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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2003年01月

『ソリトン 非線形のふしぎ』, 渡辺慎介
『21世紀本格』, 島田荘司 責任編集
『グローリー・シーズン 上・下』, デイヴィッド・ブリン
『イントゥルーダー』, 高嶋哲夫
『黄泉がえり』, 梶尾真治

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ソリトン 非線形のふしぎ』 渡辺慎介
岩波書店 本体:1068円(92/01初)、★★★☆☆
 19世紀に確立された振動と波動の理論は、主に振幅が小さい線形の波だった。自然界に観測される波は振幅が小さい波だけではない。そうした非線形の波にソリトンと呼ばれる特異な波が存在する。本書はソリトンを軸に、ふしぎな非線形の世界を分かりやすく解説する。

 木星の大赤班など色々な波の性質から始まって、フックの法則や振り子の等時性といった線形の波について基礎を解説する。ガリレオの振り子の等時性から、振れの角度が大きくすると等時性が破れ、この振動が非線形なのだそうだ。

 バネとおもりの簡単な例から波の色々な性質を説明して、ソリトンの特異性について解説していく。北斎の浮世絵に描かれた波や、内部波の励起にエネルギーが使われ進まないボートなど、波に関する色々な例が話題にされ楽しく読める。

 光ファイバーの通信に光ソリトンを使うと更に高密度の通信が期待できるとある。1992年発行の本で、ほぼその頃に買ったものと思われる。  

『21世紀本格』 島田荘司 責任編集
光文社カッパ・ノベルス 本体:1143円(01/12初)、★★★★★
 160年前の「モルグ街の殺人」が現在の多様なミステリの豊穣を導いた。神秘的な幽霊現象と最先端の科学とを出遭わせたことが「モルグ街…」の核だと考える。この歴史的傑作の「精神」に立ち返り、21世紀の本格ミステリが進む方向の指標となる短編アンソロジーを目指した。

響堂新「神の手」
世界最先端の生殖医療や移植医療を実践している研究所で、研究員がゴリラに殺される事故が起きた。研究を視察に来ていた心理学教授ロイズマンは、研究所に疑惑を抱いていく。
クローン臓器、不妊治療の論理性をテーマに、研究所の秘密に迫るミステリ。与えられた課題を非情に高いレベルでクリアしている。密室トリックが使われているけれど、作品にとって重要な要素ではないので、無いほうが良かったかも。

島田荘司「ヘルター・スケルター」
病室で目覚めた男に医師が告げる。脳へのダメージによって失った記憶を取り戻すために、薬によって脳を活性化した。5時間で記憶を取り戻さないと、もう元に戻らないと……。男は医師の誘導で思い出したことを語っていく。
脳の働きの不思議をテーマにしている。驚くべき半生が明かされる過程がミステリ。ラストも良かった。執筆者への配布のために書かれた目安となる作品というが、水準が高く面白かった。

瀬名秀明「メンツェルのチェスプレイヤー」
レナとぼくは児島教授の招待で彼の家を訪れた。レナは教授の開発したロボットとチェスの対局し、僕は教授の他のロボットを見せてもらった。その夜、教授がロボットに殺されて……。
身体と知能の関係、ロボットの自由意志、ロボットが殺人を犯す動機などの考察が興味深い。日本のロボット研究を取材したノンフィクションの『ロボット21世紀』(文春新書)に共通する話題があった。危険が外に設定されていて、緊迫感に欠けるのが残念。

麻耶雄嵩「交換殺人」
酔っ払って、酒場で見知らぬ男と交換殺人の約束をした男。妻の殺害を頼んだが後悔していた。自分が殺す男が誰かに殺されたのを新聞で知って、木更津探偵事務所に解決を頼んできた。
探偵と小説家というコンビは好きなパターン。本書の中で唯一、従来のミステリを先鋭化した作品。そういう方向もあると編者が事前に依頼状で述べている。アクロバット的な論理に圧倒される。


 上に挙げた4作品の他に森博嗣さんの「トロイの木馬」が良かった。他の作品にも編者の思いに応えるべく健闘した後が感じられた。一般的な本格ミステリ・ファンには受け入れられないかも知れないけれど、新世紀に向けて本格ミステリの可能性を感じさせるアンソロジーだった。科学やSFが好きな身には、とても面白く読めた。

 「モルグ街の殺人」の魅力を、神秘と科学を出遭わせたこととし、それを21世紀の本格ミステリが進む方向のひとつとするならば、ミステリは必ずしもトリックとかアリバイ崩しや犯人当てを必要とする物ではないだろう。それに対し、序文末尾に「本格の条件」として「それが犯人不明の小説ならば、犯人特定の論理が専門領域の薀蓄よりも優先される」と書いているのは若干矛盾するように思うのだが……。

 響堂新「神の手」、島田荘司「ヘルター・スケルター」、瀬名秀明「メンツェルのチェスプレイヤー」、柄刀一「百匹めの猿」、氷川透「AUジョー」、松尾詩朗「原子を裁く核酸」、麻耶雄嵩「交換殺人」、森博嗣「トロイの木馬(Trojan Horse Program)」を収録。  

『グローリー・シーズン 上・下』 デイヴィッド・ブリン
ハヤカワ文庫SF(SF1280,81) 本体:各880円(99/07初)、★★★★☆
 惑星ストラトスはクローンの氏族による家母長制社会を築いていた。多数のクローンに対し、少数の変異子と呼ばれる男性との間に生まれた子供たちがいた。成人した変異子は新たな氏族を興すべく社会に出るのだった。双子の変異子マイアとライアは、生まれ故郷から離れて冒険の旅に出る。

 ある仕事で社会に認知された人物が、自分のクローンを生んで氏族を興す。役割を持った氏族の集まりが社会を構成する世界。特殊な世界を維持するために、男性は夏に女性は冬に発情するなど、色々な遺伝子操作が施されている。クローンを誘発するための少数の男性と男性との間に生まれた少数の変異子も存在する。

 テクノロジによる社会の変化を描くのもSFの魅力のひとつだけど、このような架空の世界を構築するのもSFの醍醐味のひとつだと思う。惑星ストラトスの特殊な世界を存分に楽しませてもらった。

 不安と夢を持って社会に出た双子が、様々な生き方を学び、生きることの苦労を知っていく。外世界からの使者を受けて動揺する世界に巻き込まれる。生死の境を何度となく乗り越える波乱万丈な冒険物語となっている。

 本書では〈生命ゲーム〉と呼ばれるゲームが大きな役割を果たしている。コンピュータ分野で有名なライフゲームとルールがほとんど同じ。知っているとイメージがかなり違うと思うので、「ライフゲーム」で検索するとプレイできるページが見つかるので、その奥深い世界を体験して欲しい。  

『イントゥルーダー』 高嶋哲夫
文春文庫 本体:514円(02/03初)、★★★☆☆
 日本を代表するコンピュータ開発者である私の元に、「あなたの息子が重体です」と言う連絡が……。今まで息子の存在すら知らなかった私だったが、覚醒剤の売人の疑惑を晴らそうと調べるうち、事故に不審な点を見つけ出す。天才プログラマとして活躍する息子のデータから、原発建設を巡るハイテク犯罪の渦中に巻き込まれていく。

 25年前に別れた恋人からの電話、存在すら知らされなかった重体の息子、覚醒剤の売人の疑惑……、畳み掛けるような展開ながら、もう一息盛り上がらない不満を感じる。セリフとか各場面の流れに魅力が足りないように思う。実質的なデビュー作なので、この点は今後に期待。

 スーパーコンピュータ開発、天才プログラマの仕事、原子力発電所建設などの技術的な部分は悪くはなかった。著者は専門家だったようなので原発に関する記述は、まったく問題ないだろうが、コンピュータ関係の記述にはちょっと疑問があった。

 全体的にはサスペンスフルな構成で楽しませてくれた。細かい部分では、ぐっとくるセリフとか、登場人物に強烈な魅力とかがあれば、もっと面白かっただろうと思う。好みの問題だが、ラストは余り好きではない。サントリーミステリー大賞・読者賞のダブル受賞。  

『黄泉がえり』 梶尾真治
新潮文庫 本体:629円(H14/12初)、★★★★☆
 熊本で死者が生き返るという現象が次々と起きた。死んだ当時そのままの姿で現れた彼らは、間違いなく本人だった。喜びながらも戸惑う家族、混乱する行政。しかし、黄泉がえった人々には、どこか微妙に違和感があった……。

 黄泉がえった者を比較的平静に迎える人たち。おじいさんが黄泉がえった家族、前社長が戻って来た会社、子供の頃に亡くなった兄が、成人した弟のところに来た話など、それぞれの場所で黄泉がえりが小さな波紋を呼びながら受け入れられていく。

 黄泉がえった者が、日常の生活に溶け込んでいき、迎えた人々に何らかの影響をもたらしていく様子を丹念に描いている。映画CMの影響もあって先が読めるので少し退屈だけど、雰囲気は良い。後半は大きなイベントに向かって盛り上がる。

 恐れとか反発も考慮されてはいるが、過小評価して描かれているように思う。設定なども含めてずいぶんと都合の良い話だなと思う面もあるが、SFファンタジーといった感じの温かい雰囲気を楽しんだ。黄泉がえりの原因は、途中に挿入される説明と後半の黄泉がえり自身の言葉から、曖昧な部分を残しながら明かされる。話を壊すことなく良いセンスだと思った。  






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