読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年09月

『田宮模型の仕事』, 田宮俊作
『ピニェルの振り子』, 野尻抱介
『俳優は楽じゃない』, パーネル・ホール
『ロボットと帝国 上・下』, アイザック・アシモフ
『藤子・F・不二雄のまんが技法』, 藤子・F・不二雄
『ブラジル蝶の謎』, 有栖川有栖
『暗黒神ダゴン』, フレッド・チャペル
『ループ』, 鈴木光司

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『田宮模型の仕事』 田宮俊作
文春文庫 本体:524円(00/5初、00/5,3刷)、★★★★☆
 父の経営する会社に入社し、木製模型からプラモデルへの転換期、会社存続の危機を乗り越え、田宮模型を世界のTAMIYAにした社長の奮戦記。模型好きが集まって、本当に良い物を作ろうとする息吹が伝わって来る。97年の親本に、飛行機模型、ウォーターライン・シリーズやF1などについて大幅加筆。

 試行錯誤のプラモデル作りで失敗し、失意の中で箱絵に小松崎茂さんを起用して挽回する。諦めない前向きな行動力が人を動かすのか。小松崎茂さんとか高荷義之さんら有名なイラストレーターの名前が出てくる。

 放漫な金型屋にしびれを切らし、社内で金型技術者を養成し(このあたり、少し強引なやり方だぞ)、日本製をバカにされたのを期に「FIRST IN QUALITY AROUND THE WORD」をスローガンにしていく。世界中を取材して歩き、手を抜かない仕事をする。プラ模型の部品一つでも、子供の気持ちを考えて対処する気持ちが嬉しい。

 努力の自慢とか、アイデア自慢とかでなく、模型が好きだという気持ちが素直に書かれていて気持ちが良い。プラモデルにこういう気持ちが込められていて、子供の夢を守ってくれたんだと思うと、ちょっと涙が出てきた。模型が好きじゃなくても楽しめる本だと思う。  

『ピニェルの振り子』 野尻抱介
ソノラマ文庫 本体:495円(00/7初)、★★★★☆
 19世紀の地球から連れ去られた人々が築いた別世界。恒星間航行が発達したが、他の文化・技術は19世紀の地球のまま。惑星ピニェルの蝶の採集人スタンが、交易船で惑星を訪れた画工の少女に恋をする。彼女を守ろうと船に密航するが、見つかれば船外遺棄の処分が待っていた。《銀河博物誌》シリーズの第一弾。

 荒俣宏さんの博物誌の本を見て、博物誌に魅力を感じていたので、設定に魅せられた。博物学者が世界各地で珍しい動物、植物、鉱物を観察しスケッチし図鑑にした時代。十分な写真技術や印刷技術がないから、手書きの細密画で美しい図鑑が作られた。そんな時代を恒星間飛行の宇宙に持ち込んでいるのだ。

 モニカは博物商の元で働く画工で、一風変わった少女。彼女に恋をして、初めて宇宙に出て行くのが惑星ピニェルの少年スタン。二人の関係は、『星界の紋章』のラフィールとジントに少し似ている。この二人の関係の進み具合が、シリーズを読んでいく楽しみだ。

 ピニェルが滅びるという話がちらっとあって、そのまま関係ない話が続く、忘れた頃になってその話が急に大きな意味を持ってきて、本格的なSFの一面を見せてくれる。後半から、急に色々なことが判明して、十分に納得できないまま進んでいってしまう。一冊で話がまとまったのは良いけど、後半はちょっと急ぎ過ぎ。  

『俳優は楽じゃない』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:757円(96/7初)、★★★★☆
 〈私立探偵スタンリー・ヘイスティングズ〉シリーズ八作目。

 昔は俳優をめざした事もある探偵のスタンリーは、昔の仲間から急死した役者の代役を頼まれた。休暇をもらい現地で稽古にはげむスタンリーだったが、舞台監督が殺されてしまった。彼は警察に協力して、劇団内の人間関係を探ることになるが……。

 今回は仕事を離れ劇団に参加しているので、おなじみの脇役がほとんど出ない。好きな役者としてなら楽しかと思ったら、友人の浮気や、待遇の問題、嫌な奴との対立に悩まされ、ぼやき続ける。楽屋で若い娘が上半身裸でメイクしてるのを見たり、演技を誉められたりして喜んだりもする。

 殺人事件と比べたら実に下らない事にぼやいたり、喜んだりする感覚に親しみを感じる。それがこの作品の魅力なんだろう。役者や作家をめざして生活力がなく、体力もなく、真面目で控えめで、少し軽はずみなところがある人は、彼のぼやきに慰められ、同じような人がいるとほっとしているのだ。

 今回、登場人物を変えた事で、人物の書き分けが余り上手くないという欠点が見えてしまった。地元警察のボブ署長との会話は、マコーリフ部長刑事との会話と余り変わらない。そう思って見ると、若い娘の話し方がどの娘も割と同じような感じがする。  

『ロボットと帝国 上・下』 アイザック・アシモフ
ハヤカワ文庫SF(SF1254,SF1255) 本体:各660円(98/12初)、★★★☆☆
 惑星ソラリアから人間が消え失せ、調査のためソラリアに着陸した宇宙船は破壊された。オーロラに暮らすソラリア生まれのグレディアの元に、新たな調査に同行するように要請が来た。彼女はダニールとジスカルドの二体のロボットを連れてソラリアの調査に行く。〈銀河帝国興亡史〉とロボット・シリーズをつなぐ作品。

 宇宙に植民し長寿を獲得したスペーサーと、新たに植民を開始しようとする地球人の対立を、人間社会でのロボットの役割を交えながら描いている。ロボット三原則の問題や、〈銀河帝国興亡史〉につながる心理歴史学が盛り込まれている。

 全体的に会話が冗長で、特に前半は二体のロボットの会話が邪魔だったが、後半はロボット三原則の問題点に突き当たって、意味を持って来る。絶頂期の作品とは比べようもないが、〈銀河帝国興亡史〉とロボット・シリーズをつなぐ作品であり、水準はクリアしていると思う。

 ダニールとジスカルドが二体だけの考えで、グレディアを出し抜いていくのが、ロボットが歴史を操っているみたいで、人類の一人としては余り楽しくない。  

『藤子・F・不二雄のまんが技法』 藤子・F・不二雄
小学館文庫 本体:552円(00/4初)、★★★★☆
 1988年の『藤子・F・不二雄 まんがゼミナール』を基に、『藤子不二雄のまんが大学』の一部を改変収録した文庫。

 第一章から第九章を使って、「まんがノート」を作る、キャラクターを考える、舞台を考え資料をそろえる、コマの大小と構図の工夫、シナリオを作る、自由に空想しよう、知識を増やし活用する、という構成でまんがの描き方を説明する。十章では「実技編」として「のび太の恐竜」を題材に具体的な技法が明かされる。

 『ドラえもん』のまんがを例に示しながら、まんがの技法を解説する。子供向けで、本当にプロを目指す人にとっては技法とは言えないけれど、真剣にまんが作りを伝えようとする姿勢が感じられる。物語を構成していく技法を丁寧に説明していて、映画や小説にも通じる創作のツボを押さえているように思う。

 実技編では、「のび太の恐竜」の展開、技法をコマを追って解説していて、藤子・F・不二雄さんのまんがが、読者の気持ちを絶えず意識しながら、どのコマにも無駄がなく展開しているのを知って感心した。  

『ブラジル蝶の謎』 有栖川有栖
講談社文庫 本体:552円(99/5初、00/6,2刷)、★★★★☆
 有栖川・火村コンビが活躍する〈国名シリーズ〉第三弾。「ブラジル蝶の謎」「妄想日記」「彼女か彼か」「鍵」「人喰いの滝」「蝶々がはばたく」の六編の短編集。


「ブラジル蝶の謎」
兄の遺産を相続し、離れ島から十年ぶりに出てきた男が殺された。天井に移された蝶の標本に意味があるのか。
ぎすぎすした話を、博物館の学芸員の明るいオタクが雰囲気を和らげている。トリックは上手いが、人物像がしっくり来ない。

「妄想日記」
精神科医の地下室で暮らしていた男が死んだ。自殺か殺人か、真相を解く鍵は彼にしか読めない文字で書かれた日記にある。
怪しげな雰囲気だが、ホラー仕立てでは無くあっさりしている。がっかりさせられるので、日記解読を試みないように。

「彼女か彼か」
マンションの一室で殺された美女は、実は男だった。取り調べを受ける蘭ちゃんやバーテンらの話から事件の謎が解ける。
犯人までは推理出来なかったけど、話の中の疑問点は気付いた。推理好きの蘭ちゃんのキャラが面白い。表題作の学芸員といい明るいキャラが上手い。

「鍵」
別荘で男が殺された。パーティの出席者の誰かが犯人と思われた。死体の近くに落ちていた鍵が、事件を解く鍵だった。
オチがちょっと意外すぎる気もするが、犯人の動機も現していて上手い。

「人喰いの滝」
映画の撮影隊が、崖から川の岩場に落ちたらしい死体を発見する。雪に残された川に通じる足跡は自殺を意味するのか。
一番長い80ページ程の作品。映画の撮影隊という面白い設定が、余り生かされていないのが不満。

「蝶々がはばたく」
有栖川が電車で知り合った男が話し出した35年前の不思議な事件とは。
殺人がなく、現場に二人が現れない珍しい作品。後々まで残る情緒がある。


 〈国名シリーズ〉といっても、その国での事件が描かれる訳ではない。日本人が活躍する国内の事件の方が身近で好きだけど、不満に思う人もいるかも。オーソドックスなミステリ短編が集まっている。シリーズ一冊目より、有栖川と火村の会話が面白くなってきた。しかし、悪乗りする事もなく、事件と謎を解く事を主体にしていて好感が持てる。一番好きな作品は、一風変わった味がある「蝶々がはばたく」だった。  

『暗黒神ダゴン』 フレッド・チャペル
創元推理文庫 本体:540円(00/8,初)、★★★☆☆
 牧師リーランドは、祖父母たちのが遺してくれた屋敷に移り住んでから“研究論文”の事で悩み苦しんでいた。執筆の合間に古い屋敷の探索をすると、「クトゥルー」「ヨグ・ソトト」など不明な言葉の書かれた古い手紙が見つかった。屋根裏部屋に固定された手錠を無意識にかけてしまった彼は、パニックに陥る。

 これといって話の向かっていく方向がなく、悪夢を積み重ねたような小説。文学的で詩的なのだろう。著者フレッド・チャペルが長編小説8冊と短編集3冊、詩集12冊を発表している詩人なのも分かる。

 「H・P・ラヴクラフト生誕110周年 幻のクトゥルー神話長編」なので、そのあたりの知識がないと十分に楽しめない話らしい。異様な雰囲気というのは堪能したし、怖かったけど、何だったのか良く分からない話だった。  

『ループ』 鈴木光司
角川ホラー文庫 本体:648円(H12/9,初)、★★★★★
 『リング』『らせん』のシリーズの完結編。

 父と科学的な議論をするのが好きな10歳の馨(かおる)は、重力異常と長寿村との関係に関心を持った。やがて、父が新種のガンウィルスに侵され発病、馨は医学部の学生になっていた。世界的に流行するガンウィルスが、父が過去に携わったプロジェクト『ループ』に関連している事を知った馨は、謎を解くためにアメリカに渡った。

 『らせん』で『リング』の世界の新たな解釈を見せてくれたように、シリーズの単なる続きではないと思っていたけど、反則とも思える予想を超えた展開に驚いた。話題作なので、色々な評や紹介を目にしたけど、みんなコレを伏せて書いていたんだね。こんな設定でも話を壊さない所に力量を感じる。

 ガンウィルスが蔓延する世界、進行する病、読んでいて楽しい話じゃあないけれど、ウィルスの由来を追うサスペンスがそれを忘れさせてくれる。プロジェクト『ループ』にしても、ウィルスの遺伝子の塩基数の謎にしてもSF心を刺激する設定だ。終わりに向かって、あっと驚く真相が用意されていて気を抜けない。

 ラストはちょっと概念的で、主人公が世界を切り開いていく感じが乏しいのが残念だけど、三部作で構築したSF的な世界を十分に味わう事が出来て大きな満足感がある。ジャンルをきっちり分ける必要は無いと思うけど、SFかホラーのどちらか選ぶのなら迷わずSF。  






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