赴任して2日目、体育館で女性教諭の死体が発見された。かたわらには謎のダイイングメセージが! 行く先々の学校で起こる様々な事件に、クールな非常勤講師が見事な推理を展開する。他にジュブナイルの短編2編を収録。

 「おれは非情勤」全6話と「放火魔をさがせ」「幽霊からの電話」の2短編を収録。「おれは非情勤」は「5年の学習」「6年の学習」(学習研究社)の連載に加筆したもので小学生向けに書かれたミステリ。タイトルの“非情勤”は非常勤講師と主人公が非情な性格である事をかけている。非情な主人公ということで、ハードボイルド・ミステリのパロディ的な構成をとっている。

 解説によると、連載中に子供の読むものに殺人や浮気を出すとは何事かと抗議があったそうだ。そのためか第1章の殺人事件以後は、盗難事件、自殺、自殺未遂、脅迫、毒入り飲料と事件の内容に苦慮しているのがうかがえる。事件のトリックも計算式や漢字を使った小学生を意識したもので、大人が読むにはある程度の妥協が必要だった。

 それぞれが別の学校での事件で、主人公以外に共通する人物の出ない「おれは非情勤」シリーズよりも、小学五年生の竜太が活躍するオマケの2作の方がキャラクターに魅力があり面白かった。全て小学生向けの雑誌に掲載された子供向けの作品ではあるけど、ミステリとして細部まで丁寧に仕上がっている。あらすじでは“ミステリ作家をめざす”とあるが、人に聞かれたらそう答えると言うだけで本当のところは不明だと思ったが……。  






間違いなどお気付きの事がありましたら hirose97@max.hi-ho.ne.jp までメールを下さい。
ご感想もお待ちしています。なお、リンクは自由ですが出来ればお知らせ下さい。