読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2001年5月

『片想い』, 東野圭吾
『20世紀SF 2 1950年代』, 中村融、山岸真 編
『定年ゴジラ』, 重松 清
『地球環』, 堀 晃
『おもいでエマノン』, 梶尾真治
『敵手』, ディック・フランシス
『心とろかすような』, 宮部みゆき
『科学の目 科学の心』, 長谷川眞理子

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『片想い』 東野圭吾
文藝春秋 本体:1714円(H13/03初)、★★★★★
 大学アメフト部の同窓会の帰り、西脇哲郎はかつての女子マネージャー日浦美月に出会った。彼女から自分は性同一性障害であり、これからは男として生きる事を告げられる。さらに美月の挙動不審な点を追求すると、人を殺して警察に追われる身である事が明かされる。美月の親友だった哲郎の妻・理沙子が、美月を守ろうと言い出す。

 事件の謎を探りながら、性同一性障害の悩み、家族の苦悩が明らかにされていく。哲郎の取材相手として出てくる真性半陰陽の陸上選手など、様々な性差の問題が大きなテーマとして描かれている。

 美月の事件にからんで、いつからか壊れてしまった主人公夫婦の問題、友情を捨てて、記者として事件に迫る元アメフト部の早田との対決、彼らの過去の関係など様々なドラマが話を盛り立てて読み応えがある。

 男女の性差の悩みを真面目に取り扱っているので、雰囲気が少し重いけど、殺人事件に関する謎や、大学時代の仲間たちの暖かい友情が和らげている。男性だと思った人物が実は女性だった(またはその逆)というトリックを、もう一歩踏み込んで使っている点も見逃せない。  

『20世紀SF 2 1950年代 初めの終わり』 中村融、山岸真 編
河出文庫 本体:950円(00/12初)、★★★★☆
 英米SFを年代別に集大成した第2巻、1950年代編。レイ・ブラッドベリ「初めの終わり」、ロバート・シェクリイ「ひる」、フィリップ・K・ディック「父さんもどき」、リチャード・マシスン「終わりの日」、ゼナ・ヘンダースン「なんでも箱」、クリフォード・D・シマック「隣人」、フレデリック・ポール「幻影の街」、C・M・コーンブルース「真夜中の祭壇」、エリック・フランク・ラッセル「証言」、アルフレッド・ベスター「消失トリック」、ジェイムズ・ブリッシュ「芸術作品」、コードウェイナー・スミス「燃える脳」、シオドア・スタージョン「たとえ世界を失っても」、ポール・アンダースン「サム・ホール」の14編を収録。


ロバート・シェクリイ「ひる」
マイクルズ教授の庭に、どんなエネルギーでも吸収して成長していく謎の生物が現れた。生物はどんどん生長していった。
冷静で科学的な教授と、感情的な将軍の対比が面白い。テレビの怪獣番組のエピソードの下敷きになったとあるが、同じアイディアの話は幾つもあるように思う。

リチャード・マシスン「終わりの日」
天文学的異変によって地球が滅亡する。パニックを生き延びた人々が静かに最後の日を迎える。
ネヴィル・シュートさんの『渚にて』が思い浮かぶ。救いのない中に、ほっとさせられる母子の愛情が描かれている。

クリフォード・D・シマック「隣人」
クーン谷の農場に新顔がやって来た。彼の畑にだけ雨が降ったり、未知の力で病気を治す変わった隣人だった。
田舎の農場を舞台に素朴な人々を描いたシマック世界は大好き。シマックを代表する作品だと思う。『大きな前庭』(ハヤカワ文庫SF)に収録されている。

フレデリック・ポール「幻影の街」
非常に現実感のある夢からさめたバークハートは、徐々に世界の食い違いに気付いていく。
色々な広告が飛び交う椎名さんの『アド・バード』ような感じから、仮想現実もののオチまで、アイディアの生きた一編。

ジェイムズ・ブリッシュ「芸術作品」
二百年後の世界に生き返った作曲家シュトラウス。自分の集大成となるオペラを完成させるが……。
人格を再生するという設定も、芸術家が作品を完成させている過程も面白かった。


 何冊も読んでいる作家が何人も登場し、個々の作品の質の高さも文句なし。1950年代から、既に現代のSFに通じるアイディアが登場していて驚かされた。この時代がSFの一番充実していた時代だと感じた。  

『定年ゴジラ』 重松 清
講談社文庫 本体:695円(01/02初)、★★★★☆
 25年前にニュータウンに家を買った山崎さんは、一ヶ月前に定年を迎えた。自由で気ままな第二の人生と思ったものの、何もない日々に退屈を感じ始めていた。散歩中に知り合った定年仲間が出来てる。愚痴をこぼし、励まし合いながら散歩する仲間、年老いたニュータウンでの第二の人生を温かく描く。

 40歳前後の会社勤めの一家が家を購入するニュータウン。そんなニュータウンも分譲から20数年が過ぎれば、子供も独立し定年を迎えた家が増えてくる。舞台となるくぬぎ台もそんな年老いたニュータウンのひとつだ。人と同じように、町も年老いていくという着想が面白い。

 家を守り、子供を育てるために頑張ってきた山崎さんたち。定年や子供の独立によって、人生の価値観の転換が迫られる。仕事も子供も自分の手を離れ、これからは新しい人生の目的を作らなければならないのだ。定年後の人生を心温まる筆致で描いていて、面白く読みながら何度も泣かされた。

 連作短編集なのだが、長編のような気分で読める。ちょうどドラマ化されたので、少し見てみたらイメージが違っていた。ドラマでは奥さんや娘と言い合いになったり、ふらふらと退職した会社に行ったり、主人公のダメな部分が出ていた。小説では生臭い部分を見せずに描かれていて雰囲気も良い。 文庫化に当たり「帰ってきた定年ゴジラ」が追加されている。  

『地球環』 堀 晃
ハルキ文庫 本体:820円(00/10初)、★★★★☆
 銀河系全域に張りめぐらされた通信網の中枢〈情報省〉から派遣された情報管理官を乗せ調査に向かう。情報管理官は体内に驚異的な情報処理能力を内蔵する情報サイボーグだ。骨折星雲、異星の物体、情報管理官の錯乱、地球外文明との交信、与えられた存在理由の答えを求めて、情報管理官が宇宙の謎に挑む。

 〈情報サイボーグ〉シリーズは20年から30年前の作品で、例外的に「柔らかい闇」だけが2000年に書かれている。収録作品のほとんどが既存の3冊の短編集に収録済みだが、今回始めて一冊にまとまったのでファンにとってはとても嬉しいことだ。

 シリーズの核をなす作品は、跳躍航行船や小惑星曳航船などの違いはあれ、一人の操船技術者が〈情報省〉から派遣された情報管理官を乗せて調査に向かうという話の骨格は同じ。あえて言えば、ラストも情報管制官が死んで操船技術者が成果を持ち帰るという話が多い。初期作品や番外的な作品は例外になっている。パターンが同じなので何編も読んでいくと退屈する。〈トリニティ〉シリーズにも同じ欠点がある。

 ハードSFらしい硬質な文章とアイデアが魅力。骨折星雲の謎も、特殊な記憶を持つラーゴ猫も、過去へ情報を送る理論も、ハードSFの魅力に満ちている。しかし、当時あれほど輝いていた作品も歳月によって多少色褪せていた。2000年の新作「柔らかい闇」が一番良かった。著者の小説技術の進歩が大きいかも知れない。

 収録作品は「恐怖省」「地球環」「最後の接触」「骨折星雲」「宇宙猿の手」「猫の空洞」「蒼ざめた星の馬」「過去への声」「宇宙葬の夜」「虚空の噴水」「柔らかい闇」「バビロニア・ウェーブ」の12編。  

『おもいでエマノン』 梶尾真治
徳間文庫 本体:440円(87/12初)、★★★★☆
 地球に生命が誕生してからの30億年もの時を記憶している少女エマノン。そばかすに長い黒髪、ジーンズに粗編みのセーター、ナップ・ザックを抱え世界中を旅して、様々な人に巡り合い、様々な事件に遭遇する。エマノン・シリーズ連作短編集。


「おもいでエマノン」は、1967年を舞台にSF好きの青年が登場し、旅の途中のフェリーの中でエマノンと知り合いになる。13年後に意外な姿で再会する話で、シリーズ第一作目らしく、エマノンの特殊な部分が詳しく語られる。青年がかなわない恋に思いを募らせる姿が切ない。

「さかしまエングラム」では、エマノンの血を輸血した少年が、エマノンと同じ記憶を持つ話で、こんな設定があった事に驚いた。欲望が暴走するホラー色の強い作品。

「ゆきずりアムネジア」では、一時的に記憶喪失になったエマノンの話が語られる。娘が生まれ記憶が受け継がれると、それまでの記憶を失った母親が残る。エマノンの存在の悲しい部分が知らされる。


  徳間デュアル文庫で再刊されたけど、買わずに古い本を読む。続編の『さすらいエマノン』を読んでいる時には謎だった部分が、この本を読んだら色々明らかになった。謎の部分があった方がロマンチックだが、一作ごとにSFらしい設定が加えられていくのも悪くはない。この本で書き尽くしてしまったので、続編の方では新たな設定が出てこなかったのかも。イラストは、表紙が高野文子さんで本文が新井苑子さん。デュアル文庫の鶴田謙二さんの絵が似合いすぎで、どちらのエマノンもイメージが違う。

 「おもいでエマノン」「さかしまエングラム」「ゆきずりアムネジア」「とまどいマクトゥーヴ」「うらぎりガリオン」「たそがれコンタクト」「しおかぜエヴァリューション」の7編を収録。デュアル文庫版は、2000年の新作「あしびきデイドリーム」が追加されているらしい。  

『敵手』 ディック・フランシス
ハヤカワ文庫HM 本体:820円(00/08初)、★★★★★
 馬の脚が切断されるという事件が続発し、元ジョッキイの調査員シッド・ハレーが犯人探しを依頼される。容疑者として浮かんだのは、ジョッキイ時代からの親友で国民的タレントのエリスだった。彼を告発したシッドはマスコミから痛烈に批判される。シッド・ハレー・シリーズ第3弾。

 シッドは落馬事故で不自由になった腕に、暴行を受けて片手を失うというハンデを負っている。精密な義手で日常生活にそれ程の不自由はないけれど、他人の同情や好奇の目を気にし続けている。彼がハンデに屈しない強い人物ではあっても、ハンデを克服したヒーローではないところが話全体で描かれていて、大きな魅力になっている。

 白血病の少女・レイチェルの馬が被害にあって、調査に訪れたシッドは彼女の心の支えとなっていく。悪夢に悩まされる彼女に、自分も苦しんでいる悪い夢を打ち明けるところが良い。少女に「人生は鼻くそだ」と言ったシッド、彼にも誰にも少女の苦しみを取り除く事は出来ないし、彼の苦しみもそうだ。

 話はシッドがエリスの父親に襲われるところから始まり、白血病の少女の話や非行少年との交流などを絡ませながら、馬の脚を切断していた犯人の証拠に迫っていく。エリスの母親の自殺、そして父親がシッドを襲うまでの経過が描かれる。親友エリスとの対決も二人の気持ちを見事に描いていて心を打った。  

『心とろかすような マサの事件簿』 宮部みゆき
創元推理文庫 本体:620円(01/04初)、★★★★☆
 蓮見探偵事務所の面々と用心犬マサが事件を解決する連作短編集、長編『パーフェクト・ブルー』の続編。

「心とろかすような」は、蓮見探偵事務所の娘・糸ちゃんが諸岡進也と朝帰り、二人は誤解だと言うが……。
糸ちゃんの朝帰りが事件の発端であると同時に、所長の動揺する姿などで父親の娘への愛情を描いて、事件の伏線にしているところが上手い。

「てのひらの森の下で」は、加代ちゃんとマサは朝の散歩で死体を見つけた。マサが見張っていると、死体が起き上がって逃げてしまった。
マサだけが、消えたのが死体じゃない事を知っていた。話せない犬のもどかしさ。事件の真相が良く考えられていて感心した。「雨の会」の短編集『ミステリーが好き』(講談社文庫)にも収録されている。

「白い騎士は歌う」は、女性が事務所に調査依頼に訪れた。弟が社長を殺し金を盗んだ容疑で追われている。なぜお金が必要だったのか知りたいと言う。
色々なドラマが絡まって切ない話。結末は思わず祈ったが……。

「マサ、留守番する」は、蓮見探偵事務所が社員旅行。マサが留守番する事務所にウサギが捨てられて、マサが夜の捜査に出る。
近所の犬や猫、学校のカラスなど色々な動物が登場するメルヘンチックな楽しい作品。楽しいだけでなく、虐待されている犬の話もあって人間批判も忘れない。事件の謎は本格的でマサの捜査能力が問われる?

「マサの弁明」は、著者が実名で登場する短い話。そういう遊び心とは別にちょっと恐い話。


 以上の5編を収録している。全編、探偵事務所の犬・マサの視点から描かれている。マサが事件を解決する訳ではないけれど、元警察犬だから犯罪にも詳しくて、なかなか鋭い語り手だ。人間の言葉は分かるけど、自分では言葉が話せないもどかしさも、楽しさのひとつ。  

『科学の目 科学の心』 長谷川眞理子
岩波新書 本体:660円(99/07初)、★★★☆☆
 専門分野である生物の話から、科学者の倫理観や科学の役割などについて書かれた物、科学の歴史的な逸話、そして長期在外研究員として滞在しているケンブリッジ大学の様子などを伝えたエッセイ集。雑誌「科学」の連載エッセイに、加筆・修正したもの。

 「生物の不思議をさぐる」「科学・人間・社会」「科学史の舞台裏」「ケンブリッジのキャンパスから」という4つの章に分かれている。章によって、一括した話の流れなどなく、本にまとめるに当たって分類していったのだと思う。雑多な印象で不満が残るけど、気軽な読み物として楽しめる。

 科学者が間違った偏見や信念を持っていても、綿密な観察や実験の結果、厳しい検証に耐え抜いたアイデアだけが生き残る。科学は間違いを正すための自浄機構を備えている。『科学の目 科学の心』というタイトルに合った話の中で一番印象に残った部分だ。偏見のない目と心が「科学の目、科学の心」だと思った。  






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