読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2002年05月

『花見川のハック』, 稲見一良
『シャドウ・ファイル/覗く』, ケイ・フーパー
『さまよえる海 上』, 草上 仁
『スウェーデン館の謎』, 有栖川有栖
『夢の樹が接げたなら』, 森岡浩之

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『花見川のハック 遺作集』 稲見一良
角川文庫 本体:495円(H14/03初)、★★★☆☆
 ガン宣告を受けてから覚悟の10年、残された日時に刻みつけるように小説を書いた。男らしい優しさを追い求め、花見川の自然を呼吸し、ときに少年の憧憬さえ甦る。死を目前にして、透徹したまなざしで、人生を見つめた最後の作品集。

「オクラホマ・キッド」「マリヤ」「花見川のハック」「不良の旅立ち」「花の下にて」「煙」「栄光何するものぞ」「曠野」「シュー・シャイン」「男結び」「鳥」の11編を収録している。

 多くの作品が骨格だけを提示したような短さで、「鳥」にいたっては実質2ページの詩のような作品。3、4倍に書き込んだ話をじっくりと味わいたい気持ちにさせられる。死を目前にして、気力を尽くして残した作品ということを実感させられる。

 幾つかの作品には、ガンを患ってた人物が描かれる。そこには著者自身が投影されているのだと思う。しかし、死への恐怖も、病の苦しみも描かれることはない。そこに稲見さん流の美学を感じた。ラストに飛び立つシーンの多いのも印象に残った。

 花見川の岸辺に、隠れ小屋を作った少年ハックの冒険ファンタジー「花見川のハック」や、バイクで当てもない旅をする息子の危機に父親が現れる「曠野」、あれから一年、男がバイクで向かう先は……その道中を描く「男結び」などが好き。  

『シャドウ・ファイル/覗く』 ケイ・フーパー
ハヤカワ文庫NV 本体:940円(01/05初)、★★★★☆
 人の心を読む能力をもつキャシーは、強烈な殺意を抱く人物の思念をつかんだ。キャシーは能力を使い警察の捜査に協力するが、犯人の特定は困難を極めた。保安官のマットは彼女の能力に疑いを持ち、地方検事のベンは消耗するキャシーを心配するが……。

 少女をさらった凶悪犯の思念を超能力で追う息詰まるシーンから始まり、開始早々から話に引き込んでいく。この事件で少女の救出に失敗した彼女は、捜査への協力をやめて田舎町に移り住むが、そこで今回の事件に巻き込まれていく。

 超能力に疑問を持つ保安官のマット、彼女を信じる地方検事のベン。それとは裏腹に、開放的なマットの思念に対し、ベンの思念は壁があり彼女にも読めない。意外な犯人としてベンの可能性が捨てきれないところがスリリングだった。他にも読者をハラハラさせる手法がふんだんに盛り込まれている。

 何人もの殺人者の思念を知って、傷ついた主人公の気持ちが、ほぐれていく過程が上手く描かれている。ロマンス小説出身の作家だと言うことがうなずける。サスペンスな展開においても高い技量を発揮していて、3部作の今後の展開が楽しみだ。毎回違う主人公で超能力ものだそうだ。この本、誤字が多い。  

『さまよえる海 上 スター・ハンドラー 2』 草上 仁
ソノラマ文庫 本体:552円(02/03初)、★★★☆☆
 ゼネラル・ブリーディング社の新米異生物訓練士のミリは就職先の選択を後悔していた。今回の社命も、惑星ヴィニヤードの海と川と水溜りを飼い慣らせという、不可解なものだったのだ。それでもミリとヒューは怪獣ヤアプのポチと共にヴィニヤードに向かった。痛快スペオペ新喜劇、エピソード2。

 異生物の捕獲や訓練に関する依頼を引き受ける異生物訓練士(スター・ハンドラー)のミリと先輩ヒュー。前回のミッションで船長を失い、「唄って覚える操縦と指揮」という教材で船長免許を取ったヒューの操船で惑星ヴィニヤードに向かう。

 一見まともなストーリーだが、怒りで次々と物を壊す女性党首、唄いながら操縦する船長、ワンセンテンスで命令する大富豪など、可笑しなキャラばかりが登場して、終始笑わせようとしてくる。

 昔ほどこういった笑いに馴染めない自分に気付いた。若い頃ならもっと楽しんでいた様に思う。生きた海という大きな設定で、後半に向かってどんどん面白くなってきている。前作よりSF的な魅力が濃い。どんな騒ぎが起こって、どんな風に収束するか、後半が楽しみ。  

『スウェーデン館の謎』 有栖川有栖
講談社文庫 本体:619円(98/051初、01/05,6刷)、★★★★☆
 取材で雪深い裏磐梯を訪れたミステリ作家・有栖川有栖は、地元の人にスウェーデン館と呼ばれるログハウスに招かれる。そこで殺人事件に遭遇した有栖川は、臨床犯罪学者・火村英生に応援を頼み殺人事件の謎に挑む。国名シリーズ第2段。

 巨漢の童話作家のログハウスで殺人事件が起きて、隣のペンションに取材に来ていた有栖川が事件の謎に挑戦する。降り積もった雪には、犯人の足跡が存在しないというのが、最大の謎。有栖川が勝手に捜査をするのは現実的ではないけど、既に国名シリーズ3冊を読んでるので、それほど気にならない。

 創作に関する姿勢などを童話作家と語り合うシーンが印象深い。「自分の作品であることを完全に忘れて自作を読んでみたい」という言葉は著者の本心だろう。人妻の美しいスウェーデン女性に好意を抱くのもほのぼのと好ましい。このシリーズ、作家自身が主人公として登場するところ、その主人公の人の良さそうなところが気に入っている。臨床犯罪学者・火村にしても他の名探偵ほどアクが強くなく馴染みやすくて好きだ。  

『夢の樹が接げたなら』 森岡浩之
ハヤカワ文庫JA 本体:680円(02/03初)、★★★★☆
 独自の言語を設計する言語デザイナーの主人公は、奇妙な偶然から、これまでのものとはまったく構造の異なる言語に遭遇する(夢の樹が接げたなら)。富豪のおぞましい計画を阻止するため女性記者が取材に向かう(スパイス)など。第17回ハヤカワ・SFコンテストに入選した表題作をはじめとしたSFの名作8編を収録。


「夢の樹が接げたなら」
言語デザイナー・矢萩は、婚約者の話から謎の新言語に興味を持った。新言語の謎を追ううちに、これまでのものとはまったく構造の異なる言語に遭遇する。
特殊な装置によって簡単に言語を学習する時代。大中企業には社内言語が存在し、家族や仲間で使う個人言語が存在する社会が面白い。ミステリ作家も書きそうな題材で、ミステリ作家が書いたとしたら、もっとサスペンスのあるものになっただろう。

「スパイス」
生命工学を研究する会社の元社長が引退して始めたおぞましい計画。ただ一人、取材を許可された女性記者が彼の計画を阻止するために取材に向かう。
今のところ宇宙人に人権は存在しないだろう。この話は「宇宙人に人権はあるか?」と置き換えてもいいと思う。ペットをどう扱うかという問題にしてもいい。そういう意味では、読んでいてもどかしい感じがする。

「代官」
天狗衆が来寇して朝廷と幕府を倒して12年目。小さな荘園・橿野庄に天狗衆から派遣された預所がやって来た。変化に戸惑う橿野庄の人々……。
シマックさんの作品を彷彿させる短編。現在みたいな情報化社会だと何でも理解できてしまった気になるけど、異星人たちが理解出来ないものとして描かれているところがいい。

「ズーク」
小さな世界で二人だけで暮らすタケルとカルク。事故で行方を絶った資源探査船の乗員の子供だった。小さな世界で生まれ育った二人の言葉は特殊な変化を遂げていた。
表題作に続いて言語をテーマにした作品。《星界》シリーズでも細かく設定されたアーヴ語が使われるなど言語への関心がうかがえる。短い話の中に、今後への希望と困難を感じさせて上手い。


 現在の日本のSFを支える重要な一人だと感じさせられた。「普通の子ども」や「夜明けのテロリスト」などはグレッグ・イーガンさん通じるものを感じた。残念なのは、宇宙を舞台にした作品が一編もないこと。スペースオペラの《星界》シリーズの反動で、余り宇宙物を書かないのか、意図的に収録しなかったのか知らないが、SF短編集としてバランスに欠ける。

SFマガジン掲載の「夢の樹が接げたなら」「普通の子ども」「スパイス」「無限のコイン」「個人的な理想郷」「代官」「ズーク」「夜明けのテロリスト」を収録している。  






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