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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年05月

『殺人摩天楼』, フィリップ・カー
『パルプ』, チャールズ・ブコウスキー
『星界の紋章1』, 森岡浩之
『星界の紋章2』, 森岡浩之
『星界の紋章3』, 森岡浩之
『ディープ・ブルー』, ケン・グリムウッド
『撃たれると痛い』, パーネル・ホール

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『殺人摩天楼』 フィリップ・カー
新潮文庫 本体:895円(H10/8初)、★★★★☆
 ロサンゼルスに建てられたインテリジェント・ビル〈グリッドアイアン〉が完成を間近にしていた。ビル内の空調・照明・清掃・警備を高度な学習機能を備えたコンピュータで管理する計画だった。しかし、何か小さな狂いが生じ、ビル管理システムが関係者を襲い始めた。

 ナチ支配のベルリンを舞台にした探偵物『偽りの街』(新潮文庫)などを読んでいたので、ホラー色のあるパニック物とは意外だった。インテリジェント・ビルの管理システムが人間を襲う話で、原因不明のまま関係者が死んでいく前半はホラー色濃厚、本性を現して襲いかかってくる後半はパニック小説の中に、コンピュータの変貌した原因を探るミステリの魅力も備えている。

 そういったエンターテインメントの魅力に加えて、人物の描き分けが際立って上手いので、内容が非常に充実している。シースルーのブラウス姿で仕事をして、下着で泳いだりするケイも馬鹿なお色気女には見えない。暴君で憎まれている建築家のリチャードスンも妻を思いやる気持ち、努力を惜しまない姿が描かれている。人間を攻撃するコンピュータの思考までもがリアルな気がする。

 解説によると、この大スペクタクル路線で次々と作品を発表しているらしいので、読むのが楽しみだ。  

『パルプ』 チャールズ・ブコウスキー
新潮文庫 本体:590円(H12/4初)、★★★☆☆
 私立探偵ニック・ビレーンの元に「死の貴婦人」を名のる女性から、「セリーヌをつかまえて」という依頼が舞い込む。金に困っていた彼は早々に調査を開始するが、依頼者は本当の死神らしい。「赤い雀」を探している男の依頼や、妻の浮気の調査までも引き受けて事態は更に混乱していく。

 死神に宇宙人まで出てくるデタラメぶりと、酒場や競馬場で絡まれて捜査が進展していくという行き当たりばったりぶりに戸惑うけれど、徐々に得体の知れないヤツラにもポンポンと言い返す粋な会話に引かれていく。

 酒場でビールを二本注文すると「一本飲んでから、もう一本注文すれば」と言われ、色々言い合った末に三本注文する反骨精神のある主人公の酔っ払い探偵は、著者の分身に違いない。著者は50冊程の詩集や小説を発表して、1994年に本書を最後に亡くなっている。  

『星界の紋章1 −帝国の王女−』 森岡浩之
ハヤカワ文庫JA(JA547) 本体:500円(96/4初、00/2,18刷)、★★★★☆
 人類は恒星間移民船を開発し、太陽系以外の恒星系に拡大していた。惑星マーティンの着陸暦172年、遺伝子を改造した人類の子孫〈アーヴ帝国〉の宇宙艦隊がマーティンを侵略。政府主席の息子ジントは将来の惑星の領主となるべく、アーヴの軍の研修生となったが、アーヴに敵対する種族の攻撃に巻き込まれる。

 話の面白さだけでなく、しっかりしたSF的な背景設定があって大満足。美少女が出てくるけど、美少女物的なこだわりがなく、サラッとしていて好感が持てる。

 美少女ラフィールの生まれと育ちからくる独特の口調と、彼女と文化的な違いがあるジントとのやりとりが楽しい。前に読んだ『機械どもの荒野』(ソノラマ文庫)の戦闘機械の口調や主人公とのやりとりを思い出した。

 しかし、同じ場面での会話が長く続いて一冊の本としてはバランスが悪い。会話の中で多くの背景が明らかになっていて無駄な会話ではないので、全三巻として見れば十分バランスも取れているのだろうけど。  

『星界の紋章2 −ささやかな戦い−』 森岡浩之
ハヤカワ文庫JA(JA552) 本体:540円(96/5初、00/2,16刷)、★★★☆☆
 惑星マーティンの主席の息子ジントの乗った巡察艦〈ゴースロス〉をアーヴに敵対する〈人類統合体〉の艦隊が襲った。艦長は翔士修技生のラフィール王女とジントを連絡艇で脱出させるが、二人は燃料補給に寄ったフェブダーシュ男爵領で囚われてしまった。

 フェブダーシュ男爵領から脱出する前半は、それまでのうっぷんを一挙に晴らしてくれて爽快だけど、惑星に降りてからは少し停滞気味。背景設定も出尽くしたのか、アーヴの意外な由来が明らかにされる他には、これといった話も出ない。こういう場面にもう少しSF的な魅力が欲しいところだ。

 種族的な特性と軍で鍛えられたラフィールの勇猛ぶりには、すっかり魅せられてしまった。しかし、宇宙に暮らすアーヴとって地上は苦手、ジントが彼女を守る番になる。ラフィールの苦戦する姿や、髪の色を変えて憤慨する姿に愛おしくなってくる。  

『星界の紋章3 −異郷への帰還−』 森岡浩之
ハヤカワ文庫JA(JA555) 本体:500円(96/6初、00/2,15刷)、★★★★☆
 〈人類統合体〉によって占領された惑星に不時着したジントとラフィールは、住民に化けて都市に隠れたが、正体を見破った反帝国戦線が接触してきた。アーヴの存在に気付いた占領軍が彼らに迫って来る。一方、敵の宣戦布告を知ったアーヴの艦隊が惑星の奪回に向かっていた。

 もうここまで来たら、SFがどうのこうのでは無くて、話の行き着く先を素直に楽しむのみ。普通の読者は、遺伝子改造されて宇宙に暮らすアーヴより、ジントの方が自分に近いので、彼に感情移入しながら読むだろう。高貴な美少女と特別に親しいという特権が感じられるシーンは優越感を感じながら楽しんでしまう。

 ジントの気持ちはそれなりに描かれているけど、ラフィールの気持ちが、最後までほのめかす程度なのが何とも気になる。「そなたの遺伝子がほしい」というのがアーヴのもっとも真剣な愛の告白のひとつだと一巻に出てくるので、いずれラフィールがジントに向かってそう告白するのを期待してしまう。  

『ディープ・ブルー』 ケン・グリムウッド
角川文庫 本体:880円(H9/8初)、★★★☆☆
 人生が何度も繰り返される話を描いた名作『リプレイ』の著者によるイルカのファンタジー。

 マグロ漁船によって多くのイルカが惨殺されていた。漁船に潜り込んだジャーナリストのダニエルは、イルカへの虐待を目撃してショックを受ける。イルカが音波を使いイメージによって情報交換しているというシーラの研究は、成果が上がらず打ち切られようとしていた。一方、イルカたちは“陸を歩くもの”との接触を開始しようとしていた。

 イルカがイメージで情報交換している姿や、大らかなセックス観などがイメージ豊かに描かれている。イルカやクジラが高度な知性を持ち、太古からの独自の文化を受け繋いで暮らしてきたという設定も夢がある。

 持ち上げ過ぎて、イルカを教祖にした怪しい宗教のような胡散臭さが漂ってしまっているのが惜しい。オルカの戦線布告を中途半端に解決してしまって、借りてきたような危機をクライマックスに持ってきている。話の焦点が失われて盛り上がりに欠ける。  

『撃たれると痛い』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:621円(95/6初、97/4,3刷)、★★★★☆
 「お人好し探偵シリーズ」の七冊目。正しくは「調査員スタンリー・ヘイスティング・シリーズ」という。

 調査員スタンリーは「恋人の気持ちを確かめたい」というメリッサの依頼を受けた。男を尾行して美女との密会現場を突き止めたが、メリッサを怒らせてクビになってしまった。翌日、男が殺されメリッサに容疑が掛けられた。気になったスタンリーは仕事の合間に関係者を訪れ、とんでもない目に合ってしまう。

 事故の訴訟調査専門の探偵スタンリー・ヘイスティングも数々の事件を曲がりなりにも解決してきて、ようやく手におえそうな依頼は黙って受け入れる私立探偵になったのだ。でも、ブラジャーのストラップが襟もとから覗くのを何回も直す依頼人というのも、そのしぐさを気にしている彼も相変わらずカッコ悪いぞ。

 マコーリフ部長刑事や弁護士リチャード、妻のアリスに励まされたり助けられたりしながら、どうにか事件解決までがんばり抜く。文句をつぶやきつつがんばる姿、余裕のないくせに他の人を気遣ったりする優しさが魅力だ。今回、後味の悪い結末になりそうな気がしたのに、上手くまとめていてホッとした。  






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