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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2001年7月

『あんな作家、こんな作家、どんな作家』, 阿川佐和子
『夏の災厄』, 篠田節子
『文章の書き方』, 辰濃和男
『奇蹟の輝き』, リチャード・マシスン
『スタジアム 虹の事件簿』, 青井夏海
『『2001年宇宙の旅』講義』, 巽 孝之
『天国までの百マイル』, 浅田次郎
『東亰異聞』, 小野不由美
『スーパートイズ』, ブライアン・オールディス

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『あんな作家、こんな作家、どんな作家』 阿川佐和子
講談社文庫 本体:571円(01/03初)、★★★☆☆
 テレビの報道番組のアシスタントやキャスターだった阿川佐和子さんが、作家にインタビューし、その印象を記事にした1986年から1991年の「IN★POCKET」(講談社)の連載をまとめたもの。総勢57名の作家のインタビュー集。

 15年から20年前の内容なので古いし、一回が短いのにもちょっとがっかりした。質問と答えが交互に展開するインタビュー集とは違い、阿川さんがその作家をこんな人だったとまとめてしまっているのも期待とは違っていた。

 しかし、記事の最後には現在の作家のプロフィールが載っているし、だんだんインタビューやまとめ方が上手くなっていって、短い中にもその作家の人間性が感じられるようになっているので楽しめた。何より、色々読みたい本や作家が出来た。

 阿川さんの父は作家だということで、父親と仲の良い作家とは阿川さんも顔見知りで気楽で楽しそうだ。15年から20年前とはいえ、驚くほど多くの作家が既に亡くなっている。この本で作品を読みたくなった方も多いのに残念なことだ。作家は死んでも作品は残るのだが……。  

『夏の災厄』 篠田節子
文春文庫 本体:676円(98/06初、99/03,3刷)、★★★★☆
 埼玉県のニュータウンで発生した奇病は日本脳炎と診断された。患者が増えるにつれ現場の看護婦や職員は、従来の日本脳炎との違いを感じ始める。感染力・死亡率の高い新型の日本脳炎が町に広まっていく。硬直した行政システムは頼りになるのか?

 奇病が町を襲ったら、病院や行政機関はどんな対応をするのか? 危険な病気が広がっていく事に住民はどんな反応をするのか? 現在のシステムではこういった災害に十分に対処出来ないことを指摘し、見過ごされている様々な問題を浮かび上がらせている。

 はじめは小松左京さんの『復活の日』が頭をよぎったが、そういったSFとは全然違う作品だった。新種の伝染病というSF的な設定を極めて現実的に描いている。一地域の中で、看護婦や保険センターの職員や診療所の医師が、それぞれ自分の職務を果たすことで、異常事態を切り抜けようとする。ヒーローが存在しないことで現実感が増し、地味ながら緊迫した読み応えを感じた。

 日本脳炎の最盛期に向かって危機が募っていく過程が現実感を持って迫ってくる。ウイルスの恐怖と共に、現在の日本のシステムの持つ脆さにも不安が募る。骨太な実力を感じさせる迫力のある話だった。辰巳医師を不気味な存在にして、細菌兵器の研究とか実験という疑惑に持っていくあたりは、話の雰囲気とも合わず少し冗長だったかも知れない。  

『文章の書き方』 辰濃和男
岩波書店 本体:602円(94/03初、94/11,12刷)、★★★☆☆
 わかりやすい文章を書くために、日頃から心がけるべきことや、基本的に大切なことを取り上げている。実際に文章を書くときの表現上の心構えなどを説明する。『朝日新聞』のコラム「天声人語」の元筆者が、「文は心である」ことをポイントとして、様々な名文を示して解説する。

 一章では広く材料を集め、現場を見て、先入観を持たずに、胸からあふれるものを、的確な表現で書きなさい、と言う話。学校や会社で急に文章を書かなければならないときに余り参考にならない話。

 二章では文章の書き方を説明している。分かりやすい文章の例や、均衡のとれた文章を示したりしているけど、文章の問題ではなくて、材料をどのように使うかという話が主で、一章のポイントを十分に抑えていなければ、役に立ちそうにない。

 三章は表現上の心構えを書いていて、ここで初めて良い文章を書くポイントが示される。文の長さや、漢字の割合、体言止めについての注意が上がってる。

 全体的に文章作法の技術的なことには余り触れていない。『文章の書き方』というタイトルから来るイメージと違っていて期待外れだった。実用的な面とは別に、著者の指示どうりに、例に上がっている名文をゆっくりと読んでみると、著者の的確な解説もあって文章の奥にある微妙なものを感じる事が出来て良かった。  

『奇蹟の輝き』 リチャード・マシスン
創元推理文庫 本体:720円(99/04初)、★★★☆☆
 事故で命を落としたクリス。死後にも意識があり、しばらく地上をさまよった後に、彼が着いた世界は「常夏の国」と呼ばれる楽園だった。残してきた最愛の妻を気にする彼の元に、妻アンの自殺の知らせが届く。自殺者は本来の寿命まで楽園には来れない。彷徨う妻を救うためにクリスは旅立つ。

 まえがきに「本書は登場人物と、その人間関係意外は、調査にもとづいて書いた」とあるように、膨大な資料を元にして死後の世界を描いている。オルペウスが黄泉の国から妻を取りもどそうとした神話を軸に、死後の世界についての研究成果を多くの人に知って貰いたいと書かれた本だと思う。

 主人公が自分の死を認めるまでが長過ぎたり、クリスの妻への思いが不自然に強調されているのは割り引いて考えたい。本来ならば強烈な死後の世界のイメージで読ませる本だと思う。臨死体験の本がベストセラーになり、こんな死後の世界のイメージがある程度知られている現在、この本の魅力は半減してしまっている。

 20年以上前の本が映画化を機に訳されたらしい。名作映画『ある日どこかで』がマシスンの原作だと本書の解説で知った。現在、訳が進んでいるらしいので楽しみだ。  

『スタジアム 虹の事件簿』 青井夏海
創元推理文庫 本体:620円(01/04初)、★★★★☆
 自費出版の本が話題を呼んで、創元推理文庫の出版に結びついた一冊。

 プロ野球の万年最下位球団の観客席に現れる優雅なドレスの女性・虹森多佳子。彼女は野球音痴ながら東海レインボーズのオーナーだった。観客席で耳にした奇妙な謎を、覚えたての野球の駆け引きを応用して楽々と解決してしまう連作ミステリ集。「幻の虹」「見えない虹」「破れた虹」「騒々しい虹」「ダイヤモンドにかかる虹」の5編を収録。

 第一話「幻の虹」は、観客席で突然に一万円札をばら撒きだした男の事情を見破る話。観客にまぎれたオーナー多佳子の野球音痴ぶりも、レインボーズを応援する3人男たちの野次も面白い。

 第二話「見えない虹」は、ペンフレンドに送った姉の写真を自分だと偽ってしまった女性。野球好きの二人は球場で待ち合わせる事になるが……。魅力を持たない女性の気持ちをさわやかに描いている。男の行動に十分な説得力がないけど、ラストはいい話だったなと感じさせる。

 第四話「騒々しい虹」は、野球観戦のために、鉢植えに水をやるアルバイトを引き受けた少年が、留守番電話にかかってきた脅迫を聞いてしまう。逃げ場を失った少年が球場に向かってしまうところがいい。野球好きのこういう子供がいるのだから、オーナーがんばれ、レインボーズがんばれいう気持ちになる。事件の真相には無理を感じる。

 多佳子オーナーの控えめな態度が、柔らかなムードを生んでいる。少し古くて懐かしい世界を感じる。どの話も観客の視点で描かれていて、野球観戦の魅力を十分に伝えてくれる。試合の経過も細かく記されていて、野球にこだわって描かれている。しかし、野球好きでなくても楽しめる心温まるミステリに仕上がっている。  

『『2001年宇宙の旅』講義』 巽 孝之
平凡社新書 本体:720円(01/05初)、★★★☆☆
 1968年に公開された映画『2001年宇宙の旅』。多くの謎と解釈に包まれたSF史上、映画史上に輝く名作を、小説版と映画版の徹底比較を行いつつ、二十世紀末電脳文化勃興以後の新しいパースペクティブから読み直す。巽孝之さんは、『日本SF論争史』(勁草書房)で第21回日本SF大賞受賞している。

 『2001年宇宙の旅』についてより、その影響にある作品について多くが割かれていて、イメージと違っていた。映画と小説の違いについても徹底して語ったという感じではない。『2001年宇宙の旅』については語り尽くされたものとして、書かれているのだろうが、そういう知識を想定しないで総論を読みたかった。

 電脳文化の視点から新しい解釈をする部分は大きな収穫だった。ただし、『2001年宇宙の旅』単体でそこまで解釈するのは無理で、クラークの2001年シリーズが書き続けられた事によって、時代の要請を受けて変容していった部分だと思う。『2001年宇宙の旅』が色々な作品に影響を与えた様に、2001年シリーズも色々な作品から影響を受けている。

 手軽に読める新書の中に、SFの評論が入ったのは歓迎したい。出来れば、もう少し分かりやすい話だと良かった。  

『天国までの百マイル』 浅田次郎
朝日文庫 本体:476円(00/01初、00/12,3刷)、★★★★☆
 バブル崩壊で会社も金も失い、妻子とも別れた中年男・城所安男。世話してもらった友人の会社でもやっかい者だった。狭心症で入院した母を見舞うと、危険な状態であると告げられる。母の命を救うため、天才的な心臓外科医がいるという病院めざして百マイルを駆ける。

 自分が愛されていないと知りつつ尽くす愛人、会社も金も妻子も失いくすぶっている男、父親を亡くし必死で子供を育てた母親、出世した冷たくなった兄姉、誠実な主治医、といかにも泣かせる設定が揃っている。

 病院めざして走るメインの話も感動だけど、手を変え品を変え繰りだされる上に挙げたような設定に心を揺さぶられる。愛人マリとの会話、病院を出発するシーン、まだまだこれからと思っている所で泣かされた。おんぼろ車で母を運ぶのが、主人公のわがままにしか見えなかったり、設定に疑問を感じる部分もあるけど、気持ちよく感動できたので何となく許せてしまう。

 心臓病で死を待つばかりという深刻な話も、いかにもフィクションという作りで、気楽に楽しんで読める。やっぱり浅田次郎さんは、良い意味での「大嘘つき」だなあ。  

『東亰異聞』 小野不由美
新潮文庫 本体:590円(H11/05初)、★★★☆☆
 「江戸」から「東亰」へと名を変えてから29年。人を突き落とし全身火だるまで姿を消す火炎魔人や、夜道で辻斬りの所業をはたらく闇御前など怪しい事件が続いていた。新聞記者の新太郎は友人の万造と共に調査に乗り出し、やがて鷹司公爵家のお家騒動に行き当たる。

 「東京」とは微妙なズレがある異世界「東亰」を、火炎魔人、闇御前、人魂売り、首遣いなど魑魅魍魎が跋扈する。そんな妖怪話になるのかと思わせて、新太郎と万造という普通の二人が調査を始めて、被害者の唯一の共通点から公爵家の相続問題が浮かんで来るというミステリ風な展開を見せる。

 時代の雰囲気が怪しく濃厚に描きだされている。「江戸」から現代に移り変わっていく時代の魅力なのだろう。直(なおし)と常(ときわ)、そして輔(たすく)という名前が世界に調和していていい感じだ。終盤になって、火炎魔人や闇御前の正体と真相が唐突に明かされ、意外すぎて納得がいかない。隙間を埋める長い説明に反発を覚えた。その後の展開は椎名さんみたいで悪くないのだが……。  

『スーパートイズ』 ブライアン・オールディス
竹書房文庫 本体:590円(H13/07初)、★★★☆☆
 出産には政府の許可が必要になった近未来。デイヴィッドは子供のいない夫婦のための子供型の人工知能だった。その事実を知らないデイヴィッドはママが自分を愛してくれないことに悩んでいた。映画原案の「スーパートイズ」三部作を含む近未来を描いた短編集。文庫版は13作品収録、ハードカバー版は完全版で21作品を収録している。

 「スーパートイズ」三部作はショートショート並みの短い話の三部作。「スーパートイズ/いつまでもつづく夏」「スーパートイズ/冬きたりなば」「スーパートイズ/季節がめぐりて」と話が続いていく。こういうテーマで子供を主人公にすれば、十分に泣かせる作品になり得るという感じか。テーマは良いのに、展開は好きななれないところがある。誤解していたが、三作をまとめて一本の映画にしたらしい。

 他の短編では、「遠地点、ふたたび」で語られた異世界の世代交代が凄かった。「頭がおかしくなりそうな事態」は、自己断頭をTV中継するという話で、断頭までの騒動が面白い。その他、バラエティに富んだ作品が収録されているが、ワンアイデアの短い作品や、長めの作品だと話が混乱していたりで、余り楽しめなかった。

 「スタンリーの異常な愛情」というタイトルで、著者本人が映画化の経緯を説明している。  






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