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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2001年10月

『M・D 上・下』, トマス・M・ディッシュ
『スクランブル』, 若竹七海
『よろずお直し業』, 草上 仁
『光のロボット』, バリントン・J・ベイリー
『黄金時代』, 椎名 誠
『パズルレディの名推理』, パーネル・ホール

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『M・D 上・下』 トマス・M・ディッシュ
文春文庫 本体:524円、563円(96/02初)、★★★★☆
 6歳の少年ビリーは、幼稚園でサンタクロースの存在を否定される。ショックを受けた彼の前に、異教の神マーキュリーが現れ、呪いをかければ願い事がかなうという魔法の杖を授けられる。願いはビリーの意図どうりにははたらかず、周りの人々に悲劇をもたらしていく……。

 幼い子供が魔法の杖の力を手に入れて、使い方を誤ったために次々と悲劇が起こる。力の恐ろしさを知った彼は、正しいことに力を使おうと努力するのだが……。それぞれの悲劇は大きな事件に至ることなく、ゆっくりと恐怖が広がっていく。ビリー一家が一般的な家族のようでいながら、どこか愛情を欠いている感じが不気味だ。

 後半そろそろ大きな事件に発展していくのかと期待していると、一気に時間が飛んで穏やかな話が続いてはぐらかされてしまう。それまでの経過を明かしながら、話は大きな展開を見せラストに向かう。超自然的な力に対して、現実的な解釈の余地を残して描いているところに、中途半端な部分を感じる。  

『スクランブル』 若竹七海
集英社文庫 本体:476円(00/07初、01/04,3刷)、★★★★☆
 15年前、わたしたちの通う学校でひとりの少女が殺された。事件はわたしたちの間に様々な波紋を巻き起こしたが……。15年後、仲間の結婚式で再会したわたしたちは迷宮入りした事件の真相に至る。80年代の私立女子校を舞台に文芸部の少女たちの日々を描く。

 女子高を舞台に主役の女の子を代えた6つの話から成っている。吉田秋生さんの『櫻の園』がこんな構成だったと思う。80年代の女子校の女の子たちの姿を鮮やかに描き出している。文芸部の少女たちの話だから、たくさんの書名が挙がっているのが楽しい。

 殺人事件を軸に、一話ごとで起きる小さな出来事を解決していく。事件の謎にこだわらずに、登場人物の個性を描き出すことで、ノスタルジックな青春小説として爽やかな感動を与えてくれる。脇役のときのイメージと主役のときのイメージに大きな差がある娘もいる。親しいようでいても、他人の本当の姿を理解することがいかに難しいかを感じさせられた。

 連作短編集の構成をとっているけど、解説で語られるように長編として評価する作品だと思う。  

『よろずお直し業』 草上 仁
徳間デュアル文庫 本体:505円(01/08初)、★★★★★
 “よろずお直し業”を仕事に旅を続けるサバロ。砕けた石、割れた壷、折れた枝、裂けた布、融けた氷、燃えた紙……壊れた物の目に見えない命のねじを、巻き戻して直してしまう。たった五年分しかない思い出を胸に秘め、サバロはあらゆるものを直し続ける。心暖まるファンタジー連作集。

 ファンタジーでは、お約束の機械文明のない中世の時代を舞台に、町から町へ旅をして何でも壊れたものを直してしまうサバロの物語。5年より前の記憶を失い、毎日自分の心臓のねじを巻き戻さないと死んでしまうサバロ。神から授かった自分の力に悩みながら生きている。

 サバロの問いによって、それぞれの壊れたものを巡る物語が語られる。直した物は、そのときがくればまた壊れていく。しかし、彼の力で一時的に前の姿を取り戻したものは、それを巡る人々の心に何かをもたらしていく。草上さんの短編の魅力を十分知っている自分でも、一話一話の読み応えがあり、予想以上に感動的で心暖まる話だった。

 最終話は展開が途中で分かったけれど、それでも良かった。最終話にふさわしい作品で、心から良かったなあと言える。さらっと読み終えてしまったけど、出来れば毎日一話ずつ味わいたい作品だった。

 「砕けた石」「割れた壷」「折れた枝」「裂けた布」「融けた氷」「燃えた紙」の6話を収録。  

『光のロボット』 バリントン・J・ベイリー
創元SF文庫 本体:550円(93/11初)、★★★★☆
 人類文明がいったん崩壊し、再興されつつある世界。ひとり探究の旅を続けるロボット・ジャスペロダスのもとに、一体のロボットが訪れた。世界最高の知性を持つロボット・ガーガンが、ロボットのための究極の計画を推進しつつあり、ジャスペロダスの参加を求めて来たのだった。『ロボットの魂』の続編。

 世界最高の知性を持つロボットが“意識”を獲得するために、大計画を実行するという話。そこに至るまでに、〈光の寺院〉での会話、考古学的な発見、ボルゴルの攻撃、ヴィス伯爵の領地訪問、と事件が起きたり、変わった物を見せたりと休みなく楽しませてくれる。ロボットのプレーヤーによる永遠に続くサッカーなんて物まで出てくる。

 前作から11年後に書かれた続編という事で、違和感があるかと思っていたが、11年の隔たりを感じさせない素直な続編だった。前作からのテーマである「ロボットは意識を持てるか」は、仮想人格をテーマにした作品がずらっと並ぶ現在、この作品での切り込み方では物足りない。1985年の作品だから無理もないのだが……。  

『黄金時代』 椎名 誠
文春文庫 本体:476円(00/12初)、★★★★☆
 はじめて人を殴ったのは中学三年の春。番長グループの副番格と互角に戦った末に三十人に袋叩きにあった。強くなりたくて、体を鍛え喧嘩を教わった日々。恋が、友情が、男としての自我が芽生える季節、“おれ”の中学から大学までの熱くて痛い黄金の日々を描いた椎名誠の熱血純文学。

 「砂の章」「風の章」「草の章」「火の章」の4章からなる長編だけど、どの一章を取り上げて短編として通じる作りになっている。純文学の雑誌に書かれた純文学と言うことだが、椎名さんの他の小説と大きく感じが違う訳ではない。少し地の文が多くて、無駄なく引き締まった感じがする。

 中学三年の主人公が喧嘩に強くなろうとする「砂の章」、高校生になり土建屋のバイトで自分の部屋を作る「風の章」、大学受験の資金を得るために工業高校の助手として働く「草の章」、写真大学で学びながら金属会社で働く「火の章」。他の小説やエッセイで馴染みのあるエピソードが数多く登場する。熱くて痛い黄金の日々をすごして、ゆっくりと熱さも痛みも感じない大人になっていくような、そんな気がした。  

『パズルレディの名推理』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:900円(01/08初)、★★★★☆
 コネチカットに住むコーラは新聞にパズルの連載を持つ老婦人。近くでみつかった死体からクロスワードらしき紙片が発見され、専門家である“パズルレディ”の意見を聞きに警察が訪ねてきた。姪のシェリーの心配もよそに、酔っぱらいでミステリ好きのコーラは大張り切りで事件に首を突っ込んで行く。

 スタンリー・ヘイスティングズ・シリーズの著者パーネル・ホールの新シリーズ。ユーモアあふれる軽快なミステリという所は共通しているけど、主人公が女性コンビという事で雰囲気もがらっと変わった。コーラは大酒飲みで、賭けポーカー好きの口うるさい叔母さん、姪・シェリーは思慮深い美人のというデコボコ・コンビで、新聞記者のアーロンを交えての会話が冴えている。

 著者の小説は一作毎に厚くなっていて、遂に530ページという厚さ。気軽には読めないかも知れないけど、楽しく安心して読める良さは変わっていない。主人公がパズルの専門家なので、クロスワード・パズルのヒントが日本と違うことが分かったりするのも楽しい。ラストはドタバタした展開でちょっと不自然かも。  






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