2003 January
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Ver.040127



 その世界において地球という星は、日本地域を首都とする一つの国家であった。十四世紀から十五世紀にかけての「大統一時代」と呼ばれた時代に、世界は一つにまとめ上げられたのである。
 そして十九世紀初頭より始まった月への人類移住プロジェクト。それは一世紀半を経た一九五〇年代になって実を結び始め、一九七七年八月八日、月自治領として地球政府に認定されることになる。

 それからちょうど三〇年後の、西暦二〇〇七年八月八日。
 月自治領は地球からの独立を宣言し、新たな国家として地球への宣戦布告を行った。直後の電撃降下作戦によって、月政府はオーストラリア地域を占領する。
 オーストラリア地域は軍事施設を含む宇宙開発施設を多数擁しており、ここを月政府軍に押さえられている限り、地球政府軍は月への侵攻は不可能と言っても過言ではなかった。
 それだけではない。偏った資源しか採掘できない月政府にとって、オーストラリア地域の豊富な資源は、極めて重要な意味を持つ。ここを押さえることができていなければ、長期にわたる戦争は継続できなかっただろう。
 後手に回ることになった地球政府軍だが、やがて一人の鬼才が頭角を表わした。第三次オーストラリア遠征軍の一部隊を率いていた人物で、名を春日琢巳という。彼は独自のコネクションを活用して、正規軍の中に私兵軍、つまりは雇兵を組み入れることで多大な戦果を挙げ、一時はニュージーランド諸島の半数を占領するに至った。だがそんな春日は、権力争いに巻き込まれて後方任務へと左遷されてしまう。
 その後、ニュージーランド諸島は月政府軍によって奪還されたが、庸兵部隊は地球政府軍の一翼を担うきっかけとなった。
 戦局は徐々に月政府有利へと傾き、オーストラリア地域を拠点として、東南アジアの諸地域、そして中国地域もが月政府によって陥落した。
 そして西暦二〇二〇年。遂に月政府軍は地球首都である日本地域への進軍を開始。四国島・九州島を含む兵庫地区以西を怒涛の勢いで制圧した。

 だが、物語の序幕はそれよりも数年遡ったところから開く。



第一章「私達がまだ何も知らなかった頃」

 夢を見ていた。
 小さい頃の思い出。時折しか触れる機会のなかった母の温もり。
 双子の妹と二人で支えあっていなければ耐えられなかったであろう、涙を流すことさえ許されなかった修行の日々。
 どうしてこんなことをしなくちゃいけないの?
 答えの返ってこない問いを投げかけ続けた子供時代。
「いずれ来る戦いのためなのよ」
 そんなのは答えじゃない。どうして私たちなの?
 咲夜家の次代当主として。
 私はお友達が欲しいの。
 咲夜家の次代当主として。
 いろんな所へ行きたいの。
 咲夜家の次代当主として。
 私はなんなの?
 咲夜家の次代当主として……

 まどろみの中、意識が明瞭になりはじめる。目が覚めたという意識と、まだ眠っていると感じる心が混じりあい、気怠いという感情に置き換えられる。が、その感情はすぐに「起きなきゃいけない」という義務感へと昇華し、詩織の身体を突き動かす。
 もうすぐ夜明けが来る。それまでに修行場へ行かねばならない。詩織は急いで着替えを済ませ、布団を押し入れにしまうと、足早に部屋を後にした。
 もはや夢のことなど忘れていた。

 玄関のところで、美咲と鉢合せになった。美咲と詩織は双子の姉妹で、一応は詩織のほうが姉ということになっている。
「オハヨッ!」
「おはよう美咲ちゃん、今朝は早いのね」
 いつもは美咲の方が五分ほど遅れて修行場へと到着する。今朝のように、玄関で鉢合わせするなど珍しいことだ。
「違うよ。詩織が遅いんだってば」
「え?」
 慌てて詩織は玄関脇の置き時計に目をやる。針が示す時間は、
『二〇一七年九月二三日 四時五〇分』
 いつも見る時間よりも、若干進んでいる。その間に美咲は玄関の扉を開いた。
「んじゃ、あたしは先に行くからね」
 言うが早く、修行場となっている神社へ向けて走り出した。
「あ、待って!」
 詩織も急いで靴を履き、その後を追って走り出す。先に走っていた美咲は、詩織が家を出てきたのを後ろ目で確認すると、走るスピードをさらに上げた。詩織も負けじとそれを追う。
 修行場に着いた二人を、母が待っていた。
「おはよう。それでは朝の修行を始めます」

 いつからか詩織は、そんな生活をあたりまえだと感じるようになっていた。


 西暦二〇二一年二月。地球首都日本地域、大阪地区。
 安マンションが立ち並ぶ下町を、鳳拓也は相棒の江藤晃司と二人で歩いていた。二人とも庸兵で、大きめの作戦をこなした帰りである。土曜の夕方だからか、街のあちらこちらに若いカップルが腕を組んで歩いている。車で三時間も走ればすぐに戦場だと言うのに、街はいつもの喧噪を忘れようとはしていないらしい。
 拓也は身長一七〇pを少し過ぎた程度の身長。髪は短くはないが長くもない。動きやすさを重視した戦闘用の服の上から、薄手の黒いトレンチコートを羽織っている。一方、晃司の方は拓也より若干背が高いが、体つきはやや細目だ。長い髪を後ろで一旦縛り、それを背中に垂らしている。服装は拓也とほぼ同じだが、コートの色は薄いグレーだ。
「ちょっと今度の作戦はハードだったな」
 鞘に収められた刀を片手に拓也がぼやいた。この刀も今度の作戦でかなり刃こぼれした。そろそろ買い換え時だろう。
「その代わり報酬は充分だったじゃないか。とりあえず金にはしばらく困らないだろ」
 男性にしては長い髪を掻き上げながら相槌をうち、晃司は煙草に火を点けた。
 晃司は傭兵の分類上は「霊術士」と呼ばれるのだが、本人がそれを嫌い、もっぱら「スナイパー」と称している。事実、銃の腕は確かで、神霊術の心得も充分にある。
 一方、拓也は「霊剣士」と分類される庸兵で、刀と神霊術を武器にフォワードで戦う。かつては晃司の姉、理沙に剣術を師事していたこともあり、今では実戦でそれを我流にアレンジしている。
 拓也が、姉弟で傭兵稼業を始めた晃司達と出会ったのは、今から三年前のことである。それまで組んでいたチームが解散した拓也に、声をかけてきたのが理沙だった。それから二年間は三人で仕事をしていたが、一年前に「事情があるから」と言って理沙はチームを抜けた。
 今にして思うと、謎も多い女性だった。その剣技はまさに達人。神霊術にも長じており、実践だけでなくその歴史などについても造詣も深かった。

 傭兵はその能力や戦闘スタイルによって分類され、神霊術を用いる人間を「霊術士」、その中でも剣技を主として戦う者を「霊剣士」と呼んで分類する。ただしこれらは傭兵の分類上の呼称であり、どちらも霊術士であることには違いない。
 霊術士は、神霊術の修得方法によって二つのタイプに分けられる。
 一つは水晶型と呼ばれるタイプ。霊水晶と呼ばれる鉱石を用いて神霊術を修得するもので、傭兵達の多くがこのタイプである。まず身体の一部分に小さな傷を付け、その傷口に霊水晶を触れさせる。この際、先天的に神霊術が使える体質であれば、霊水晶は傷口に吸い込まれるようにして肉体に融合し、その霊水晶の種類に応じた術が使えるようになるのだ。ただし、神霊術が使える体質でない場合は、霊水晶に何も変化は起きない。
 この霊水晶には天然に採掘されるものと、人工的に造り出されるものがあり、一般的には天然物の方が強大な力を秘めていると言われ、高額で取引されている。なお、稀に霊水晶との同化の際に拒絶反応を起こすケースがある。霊水晶は埋め込んだ数に比例して、多種多様かつ強力な神霊術を行使できるようになるが、その一方で拒絶反応を起こす可能性は高くなる。拒絶反応が起きると、融合した霊水晶の力が暴走し、ほとんどの場合、融合を試みた者に死をもたらす。
 もう一つは天然型のと呼ばれるタイプで、その名の通り、生まれながらにして神霊術が使えるというものだ。これはもう才能と言う以外ない。このタイプの多くは血縁関係を重視し、一族の絆を重んじる傾向がある。
 この二つのタイプには、決定的な違いがある。水晶型の霊術士は、体質さえ合致すれば安易に力を得ることができるが、その力は霊水晶によって完全に決定される。言い換えれば、その術の効果や威力といったものを伸ばすことができないのだ。一方、天然型の霊術士は、その力の源である霊力をどう制御し、どうイメージするかによって多種多様な効果を生み出すことができる。しかし、その制御やイメージが非常に難しく、自在に術を操るには相当の修練が必要になる。逆に言えば、霊術士次第でその力はどこまでも伸びるということになる。その為、天然型の霊術士には、その実力にばらつきが大きい。
 また、どちらのタイプにせよ、霊術士としての資質は遺伝性のものである。そのせいか、かつては霊術士を「選ばれた民」だとする選民思想が流行したこともあったが、今ではそういったことを唱えるのは異端の宗教関係者くらいである。
 ちなみに拓也は天然型、晃司と理沙は水晶型の霊術士である。


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