「LOVE MAKING」

 星が燃えた夜。メテオとホーリーの衝突による大破壊を、生き延びた人々はそう呼んだ。
 地形は大きく変わり、建造物のほとんどが崩壊した中で、死者がほとんど出なかったのは奇跡と言えるだろう。
 全てを知るごく僅かの者たちは、それはエアリスが救ったのだと言った。

 確かにそうだと思う。
 いつも微笑みを浮かべていた彼女のことを思いだし、ティファは小さく溜息をついた。
 空は少しずつ青さを取り戻し、人々は魔恍を失った生活にようやく慣れ始めている。新しい時代の中、皆が前向きに未来を模索しているのだ。
 …なのに私たちは過去を振り払うことが出来ない。
 エアリスはいい友人だった。人間として大好きだった。けど、女性としては複雑な想いで、とても一言では言い表せない。
 そんな彼女の幻影を、想い出を追って、クラウドはティファの元から姿を消した。
 不思議と嫉妬心は無い。試験の点数が満点に1点だけ届かなかったような、ちょっと残念な想い。たった1点だけれども、それは決して埋まることがない。98点と99点の違いでは判らない、99点と100点の間にだけある大きな差。
 クラウドのことが好きなのと同じくらいに彼女のことが友人として好きだから、憎むことも恨むこともできないんだ。

 大破して飛ぶことの出来なくなったハイウインドを改装した酒場兼宿屋は、ティファ一人が暮らしていける程度には人が訪れていた。ハイウインドの大きさに群がるように人々が集い、今ではちょっとした街程度の規模になりつつある。
 ニューヘヴン。誰が付けたのかは知らないが、この集落はいつからかそう呼ばれるようになっていた。
 「ハイウインド」の従業員はティファ一人しか居ない。
 まず、バレットがどこかで生きているはずのマリンを探すと言って旅立った。
 ユフィはウータイの住民を探しに、ナナキは人里を離れると言い、ヴィンセントは無言で去った。シドは最後まで残っていたが、ハイウインドの改装が終わった直後、妻を捜すためにニューヘヴンを出た。
 1年ほどして、バレットがマリンを連れて立ち寄った。旅の途中だという。
「ミッドガルでクラウドを見たぜ」
 初めて出会った頃のような冷たい眼をしていた。バレットはそう言った。
 ミッドガル付近は崩壊の規模が小さかったらしく、当時の都市部がまだ原型を留めているという。だがそれは地上だけの話で、魔恍の光を失ったスラムは昼でもなお薄暗く、日陰者の巣窟と化しているらしい。
「行くなら着いていくが……」
 だが、ティファは首を横に振った。追って行ってクラウドに逢いたいとは思う。だが、彼の想いも判るのだ。彼はまだ結論を出せずにいる。
 エアリスが残した言葉に縛られて。
 約束の地なんて、探しても見つからないのに。そのことを、ティファは一番よく知っていう。
 そして再びバレットは去った。
 みんなが未来を向いているのに、私とクラウドは過去を振り払えない。
 クラウドが去ってから二年が過ぎようとしていた。

 日に日に空が青くなってくる。行商の商人が運んでくる食料の品揃えも、崩壊直後に比べるとずいぶん多彩になってきた。新しい世界地図も売られはじめ、手紙を届けることもできるようになった。先月にはニューヘヴンで初めて子供が産まれたらしい。星も人も精一杯に生きているのだ。
 ユフィとシドからは時々便りが届く。二人とも故郷の人々と再会し、元気にしているらしい。「復興したウータイを見に、一度遊びにおいでよ」と書かれた手紙は、ティファの机の奥に大事にしまってある。
 でも、ここを離れる訳にはいかない。
 クラウドはこの地から旅立っていった。彼が戻ってくるなら、それはここでしかない。だからその時を待つ。待つしかない。

 朝から頭痛がしたので、酒場を臨時休業にしてベッドで休むことにした。宿の方は、ここ数日ほど客が来ない。近所の人の話ではどこかの街で祭をやっているらしく、旅人は皆そちらに流れているらしい。
 風邪薬を飲んでベッドに横たわり、窓の外の景色をぼんやりと眺めてみる。今日はあまり天気がよくない。窓から見上げる空はどんよりと曇っていて、気分を少し陰鬱にさせる。
 眩しくて眠れないよりましかな、と思っていると、不意にクラウドの姿が脳裏によぎった。
 小さい頃のクラウド。再会した直後のクラウド。ライフストリームで自分を失ったクラウド。自分を取り戻したクラウド。全てが懐かしく、愛おしい。
 いつも冷めた風に遠くを見ていたあの眼に宿る、強くなりたいという純粋な気持ちに気付いていた人間がどれくらい居たのだろう。きっと私しか知らない。
「思い出すんだ。忘れちゃいけないんだ」
 彼はそう呟き、絶望をたたえた虚ろな眼で扉を開いた。
 何か叫び
 そこで我に返った。回想にふけり込んでいたらしい。気が付けば外は雨が降りだしていた。最近、クラウドが去っていった時のことをよく思い出す。
 約束の地。その言葉に捕らわれた瞬間から、彼は純粋だったあの眼を失ったのだ。
 淋しい。逢いたい。

 五日経っても風邪は良くならなかった。雨も降ったり止んだりを繰り返している。
 ニューヘヴンには医者が居ない。集落に住む人間が心配して、代わる代わるハイウインドを訪れた。二日がかりで呼ばれてきた隣町の医者の診察では、ただの過労だとのことだった。
 確かにこの二年、働きすぎていたかもしれない。何かに打ち込んでいる間は、クラウドの事を考えなくてすむから。片時も忘れたことはないけど、それについて考えている余裕がなくなるくらい、ずっと体を動かしてきた。
 一日中寝ているなんて、これまでの生活じゃ考えられなかったことだ。だからこそ、これまで考えられなかった分だけ、余計にクラウドの事がきにかかる。
 元気だろうか。生きているだろうか。淋しくないんだろうか。答えは出たんだろうか。心配の種は尽きない。
 全ての答えはここにある。
 信じていた。彼が答えを出したとき、戻ってくるのは自分の所だと。
 ティファの未来も、クラウドの未来も存在しない。あるのは二人の未来だ。一人一人じゃ、過去を見ることしかできないから。
 約束の地はどこかに有るものなんかじゃない。それは探すのではなく、築き上げるべきものだ。エアリスはそれに気付いていたんだと思う。気付いていたからこそ、この星を守ろうとした。今はそう確信している。
 いつかクラウドも気付く日が来るはずだ。そして、それに気付いたとき、彼が還るべき場所はこのハイウインド、ティファと別れたこの場所しかない。クラウドが過去と決別したとき、彼はきっと自分のところへ戻ってくる、ティファは信じていた。
 だからここで、ずっと彼を待ち続ける。いつか旅人が還る日まで。

 更に二日後。空が晴れ渡るのとほぼ同時に、ティファの体調も元通りになった。
 ハイウインドの入り口の「臨時休業」の札を外し、久々の青空を見上げる。まずは酒場のテーブルを拭いて、店内を掃除して回らないといけない。次に食料の仕入れだ。一週間ぶりの開店だから、客も少し多めにくるかもしれない。
 酒場のテーブルを拭いて回っていると、扉が開く音がした。
 振り返ると、懐かしい瞳がそこにあった。
 全てを吹っ切った穏やかな笑みを浮かべ、彼がそこに立っていた。
「……おかえり、クラウド」


Fin.

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