快い音を立てて、鍬が土をかんだ。
引いて土を寄せれば、溝が延びる。
「こっちは終わったぞ」
柄に寄りかかり、ヒースは腕で汗をぬぐった。
畝が三十本。
その向こうに肥やしの入った桶とスコップが二本。少年が三人、うちふたりはすわりこみ、ひとりは立ってわめいている。
失礼。ひとりは女の子だ。
ニヤ、と笑ってヒースは訂正した。
そろって野良着なんで、男に……、いやいや、『下々の』男に見えたぜ。
「早くなさい! 肥やしを入れて、ちょっと土をかぶせるだけじゃないの! デュールはもう、ぜんぶ畝を作っちゃったわよ!」
「何度も申しあげたように、これは下々の仕事なんです。取りあげてはいけません。我らのように高貴な者は、ゆったりお茶を飲みながら、下々の働くさまを眺めていればよいのです」
「うちにいる限りは、うちのやり方に従ってもらうわ! 働かない人は、ご飯なしよ!」
「では、領内を見回りにまいりましょう。下々の者は怠けますからね、我々が厳しく監督してやらないと」
「怠け者はあなたよ! 物作りをなんにも知らないなんて、領主になる資格がないわ!」
「肥やしを埋めるなんて! 王子がすることじゃないでしょう!」
「うちではするの! あなたのいとこだってやってるじゃないの!」
リズはヒースを指さした。
「あんな下々の者と一緒にしないでください!」
「あなたの叔父さまの子でしょ! お母さまがわからないからって、ひどいわ! もしかしたら、ウルサのお姫さまとの子かも知れないじゃない!」
エドアルが言葉に詰まった。
否定できるもんなら、否定してみろ。おまえたちがついたウソだろ。
ヒースは意地悪く笑った。
「とっとと肥やしを入れてくれてよ、王子さまと子爵さま。苗も植えなきゃならないし、水も撒きたいんでね」
「指図するな、賤民!」
ヴァンストンが怒鳴った。
「殿下に向かって! 異人のクセに!」
「リュウカも異人だぜ」
「姉上を侮辱するか!」
今度はエドアルが怒鳴った。
「別に。ただ、リュウカなら野良着も似合うし、肥やしだってテキパキ入れてくれるぜ? ああ、そうか。異人だからか」
「ぶっ、ぶっ、ぶっ、侮辱しっ、したたなあ!」
エドアルがスコップをとり、先をヒースに向けた。
「姉上を呼び捨てにし、その馴れ馴れしい物言い、重ねてこの侮辱! もう許せん! 鉄槌を与えてくれる!」
「スコップで?」
リズが吹きだした。
エドアルの顔が赤に染まった。
「けっ、けっ、剣をとれ!」
ヴァンストンがあわてて荷物の山を探す。
「ムダよ。うちに置いてきたから」
「なんですって!」
エドアルは目を剥いた。
「あなたって人は! 今の私の立場をわからないんですか? 命を狙われているのに、武器がないなんて!」
「スコップがあるだろ。それとも、こいつで戦うか?」
ヒースはニヤニヤしながら鍬を振りあげた。
「下賤にゃお似合いだな」
ヴァンストンが冷たく言い放った。
「殿下、一刻も早く離宮にお戻りを。剣もなしでは、いかな英雄でも賊に太刀打ちできません」
「だいじょうぶよ。おじいさまが兵隊さんに守らせてるわよ」
「万一ということがございます。殿下、一刻を争いますぞ!」
「てめぇは肥やしを撒きたくねぇだけだろ」
ヒースは鼻でせせら笑った。
「デュール・グレイ! 私だけでなく、我が友まで悪しざまに言うか!」
エドアルが怒鳴った。
「決闘を申しこむ!」
「やめなさい! どうして仲良くできないの!」
「これは王族と貴族の名誉をかけた神聖な闘いなのです。デュール・グレイ! 少々腕がたつと思って見くびるな! 実戦のような卑怯な手は、使えないからな! 正々堂々となら、おまえのような野蛮人ぐらい!」
ヒースは天を仰いでため息をついた。
「なんだ、恐れをなしたか!」
「どこの世界に用心棒と闘う王子さまがいるんだよ」
「おまえなどには想像できまい!」
ヒースは頭をかいた。
「面倒くせぇんだよな。ケガさせたら、リズもリュウカも怒るしなあ」
「まだ馴れ馴れしく! 断じて許さん!」
「いいじゃない、名前ぐらい。あなたにだってリズって呼んでほしいわ」
リズの言葉に、エドアルは首を振った。
「いいえ。立場をわきまえなくては。あなたは町娘ではなく、一国の王女なのですよ、エリザ姫」
「あなたって、ほんっとつまんない人ね!」
エドアルとヴァンストンは早々に帰りたがったが、リズは畑仕事をさぼる口実にはならないと言い張った。
「名誉がお腹を満たしてくれるの?」
女性を置き去りにできないと、紳士たちは野良着のまま畑のすみで待つこととなった。
しかし、女性が肥やしを撒くさまも、紳士には我慢ならなかったらしい。
「一国の王女が、そのようなことを!」
たびたびとがめられ、リズは怒りくるった。
「じゃあ、あなたはなんにも食べないことね! 野菜は肥やしを食べて大きくなるのよ、さぞ汚いでしょう! お肉なんか、もっと汚いわよ! 肥やしで育った野菜を食べて、おまけにおしっこもうんちもするんだから! あなただって、今日からうんちするのをやめたら? あたしは毎日するわ。あたしのおなかの中は、うんちがいっぱい詰まってるの。あなた、寄りつかないでね!」
エドアルは目を白黒させた。
畑から戻ったのは昼過ぎだった。
納屋に道具を片づけ、井戸へ行くと、着替えの済んだリズが待っていた。
「泥を落としたら、これ運んでくれない?」
勝手口の前に酒樽が置かれていた。
「いいけど。なに、それ」
「お祝いのお酒よ。今届いたの」
「酒屋に中まで運んでもらえばよかったのに」
手足の泥を洗い流し、野良着の上衣を脱いで、樽に手をかけた。
甘い匂い。
イチゴか?
「ねえ、デュール」
「ん?」
「あなた、お姉さまが好きなんでしょ?」
今さら。
「前から思ってたんだけど。あなた、あのときの男の子なんじゃない? お姉さまがアルに預けた、きれいな青い眼の。髪の色も、背丈も、声も、顔もずいぶん変わったけど。そうなんでしょ?」
なんだ、気づいてたのか。
リュウカよりよっぽど賢いぜ。
「モーヴの叔父さまに言いつかって、あのときまでずっとお姉さまをお守りしていたんでしょ? つらかったでしょうね。パーヴでは、いくら好きでもいとこは結婚できないものね。でも、リュウインはちがうのよ。お姉さまだって、わかってるはずよ。もう我慢しなくていいのよ」
前言撤回。
このお姫さま、なんにもわかってねぇ。
「ところで、この樽、あんたが注文したのか?」
リズの返答を待たずに、エドアルが姿を現した。
「こんなところにいらしたのですか!」
ヒースをにらむ。
「一緒にお昼にいたしましょう。食堂へ……」
「あら、何も食べないんじゃなかったの? あなたの高貴な体から、うんちが出ても知らないわよ!」
「剣です! 殿下! 決闘用の剣です! 殿下!」
金属音を響かせながら、ヴァンストンが駆けつけた。
「お待たせいたしました! 決闘用の剣をお持ちいたしました。殿下、これであの生意気な異人を懲らしめてくださいまし」
エドアルの表情がくもった。
「あ、ああ。そんなことを、言ったか……も……なあ」
のろのろと言いよどむ。
目が泳ぎ、手がさまよった。
「殿下の太刀を思う存分、あの賤民にお浴びせください。高貴な血の偉大さを思い知らせてやるのです!」
しっかりと、エドアルの手に剣を握らせる。
「そ、そうだな。デュール・グレイ、今のうちに謝れば、許してやらないこともないぞ。私は寛大だし、改心させるのが目的だからな。今後は分をわきまえると誓え」
何言ってんだい! 舌は回ってねーし、セリフは棒読み。逃げ腰なのが見え見えだぜ。
ヴァンストンが、さやを取り、刀身をあらわにした。
「さあ、殿下、ご存分に鉄槌を!」
「あのさあ、ここで光り物ふりまわすの、やめてくんない? でないと、かあちゃんが……」
「かあちゃん!」
ヴァンストンが蔑むように笑った。
「ママがいないとなんにもできないのか? え? マザコン」
いや、マジで怖いんだって。
ヴァンストンの後ろに目をやる。
ほら。
「刃物はしまいなさい!」
真後ろから落ちた雷に、ヴァンストンは飛びあがった。
「どこの王子さまだろうと、子爵さまだろうと、うちのやり方には従ってもらいます! 今すぐしまって、手を洗って食堂に入りなさい! お昼ですよ!」
「ふん、この召使い女が。懲らしめてくれる」
ヴァンストンが腰のものを抜いた。
ヤベ。
ヒースは飛びだした。
一瞬、遅かった。
ヒースの手が届く前に、リリーの後ろから現れた手が、剣を持つ手をねじりあげた。
悲鳴があがり、剣は落ちた。
「お姉さま!」
「食堂に入りなさい」
リュウカは剣を拾いあげ、ヴァンストンの腰に収めた。
まぶたの腫れは幾分ひいているが、頬が赤い。
「エドアルも、それをしまいなさ……」
ヒースはそばに寄った。
コツン。
額を当てた。
目はうるみ、首に触れると熱い。
「まだ、熱があるな。寝てろよ。やっぱ、ゆうべ、ちゃんと布団かけてやりゃよかった……」
「姉上になにをした!」
ちらとふり返ると、小さな火山が噴煙を上げている。
「姉上のご寝所に入ったのか! デュール!」
「だったら?」
ヒースはニヤと笑ってみせた。
「無礼者! おまえなど、切り捨ててくれる!」
「へん、安っぽい騎士道か? 気合いで斬れるってんなら、いくらでも斬ってみな」
「言ったな! 覚悟しろ!」
エドアルが剣を構えて突進した。
ヒースは間近でかわし、横から蹴った。
細い剣先が折れた。
エドアルはなおも、折れた切っ先を突きだした。
「ったくよお」
左手で柄を、右手で襟首をつかみ、ヒースはエドアルの目をのぞきこんだ。茶色の眼が燃えるようだった。
「どうする? リュウカ」
「おまえが悪い」
頭に一発くらった。
ちぇっ。相変わらず手の早い女だぜ。
「焚きつけるな。穏やかに話し合いはできないのか」
「この際だから、一発殴ってやって!」
リズが憤然と言った。
「今日のアルはいばっちゃって、ホント、気分悪いったら!」
思わぬ加勢にヒースは笑った。
「じゃあ、一発……」
「やめなさい。エドアルが何をしたのだ」
「何もしないの! 畑仕事は下々の仕事だとか、肥やしをすきこむのは汚いとか、もう、文句ばっかり!」
リュウカが苦笑した。
「私、言ってやったのよ、お姉さま! 肥やしが汚いって言うなら、あなたはさぞかしきれいなんでしょう、一生うんちなんかしないでよって」
「エ、エリザ姫、下品ですよ、王女ともあろう方が……」
襟首をつかまれながらも、エドアルは声を絞りだした。
「言うだけで下品なら、するのはもっとお下劣でしょうよ! じゃあ、私はお下劣なのよ! 毎日、ちゃんとうんちをするもの! でも、あなたはうんちなんかしないんでしょ!」
「下品な言葉を連発するものでは……」
「もう、頭にきた! デュール、一発殴っちゃって!」
「じゃあ、遠慮なく」
エドアルの手をひねる。剣が地面に落ちた。すばやく蹴飛ばし、こぶしを作って後ろに引く。
そのこぶしを、リュウカの手が抑えた。熱い。
エドアルを突き放した。
「リュウカ、寝てろ。こじらせたら……」
リュウカは首をふった。
「誰でも、メシも食えばクソもする。ひとまず、メシを食おう」
…………。
そりゃ反則だろ。
エドアルもリズも目が点になっている。
当の本人は涼しい顔だ。
我にかえったリリーがヒースをにらみつけた。
「おまえの下品が伝染ったじゃないの」
濡れ衣だ。
「今夜は人を呼ぶのか?」
リュウカの目が酒樽を指した。
「馴染みの酒屋が、お祝いに寄こしたんですよ」
リリーが笑顔でうなずいた。
「これから兵隊さんや村の人を呼びに行かせます。またここもにぎやかに……」
「酒じゃねぇぜ」
ヒースはさえぎった。
「発酵してないイチゴの匂いがした」
「じゃあ、子どもでも飲めるようにじゃない? あたしも飲めるわね」
リズがご機嫌に笑う。
「届けたのは、いつもの酒屋だったか?」
「ええ、いつもの配達の人でしたよ」
気のせいか?
「でも、あの酒屋が『御方さま』の娘に麦の酒以外のものを贈るなんて、ありえねーよ」
「捨ててくれ」
リュウカは言った。
「ちい姫さま! うちのバカ息子の言うことなんて、アテになりませんよ!」
「捨ててくれ。それから、身仕度を整えてくれないか? 城にもどる」
「ちい姫さま!」
「注文してもいないものが自由に運びこめるほど、守りの網の目は粗いのか? ここではエドアルを守りきれぬ」
「酒屋の使いは特別な通行証を持っていたのですわ。検問が厳しいって申しておりましたもの。ですから、ここは安全ですわ」
「その通行証は、どこで手に入れたのだ?」
「それは……、きっと、身元が確かならもらえるのですわ。馴染みの酒屋ですもの」
リュウカは首をふった。
「半ニクルでここを発つ。昼食は道中でとる」
身を翻した。
ヒースは後を追った。
「おまえはここに残りなさい」
「またかよ」
「残ってエリザ姫を守りなさい。エドアルがここにいられるのは、あの子の婚約者だからだ。あの子がいなくなれば、理由がなくなる」
「矛盾してるぜ。ここじゃ、エドアルを守れねーんだろ。オレひとりでリズが守れると思うか?」
リュウカは苦笑した。
「そもそも、狙われてんのは、どっちなんだよ? あんたか? エドアルか?」
「わからぬ。どちらにしろ、城なら少しは安全だ。」
エドアルに限っては。
「とにかくさ、オレは行くぜ。一生、あんたのそばにいるって決めてんだ。リズだって、心配なら城に連れてけばいいじゃねぇか」
「あそこは窮屈だ。ここの暮らしに馴れた身にはかわいそうだ」
「じゃあ、あんたもかわいそうだ! せめて、オレがそばにいてやらなきゃ!」
リュウカはため息をついた。
「私といても、ロクなことは……」
「オレといりゃあ、少しはマシになるぜ」
ヒースはウィンクしてみせた。
支度には一ニクルかかった。
「あたしも行くの!」
リズが主張してきかず、大荷物をまとめたからだ。
当然、リズの教育係であるマム、サミー、リリーも荷物をまとめることとなった。
ヒースは道中食べるはずのパンをパクついていた。
畑仕事して、帰ってみりゃ昼過ぎ。もう、待てねーよ。
あいつらも腹へってんじゃねーかなあ?
中をぶらつくと、リズの部屋で三人の姿を見つけた。
「もう! どうして取れないの?」
エドアルは棚の上に手を伸ばしていた。
酷なことを。
チビに頼むことじゃないだろ。ご学友に頼めよ。
そのご学友は、鞄の上に体重をかけ、必死でふたを閉めていた。
「ほらよ」
パンを放ると、ヴァンストンは反射的に飛び退いた。
「な、なんだ?」
「差し入れ。腹へってるだろ?」
「デュール、いいとこに来たわ。あれとって。エドアルじゃダメなの」
「脚立使えよ」
「だって、持ってくるの、面倒くさいんだもん」
残りのパンをふたりに渡して、ヒースは手を伸ばした。
埃だらけだ。
「こんなガラクタ、どーすんの」
咳きこむ。
「失礼ね!」
舞いあがる埃に、リズとエドアルは顔をしかめた。
いや、エドアルのほうは、埃のせいばかりではないらしい。
にらむなって。あんたの背丈の低いのは、オレのせいじゃねぇよ。
「あっ!」
リズが声をあげた。
「あたしの! 飲んじゃダメ!」
ヴァンストンがパンを平らげ、コップの赤い液体を飲んでいる。
「後で飲もうと思って、とっといたのに!」
イヤな予感に、肌がピリリとした。
「なんだ?」
リズは舌を出して笑った。
「内緒よ? もったいないから、ちょっとだけもらってきちゃったの。さっきのイチゴジュース」
反射的に体が跳ねた。
コップを奪い、ヴァンストンを床にうつぶせにした。
「吐け! 今すぐ!」
「なにをする! この下賤……」
「死にたくなかったら吐け! そいつは毒だ! リズ! 水を持ってこい! 今すぐだ!」
ヴァンストンは疑うようにヒースの顔をうかがい、その迫力に気圧され、凍りついた。
リズは部屋を飛びだし、エドアルは蒼ざめてすわりこんだ。
「死、死にたくない……」
ヴァンストンが情けない顔をした。
「じゃあ、吐け! とにかく、すぐ吐け!」
背をさする。
ヴァンストンは口を開けた。
「ダメだ。吐けない」
ヒースは、そのノドに指を突っこんだ。
ヴァンストンの目が大きくなり、苦しげに抵抗したが、やがて、ぶよぶよした赤いものを吐きだした。
パンか。ジュースを吸いこんだな? しめた。
「くっ、苦し……」
「吐け! ぜんぶ吐け! 死ぬぞ!」
指を入れると、もう一度吐いた。
リズが水を持ってきた。
それを飲ませ、さらに吐かせる。
「様子は?」
リュウカが現れた。眉を寄せ、表情は険しい。
「コップに半分飲んだ。今吐かせてる。空きっ腹じゃなかったから、少しはマシか。まだたいした症状はない」
いろいろとつまみ食いをしていたのだろう。吐瀉物はパンを初めとする固形物の名残をとどめていた。
リュウカは手早くヴァンストンを診た。
「なんの毒かわかるか?」
「まだ。遅効性か、摂取量が少なかったか。確かな症状は見られないが」
「毒なんて入ってなかったのかも知れませんわ」
水を持って駆けつけたリリーが口を出した。
「やっぱり、あれは酒屋の好意で……」
「寝言は寝てから言ってくれ。ちくしょう、とにかく吐け」
水を飲ませ、何も出なくなるまで吐かせた。
ヴァンストンの指先は冷たくなり、力が抜けた。目は焦点を失いつつある。
「たぶん、これが効くだろう」
一度部屋にもどったリュウカが薬を持ってきた。
腕に射ち、横にして毛布でくるむ。
「さ、寒い……」
ヴァンストンが震えだした。目に涙が浮かんでいる。
「かあちゃん、湯たんぽ! 暖炉に火入れて!」
ヒースは毛布をかぶり、ヴァンストンを抱くように横になった。
「エドアル! そっち側に寝てやれ」
「え? なにを?」
「川の字に寝て、はさんであっためてやるんだよ」
「そんなこと! 私に毒が伝染ったらどうする!」
時が経つにつれ、ヴァンストンは苦しみだした。
「痛い! 寒いよう! 痛い!」
「どこが痛むんだ?」
「おなかが痛いよう! 寒いよう! 頭も痛い! 背中が寒い! 死にたくないよう!」
ホッとした。意識はしっかりしている。
「息は苦しいか? 目は見えるか?」
「苦しいよう! なんとかしろ! 死ぬ!」
かん高い悲鳴におびえて、エドアルが暖炉の前で身を縮めた。
「死、死ぬ……のか?」
エドアルのほうがよほど酸欠だった。
「心配ない。一ニクル経った。ピークを過ぎたころだろう」
リュウカが暖炉に薪をくべた。
「ママ。ママぁ」
ヴァンストンがしくしく泣きだした。
「姉上、でも、うわごとを」
「気が弱くなっているのだろう」
ベッドに寄り、リュウカはヴァンストンの髪をなでた。毛布をかけ直し、病人の肩を抱き寄せる。
あ、ちくしょう。
「睨むな」
リュウカは苦笑した。
「母が恋しい気持ちはわかる。おまえもそうだったろう?」
「いつ、オレがそんな!」
「腹を切ったとき」
「ガキの時分だろ!」
「騒ぐな。病に障る」
ヤロウ!
どさくさにまぎれて、リュウカにしがみつきやがった!
後で覚えてろ!