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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年07月

『ストロボ』, 真保裕一
『嘘をもうひとつだけ』, 東野圭吾
『キャラクター小説の作り方』, 大塚英志
『アウト・オブ・サイト』, エルモア・レナード
『ハートのタイムマシン!』, 瀬名秀明
『モンスター・ドライヴイン』, ジョー・R・ランズデール
『少年たちの四季』, 我孫子武丸

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ストロボ』 真保裕一
新潮文庫 本体:514円(H15/05初)、★★★★☆
 50歳の喜多川は、写真家としてキャリアと名声を手にした。死期の迫った女性の遺影を撮ることになった彼は、ふと自分の半生を振り返る…。愛しあった女性カメラマンを失った40代。先輩たちと腕を競っていた30代。病床の少女の撮影で成長を遂げた20代。そして、学生時代と決別したあの日。

 目次を見ると第5章から第1章まで普通と逆に並んでいる。50歳から始まって、42歳、37歳と順に若い頃の話が語られていく。著者のあとがきによると50歳の喜多川が自分の歩んできた道を振り返る構想で書かれたらしいが、それぞれの章はそれが現在の形で描かれている。

 それぞれの章の中で、さらに過去の出来事が関係してくる。5章ではある女性の過去が、4章では遭難した女性との過去が、3章ではアシスタント時代の事が、2章でも1章でも、その時点の現在に、さらに過去が関係してくる。それぞれの章がそれぞれの今として書かれているけれど、それぞれの過去に大きな影響を受けていて、今だけではない長い時間がその章の中に詰め込まれている。

 ある人物の行動の理由だとか、ちょっとした謎が解かれるミステリの味わいを付加しているそうだが、そういうサービスもあって楽しんで読むことが出来た。薄めの本なので、人生を語り尽くすにはボリュームが足りなかったかなとは思うが、それなりの感動を残してくれた。  

『嘘をもうひとつだけ』 東野圭吾
講談社文庫 本体:495円(03/02初)、★★★★☆
 バレエ団の事務員が自宅マンションから転落して死亡した。自殺と思われた事件だったが、同じマンションに住む元プリマ・バレリーナのもとに一人の刑事がやって来た。刑事は彼女の小さな嘘から事件の真相を見抜いていた。加賀刑事を主役にしたミステリ連作集。


「冷たい灼熱」
妻が殺され息子が行方不明に…。警察と共に犯人からの接触を待ったが、連絡は一向になかった。
全然予想もしていなかったので真相には驚かされた。加賀刑事の上げる細かな矛盾点もさすがと言う感じ。良く出来ている。

「狂った計算」
夫を事故で亡くした奈央子のもとに刑事が来た。事故と同じ頃から、家を担当した建築士が行方不明になっていると言う。
ある意味で加賀の推理が外れていたのが印象的な一編。この真相も「冷たい灼熱」にも劣らない新鮮な驚きがあった。

「友の助言」
居眠り運転で事故を起こした萩原。友人の加賀刑事が見舞いに訪れるが、萩原の態度はよそよそしかった。
妻の殺意が明らかなのに、何故か被害者は認めようとしないという新展開。萩原の考えは何なのか? ラストにはさわやかな感動があった。


 どの話も事件関係者のもとを加賀刑事が訪れ、事件についての何気ない質問から小さな嘘を見抜き真相を解明するという構成をとっている。余計な登場人物もいないし、展開も予想できてしまうのだが、追い詰められた犯罪者の心理、加賀刑事の着想の鋭さに魅了された。物語的には物足りない面もあるが、ミステリとしては秀作ぞろいだった。

 「嘘をもうひとつだけ」「冷たい灼熱」「第二の希望」「狂った計算」「友の助言」の5編を収録している。  

『キャラクター小説の作り方』 大塚英志
講談社現代新書 本体:760円(03/02初)、★★★★☆
 まんが誌の編集者、まんが原作者、評論家、小説家の著者が、キャラクター小説とは何かから、キャラクター小説の作り方、近代文学までを語る。登場人物をどう決めるか、作品世界をどう作るか、オリジナリティとは何かなど、キャラクター小説を作り出すポイントを解説。純文学からゲーム小説まで応用できるノウハウを伝える。

 キャラクター小説とは、出版界でライトノベルズ、ジュニア小説、ティーンズノベルズ、ジュブナイル、ヤングアダルトなどと呼ばれる小説ジャンルを意味するそうだ。キャラクター小説の定義から始まって、オリジナリティ、キャラクターの設定と物語の結びつき、キャラクターのパターン、カードによるプロットの整理、テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム(TRPG)による訓練、お話のおもしろさ、お話の法則、世界観の作り方、細部にテーマを示すなどに分けて、キャラクター小説を書くための方法を解説していく。

 キャラクター小説以外にも、まんが、短歌、文学、ハリウッド映画、アニメ、SF小説、テレビドラマなど、様々な分野の例が説明に使われている。著者が広い分野に精通していることがうかがえる。色々な分野の例が出てくる事から分かるように、エンターテイメント作品全般に通じる話を語っている。

 こうして作られた虚構世界に“死”などの現実世界のネガティブな部分をどのように持ち込むかという問題を何度か話題にしている。一作品としては面白かったで終わって、それで良いのだけれど、分野全体としてはこういった事も考えて書いていって欲しいと思う。キャラクターも、お話も、パターンに分類して説明しているけれど、パターンに還元できない部分の存在を著者は忘れていない。全体的には“作り方”というより、キャラクター小説を分析、評価したような内容だった。  

『アウト・オブ・サイト』 エルモア・レナード
角川文庫 本体:781円(H14/10)、★★★★☆
 数百件の銀行強盗で逮捕されたジャック・フォーリーは、囚人仲間の計画を利用して脱獄に成功する。偶然居合わせたタフな美貌の連邦執行官キャレンを車のトランクに押し込み逃走するジャック。いつしか二人は互いに惹かれていくが……。大人の恋が彩るクライム・ノヴェル。

 囚人仲間の脱走計画を利用しようとする出だしから惹きつけられる。主人公は仲間を裏切るのに、嫌な奴という印象がないし、狭い車のトランクの中で和やかな雰囲気になる過程も十分な説得力がある。これだけ筆力を見せつけられると安心して読める。

 レナードさんは1925年生まれで、本書が1996年の作品だから、70歳を超えての執筆となるが、このテンポの良さは年齢を感じさせない。100ページあたりで話が途切れるので心配したが、その後に最高にドキドキさせられる場面が待っていた。ラストはちょっと不満が残るが、存分に楽しめる一冊だった。

 レナードさんの犯罪小説は数多く映画化されているが、今ひとつの物が多かったらしい。この小説の映画化はかなり評判が良いようだ。  

『ハートのタイムマシン!』 瀬名秀明
角川文庫 本体:619円(H14/11初)、★★★★☆
 小説と科学、そして文系と理系について実体験を交えて高校生のために分かりやすく面白く語りおろしたセミナー。1998年の「岩波高校生セミナー」の講義を収録した『小説と科学』(岩波書店)に、第2部として「ハートのタイムマシン」を追加した。

 第1部「小説と科学」では、ミトコンドリアについての説明や、『パラサイト・イヴ』の書評に見られる傾向、文系と理系のイメージの比較、小説の書き方、構想の仕方などを語っている。

 多くの資料を用意して語る著者のまじめさが印象的。文系理系に関して、ひとりの人間の中にも文系の部分と理系の部分があり、学問も文系理系にきっちり分けられない、ということが書かれていて「はっ」とさせられた。

 追加された第2部「ハートのタイムマシン」は、「小説と科学」を補完するような内容で、研究者で小説家だった著者が、研究と小説について考えたことが書かれている。毛利衛さんとの対談や著者の学生時代を描いたコラムなども収録されている。

 著者が、多くの資料を集めて研究し、そこから小説の構想を進めていくタイプの作家だということが良く分かった。小説と科学ノンフィクションの両分野で活動していることに、大きな意義を感じている。  

『モンスター・ドライヴイン』 ジョー・R・ランズデール
創元SF文庫 本体:600円(03/02初)、★★★☆☆
 町を出て行くウィラードの誘いで、金曜日の夜、ぼくたちはドライブイン・シアター《オービット》に集まった。B級ホラー映画オールナイトを観ながら、スナックにコーラ、ビールでいつもの大騒ぎ。だが突然、血の色の光を放つ怪彗星が襲来し、観客全員が《オービット》の中に閉じ込められてしまった。生き残りを賭けた凄絶な戦場となったここから生還できるのか?

 “トンデモ本”とか“ぶっとびエンターテインメント”とあって、どんなに凄まじい小説なのかと想像していたが、それほどでもなかった。筒井康隆さんとか最近のバカSFの方がもっと過激なのではないかと思った。著者の他の作品との落差から出た言葉かも知れない。

 始まりは青春小説のような雰囲気。突如、黒い物質によってドライブインに閉じ込められる人々。その先の展開がシリアスでありながら、B級ホラー映画の様な安物感が漂っている。たたみかけるスピード感がないので、これぞエンターテインメントという面白さに欠ける。

 作中にもドライブインがB級映画さながらの世界になったという言葉が出てくる。わざわざそういう世界を目指したのだろう。スカッと面白いA級のエンターテインメントより、B級の怪しい魅力に惹かれる人のための小説。  

『少年たちの四季』 我孫子武丸
集英社文庫 本体:552円(03/02初)、★★★★☆
 中三の夏休み、マンションの隣に萩原さんが越してきた。萩原さんはゲームやマンガを山ほど持っていて、部屋で自由に遊ばせてくれた。ある日、窓の外を若い女が落ちていった…「ぼくの推理研究」。発売前の新作ゲームを手にした少女が、恐怖の出来事に巻き込まれる「凍てついた季節」など。思春期の少年少女の不安定な気持ちを描いた青春ミステリ連作。

 ジャンプJブックスの『ぼくの推理研究』と『死神になった少年』を一冊にまとめたもの。1話目と3話目、2話目と4話目が同じ主人公で、全ての話に探偵役として荻原が出てくる。後半2作は、別の事件に絡んだ子が、また事件に絡むことに引っかかる部分があった。全部違う主人公の方が受入れやすかっただろう。

 第1話「ぼくの推理研究」は、マンションの飛び降り事件が、歩(あゆむ)の友達の家庭に波乱を巻き起こす。第2話の「凍てついた季節」では、心に傷を持つ加奈子が、発売前のゲームを手にしたことから恐怖の出来事に遭遇する。第3話「死神になった少年」では、少年の超能力を信じた歩が、超能力研究にのめり込んでいき事件を起こす。最終話の「少女たちの戦争」は、ひとりの少女が加奈子に対して不信な行動をとり始め、その少女の自殺から加奈子が忌まわしい事件に巻き込まれる。

 同じマンションに住む不思議な存在・荻原が事件の謎を解く。彼は探偵役であると同時に、色々な問題を抱えた思春期の子供たちに、大切な助言を与えてくれる良き理解者でもある。単純に事件を解決するのでなく、思春期の子供の様々な問題を事件を通じて描いている。家庭の問題、いじめ、自殺など重いテーマを、エンターテインメントの中でバランス良く扱っている。ジュヴナイルと言うことだが、大人の読者でも十分に楽しめた。

 「ぼくの推理研究」「凍てついた季節」「死神になった少年」「少女たちの戦争」の4編を収録。  






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