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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2002年12月

『少年時代 上・下』, ロバート・R・マキャモン
『ジャンプ』, 佐藤正午
『怪物たちの夜』, 筒井康隆
『さらば、愛しき鉤爪』, エリック・ガルシア
『クリムゾンの迷宮』, 貴志祐介

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『少年時代 上・下』 ロバート・R・マキャモン
文春文庫 本体:619円、667円(99/02初)、★★★★★
 1964年のアメリカ南部の小さな町・ゼファー。そこで暮らす少年コーリーが、父と共に殺人事件を目撃する。犯人らしい人物を見たコーリー、悪夢に捕らわれる父親。空想好きな少年のきらめく日々をみずみずしいノスタルジーで描く。

 ホラー作家による青春小説として、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』と並ぶ作品。60年代のアメリカの田舎町という設定がノスタルジーを誘う。父親への尊敬、深く理解しあった友だち、超自然的なものへの信仰など、失われつつあるものが強く残っている時代。殺人事件に恐怖し、友人の父親の酒乱に心を痛め、いじめっ子に脅え、知人の死に涙する日々が描かれる。

 超自然的な要素が多くあり、これがこの小説に独特の魅力を与えている。空想的な部分がエスカレートすることなく抑えられていて、古き時代の信仰や少年の空想と解釈することも出来るところもいい。たえず、目撃した殺人事件の謎が話の中心にあるのだが、ミステリとしてではなく純粋に少年の成長物語として読みたい。

 コーリー少年の父の言動には、ひとりの人間が理想の父親になろうとする姿が感じられた。心配性の母親が、少年の自立を少しずつ認めていく姿も見ることが出来た。幾つかの厳しい出来事に耐えて、成長していく少年の姿もあった。他にも様々な事が描かれている。読む人それぞれによって、色々な事を読み取ることが出来るだろう。  

『ジャンプ』 佐藤正午
光文社文庫 本体:590円(02/10初)、★★★★☆
 その夜、僕は強烈なカクテルを飲んで酩酊してしまった。ガールフレンドの南雲みはるに連れられ、彼女のアパートにたどり着いた。そして、「5分で戻ってくるわ」と言った彼女はそのまま姿を消してしまった。僕はわずかな手がかりを元に彼女の行方を探し始めたが……。

 前半は、失踪してしまった彼女を捜すミステリが面白い。その夜の彼女の足取りが分かってくる過程が絶妙で、先の展開を大いに期待させる。話の始まりで、戻らない彼女を放って、出張に出てしまう主人公に小さな疑問を感じるが、愛する人の行方を追う彼に思い入れを感じていた。

 後半で、主人公への思い入れが少しずつ崩れてくる。彼女をどう思っていたのかも疑問だし、プライドとか常識などで捜していた感じがしてくる。優柔不断で誠実さに欠ける男。結局、失踪の謎が解決しないまま時間が過ぎる。最後には理由が明かされるけど、恋愛小説的には良くても、ミステリとしては興ざめだった。

 ちょっとした事で人生が大きく変わる出来事があって、個人ではどうすることも出来ない。そういう意味で、前に読んだ『Y』と同じようなテーマを感じた。現実はどうあれ、そんなにあきらめ切った小説より、もっと前向きな話を読みたい。  

『怪物たちの夜 自選短篇集 2 ショート・ショート篇』 筒井康隆
徳間文庫 本体:571(02/07初)、★★★★☆
 午前二時。田舎駅の待合室のベンチに、二人の男がすわっていた。おずおずと二人の男は会話をかわし始めた……。表題作「怪物たちの夜」をはじめ、江戸川乱歩に見出されデビューのきっかけとなった「お助け」など、60年代から70年代初頭のショート・ショート62篇を収録。

 ドタバタ篇の『近所迷惑』(徳間文庫)に続く筒井康隆さんの自選短篇集。今回はショート・ショート篇。『近所迷惑』より読んだことのある作品が多い。収録作品数が多いとは言え、短い作品だから忘れてしまって当然なのに、覚えていると言うのは作品に強烈なインパクトがあったのだろう。

 SF的な作品が一番多い。超能力、異変、未来、他の惑星の話まで、様々なネタが使われている。ブラックなホラー的な作品も多い。長さも1ページから20ページ程まで色々。こんな短い作品にも筒井さんらしさが強く出ている。

 ブッラクユーモアの効いた「亭主調理法」、吾妻ひでおさんのネタはこれだったのか「ふたりの印度人」、シュールで哲学的な「衛星一号」、過剰な広告を皮肉った「にぎやかな未来」などが印象に残った。

 20年以上前、読書を好きになるきっかけを作ってくれたのが“ショート・ショート”だった。ショート・ショート集を読むと初心に返る気がする。  

『さらば、愛しき鉤爪』 エリック・ガルシア
ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックス 本体:860円(01/11初)、★★★★☆
 ロサンジェルスの私立探偵ヴィンセント・ルビオは、人間にまぎれて暮らしている恐竜の一匹だった。彼は仕事のかたわら、謎の死を瑞げた相棒アーニーの死因を探っている。金のために引き受けたクラブの火事の原因調査が恐竜界を揺るがす大きな事件に繋がっていた。

 歴史を通じてずっと人間の扮装をした恐竜が、人間社会で暮らしてきたという設定。ハーブに酔う、扮装は結構辛い、〈評議会〉という組織がある、秘密を知った人間は即殺すなど、恐竜がどうやって人間社会で暮らしていたのか、その仕組みが話の中でさり気なく説明されていく。リアリティのない設定を、真面目に構築しているのが面白い。

 主人公が人間じゃないハードボイルドということで、宮崎監督のアニメ『紅の豚』みたいな感じを想像していた。事件も人間社会で生きる恐竜の問題を含んでいて、考えていた以上にその設定が生かされていて、ハードボイルドというよりSFに近いものを感じた。

 主人公の生き様やセリフのかっこ良さはハードボイルドの魅力に負っている。ヴィンセント・ルビオは憎めない奴で、恐竜なのに思いっきり感情移入して読んだ。「このミス 2003」海外編第7位。来年1月に翻訳が出る予定の続編『鉤爪プレイバック』(本書より少し過去の話)も楽しみだ。  

『クリムゾンの迷宮』 貴志祐介
角川ホラー文庫 本体:640円(H11/04初)、★★★★☆
 藤木芳彦は奇岩の連なりが覆っている異様な光景の中で目覚めた。傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、「火星の迷宮へようこそ」とメッセージを映し出す。記憶のない9人のプレイヤーによる謎のゲームが開始されたのだ。ゲームは徐々にその悪意を示していく……。

 高見広春さんの『バトル・ロワイアル』(幻冬舎文庫)と比較されることが多いけれど、それとはだいぶ印象が違っていた。『バトル・ロワイアル』は無人島で中学生が生き残りを賭けて殺し合う話で、一人の勝者が選ばれる戦いであるのはタイトルからも明らかだった。それに対して本書は、記憶の欠落や舞台が火星という謎、どんなゲームでその目的は何なのか、誰が仕組んだのか、と多くの謎をはらんで展開していく。

 ゲームはチェックポイントを探すという穏かなものから、徐々に悪意を帯びたものへと変化して、最後には生き残りを賭けて殺し合うように仕向けられる。それでも、中学生がクラスメイトを殺すような悲壮感はない。謎をはらんだミステリ、凶暴化したプレイヤーに狙われるサスペンスは、文句なしに楽める。

 ラストはちょっとひねりが足りないような気がする。謎はほとんど解決しているけど、もう少し突っ込んですっきりさせて欲しかった。  






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