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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年11月

『夢を撃つ男』, 日本冒険作家クラブ編
『下町探偵局 PART1』, 半村 良
『虚無回廊 3』, 小松左京
『震える岩』, 宮部みゆき
『トリフィド時代』, ジョン・ウィンダム
『運命の輪 上・下』, デイヴィッド・バルダッチ
『ターゲット』, 清水義範

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『夢を撃つ男』 日本冒険作家クラブ編
ハルキ文庫 本体:743円(99/07初)、★★★★☆
 日本冒険作家クラブの七人の作家によるハードボイルド・アンソロジー。

「指名捜査官」大石英司
若い捜査官が一癖ある元刑事の所に協力を頼みに行く。ドラマに良くありそうな設定だが、若手のキャリア捜査官が女性というところが新鮮だった。テンポも良く楽しい、一番好きな作品。

「逃亡の夜は長く」風間一輝
風間さんの短編が目当てでこの本を買った。事件を起こした男が、親友のバーテンダーに匿ってもらう話。

「甘い引金」斎藤 純
撮影したフィルムに拳銃を隠し持っている人物が写っていてという話で、主人公が書くハードボイルド小説と交互に展開するのだが、効果は少し疑問?

「エチェガライ通り」佐伯泰英
妻と子供の復讐を待つ男の話で、スペインのマドリードまで追って来て孤独に見張っているところが描かれる。

「窓ガラス越しのマドンナ」藤田宜永
ビルを見張る美しい女性、彼女に憧れる青年。突如起こった発砲事件、彼女は事件に関係あるのか。女性の性格付けと、話に無理がある。

「キラー・ストリート」船戸与一
日本の船員が南アフリカで暴漢に襲われ復讐心を燃やす。ラストがどうにも気に入らないが、これが現実の厳しさかも知れない。

「霧の街」森 詠
すごいジャズシンガーを見つけ出した友人が殺された。事件の真相を探ろうとする写真家の話。ジャズを絡めてカッコ良くまとまっている。憧れてしまって、こういうのに弱い。


 風間さんと船戸さんは期待どうりに良かった。大石英司さんの女性捜査官と元刑事の話は特に気に入ったので、遊佐冴子のシリーズか、円納寺博史のシリーズでもあれば読んでみたい。  

『下町探偵局 PART1』 半村 良
ハルキ文庫 本体:724円(99/12初)、★★★★☆
 両国駅の近くにあるため、下町(しもまち)所長の下町探偵局は“したまち”探偵局と呼ばれていた。儲けにならない依頼も、心を込めて調査する下町探偵局。そんな彼らの人情味あふれるエピソードを描く連作ミステリ四話。

「お手伝い志願」
近所の中華そば屋の女の子が、新しい仕事先の調査を依頼して来る。意外な真相が用意されている。下町が毒入りミルクで子供を失っているエピソードは時代を感じさせる。

「秋の鶯」
親切な男が、近所の寝たきり老人の親戚探しを依頼して来た。高齢者の問題にいたたまれない気持ちになっていく調査員の葛藤が描かれる。

「裏口の客」
医大の入試にからむ不正を調べてくれと依頼して来た女。例外的に他の話の半分もない短いもの。依頼人の謎が中心の話。

「街の祈り」
大家の婆さんの親戚の依頼で、新興宗教のインチキを暴いく筈が……。調査を進めるうちに意外な事実が明るみにされる。下町の人間の心意気を見せてくれた。


 下町探偵局の五人と、毎日のように顔を出す大家の婆さんの個性が話に色を添えている。人情味にあふれる下町情緒の中に、厳しい現実が忍び寄っている。推理力を誇る名探偵も、可愛い女の子も出てこないけれど、落ち着いた魅力があって、こういう人情物も悪くはない。  

『虚無回廊 3』 小松左京
角川春樹事務所 本体:1600円(00/07初)、★★★★☆
 直径1.2光年、長さ2光年という巨大な物体が突如宇宙に出現した。SSと名付けられたその物体の調査にAE(人工実存)・HE2を送り出した。数十年後、SSに到達したHE2は、SS内部で複数の知的生命体に遭遇する。遥かな時間をSSの調査に費やしている幾つもの知的生命体とのコンタクトによって、SSを巡る驚くべき事実が明らかになっていく。

 連載誌「SFアドベンチャー」の休刊により、未完のままになっていたSF大作。再開が決まり、単行本化されていなかった連載分の残りが一冊になって『虚無回廊 3』として登場。

 巨大な物体・SSの正体が直接解明される訳ではないが、他の知的生命体が打ち立てたSSの正体に迫る重大な仮説が知らされる。“虚無回廊”という言葉とも結びついて語られるので、仮説とはいえ真相に近い物だろう。

 SSの正体に迫る事で宇宙の根源を語り、遭遇する様々な生命体の進化史によって「生命とは何か」という問題に迫っている。インタビューの中で小松さんが「これを書き終わちゃったら、もう書くことがなくなちゃう」といっているが、まさに小松世界の集大成と言える作品になるかも知れない。  

『震える岩 霊験お初捕物控』 宮部みゆき
講談社文庫 本体:695円(97/09初)、★★★★☆
 岡っ引きの妹・お初は、不意に訪れる霊験によって兄の仕事を手伝っていた。お初は南町奉行の根岸肥前守に命じられ、若侍・右京之介と共に深川の「死人憑き」を調べ始める。謎は百年前の赤穂浪士討ち入りに行き着く。

 超能力を持つ女性が主役という一風変わった捕物帳。さらに死霊に取り憑かれるという怪談に忠臣蔵を絡めるという仕掛けに凝った作品。超能力はあくまでスパイスで、随筆「耳袋」にある「震える岩」の記述に、忠臣蔵の新解釈を絡めたところがミソだろう。SF好きとしては、お初の霊験に大きな魅力を感じて楽しんだ。

 死霊に取り憑かれ子供を殺していくという殺伐な話しを、お初の恋心などを描いてほのぼのと読ませてくれる。素朴な正義感を持つ岡っ引きたちや、お初の霊力の良き理解者の奉行、徐々に頼もしさを見せる右京之介ら脇役の魅力が光る。

 奉行が不思議な話を集めた「耳袋」という随筆を書いていたり、旅をしながら算学を教え研究する小野という人物がいたり、余裕のある時代を感じさせる。  

『トリフィド時代』 ジョン・ウィンダム
創元SF文庫 本体:740円(63/12初、99/10,24版)、★★★★☆
 1951年に発表された破滅物SFの古典的名作。

 一晩中、ふしぎな緑の閃光が観測され、誰もがその景観を見上げた。翌朝、流星を見た者は皆、視力を失ってしまった。メイスンら流星を見なかった少数の人々が、混乱した世界を立て直そうとするが、植物油採取のために栽培されていた危険な歩く植物トリフィドが人類を襲い始めた。

 緑の流星の光で失明してしまう事や、ソ連が開発(?)した歩くトリフィドという植物の存在が、幼稚な感じがしてしまうけど、破滅物としての描写は今でも緊迫感に溢れ、名作の名にふさわしい物だった。

 地球上の殆どの人が失明してしまった事による破滅に、新種の歩く植物トリフィドが人類を襲い始めた恐怖。同じ話でも、異星人が特殊な光で人類の殆どを失明させ、その後人々を襲い始めたと言うよりも、話に深みが感じられる。ヒロインが『セックスこそわが冒険』という本を書いていたり、何度となくどんでん返しが用意されていたりと、物語としての面白さも十分だった。

 25年ぐらい前に読んでいるのだが、だいぶ印象が違った。子供向けにアレンジされた邦訳だったのかも知れない。  

『運命の輪 上・下』 デイヴィッド・バルダッチ
講談社文庫 本体:各819円(00/9初)、★★★★★
 失業中の男と同棲し、トレイラーで子供を育てる薄幸の美女ルアン。謎の男が彼女に目を付け、買った宝くじを必ず当選させてやると持ちかけてくる。犯罪に加担する事を恐れたタイラーだが、殺人容疑で追われる身になった彼女は、男の申し出を受け入れ逃亡を計画するが……。

 多くの謎をはらみつつ話が進んで行く。現実離れした出来事を確かな筆力で克明に描いていて現実感を高めている。前半はなかなか肝心のところまで話が進まないのでイライラしたりするけれど、後半の面白さは文句なし。

 「どうやって宝くじを操作するのか」「彼女に富を与えるのは何故か」を知りたい一心で読み始めたが、美貌と強靭な肉体と強い意志を持つルアンの運命にぐんぐん引き付けられていった。

 宝くじをも操作できる知能と権力を持ったジャクソンの異常性格が徐々に明かされていく。ジャクソンの力に翻弄されていたルアンが、娘を守り自分の運命を切り開こうとする。そんな奴を相手に彼女に何が出来るのか。彼女の力になろうとするチャーリーや、彼女を愛するようになる建設業者リグズの存在も見逃せない。最高級のサスペンスを味わえた。  

『ターゲット』 清水義範
新潮文庫 本体:476円(H12/05初)、★★★☆☆
 恐ろしい森の別荘に踏み込んだ子供たちの話から、不気味なお寺を舞台にした怪談、怪奇現象を科学で説明しようとするパロディや、老人と最新家電のギャップを扱った作品など。ホラー作品を集めたパロディ短編集。「彼ら」「延溟寺の一夜」「オカルト娘」「魔の家」「乳白色の闇」「メス」「ターゲット」の七作品を収録。


「オカルト娘」は、一人暮らしの女子大生を襲った怪奇現象の数々を、大槻教授ばりの解説者が科学で説明しようとする話。どんどん説明が苦しくなっていくのが面白い。

「魔の家」は、退院して半年ぶりに家に帰ると、最新の住宅に立て替えられ、家電製品も新しくなっていた。使い方の分からない機械に囲まれ途方に暮れる老婆の悲劇。

「メス」は、病院嫌いの男が、20年ぶりに健康診断を受けなければならなくなって苦労する話。本当にこの心理状態が分かる。自分を見ているような作品。

「ターゲット」は、本書の半分を占める中編。不吉な夢から始めって、身近に少しずつ異変が訪れて来る本格的なホラー。素直に恐いだけでは終わらないその仕掛けが、ムードを損なっているかも。


 「彼ら」や「ターゲット」のようなホラー小説のパロディより、「オカルト娘」「魔の家」「メス」のようなホラーの要素を持ったユーモア小説の方が面白かった。「延溟寺の一夜」は正統的な怪談だと思っていたが、良く考えてみたら、日本的な怪談に西洋的なホラーのオチを付けたパロディなのかな。  






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