読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年07月

『心の昏き川 上・下』, ディーン・クーンツ
『天使は結果オーライ』, 野尻抱介
『地球の最後』, フランク・クローズ
『AIソロモン最後の挨拶』, ジョン・マクラーレン
『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』, 椎名 誠
『終末のプロメテウス 上・下』, アンダースン&ビースン
『ロシア紅茶の謎』, 有栖川有栖
『高く孤独な道を行け』, ドン・ウィンズロウ

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『心の昏き川 上・下』 ディーン・クーンツ
文春文庫 本体:581円,676円(97/12初)、★★★★☆
 スペンサーはふと立ち寄ったバーのウェイトレスに惹かれた。彼女の欠勤に特別な不安を感じたスペンサーは彼女の家に向かい、そこで謎の機関の襲撃を受ける。寸前で逃れた彼はデータベースに侵入して彼女の事を調べるが、データは皆無だった。彼女の抹殺を狙う組織が、スペンサーについての調査を始める。

 ジェットコースター・サスペンスというには、少し進行が遅いけど、退屈は感じさせない。主人公への思い入れが十分で、タガが外れた敵が迫ってくる緊張感に、夢中でページをめくっていく。主人公が連れているロッキーという犬の可愛いさも大きな魅力となっている。『ウォッチャーズ』でも犬は重要な存在だった。

 解説に現在のアメリカの社会問題が反映されていると書かれていても、今までのクーンツ作品だと、それ程意識する事はなかった。本作品中では社会問題が鋭く掘り下げていて、現在のアメリカの問題点とそれに挑戦する著者の姿が浮かんできた。政治的な問題に加え、親の犯罪で子供がトラウマを負うというクックの「記憶シリーズ」のようなテーマが描かれている。

 主要な人物の多くがコンピュータを使いこなし、主人公を含めて何人かのハッカーが登場する。様々な機関のコンピュータへの侵入や、衛星からのデータを表示させながらの追跡などがあって、コンピュータ物が好きな人には更なる魅力となっている。  

『天使は結果オーライ』 野尻抱介
富士見ファンタジア文庫 本体:580円(H8/12初)、★★★★☆
 『ロケットガール』の続編だけど、単体で読んでも可。

 宇宙飛行士が軽量なら、かなりのコストが節約できる。という理由で誕生した体重40キロ以下の美少女宇宙飛行士二人。事業が軌道に乗り宇宙協会は人手不足に悩まされていた。あかねはひょんな事で知り合った優等生・茜に宇宙飛行士への誘いをかける。第三の美少女宇宙飛行士の誕生なるか?。

 一見普通の美少女ドタバタ・コメディで、ロケットに関してはハードSF並みの資料を揃えて描いているマニアな作品。二作目だから、始めから宇宙飛行のシーンで単なる美少女コメディとは言わさない。三人の美少女の個性が引き出されていて楽しい。特にマツリの天然ボケが好き。

 前作を読んで「SFじゃあない」と感じたのは、何が原因なのか考えながら読んでみた。 船内で中華料理を食べる騒動や、帰還の失敗で偶然母校のプールに着水するなど、これぐらい羽目を外したコメディなのに、SF的な部分では空想に走らず、つまらないほど現実的に描いてるせいで「SFじゃない」という気持ちにさせられるようだ。

 ロケットの発射シーンなどで、丁寧な状況描写を入れる訳にはいかないのだろうけど、会話以外の描写が少ないので、十分に想像できないまま進んでしまっている。今回、体力に不安のある茜の宇宙飛行が描かれていて、その分少しリアルに感じられる。ラストの解決策が見てみたかったのに、策だけ示して使われなかったのが不満。完全に解決しちゃうとオチに繋がらないけど……、半分までとか……。  

『地球の最後』 フランク・クローズ
講談社BLUE BACKS 本体:796円(92/5初)、★★★☆☆
 人類の最後、地球の最後はどのように起こるのか。小惑星の落下の可能性はどれくらいか。太陽はいつまでも安定なのか。宇宙とは何なのか、宇宙に終わりはあるのか。物質とは何なのか。科学が明らかにした星や宇宙の姿から、人類を襲う様々な危機について考える。

 原題は「END」、「地球の最後」だけでなく「人類の」「生命の」「宇宙の」と様々な意味がこもっている。小惑星の落下の可能性を考える第1部から、危険に対する対策や心構え、未来の可能性を問う第5部まで、各タイトルと簡単に内容を示す。

「第1部:我々の隣近所」では地球に降り注ぐ様々な物体を考える。
「第2部:最も近い恒星」では太陽の成り立ち、残された謎について考える。
「第3部:星々の銀河」では我々の銀河系について、宇宙についてを探る。
「第4部:物質の本質」では量子論による物質の崩壊や、超ひも理論に触れる。
「第5部:時間は残り少ない」では人類存続の可能性を考察する。

 半年ぐらいかけて読み終わった。楽しい話題ではないし、色々な分野の話が混ざっている割に、解説が丁寧で重かった。寄せ集め的な内容なら、もっと軽い読み物風な作りの方が良かったかも。  

『AIソロモン最後の挨拶』 ジョン・マクラーレン
創元ノヴェルズ 本体:680円(99/3初)、★★★★☆
 ヒルトンは二人の仲間と共に人工知能《ソロモン》の開発を進めてきた。幾つかの災難が重なる中、土壇場で融資の話が駄目になり、開発は中止。末期ガンの宣告を受けたヒルトンは、失意のどん底である計画を思い付く。人生最後の一発逆転の大計画に着手する彼の夢は実現するのか?。

 ハイテク技術にはそれ程こだわってなくて、そういう部分のアリティは高くない。そういう描写が苦手な人も楽しめるという点では大成功。ハイテクを意識して読む必要はほとんど無い、解説者が大人版『ドラえもん』だと言う単純な構成が素直に面白い。

 前半とことん酷い目に合った主人公が、爽快な仕返しをするという話で、そう上手くはいかないだろうという部分も多いけど、余り細かい事に頓着せずに大いに楽しみたい作品だ。後半の次々と策が成功していく様は本当に小気味良い。末期ガンの宣告を受けたり、衰弱していくシーンがあるけど、必要最小限の描写にとどめていて悲壮感はない。  

『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』 椎名 誠
角川文庫 本体:705円(H12/4初)、★★★★☆
 活字中毒のめぐろ・こおじを味噌蔵に閉じ込めてしまう表題作は、知られざる著者の初めての小説。他に本や雑誌に関するエッセイをふんだんに収録した1981年発行の単行本の初文庫化。

 『本の雑誌』の編集長が「めぐろ・こおじ」と喧嘩して味噌蔵に閉じ込めてしまう「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵」は、本書の中の唯一の小説で、目黒さんに言わせると椎名さんの初の小説となる。現実と空想が入り交じった展開で、怪しい名前の生物などが登場し椎名さんのその後の作品を彷彿とさせる。

 雑誌一冊丸ごと広告の中のすべての活字まで読み尽くす計画や、各社の文庫本の徹底比較として、一頁の単価や落下テストでの耐久度を調べている。ばからしい事を真面目にやるところが面白い。雑誌を次から次へと思いっきり好き勝手に評論したりと、パワー溢れる内容となっている。

 比較的最近のエッセイにある「島に行って焚き火たいて騒いで、お仕事完了」の様な手軽さはなく、実に素朴に楽しんでいて好感が持てる。  

『終末のプロメテウス 上・下』 ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン
ハヤカワ文庫SF(SF1233,1234) 本体:各780円(98/5)、★★★★☆
 超大型タンカーがサンフランシスコ湾で大破し、大量の原油が海に流失した。地道な回収作業では効果がなく、史上最大の流出事故になりそうだった。石油会社は開発されたばかりの原油を分解する有機体・プロメテウスをサンフランシスコ湾に散布する事を提案する。未知の微生物による影響が心配され反対されるが……。

 登場人物が多く、前半は全然関係なさそうなシーンも多く、話が平行して描かれて退屈する。衛星を使った発電プロジェクトや、女遊びの激しい下院議員、保険会社の事務員の不満、タンカーから逃亡した犯罪者など、後々互いに関係してくる人々を描いているのだが……。

 後半は多くの技術が失われ破滅に向かう世界で、電力を確保しネットワークを築き、希望を持って生きようとする人々が描かれる。好きな展開なので十分に楽しめた。前半の登場人物が多いのも、万能型のヒーローがいないためで、彼らがそれぞれの場で力を出す事で希望が繋がっていく。

 核戦争とか彗星衝突ではない新しい形の文明破滅が新鮮だった。幾つか飛躍があるのだろうけど、話を楽しめる程度には現実感がある。  

『ロシア紅茶の謎』 有栖川有栖
講談社文庫 本体:543円(97/7初、00/6,10刷)、★★★★☆
 犯罪臨床学者・火村とミステリ作家・有栖川のコンビが事件を解決する短篇集で、「動物園の犯行」「屋根裏の散歩者」「赤い稲妻」「ルーンの導き」「ロシア紅茶の謎」「八角形の罠」の六作を収録。〈国名シリーズ〉第一作。


「屋根裏の散歩者」は、屋根裏からの覗きで殺人犯人を知ったアパートの屋主が殺された。屋主の残した日記に書かれた犯人「大」を推理する。
謎は見事というより面白かったという感じだけど、謎解きと同時にすばやく事件が解決するように工夫してるのがエライ。

「赤い稲妻」は、女性がマンションから転落死する。彼女の部屋は密室で、バルコニーで目撃された犯人は消えてしまった。
単なる密室物と思わせて、直後の展開が斬新だった。解決も鮮やかで一番良い。

「八角形の罠」は犯人当ての芝居の小説化で、読者への挑戦が待っている。
犯人は分かったけどトリックは分からなかった。芝居では観客が舞台となった建物の中を見てまわれたそうで、その特性を上手く生かしている。


 純粋に謎と謎解きに集中していて気持ちが良い。トリックも複雑ではないし、猟奇的でもないし、安心して読める。  

『高く孤独な道を行け』 ドン・ウィンズロウ
創元推理文庫 本体:740円(99/6初)、★★★★★
 元ストリート・キッズのニールが探偵の仕事を請け負うシリーズ第三弾。

 三年間、中国に拘留されていたニールの元に“明友会”から仕事の指令が来た。父親にさらわれた赤ん坊を連れ戻す事だった。隠れ場所をつかみ自宅を急襲するが、任務は失敗に終わってしまう。単独で父親の行方を追ったニールは、牧場主に助けられ彼の牧場で暮らす事になるが……。

 育ての親・グレアムとの辛辣な言葉のやり取りが面白い。小説全体ではその言葉の裏に深い愛情がある事が伝わってきて、堪らなく胸を打つ。孤独と本を愛する優しいニールが、無情な人間となって任務を果たそうとする。人々を傷つけた事を悟り、自分も傷つきながら、後に退けない。

 ぐいぐい引き付ける展開の中に、ニールの繊細な気持ちが描かれていて、深い感動を味わう事が出来る。ラストには派手なアクションがあるけど、それまでの何でもない日常的な出来事でさえ十分に面白い。読み始める前はちょっと重い印象があるけど、読み始めたら止められないエンタテインメント。『ストリート・キッズ』『仏陀の鏡への道』と年齢を重ね成長していく姿が読み取れる。  






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