タイトル |
著者 |
レーベル名 |
定価(刷年月),個人的評価 |
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『むかし僕が死んだ家』 |
東野圭吾 |
講談社文庫 |
本体:505円(97/05初)、★★★★☆ |
7年前に別れた恋人・沙也加と再会した。彼女は幼い頃の思い出が全然ないと言う。彼女の記憶を取り戻すため、彼女の父が持っていた地図を頼りに松原湖を訪れた。草の生い茂った道を行くと、そこにあったのは尖った大きな屋根の灰色の家だった。
彼女の心に傷を残した幼児期の出来事とは何なのか? それを知るために松原湖の家に誰が住んでいて、どんな事があったのかを調べようとする。家の中で二人だけで過去を探っている話なのに飽きさせる事なく世界に引きずり込んでいく。沙也加の父と家の関係、ある日突然に人が消えてしまったような様子、11時10分で止められた時計、多くの謎を提示しながら話が進む。
彼女が自分の子供を虐待していることが語られる。そのことが記憶の無い幼児期の謎を探る強い動機になっている。しっかりと動機を固めることで話の重さが違ってくる。現在の東野さんの作品よりミステリ色が強いけど、幼児虐待や親子関係などのテーマも描かれている。彼にも隠していた過去があったが彼女に告げる事なく終って、彼の頭の中だけで『むかし僕が死んだ家』というタイトルにつながるのだが、その部分が説明不足な気がする。
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『奇跡の人』 |
真保裕一 |
角川書店 |
本体:1,700円(H9/05初、H9/06,3版)、★★★☆☆ |
相馬克己は交通事故から奇跡的に回復し、8年の入院生活から開放された。事故前の記憶を全て失った彼は、母の介護を受けて赤ん坊から成長し直したのだ。その母を亡くした悲しみも薄れ、一人で生活して仕事をしていく事にも慣れた彼は、失われた自分の過去を探り始めるが……。
一部が母の手記で構成されていて、克己の回復や成長が分かるところや、実際には30代でも精神的には中学生ぐらいの彼の人の良さや、成長した彼が失った記憶に苦しむ様子は『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせる。
前半の雰囲気の良さに、彼が社会に慣れて幸せになっていく話を期待していた。自分の過去を探り出す中盤から、憑かれたようになっていく彼の様子がいやで、だんだんと主人公が嫌いになっていった。彼はもっと余裕を持って行動する事が出来なかったのだろうか。普通に暮らす主人公が、巻き込まれる形で過去を知るほうが良かったと思う。
エピローグは置くとして、混乱したラストに来て、ようやく作者が何を書きたかったのか見えた気がして、評価を少し回復した。全体的には良く出来ていると思うけど、良い雰囲気に浸りたいという期待を裏切った残念な作品だった。
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『星ぼしの荒野から』 |
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア |
ハヤカワ文庫SF(SF1267) |
本体:840円(99/03初)、★★★★☆ |
深宇宙で進化した生命体の仔・エンギが仲間からはぐれてしまった。二体の斥候が探しに向かったが、すでに恐るべき捕食生物に狙われていた。エンギは難を逃れて地球に隠れるが……。表題作他、ネビュラ賞受賞作「ラセンウジバエ解決法」など、ラクーナ・シェルドン名義の作品を含む全10編を収録したSF短編集。
「おお、わが姉妹よ、光満つるその顔よ!」
廃墟の街を歩いていく郵便配達人の女。しかし、それは……。
SFと言うより一般小説として通る。現実との残酷な違いが不幸を生んだ。虚しさが残るつらい話だけど、良く出来た話だと思う。
「ラセンウジバエ解決法」
コロンビアで害虫駆除を研究しているアラン。愛妻からの手紙には、女性の大量虐殺が広まりつつある不安が書かれていた。
人間が害虫にやった事を異星人が人間に対してやったという、良くあるパターンだけど、衝撃的な内容と展開の上手さで一味違う。
「われら〈夢〉を盗みし者」
テラ人に仕える奴隷の類人種が、何年もかけて準備してきた計画を実行しようとしていた。
計画の進行に多くの犠牲が払われている所を克明に追っていく。こういう話の中にもユーモアがあるところが凄い。オチなど不要。
「スロー・ミュージック」
人類が別世界に行ってしまった地球。ジャッコは別世界への入り口〈河〉への旅の中で、残る女性・ピーチシーフと出会う。
色々な動物、道具をかき集めて生活するピーチシーフが魅力的。異常な世界だからこその魅力かも知れないけど。
「星ぼしの荒野から」
捕食生物に追われた宇宙生物の仔が姿を変えて地球に逃げ込んだ。そのとき生まれたポーラには特殊な能力が備わった。
驚くような天才少女の物語りも、宇宙の前には小さな出来事にしか過ぎないのか。それでも、エンギの決心には救われる思いがした。
「たおやかな狂える手に」
醜い少女・CPは頑なな意思で宇宙を目指した。暴行にも屈辱的な言葉にも耐えてその時を待っていた。
前半と後半イメージが噛み合わないし、ご都合主義だったりするけれど、異星人と接触するところは興味深かった。
ティプトリーさんは10年以上に渡って男性だと思われていた女性作家で、1987年に自殺を遂げている。実は一冊なった本を読むのは、これが初めてかも知れないが、「SFマガジン」やアンソロジーなどで馴染みの作家だ。
女性宇宙飛行士が男性飛行士の性欲処理に使われたり、父娘の近親相姦が描かれていたりと性的なタブーが多く出てくる。独立心の強い女性が主人公である場合が多く、性とか女性である事にこだわって書いているように思う。そういうのは作家として損をしているような気がするのだが……。
「天国の門」「ビーバーの涙」「おお、わが姉妹よ、光満つるその顔よ!」「ラセンウジバエ解決法」「時分割の天使」「われら〈夢〉を盗みし者」「スロー・ミュージック」「汚れなき戯れ」「星ぼしの荒野から」「たおやかな狂える手に」を収録している。
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『騙し絵 日本国憲法』 |
清水義範 |
集英社文庫 |
本体:571円(99/04初)、★★★★☆ |
憲法の前文を文体模写した「二十一の異なるバージョンによる前文」から、普通の会社員にとっての“天皇”を描いた「シンボル」、50年前と現在を比較した2本立ての「九条」、少年が不思議な外人?と憲法について話す「ハロランさんと基本的人権」、憲法をテーマに寄席のパロディをした「寄席中継」、憲法を暴走族の掟に置き換えた「亜匍驢(アポロ)団の掟」まで、憲法を題材にした一冊。
まずは憲法前文を定番の長島茂男調から、名古屋弁、実演販売、落語、フィネガンズ・ウェイク調、松本人志さん「遺書」風、西原理恵子さんのマンガなど違ったバージョンで楽しませてくれる。第四章から第八章の「寄席中継」でもマギー司郎さんや染之助・染太郎さんなどのマネをしている。国会議員や裁判所をネタにして皮肉っていて、説得力もあり面白い。
「シンボル」「九条」「ハロランさんと基本的人権」は、普通の小説としても十分に楽しめて、なお憲法の矛盾点などが指摘され、考えさせられる。「シンボル」では、平均的な日本人が「あなたにとって天皇とは何か?」と問われ考え込む。浮気、娘の非行で家庭が崩壊していく中で彼の達した答えは……。ほろっとさせられる。
「亜匍驢団の掟」では、海外派遣や改憲の問題が、暴走族の掟に置き換えられて語られる。3つの立場が分かり易く語られる。憲法のとんでもない矛盾点がオチとなっている。この本が面白いのも確かだけど、憲法って面白い。
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『過ぎ去りし日々の光 上・下』 |
アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター |
ハヤカワ文庫SF(SF1338,SF1339) |
本体:各660円(00/12初)、★★★★☆ |
巨匠クラークと俊英バクスター、二人のハードSF作家の合作。
西暦2033年、500年後に巨大彗星が地球に衝突することが判明する。全ての人類を救い出す手段は全く存在しなかった。そんな状況でアワワールド社はワームホールを利用して好きな場所を見ることが出来るワームカムを開発する。やがてその技術で過去を見ることが出来るようになる……。
どこでも見ることが出来るワームカムの発明で、社会からプライバシーが失われていく。その社会の変化を追った部分は、完全な嘘発見器が社会を変えるハルペインの『天才アームストロングのたった一つの嘘』(角川文庫)にかなり似ている。物語の進行と未来を描く兼ね合いが上手く、本書の方が余裕が感じられる。
ワームカムで過去を見ることが出来るようになり、彼方の天体の観測、過去の検証、技術的に色々面白い利用法が出てくるのだが、色々な問題を抱えながら登場人物たちがどんどん暗くなっていく。ハイラムは脅迫に怯え、息子のダヴィッドも人類の暗い歴史に打ちのめされ、一番元気なケートも犯罪者として逃亡するという具合。社会の変化に追いつけない人々で自殺者が増加する。500年後の巨大彗星による人類滅亡の予感が重くのしかかる。
ラストはワームカムによるあらゆる可能性を壮大なヴィジョンで見せてくれて、バクスターの『タイム・シップ』(ハヤカワ文庫SF)を思わせる。彼方の惑星や生物進化の歴史、エネルギー問題を解決した人類の将来までもが描かれる。途中の話の暗さはともかくも、SFの魅力でいっぱいの作品。
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『英国庭園の謎』 |
有栖川有栖 |
講談社文庫 |
本体:571円(00/06初)、★★★★☆ |
犯罪臨床学者・火村英生とその助手のミステリ作家・有栖川有栖が警察の捜査に加わり事件を解決するシリーズ短編集。「雨天決行」「竜胆紅一の疑惑」「三つの日付」「完璧な遺書」「ジャバウォッキー」「英国庭園の謎」の6作を収録。〈国名シリーズ〉第4弾。
「雨天決行」
雨上がりの公園で女性随筆家が殺された。残された足跡と、「雨天決行」という言葉が事件解明の手がかりか……。
鮮やかな解決が憎いくらい。エッセイの内容は怪しとは思ったけど気付かなかった。ときおり漫才コンビになる探偵二人も好きだな。
「竜胆紅一の疑惑」
スランプ状態の流行作家が「家族に命を狙われている」と訴えて来た。作家の妄想か、本当に狙われているのか?
不自然ななので犯人が分かり易いけれど、意外なことで事件が解決すると言われ驚かされる。またも鮮やかな解決に納得させられた。
「完璧な遺書」
女性を殺してしまい、自殺に見せるため遺書を作る犯人。完璧な遺書を火村は見抜けるのか?
一瞬、有栖川が誰かを殺したかと思わせる遊びにニンマリ。完璧な遺書が出来上がっていく過程が、無理がなくて良かった。犯人の見逃した事項は気になっていたが、最後の決め手までは考えてもなかった。
「英国庭園の謎」
英国庭園を持つ資産家が仕組んだ暗号解読の宝捜し。彼が殺され、火村と有栖川が捜査に訪れる。
暗号や設定が大掛かりで手ごわ過ぎる。根っからのミステリ好きに向けられた作品。ある乱歩の暗号を「推理小説ファンにはアホほど有名な暗号や」と言わせている。し、知らない……。
火村と有栖川の会話が楽しい「雨天決行」「竜胆紅一の疑惑」の2作がお気に入り。このコンビには際立った特徴がないけど、嫌味がなくて読むごとに好きななっていく。また、「ジャバウォッキー」の電話のやり取りはスリルがあって面白かった。構成の違った作品が含まれていて、短編集として飽きずに楽しめるところも良い。
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『生きる歓び』 |
橋本 治 |
角川文庫 |
本体:533円(H13/02初)、★★★★☆ |
にんじんが嫌いな父とその娘、サラリーマンだったころを思い出す老人、自分に物語が足りないことに気づいたOL、入社3年、肥満を気にし始める青年など。ごく「ふつう」の人々のささやかな歓びと淡い悲しみをとらえた短編集。
「にしん」は、大学に落ち、東京でソバ屋の出前持ちをしてる青年の何だか分からない不満が描かれている。大学に入った友人に取り残されたような不安、名店でも何でもないないソバ屋への不満。それでも何が起こるわけでもなく平凡な日々が過ぎていく。
「あんぱん」では、鍼灸院の帰りの70歳になるお婆さん。腰が少し軽くなったのを感じながらも、自分がいつの間にか歳を取っていたことを心の中で嘆く。ベンチであんぱんを食べるラストに何となく救いがあるような気がする。
橋本治さんの小説を読むのは久しぶりだ。『桃尻語訳枕草子』など、古典に取り組んでいたそうで、その間小説は書かれていなかったのだ。久しぶりに読んだら、同じ言葉の繰り返しがくどく感じたが、慣れると懐かしく心地よかった。実際に人の気持ちを言葉にすれば、こういう表現が一番近いだろうと思う。
強い目的や信念を持って生きている人もいるだろうけど、大半の人が迷いながら生きているだろう。ごくごく平凡な人生だからこその、ごくごく平凡な悩み悲しみ、小さな歓びが繊細に描かれていて、どの作品の登場人物の気持ちにも強い共感を覚えた。
「にしん」「みかん」「あんぱん」「いんかん」「どかん」「にんじん」「きりん」「みしん」「ひまん」の9編を収録。
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