読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2002年09月

『夏のロケット』, 川端裕人
『近所迷惑』, 筒井康隆
『脚本家はしんどい』, パーネル・ホール
『さまよえる海 下』, 草上 仁
『手塚治虫の奇妙な資料』, 野口文雄

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『夏のロケット』 川端裕人
文春文庫 本体:638円(02/05初)、★★★★☆
 新聞社の科学部担当記者のぼくは、過激派のミサイル爆発事件の取材を手伝っていた。事件の背後に高校時代の天文部ロケット班の仲間の影に気づく。高校時代にロケット打ち上げに挑戦していた仲間たちを訪ねると……。

 新聞記者、一流商社、宇宙開発事業団の研究者、特殊金属メーカーの研究者、ロック・シンガーとそれぞれの道を歩んでいた高校時代の仲間が、かつての夢を現実のものにしようと集まる。それまでの年月に身に付けた資金、知識、技術を結集して、自分たちのロケットを開発する。

 新聞記者の主人公は、後から仲間たちの計画を知るというところが、語り手の位置としては面白い。かつての仲間との友情を感じつつも、過激派との関係を心配し、隠された何かを察知して距離を感じている。仲間の謎の部分が最後まで尾を引いていく。

 大人になることは、夢を実現させる力を身に付ける楽しいことかも知れない。大人になっても夢を持って生きるという、さわやかな青春物としても楽しめるけれど、ロケットや宇宙に対するおたく的な想いが、SF好きにはたまらない魅力。SFファンにも楽しめる一冊。第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞のデビュー作。  

『近所迷惑 自選短篇集 1 ドタバタ篇』 筒井康隆
徳間文庫 本体:571円(02/05初)、★★★★☆
 友人の家を出ると、見渡す限りの大海原がひろがっていた。あわてて部屋に戻って窓の外を見ると、渋谷区にネオン輝く銀座の街が。表題作はじめ、伏字だらけの官能シーンを描く(弁天さま)、予備校生と大学生の確執を戯画化した(慶安大変記)など、ドタバタ小説9篇を収録した自選短篇集第1弾。

「近所迷惑」
玄関のドアを開けると、そこは大海原だった。有楽町から青山まで10メートル、自宅の二階は学校の屋上になった。タンスのひき出しから砂漠に落ちたおれは……。
これぞドタバタ。最近こういう小説を見なくなったから、初めはでたらめぶりに戸惑ったけど、懐かしく楽しめた。

「経理課長の放送」
ラジオ放送局で職員のストライキ。無理やり経理課長にアナウンサーの代わりをやらせたが……。
経理課長のしゃべりだけが続く作品。音楽をかけ間違う、ゲストは来ないと、放送はメチャクチャに……。著者にしては少し抑え目なので、メチャクチャになる過程がじっくり楽しめて良かった。

「欠陥バスの突撃」
額に傷跡のある小肥りの男、額に傷跡のある顔色の悪い男、額に傷跡のある老人、額に傷跡のある放蕩ら18人を乗せた欠陥バスが走る。
後のウディ・アレンの映画と同じアイデアと語っている。心理学に詳しい筒井さんらしい作品で興味深い。

「自殺悲願」
売れない作家・田川は、金に困って編集者・桜井に本の再版を迫る。自殺を条件に強引に再版を認めさせた田川だったが、首吊りに失敗して……。
作家が自殺すると本が売れるという自虐的なブラックユーモアが効いている。自殺に失敗してからの展開も面白かった。


 既に読んだ作品が多いかも知れないと思っていたのだが、読んだおぼえがあるのは「弁天さま」だけだった。完全に記憶から消えてしまったのか、本当に未読だったのか分からない。ドタバタというジャンルは古い感じがするが、作品自体は今でも楽しめる。「経理課長の放送」「自殺悲願」は特に面白かった。

 「近所迷惑」「おれは裸だ」「経理課長の放送」「弁天さま」「欠陥バスの突撃」「自殺悲願」「慶安大変記」「アルファルファ作戦」「アフリカの爆弾」を収録している。  

『脚本家はしんどい』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:800円(98/09初)、★★★★☆
 控えめ探偵スタンリーの脚本が、映画化されることになった。プロデューサーの無理難題に必死に応えるスタンリー。ロケ地の下見に来た撮影スタッフは、倉庫で身元不明の死体を発見する。どうにか撮影が始まったが次々と不審な出来事が……。控えめ探偵シリーズの十作目。

 もっぱらアルバイトの探偵に精を出しているので、すっかり忘れていたが、主人公のスタンリーは“脚本家をめざしながら”アルバイトで探偵をやっていたのだ。8作目で舞台俳優をやったりしているが、シリーズ十作目にして、ようやく脚本が認められ映画化されることになった訳だ。

 「事件には手を出すな」という助言もあって、映画のことに気を取られているスタンリーは積極的な捜査をしないので、ミステリ的にはいつもより弱い。台詞を勝手に変えられて嘆くスタンリー、初めての映画出演で緊張するマコーリフ部長刑事など、撮影現場の色々な話は興味深く面白かった。ミステリとして弱くても、いつもと設定が変わっても、お人好しの主人公の魅力は変わらなければ良いのだ。

 本書は、ディック・フランシスさんの『敵手』と並んで、シェイマス賞の候補作になっていたようだ。  

『さまよえる海 下 スター・ハンドラー 2』 草上 仁
ソノラマ文庫 本体:552円(02/07初)、★★★☆☆
 惑星ヴィニヤードの「生きている海」を馴致しにきたミリたちは、巨大な波にさらわれてしまう。一方、ヴィニヤード海軍のバイヤード司令官は、水のトンネルを抜けて窮地を脱する。司令官は「海」とコンタクトを取ることに成功したと思い込むが……。

 スター・ハンドラー・シリーズ第2段の下巻、エピソード「さまよえる海」の完結編。筒井康隆さんを読んで思い出したが、コレって「ドタバタ」だったんだ。主人公はまともな少女だけど、脇を固めるのが「こんな奴いるか?」といった作為的なキャラクターたちばかり。基本的にはドタバタで、キャラクター的には「スペオペ新喜劇」という感じ。

 「生きている海」の特殊な能力が話に生かされていて良いが、ドタバタと色々なことが起こって分かりにくい。「生きている海」の行動理由も説得力が足りなかった。笑いが中心の作品なので、大笑いして読んで楽しみたいが、私には余り笑えない。

 全てが解決したあとに、「機構」がからんだ大掛かりな設定がほのめかされていて、今後の展開が気になる。  

『手塚治虫の奇妙な資料』 野口文雄
実業之日本社 本体:1,700円(02/08初)、★★★★☆
 手塚治虫さんのマンガの多くが、雑誌連載、単行本、再刊の間に一部が描き直して再編集されている。当時の雑誌と単行本を比較して、削られたり追加されたコマやエピソードを掲載。変更内容を比較しながら解説する。

 『人間ども集まれ! 完全版』(実業之日本社)に本書の一部が掲載され、それが好評で一冊の本になった。『人間ども集まれ! 完全版』は、単行本版に加えて、大きく変更された雑誌連載の後半部分を掲載している。手塚さんの全作品を通じて変更された箇所を検証した本書が掲載されるのも当然と言える。もともとは、20年前の「別冊奇想天外・SFマンガ大全集」(奇想天外社)の企画だったらしい。

 “資料”と言うだけあって、図版に多くのページが割かれている。3分の2は図版だと思われる。それぞれの価値は分からないが、貴重な資料も多いと思う。「スーパー太平記」「陽だまりの樹」「こじき姫ルンペネラ」「ブラック・ジャック」「バンパイヤ」「ふしぎ旅行記」「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」など、他多数が取り上げられている。

 手塚さんの作品の描き直しには興味があったので楽しく読んだが、無理して笑わせようとして繰り返し脱線する文章が面白くなかった。手塚さんが亡くなったことを「雲隠れした」「別世界に行った」などと言い換えるのも気になった。アトムの変貌の全体像を見渡した項目を含む続巻を計画しているらしい。  






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