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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2002年08月

『ミステリーズ 《完全版》』, 山口雅也
『わたしのグランパ』, 筒井康隆
『太陽の簒奪者』, 野尻抱介
『ウィーツィ・バット』, F・L・ブロック
『レッド・マーズ 上・下』, K・S・ロビンスン
『ペルシャ猫の謎』, 有栖川有栖

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ミステリーズ 《完全版》』 山口雅也
講談社文庫 本体:667円(98/07初)、★★★★☆
 密室殺人にとりつかれた男の心の闇、一場面に盛り込まれた連続どんでん返し、不思議な公開捜査番組、姿を見せない最後の客。著者がみずからの手で精密に組み上げた短篇集。単行本に1編を追加した《完全版》。

「密室症候群」
ミステリ小説『密室症候群』を読み終えた心理療法士・キンロスは、今日最初のクライアントを部屋に迎えた。ケンという自閉症の子供を持つ母親だった。
箱の中に箱が入っているような重層構造になった作品。通常のストーリーやトリックを期待するとがっかりするかも。でも、本書はこういう実験的な作品が多い。

「解決ドミノ倒し」
大富豪マンスフィールド氏が雪に閉ざされた山荘《ドミノ荘》で殺害された。トレイシー警部は関係者を集め、推理した事件の真相を語り出したが……。
ドミノ倒しのように連続するドンデン返し。はじめは警部が困惑していくのが可笑しいが、それを越してばかばかしくなってくる。本書中で一番笑える楽しい作品。

「蒐集の鬼」
レコードの蒐集のために家族を捨て今の職に就いたマッケリー氏。その日、6軒目の骨董店の前で悪い予感におそわれたマッケリー氏だったが……。
蒐集家の話は魅力がある。どんな稀少品に巡りあえるのか、それを手に入れるためにどんな事件が起こるのか。そんな期待に充分に応えてくれた。

「不在のお茶会」
帽子を被った植物学者、三月生まれの作家、眠そうな精神科医の3人は、主人公が不在のお茶会で互いの状況を話し合っていた。ドラセナの鉢植えを抱えたアリスの謎は解けるか?
3人は多重人格のアリスの別人格なのか、鉢植えのドラセナの意識の中なのか、それとも……と話し合いが進んでいく。こんな話を興味深く読ませてしまうところが凄い。意識とは何かという問題を考えさせられる。


 短編集を2枚組のCDアルバムに見立てて、ディスク1とディスク2に作品を配列し、ライナーノートまで付けている。起承転結のある現実的な話ではなく、実験的な作品が多い。そういう作品としては、「解決ドミノ倒し」「不在のお茶会」が良かった。特に「不在のお茶会」は、幻想的な雰囲気といい、哲学的な会話といい、優れた作品だと思った。普通のストーリーのある話では「蒐集の鬼」が好き。

 「密室症候群」「禍なるかな、いま笑う死者よ」「いいニュース、悪いニュース」「音のかたち」「解決ドミノ倒し」「「あなたが目撃者です」」「「私が犯人だ」」「蒐集の鬼」「《世界劇場》の鼓動」「不在のお茶会」を収録。  

『わたしのグランパ』 筒井康隆
文春文庫 本体:419円(02/06初)、★★★★☆
 中学生の珠子の前に、突然現れたグランパ(祖父)はなんと刑務所帰りだった。だが、侠気あふれるグランパは、町の人からは慕われ、珠子や家族をめぐる問題を次々と解決していく。そしてグランパの秘密を知った珠子に大事件が襲いかかる。『時をかける少女』以来のジュブナイル。

 刑務所から帰った祖父は、実はすごく好い人だった。他にもありそうな話かも知れないが、短い中できれいにまとまっていて、さわやかな感動をくれた。父の日記から祖父が刑務所にいることを知るところから、スムーズに話が流れる。

 義侠心にあふる祖父は、多くの人に慕われていた。いじめも校内暴力も地上げ屋も身体を張って解決してしまう。祖父を恐れて家を出た祖母。祖父の生き様を見ていく中で、珠子も祖母の気持ちが理解できるようになっていく。中学生の珠子はいじめにも負けない強い娘だが、彼女を見守るそんな祖父の存在は大きいに違いない。ラストは泣かされた。  

『太陽の簒奪者』 野尻抱介
ハヤカワSFシリーズJコレクション 本体:1,500円(02/04初、02/05,2版)、★★★★☆
 西暦2006年、水星の地表から噴き上げられた鉱物資源が、太陽をとりまく直径8000万キロのリングを形成しはじめた。日照量の激減により破滅の危機に瀕する人類。何者が何の目的でリングを創造したのか? 科学者・白石亜紀は、宇宙艦ファランクスによる破壊ミッションへと旅立つ……。

 太陽をとりまくリングによって人類滅亡の危機が訪れる。リングとの対話は成り立たず、人類存続のためにその破壊が計画される。余計な描写を省いたスピーディーな展開が小気味良い。でも、もう少し書き込んだ方がおもむきが出たかも知れない。

 高校の天文部でリングを観測し、その後もリング研究を仕事に選んだ白石亜紀がリング破壊のミッションに加わる。女性を主人公にしている部分に『ふわふわの泉』とか「ロケット・ガール」シリーズの面影を感じる。登場時こそ女子高生ながら、大人の女性として精神的に成長していく。

 著者のこれまでのヤングアダルト向けの作品から一転して、シリアスな一般向けのハードSFに仕上がっている。設定に関しては、これまでの作品も科学的な考証の行き届いた作品だったようだ。初の一般向け長編だが、「SFマガジン」掲載の3短編をもとにリライトしている。

 異星の知性への憧憬、宇宙での空間・時間のスケールを感じさせるストレートなSF。  

『ウィーツィ・バット』 フランチェスカ・リア・ブロック
創元コンテポラリ 本体:480円(02/07初)、★★★☆☆
 ハリウッドのおしゃれな少女、ウィーツィ・バット。ハイスクールでカッコいい男の子とつきあい始めるが、彼はゲイだという。いっしょにオトコをゲットしにいこうと、ふたりの“理想の恋人”さがしが始まるが、ウィーツィが“ランプの精”と出会って願いを3つかなえてもらえることに……。

 アメリカでヤングアダルトに人気の〈ウィーツィ・バット ブックス〉全5巻の1冊目。十代のセックスや妊娠、ホモセクシャルなどを描いており、アメリカでも賛否両論があるらしい。こういった内容のヤングアダルト小説も少なくなく、大胆な内容が受けた訳でもなさそうだ。

 ゲイの告白に「一緒にオトコをゲットしにいけるね」と言う部分はクールだと思ったが、恋人がいながら、別の男と子供を作ってしまう自由奔放さには戸惑ってしまう。あげくに皆で子供を育てようだなんて……。でも、人気の秘密は、主人公のこういう生き方なのだろう。

 一部ファンタジー的な要素もあるけど、さらっと処理されている。基本的にファンタジー小説ではないように思う。原文では韻をふんでいるらしい文が多くあり、ポップなところがいい。  

『レッド・マーズ 上・下』 キム・スタンリー・ロビンスン
創元SF文庫 本体:各840円(98/08初)、★★★★☆
 2026年、厳選された百人の科学者を乗せ、最初の火星植民船が船出した。果てしなく広がる赤い大地に、彼らは人の住む街を創りあげる。そして、惑星開発に向けて前人未到の闘いが始まる。ネビュラ賞/英国SF協会賞受賞。

 本書がネビュラ賞と英国SF協会賞を受賞したばかりか、続編『グリーン・マーズ』と『ブルー・マーズ』で、ヒューゴー賞とローカス賞も受賞している。そんな作品なので大きな期待を抱いて読み始めたが、アメリカ側リーダーが旧友を暗殺する出だしから不満が溜まっていく。

 火星植民の経過をリアルに描いていくなかに、植民団の政治的、感情的なもつれを描いている。他に類を見ないほどの存在感で火星の姿を見せくれた。植民と惑星改造の過程も現実感があって良かった。ただし、植民者たちの人間性には不満が残った。

 フランクの殺人、ヒロコの逃亡、マヤの男性関係、密航者、どれも行動の意味が十分に理解できなかった。火星の自然との戦いみたいな話を期待していたのに、植民者ひとりひとりのエゴが出すぎて少し期待と違った。小説としては不満があるけど、現実ではこんな物かも知れないという思いもある。  

『ペルシャ猫の謎』 有栖川有栖
講談社文庫 本体:552円(02/06初)、★★★★☆
 血塗られた舞台に愛と憎しみが交錯する「切り裂きジャックを待ちながら」、名脇役の森下刑事が主役となって名推理を披露する「赤い帽子」など。ミステリファンを戸惑わせた問題作「ペルシャ猫の謎」を含む〈国名シリーズ〉第5弾のミステリ短篇集。

 臨床犯罪学者・火村英生とミステリ作家・有栖川有栖が事件を解決する〈国名シリーズ〉第5弾。

「切り裂きジャックを待ちながら」
劇の主演女優が誘拐され、犯人はビデオで現金を要求してきた。関係者は作家・有栖川に相談するが……。
テレビドラマの原案の小説化だそうだ。そういわれると確かに映像的なイメージでテレビ向きかも。犯行理由がいまいち説得力に欠ける。

「暗号を撒く男」
死んだ男の現場には、廊下に黒い鞄、テーブルに鋏と、様子がおかしかった。犯人は捕まったが現場の謎が残った。
殺人事件そのものではなく、現場の様子のおかしな事を解明する話。串カツ屋で今日の事件の話をしているところも面白い。こういう小品も魅力がある。

「ペルシャ猫の謎」
殺されかけた被害者は、犯人は双子の弟だと言うが……。被害者の飼っていたペルシャ猫が謎をなげかけていた。
ミステリの禁じ手を使った問題作だそうだが、この小説の場合、謎解きよりも状況や会話の面白さを楽しんだので問題なし。禁じ手を認めたことで事件がきれいに解決したから良いのだ。


 火村もアリスも登場しない「赤い帽子」、学生のレポートを公開した「悲劇的」、火村の飼い猫について書かれた「猫と雨と助教授と」などがあり、番外編的な作品集といった感じ。「赤い帽子」はブランドスーツの森下刑事が主人公で、なかなか味わいのある警官小説だった。

 「切り裂きジャックを待ちながら」「わらう月」「暗号を撒く男」「赤い帽子」「悲劇的」「ペルシャ猫の謎」「猫と雨と助教授と」を収録。  






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