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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年10月

『大探検記 遥か幻のモンデルカ』, 清水義範
『虚無回廊 1』, 小松左京
『虚無回廊 2』, 小松左京
『心の鏡』, ダニエル・キイス
『天才アームストロングのたった一つの嘘』, ジェイムズ・L・ハルペリン
『光の帝国』, 恩田 陸
『わが師はサタン』, 天藤 真
『A.B.O.AB』, 姫野カオルコ

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『大探検記 遥か幻のモンデルカ』 清水義範
集英社文庫 本体:476円(97/09初)、★★★★☆
 『遥か幻のモンデルカ』を『大探検記』と改題して文庫化。

 アイテナの奥地の大帝国アクチアジャンパンを探訪し、オーラングルの自然を探検し、アマゾン奥地のモバイヤークに幻獣モンデルカを追う。秘境探検をパロディにした「悠久のアクチアジャンパン」「渾身のアドベンチャー・ロード」「遥か幻のモンデルカ」三編を収録。

 「悠久のアクチアジャンパン」は、古代の大帝国アクチアジャンパンの遺跡があるというアイテナの奥地を目指す探検物。現地の子供に懐かれたり、危うく大事故になりそうな危機や、疲労が積み重なっての仲間割れ、思いがけない問題を乗り越えていくという探検本来の魅力がきちっと描かれていて良い。

 一転して「渾身のアドベンチャー・ロード」では大いに笑わせてくれる。豪快な冒険紀行で知られる教授が、実は病弱だったという話。これでもかと笑いを仕掛けてくるが、真実はこんな物かもと感じさせられる。そんな訳ないか?。

 「遥か幻のモンデルカ」はテレビの取材が幻獣モンデルカを追う過程を描く。テレビの探検物の裏を暴きながらも、笑いを控え目にして、ロマンを感じる作品になっている。探検家とか、テレビの探検物とかを皮肉っていて清水さんらしさが感じられる。  

『虚無回廊 1』 小松左京
徳間書店 本体:1000円(87/11初)、★★★★☆
 十数年ぶりに続きの『虚無回廊3』が出版され再読した。

 5.8光年の彼方に見つかった直径1.2光年、長さ2光年の円筒。人類はそれをSSと呼び、完成途上の人工実在・HE2を探査用宇宙船に載せて観測に送り出した。HE2の開発者の遠藤の死を知って地球との連絡を絶ったHE2は、半世紀近くの旅の目的地に到着しようとしていた。

 長い物語の始まりで、舞台設定を説明して少し話が進んだところ。SSの観測に向かう人工実在、HE2の開発者・遠藤の生涯、超巨大な円筒・SSの観測経過などSF的な設定が十分な説得力を持って語られて、先への期待が大きくなってくる。

 人工実在(AE)が人工知能(AI)とどう違うかが、余りはっきりした説明が無く良く分からないのと、AEがコンピュータ上の知性の場合と、ロボットの体を持つ場合があるようで、体がある時とない時がはっきり分からなくてもどかしい。

 『虚無回廊3』は新作ではなく、単行本にならなかった雑誌連載の残りだった。しかし、その出版を気に完結への動きがあるようだ。  

『虚無回廊 2』 小松左京
徳間書店 本体:1000円(87/11初)、★★★★★
 地球から5.8光年彼方の超巨大な構造物・SSの調査に向かった宇宙船がようやく目的のSSに到着した。搭載された人工実在・HE2は、長い旅の間、自己の内部に六人の仮想人格を創り出していた。調査に来ていた異星のマシンや、遭遇した知的生命からSSの真の姿が明かされる。

 異星の調査船との遭遇、一億年以上生きてきた知的生命との遭遇、敵対する種族の攻撃と目まぐるしく話が進んでいく。HE2の出会った様々な異星種族の成り立ちが面白く、著者が日頃から「生命の究極の目的は何か?」などについて考察している事が伺える。広い知識に裏付けされた各異星種族の歴史は、想像力と現実感がバランスしていて刺激される。

 SSを訪れた多くの異星種族の色々な事柄を、一冊ぎっしり描き出していて、大きな満足感がある。人類の行く末を暗示していたり、生命の究極の目的を示していたりと、大きな哲学的なテーマが垣間見えるて、この先に何を示してくれるのか期待させられる。

 巨大建造物のSSや各種族のバックボーンには、長大な時間が描かれているのに、HE2がSSに着いてから、休みなく事件が続くのが少し不自然。  

『心の鏡』 ダニエル・キイス
ダニエル・キイス文庫 本体:640円(99/11)、★★★☆☆
 著者の代表作の長編『アルジャーノンに花束を』の原形となった中編版「アルジャーノンに花束を」を含むSF短編集。「エルモにおまかせ」「限りなき慈悲」「ロウエル教授の生活と意見」「アルジャーノンに花束を」「心の鏡」「呪縛」「ママ人形」の七編を収録。

 コンピュータが世界を治める「エルモにおまかせ」、臓器移植の行き届いた世界の「限りなき慈悲」、無神論的な言動を禁じられた社会の「ロウエル教授の生活と意見」の三編は60年代のSFらしいSFを感じた。

 長編の『アルジャーノンに花束を』を読んで、ダニエル・キイスさんは特別な作家となった。中編版「アルジャーノンに花束を」も既に別の本で読んでいるけれど、今回読んでチャーリイが「おれ」と言っているのに違和感を感じた。でも、それは些細な事で、人生を感じさせる素晴らしい作品だった。

 後半の「心の鏡」「呪縛」「ママ人形」の三編は少し分かり難い。「心の鏡」の、特殊能力者を探し出す仕事を依頼された男という設定は面白い。「呪縛」と「ママ人形」はホラー作品だと思う。  

『天才アームストロングのたった一つの嘘』 ジェイムズ・L・ハルペリン
角川文庫 本体:1000円(H10/11初)、★★★★☆
 人工受精で誕生したピート・アームストロングは、偶然にも高い知能と完全記憶能力を持ち合わせていた。唯一同レベルの知能持った弟が、目の前で連れ去られ殺された。ピートは孤独と自責の念から、犯罪をなくすために100パーセント確実に嘘を見抜くトゥルース・マシンの開発に取り組んでいく。

 著者の初めての小説で、近未来を舞台にしたSF風のサスペンス小説。一般のSFの描き方とは違うディテールにこだわった描写がリアリティを増している。文書マシンが書いたという設定や未来の読者への注釈が、始めのうち鬱陶しかったが、現在との社会の違いを明確にするのに役立っていると分かって気にならなくなった。

 核爆弾によるテロ、特殊な細菌や薬剤での大量殺人、暴力犯罪犯の迅速な死刑執行がトゥルース・マシンの必要性を高めていく。完全な嘘発見器、有人火星探査、エイズ治療薬、地震予知、冷凍保存術、ナノマシンによる治療、これからの半世紀に起こる可能性のある技術の進歩がニュースとして差し挟まれている。こういうSF的な事項の多くが、数年、数十年後に実現できるかも知れないと感じて、怖いような気分で読んだ。

 トゥルース・マシンによって未来がどのように変わっていくかが、巧みに描き出されていて読み応えを感じた。永遠に生きる事を選んだ一族を描いたという第二作も是非読んでみたい。  

『光の帝国 常野物語(とこのものがたり)』 恩田 陸
集英社文庫 本体:495円(00/9初)、★★★☆☆
 常野一族には、それぞれ特殊な能力があった。膨大な暗記力、未来を知る力、長命な者。彼らは極めて温厚で、礼節を重んじる一族だった。日本中に散らばっって、目立たずにひっそりと生きる常野の人々を描いた連作短編集。「大きな引き出し」「二つの茶碗」「達磨山への道」「オセロ・ゲーム」「手紙」「光の帝国」「歴史の時間」「草取り」「黒い塔」「国道を降りて…」の十編を収録。

 「大きな引き出し」は、膨大な暗記力を持つ一家の話。良くある話だけど上手くまとまっている。書見台に向かって『しまう』という光景が面白い。

 「二つの茶碗」は、短いけれど運命の出逢いを描いた良い話だと思ったが、常野の人が何か企んで自分の思い道理に人々を動かそうとしていると読む事が出来そうな気もする。

 「オセロ・ゲーム」は「相手を裏返さないと裏返される」という戦いが日常の裏側で繰り広げられているという話。「草取り」は特殊な感覚で無いと見えない草が街中に生えているという話。この二話に出て来る現象は、全体にどう関わってくる物なのか分からない。

 「手紙」は、「達磨山への道」の主人公の依頼を受けて、住職が常野について調べた手紙が綴られる。常野にコロボックルのイメージが重なる。

 雰囲気は共感できるし、こういう世界で生活する人々の何でもない話だけで満足できる部分もある。話が進行しないと言う事はイメージを壊されないという事で、作品世界の雰囲気が良ければそれだけ、その雰囲気を壊されたくない物だろう。一話一話は楽しめるけど、常野についての一冊の本を読んだにしては、常野について分かった事が余りにも少なすぎて物足りない。核心に触れず、周辺をぐるぐる回っている感じ。  

『わが師はサタン』 天藤 真
創元推理文庫 本体:840円(00/9初)、★★★★☆
 大学のマジック研究会の男女六人は、謎の人物アスタロトに感化され、大学内の悪を正すために行動を開始した。女子学生に暴行を加えた教授の存在を知った彼らは、被害者から話を聞きだそうと催眠術で彼女を呼び出すが……。鷹見緋沙子名義で発表された長編『わが師はサタン』と短編「覆面レクイエム」を収録。

 天藤さん名義でない作品だからか、全編にエロティックな場面が登場して驚かされた。制裁を加えるために教授夫人を裸で縛り付け屈辱したり、マジ研の男三人が常にメンバーの女子学生の体を狙っていてエッチな描写がちらほら。

 1975年の作品だけど作品的には古びてはいない。セックスを表すのに、女性側からは「犯された」とい言葉が使われているのが、時代を感じると共に少し不快な感じを受けた。登場する女子大生は行動的な女性が多く、セックス観を抜きにすると現代的な感じがある。75年なら、既にミニスカートが流行したりと女性が行動的になっていたのかも知れない。

 殺人が起きた後と後半で、話が大きく一転二転していき、話の先が見えないところが面白い。ラストの説明が少ないので、別のところで上がっている事かも知れないが、多少疑問点が残った。


 短編「覆面レクイエム」も、描写こそ少ないけどエロティックな話だった。次々人が殺されたニュースが入る中、事件に関係しているらしい別れた夫婦の会話が興味を引く。  

『A.B.O.AB』 姫野カオルコ
集英社文庫 本体:419円(98/2初)、★★★☆☆
 ホテルのラウンジで彼女を部屋へ誘うA型の栄介、居酒屋でビールを飲みながら申し込むO型の尾形、ケニアの家庭料理の店で店主と盛り上がるB型の薇原、電話でストレートに用件を述べるAB型の恵比寿。旅行先で彼へのお土産を選ぶ場面、彼女が初めて部屋に来る朝など、A、B、O、AB、それぞれの血液型の男女の恋愛をミニドラマで描く。

 舞台設定の選択も、その血液型らしい感じがあるし、それぞれの性格も血液型のイメージに合っている気がするけど、A型の場面がO型になっても同じように感じるかも知れない。基本は「A型は几帳面、B型はマイペース、O型は明るい、AB型は変わっている」だそうだが、自分の性格を「几帳面で、マイペースで、明るくて、変わっている」と思っている人がいても不思議ではない。

 血液型の問題は置いといて、性格の違う彼ら彼女らそれぞれの恋愛の一場面を気軽に楽しんだ。テンポの良い短いセンテンスが読みやすい。電話で突然「つきあってほしい」と言ったら、「どちらさまでしょうか」と聞かれたりするユーモアが魅力。  






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