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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年02月

『カレンダー・ガール』, ステラ・ダフィ
『問題温泉』, 椎名 誠
『夏と花火と私の死体』, 乙 一
『言壺』, 神林長平

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『カレンダー・ガール』 ステラ・ダフィ
新潮文庫 本体:590円(H14/11初)、★★★☆☆
 失踪者捜査の依頼をうけたレスビアン探偵サズ・マーティン。少ない手がかりを追ってNYの高級カジノにたどり着く。そこは、妖艶なホステスたちが蠢く淫靡な秘密クラブだった。一方、レズビアンのマギーは美しい脚の女性と電撃的な恋に落ちる。サズは謎の女を追って秘密クラブに潜入する。

 3人称の話と、“わたし”が語る話とが交互に進んでいく。探偵の現在と過去だと思って読んでいたら違った。探偵の話と、捜査対象の謎の女性に関係する話だった。探偵もレズだし、探偵の友人もレズで、謎の女性もレズで、恋人との熱烈な関係まで描かれている。探偵小説が4割でレズビアンの恋愛小説が6割という感じ。

 レズビアンに偏見がなくて、恋愛小説が好きなら楽しめるが、探偵小説としては、そこそこの出来だと思う。主人公の探偵に捜査に対する執念のような物が感じられず、謎を解いていく過程の醍醐味にも欠けている。

 著者はレズビアンだと言うが、調べたら翻訳者もゲイ文学研究の第一人者だと言う。やっぱり、同性愛に興味がある人が読む小説だったようだ。  

『問題温泉』 椎名 誠
文春文庫 本体:476円(02/12初)、★★★★☆
 温泉のマッサージ椅子に磔になって……、隣国から謎のミサイルが飛来して……、元プロレスラーの嫁に浮気がばれて……、仕事机の上に虫サイズの宇宙船が飛来して……。突然に「おれ」を襲うユーモラスでありながらも、じわりと怖い出来事の数々。

 一見して連作短編集かと思わせるが、人称が「おれ」だったり「私」だったりして関係ない。突然に非現実的な出来事に襲われるという内容の短めの短編を集めた作品集。ドタバタ、恐怖物、伝承風など色々な味わいが楽しめる。

 始まりだけで、その後の展開がもうひとつの物が多くて、「あれっ?」という気持も少しある。全部を読んでみると、この先を想像して楽しむような余韻のある短編集だった。椎名さん自身による一作ごとの解説もそれを補っている。

 虫サイズの宇宙船が飛来する「机上の戦闘」は、SFとして面白いので長い話で読みたくなる。温泉のマッサージ椅子に捕らわれてしまう「問題温泉」は、サウナでの出来事と共にありそうで怖い。旅での出来事を描いた「アルキメデスのスクリュウ」は、現実とも空想とも取れるような幻想的な感覚が魅力的。

 「ブリキの領袖」「考える巨人」「狸」「机上の戦闘」「料理女」「鳥人口伝」「飛ぶ男」「熱風」「問題温泉」「Mの超能力」「三角州」「じやまん螺旋装置」「アルキメデスのスクリュウ」の13編を収録。著者自身による解説付き。  

『夏と花火と私の死体』 乙 一
集英社文庫 本体:419(00/05初、02/06,7刷)、★★★★☆
 九歳の夏休み、少女は殺された。無邪気な殺人者によって…。幼い兄妹は死体を隠すことを決めるが、少女の捜索が始まり発覚の危機が迫る。第六回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞した乙一のデビュー作。正統的なホラー短編「優子」を併録。

 「夏と花火と私の死体」は、小さな悪意から少女が殺され、幼い兄妹が死体を隠してその死を秘密にしようとする話。死体が発見される危機を、巧みな手腕で回避していくサスペンスの上手さももちろんだが、殺された少女の一人称で書かれていることが、この小説を特別な存在にしている。

 殺された少女は、彼らを恨むのでも許すのでもなく、淡々と事実を語っていく。“見開かれたままのわたしの目”“わたしの死体”などの形容が生々しくて不思議な感覚を醸している。普通に語れば兄妹の話になってしまうところを、殺された少女の一人称で語ったことで、兄妹と少女の3人の物語になっている。殺した者と殺された者の濃密な関係が描かれている。


 「優子」は作家の元で働く清音が、一度も会ったことのない病弱な妻・優子の存在に疑問を抱いていく話で、余り著者らしくない一般的なホラー作品。でも、『暗いところで待ち合わせ』と本書しか読んでいないので、正しい認識ではないかも知れないが、はっとさせられるラストは“らしい”かも。  

『言壺』 神林長平
中公文庫 本体:933円(00/02初)、★★★☆☆
 万能著述支援用マシン“ワーカム”が普及した未来。言語空間が揺らぐような文章を書こうとした小説家・解良翔はワーカムに拒否された。友人の古屋は、その文章が全地球上のワーカムのネットワークを崩壊させる危険性を指摘する。解良はそれでもこだわり続けて…。ワーカムによって、“言葉”が新たな力を持った未来を描く連作短編集。第16回日本SF大賞受賞作品。

 ワーカムの普及していく未来をランダムに取り上げた9編(「綺文」「似負文」「被援文」「没文」「跳文」「栽培文」「戯文」「乱文」「碑文」)から成る。

 1作目の「綺文」では、ワーカムは一般家庭に普及したメディアの受信装置のような記述があるのに、3作目「被援文」や7作目「戯文」では、文章を書くための専用機らしい説明がある。専用機だったワーカムが一般家庭まで普及したと解釈できるが、ワーカム普及前はニューロベルスや電送ノベルスを何で鑑賞したのかという疑問が残る。

 「没文」の海にそびえる都市ビル世界や、「栽培文」の言葉ポットで会話する時代は遠い未来を感じさせる。この2作を例外にすると、言語や創作に関する抽象的な議論や考察が多く、時代設定が判別しづらい。長編または連作短編集として読むと、言葉によって世界が崩壊するという事に、論理的な解釈が得られず無理があった。一編ごとに短編として読む限りでは、“言葉”の持つ力を多様に描いていて良かったと思う。

 本書は1994年に刊行されていて、ワーカムは当時のワープロ専用機に触発された物だと思う。90年代後半のパソコンの低価格・高性能化によって、現在ではワープロ専用機は存在しない。  






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