読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年06月

『鉄道員(ぽっぽや)』, 浅田次郎
『クロノス・ジョウンターの伝説』, 梶尾真治
『神の目の凱歌 上・下』, ニーヴン&パーネル
『美神の黄昏』, 宇神幸男
『ジャズ小説』, 筒井康隆

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『鉄道員(ぽっぽや)』 浅田次郎
集英社文庫 本体:476円(00/3初)、★★★★☆
 ベストセラーとなった著者の処女短篇集の文庫化。「鉄道員(ぽっぽや)」「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」の八篇収録。


「鉄道員(ぽっぽや)」
「ポッポヤだから、……」と家族の不幸にも鉄道を守った男。廃線が決まり近く退職する鉄道員のファンタジー。
仕事の為に家族を犠牲にしてしまう事に反発してしまうのか琴線に触れない。

「ラブ・レター」
外人ホステスと偽装結婚していた男が妻の死を知らされる。遺体を引き取りに向かった彼は、彼女が死の直前に書いた手紙を受け取る。
一番泣ける話だなあ。彼女がどんな人だったのかが、手紙からだけかすかに伝わってくる。残りは自分でいっぱい想像して感動してしまう。ひとりの外人ホステスの逃亡を手助けする風間一輝さんの『今夜も木枯し』を思い出した。

「角筈にて」
左遷で海外転勤となった貫井が壮行会の後に父の幻を見る。角筈には父との苦い想い出があったのだ。
幻想的な中に父親との葛藤が描かれた著者の長編『地下鉄に乗って』にイメージが似ている。それでも、父とのエピソードよりも優しく彼を守ってくれた親戚の気持ちに感動した。貫井の心の傷を癒す事に縛られている親子に少し同情する。

「うらぼんえ」
愛人と子供まで作った夫と共に、実家の新盆に向かう夫婦。実家の義理の父と兄は離婚を勧めるが、そこへ彼女の祖父が現れる。
後になって知った祖父の意外な行動も、尊敬の気持ちを傷付ける事はないだろう。ありがたくって泣けてしまう。


全八篇のうち「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」で泣かされた。全て悲しい涙ではなくて、爽やかな涙なのが嬉しい。  

『クロノス・ジョウンターの伝説』 梶尾真治
ソノラマ文庫NEXT 本体:552円(99/6初)、★★★★☆
 季刊「グリフォン」掲載の中編に書き下ろしを加え単行本化、更に書き下ろしを加えて文庫化された物。物質過去射出機《クロノス・ジョウンター》を巡る時間SF連作集。「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」の三編を収録。


「吹原和彦の軌跡」
2058年の科幻博物館に《クロノス・ジョウンター》が展示されている。侵入した不審な男によって装置の由来が語られる。
片思いの女性にそこまで自分を犠牲に出来るのも不思議だし、実験順序もだいぶ嘘っぽいけど、その現実感の薄さが魅力かも知れない。科幻博物館の存在がいい味わいを出している。

「布川輝良の軌跡」
《クロノス・ジョウンター》の実験の為に過去に送り出される事を承知した布川は、取り壊されたある建築物を見る為に過去へ旅立った。
過去に一定時間滞在するための装置が開発され、装置への理解が進んでいるところが面白い。ラストが予想されるのは満足出来る部分でもあるけど、物足りなくも感じた。どういう経過でそうなったのかが、著者の工夫のしどころで上手く出来ているとは思う。

「鈴谷樹里の軌跡」
童話作家を目指す病気の青年に憧れる小学生の少女・樹里。青年の死に影響されてか彼女は医者になった。
病気の治療法が発見されて、さてどうやって装置を知るのかと思ったら、さらっと関連させていて上手い。ラストは当然そう来るのだろうなと予想できるけど、彼女が帰ると薬も消える筈で、設定ミスかと思ったのを見事に切り抜けている。


三話とも男女の愛の話で、二話、三話では展開が予想できて、ロマンチックな気分で読めた十代の頃に比べるとちょっと覚めてしまった。一話ごとに《クロノス・ジョウンター》の動作が明らかになっていく事や、時間トリックの面白さなどが生かされていて、SF的には満足出来る。  

『神の目の凱歌 上・下』 ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル
創元SF文庫 本体:740円、800円(98/7初)、★★★☆☆
 『神の目の小さな塵 上・下』(創元SF文庫)の続編、前作が書かれてから19年後に続編が出た事になるらしい。

 西暦3017年、人類は異星の知的生物とのファースト・コンタクトを果たした。異星種族モーティーは高等な技術文明を有していたが、非常に危険な種族だと分かり唯一のジャンプ・ポイントを封鎖した。四半世紀後、人類とモート人の関係は新たな局面を迎えようとしていた。

 話がなかなか核心に迫っていかないので、前作の内容が思い出せない。前作が思い出せないので、前作に登場したらしいベリーとかレナーの話が面白くならないという悪循環。前作を覚えているうちに読むのが良いかも。

 モート人の専門化された社会構成が最大の魅力になっている。マスター、ミディエイター、エンジニア、戦士などの専門があり、肉体から精神的な面まで特殊化して役割に徹しているのだ。それは前作から引き継がれた物なので、この話での新味がないのが残念なところだと思う。

 解説を読んでその通りだと思ったのだが、宇宙戦での考証が行き届いていて、宇宙の距離感が良く現れている。そういうハードSF的な魅力が、緊迫感を犠牲にしていて少し物足りなくもある。

『美神の黄昏』 宇神幸男
講談社文庫 本体:800円(00/1初)、★★☆☆☆
 『神宿る手』『消えたオーケストラ』『ニーベルンクの城』と続く、音楽ミステリ四部作のラスト。

 ナチスが隠した財宝の地図を手にしたピアニスト島村夕子は、日本に連絡を入れタクトに隠された秘密文書の内容を知る。日本から駆けつけた音楽出版社の蓮見、沢木と共に財宝を求めてイタリアに向う。夕子によって仲間の二人を失ったネオナチが、財宝の存在を知り執拗に追う。

 前作から直接話が続く、急ぎ過ぎなくらい素早く事態の説明があったのは好感が持てる。このまま一気に展開するのかと思ったら、ドイツ、イタリアの観光名所紹介みたいになって話が進まない。フルトヴェングラーの墓やワーグナーの自筆楽譜などが生かされて、良い雰囲気があるのだけど……。

 ピアニストの夕子がナチスの財宝のこだわる事に説得力がない。必要のない物を仲間を巻き添えにして追っているので、読んでいて気持ちが入らない。使い古された展開や、構成上納得できない出来事が多く、フリッツが立派なピアニストになったラスト以外は必要ないのでと思えてくる。

 シリーズを気に入って読んできただけに非常に残念だった。  

『ジャズ小説』 筒井康隆
文春文庫 本体:467円(99/12初)、★★★★☆
 220ページの薄い本で、ジャズをテーマにしたショートショート12編が約130ページ、作品中に登場した曲のディスク紹介が約35ページ、解説が約45ページという内容。

 時間物のSF「ニューオーリンズの賑わい」、ジャズ・クラブのバーテンが美しい女性に言い寄る「はかない望み」、ジャズ評論家の災難の「ラウンド・ミッドナイト」、ジャズ・ファンを対象にしたツアーの機内での出来事「チュニジアの上空にて」などジャズをテーマにしたバラエティに富んだ作品が楽しめる。

 毎月配布される通信販売のジャズCDの付録として、「断筆」後も書き続けられた物だと解説にある。ゆったりと書いている余裕が感じられる。「はかない望み」の解説にタイのジャズ好きの国王の事が書いてあるけど、ミッキー・カーチスをモデルに描いた景山民夫さんの「チュウチュウ・トレイン」(『グッドナイト、スリープタイト』(角川文庫)収録)に出てくる。  






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