読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2000年02月

『バールのようなもの』, 清水義範
『ベラム館の亡霊』, アンドリュー・クラヴァン
『利腕』, ディック・フランシス
『宇宙への帰還』, 横山・吉岡・森岡・早狩・佐藤・谷
『順列都市 上・下』, グレッグ・イーガン
『球形の季節』, 恩田 陸
『パソコンは猿仕事』, 小田嶋隆

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『バールのようなもの』 清水義範
文春文庫 本体:476円(98/9初)、★★★★☆
 ユーモア短編の名手による12編の短編集。

「バールのようなもの」
「バール」ではない「バールのようなもの」について考える。
小説でもエッセイでもない、著者独自の架空エッセイとでも言うべき世界を楽しめる。

「秘密倶楽部」
近頃、急に元気になり若返った78歳の岩井さんの秘密とは……。
人間にはこういう部分もあるのかなあと怖くなる。彼らが体験者だからというのではなく、人間の本能としてこういう部分があると理解した。

「みどりの窓口」
JRみどりの窓口での面白い出来事をまとめて贈る。
実際の話も、作った話もあるのだろうけど、境が分からない。コンピュータの発券システムを理解しないおじさんが特に面白い。

「役者語り」
シェイクスピア劇の役者が記者に何か語っていく、その語り口が実在の人物にそっくりという得意のパスティーシュ。
その人の口調が台詞みたいな口調になっているのに改めて気付かされた。うまい。

「愛知妖怪辞典」
愛知県の妖怪を解説していくパロディ。
郷土の妖怪辞典か何かのパロディかと思ったら、意外な元ネタだった。

「新聞小説」
一般紙や経済紙、スポーツ新聞とそれぞれ特色を上手く出している。で、最後にコレをオチに持っていったのが大正解。


 十二編のうち五編が雑誌の一月号掲載という事で、正月気分にふさわしい作品が多いらしいが、そういう特別な感じはなかった。色々なタイプの小説が揃っていて、楽しい短編集だった。  

『ベラム館の亡霊』 アンドリュー・クラヴァン
角川文庫 本体:1000円(H11/9初)、★★★★☆
 久しぶりの翻訳が初のゴシック・ホラー。

 ソフィアはパーティで聞いたイギリスの古典的幽霊譚が、自分の幼い頃の記憶と酷似している事に驚いていた。朗読していたストームは、幽霊談を心底怖がった彼女に、心引かれていく。彼は怪奇雑誌の編集長から、ソフィアが幽霊譚に似た経験を持ち、その屋敷がベラム館と呼ばれている事を聞き出す。

 ゴシック・ホラーを読まないので良く分からないけど、本来はもっとB級の香りがするのではないかと思う。この作品は派手な演出で怖がらせようとはせず、人物の心理描写を深めて、抑え目で品のある作品になっている。エンタテインメント性の強い物を求めていると外される。

 実は途中で止まってしまって、別の本を読んだりしたのだが、読み終わってみると力のある作家なのがつくづく分かる。ホラー映画監督、画廊の経営者、怪奇雑誌の編集長、画商ら、初めは雑多な繋がりだった登場人物が、物語を通して密接に結びついていき、幻想的な部分と現実的な部分のバランスを上手く保ったラストを向かえる。

 弟との合作だった女性名のマーガレット・トレイシーや、新聞記者ジョン・ウェルズ・シリーズのキース・ピータースン、そして本名のアンドリュー・クラヴァンと名前を変えている。  

『利腕』 ディック・フランシス
ハヤカワ文庫HM 本体:720円(85/8初、99/3,20刷)、★★★★★
 落馬事故で負傷し騎手から調査員となったシッド・ハレーのもとに依頼がくる。名馬三頭が突然体調を崩して、レース生命を絶たれたと言うのだ。調査を開始した彼に、ジョッキイ・クラブの保安部長が部下の不正を調査して欲しいと持ち掛けてきた。彼の調査能力を恐れた犯人がシッドを襲い脅迫する。

 『大穴』に続くシッド・ハレー物だ。名馬に仕掛けられた罠を探る話を主に、保安部の不正、シッドの別れた妻が詐欺に騙された事件が、同時に進行する。

 何気ないシーンでも実に興味深く読ませてくれる。例えば、詐欺の事で彼と別れた妻が話をするとき、彼に辛くあたる言葉や態度から、深く愛し合った末に傷ついた彼女の気持ちが良く分かってくる。それを受ける彼の気持ち、態度が、今度は彼女にどう影響を与えていくのか、単なる事件の報告ではないのだ。

 彼の様に強い精神を持った者が、失った左手に関して引け目を感じている様子は、体の一部を失うという事を深く考えさせられる。その弱みを狙った脅迫に対する彼の苦しみも、完全に納得がいく形で描かれていて良かった。そんなテーマを待っていながら、事件の謎の面白さとスリル溢れる展開で、十分に楽しませてくれる。  

『宇宙(そら)への帰還』 横山信義・吉岡 平・森岡浩之・早狩武志・佐藤大輔・谷 甲州
KSS出版 本体:895円(99/4初)、★★★★☆
 SFアンソロジーとしか書かれていないけれど、宇宙船テーマの作品を集めている。

「星喰い鬼(プラネット・オーガー)」横山信義
彼方から太陽系に近づくダイソン球殻。あと一年程で地球も終わりを迎えようとしていた。
トップにふさわしい本格的なSF。滅んでいく地球に残る人々という設定に目新しさがない。惑星破壊の時間的スケールの大きさは感じられたが、ダイソン球殻の巨大さが感じられないのが残念だった。

「ハウザーモンキー」吉岡 平
酒場で会ったベテランの宇宙戦艦乗りが、新米に向かって昔話を始める。
話自体には引き込まれる部分もあるけど、工夫もなく戦艦を宇宙に持っていっただけでは、SFだとは認めたくない。太陽風で進む帆船が宇宙で戦闘する事に、無茶で良いから何らかの意味付けが欲しい。

「A Boy Meets A Girl」森岡浩之
光を翼に受け、宇宙を飛翔する彼らは何なのか。少年の出会った少女はその秘密を知っていた。
宇宙を飛翔する少年というファンタジーのようなイメージが良い。展開もうまく、読んでいて飽きない。明らかになる意外な設定が、SF色も作品の持つファンタジー色も満足させている。

「輝ける閉じた未来」早狩武志
人間の意識の研究のために作られたクローン人間。彼女は実験材料であり人間とは認められていなかった。
実験材料の少女と、その少女と唯一人の会話を許された少年の話。それが唐突に死語の世界はないという結論に達し、だから未来は閉じていると言う事らしい。その展開には付いていけなかった。

「晴れた日はイーグルにのって」佐藤大輔
1980年代はじめ、航空自衛隊の三機のF15Jイーグルが帰投燃料不足で墜落した。その事故報告の異様な内容が明らかになった。
三人の報告書の世界はそれぞれ良く出来ていた。報告書という形式と話の流れから、特に何も起きないのが割れていて少し退屈。オチは良かった。

「繁殖」谷 甲州
田名瀬准尉とアイリーンの長距離パトロール艇にルドラの調査指令が下った。直ちにルドラの調査に向かった二人だったが……。
文句無しに楽しめるアクション作品。知らないと思うけど、高寺彰彦さんのマンガを思い出した。内容はだいぶ違うけど、少女と宇宙船とセックスがらみの雰囲気が似てるのかな。


 小説の完成度はこれからという物が多かったけど、SFらしさに溢れたアンソロジーで嬉しくなった。こういうSF色の強い本を続けて出して欲しい。  

『順列都市 上・下』 グレッグ・イーガン
ハヤカワ文庫SF(SF1289,SF1290) 本体:各620円(99/10)、★★★★☆
 『宇宙消失』(創元SF文庫)に続くイーガンの長編SF第二弾。

 21世紀なかば、寿命の迫った富豪はコンピュータ上に精神をコピーして生き続けるようになった。でも健康な人物のコピーは、仮想空間での生活に絶望して自殺してしまうのが普通だった。自殺不可能な環境に自分のコピーを置き、ハードウェアと精神の関係を研究するダラム。いつしかダラムのコピーは独自の世界観に至った。

 自分自身が納得してコピーを作ったのに、自分がコンピュータ内のコピーである事を知ると自殺しようとするところが興味深い。仮想空間は経費節減のため狭い街に限定され、周りの人物も無反応なのだ。計算スピードの問題で、コピーは実世界の17分の1の時間で動作していて、実世界との接触もままならない。自殺も無理ないのだろうか。

 計算間隔を荒くしていくとコンピュータ上の精神に、どんな影響が現れるかなどの実験が始まり、これもワクワクするほど面白い。その結果から生まれてくる塵理論が良く分からなかったけど、読んでいくうちに納得できる説明があるのかと思っていたが、そうではなかった。でも、それほど気にならずに理論に馴染んでしまった。

 マリアがオートヴァース宇宙を作り出す過程が期待に反して描かれなくて、上巻の後半から下巻の前半が退屈だけど、最後に待っていた凄いアイデアで仰天させられた。カール・セーガンの『コンタクト』に使われたアイデアが最高だと思うのだが、それに匹敵する物だった。創造者の問題に対する解答のひとつとして真に迫っている。  

『球形の季節』 恩田 陸
新潮文庫 本体:514円(H11/2)、★★★☆☆
 初めて読む恩田陸さんの作品、学園モダンホラー。

 男子校二校、女子校二校を擁する東北の町で奇妙な噂が広まった。地域の地理・歴史・文化を研究するために四つの高校の生徒によって結成された「地歴研」が噂の調査に乗り出す。噂の指定したその日、同じように一人の女子生徒が行方不明になった。

 冒頭、内容を伏せたままで、ある噂が広まっているという20ページと、続く町の紹介10ページで、もう読むのを止めようかと思った。もっと早く話を進めてくれないと読む気になれない。

 登場人物全てが、謎に対して片手間にしか関心を示さないので、話にまとまりがない。マイペースの主人公は謎に関心がなく、主人公の幼なじみが噂に興味を持つけど、始めだけで進まない。みのりの親友は好きな男性への想いで一杯で、謎に近づく裕美も結局、深入りしない。

 全体のムードにはそれなりの魅力を感じるけど、そのムードを作り出している事柄が散漫になりすぎて、話を薄めている様に感じてしまった。  

『パソコンは猿仕事』 小田嶋隆
小学館文庫 本体:457円(99/5初)、★★★☆☆
 パソコン関連の話題を詰め込んだ書き下ろしエッセイ集。

 パソコンの導入で、ビジネスが融通の効かない猿仕事になってしまった。テクハラとはパソコンの使えないオヤジを若手のハイテク族がいじめる事。2000年問題は「米びつに落ちた人造真珠」みたいな物。など、独自の視点が新鮮なパソコン・エッセイ。

 著者は、自分は根っからの文科系だが、理科系の学問に対してきちんとした尊敬の念を抱いていると言う。マスコミ関係者などの「オレは文系だから」には、「自分は柔軟で、人間的で、感情の機微のわかる人」という理系に対する優越感が含まれていると戒めている。

 そういう著者のエッセイだから、オタク的な内容でもないし、一方的なパソコン批判でもない。ゴルフで「グリーンまわりのバンカーにつかまった」を「最終局面刈込芝緑地まわりの障害小砂漠につかまった」に言い換えてもゴルフを知らない人には分からないように、パソコン用語を無理に日本語に置き換えても理解しやすくはならないとか。洗濯機で「この新製品は、秒速2万回転で洗濯して、40リットルの水を0.45秒で排水します」と言っても意味無いが、パソコンマニアは実用性の無い高い数値を追い求めているなど。ユニークな視点から分かりやすく面白く語っている。  






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