〜 リュウイン篇 〜

 

【五 龍の翼(二)】

 

 

 この秋いちばんの濃霧だった。ミヤシロ翁は早朝の観測を終え、離れに戻りかけていた。

「博士どの」

 押し殺したようなひそやかな声が霧の中から届いた。

「お別れに参りました」

「中にお入り」

 翁は緊張した面もちで周囲を注意深く見渡した。

「長居はいたしませぬ。すぐお暇いたします」

「いいからお入りと言うに。追っ手に遭うたなら、なおのこと」

「なぜそれを!」

 翁は離れに入った。霧の中から一対の人馬が現れ、人のほうが滑り降りて老人の後に続く。

 離れに入ると、暖気が身を包んだ。猫たちがストーブを囲んで寝転がっていた。

 リュートはフードを下ろした。濃緑色のマントに明るい栗色の髪がこぼれた。

「腹がすいたであろう」

 翁は自ら納戸に入り、干物をとった。猫たちが飛んできて、にぎやかに足下にまとわりつく。魚の大きいのを与えて、翁は猫を黙らせた。

「食べなさい」

 乾し果や干物をテーブルに置く。書きかけのノートが目についた。

「博士どの、これは?」

「うん、天気予報の方法よ。ウルサ山脈に雲がかかれば雨、といった程度の簡単なもののな。この土地では、それで充分だろう。わしも老い先短いのでな、これをヒナタどのに預けようかと」

「博士どの! まだまだお元気ではありませぬか!」

「人はいつまでも生きるものではないからの。まあ、お食べ。飲まず食わずで来たのだろう?」

 その通りだった。水のほか何も口にしないまま、三日で南下した道を二日で北上してきたのだ。

「葦毛に水と飼い葉が要るな」

「いえ。水だけは道中欠かしませんでしたし、飼い葉は……。減れば医師どのに気づかれます」

「構わぬ」

 翁は窓をそっと開け、馬に向かってささやきかけた。

「黒猫の友人や。いつもの場所で食べておいで」

 葦毛は耳を何度か振ると、すなおに霧の中に消えた。

「言いわけは何とでもしよう。ところで、これからどうするつもりかな?」

「ご迷惑をおかけするつもりはありません。このまま、どこへなりと消えます。ただ、私がここにいたことがわかると、博士どのにも、奥方どのや医師どの、ひいては三代目どのや村の方々に害が及ぶやも知れません。それが心残りで……」

「その触れ書きなら、昨日、この村にも届いた。良馬を連れた黒髪の娘を探しているとか。正誤を問わずとはあきれて物も言えぬ。ところで、良馬を連れた黒髪の娘は、世の中にどれほどいるかね? 誤認を含めて! のう、黒猫や。猫たちの妹分や。この村の誰も、そなたが国から賞金をかけられるほど大それた者とは想像もしないだろうよ。知らない街に着いたところで巻き添えを食ったのではと心配し、半ばあきらめておる。ヒナタどのは確認のため、昨日、ヒルブルークの街に遣いを出した。赤毛の大きな男をロバに乗せてな。良馬、黒髪、娘、どれ一つとっても、標的にされる恐れがあることを、よくご存じだ。誤認は数多ある。だから却って、そなたにとって都合のいい隠れ蓑になっておる。われわれのことは心配しなくともよい。それより、そなたはどこへ行くつもりだ。もう、この国には安住の地はないぞ」

 リュートはうなだれた。

「このままでは、罪のない人々が犠牲になります。この上は、名乗り出て……」

「仇を討つか? 仇の面前に出るまで命があるとは限らぬぞ」

 リュートは目を見開き、翁を見つめた。

「どうしてそれを!」

 翁は微笑んだ。

「このような恐ろしい触れ書きは、これで終しまいにはなるまいて。そなたが名乗りでた後も、延々と民を苦しめよう。あの宰相が生きている限り。はやってムダ死にしてはならぬ」

「なぜ! なぜそこまでご存じなのですか?」

 リュートは胸の辺りをこぶしで握りしめた。心を読みとられているようで苦しかった。

「わしは昔、隣国におってな。気球の話はしたな? 気象観測のために建造し、思わぬ長旅をするはめになった、あの気球よ。あれを建造するには莫大な費用が必要だった。当時パーヴはリュウインと交戦中でな、長期にわたる小競り合いで疲弊し、たかが気象観測などという役にも立たぬものに金を出そうなどという酔狂者はどこにもおらなかった。しかし、たった一人、たった一人だけ、わしの悲願に耳を傾けてくださった御方があった。わしの研究に理解を示し、熱心に建造を進めてくださった御方があった。わしは感激し、感謝の意をこめて、その御方の名を、我がすべて、我が命の気球につけた。その名はな、『黒龍の翼』号というのじゃ」

 リュートが小さな叫び声をあげた。

「黒龍の姫と呼ばれていた御方だ。現パーヴ国王の末妹にして、前パーヴ国王の末娘、伝えきく草原の国より輿入れされたという寵姫の一人娘よ。わしはな、御手に口づけを許されたこともあるのだぞ。その御方の愛娘を見まごうはずはない。そなたは母君に瓜二つよ」

 リュートは何も言わなかった。ただ黒曜の瞳がうるみ、何度も何度も瞬いた。

「わしはその後の政変で追われる身となり、ほとんど一文なしでこの地にたどりついたのだがの。さて、そなた、わしがかつて話したことを覚えておるか? 『われわれが知っている場所だけが人間の生きる土地ではない』と、確かそのようなことを言ったな。『国がなくとも、人は生きられる』とも。黒猫よ、さあ、これからどこへ行く?」

「西に」

 押し殺したような声でリュートは答えた。

「西の密林へ入り、その後南に大きく国を迂回して、東の……」

 わずかに嗚咽が漏れた。

「そう、東の隣国パーヴに入るがよい」

 老人は穏やかに後を引き取った。

「髪を染めるのはよい案じゃな。そなたが考えたのか? 母君ゆずりの美しい髪だが、目立ちすぎる。隠しておきなさい。

 南国は、気候も違えば生態も異なる。言葉すら通じぬ世界よ。何を食せばいいのかわからぬやも知れぬ。南は実り豊かだが、毒には気をつけるように。パーヴに入ってからは、北のファイアウォーの街へ行くもよし、東の小国へ抜けるもよし。言葉も様式もまったく異なる世界だ。正直言えば、そなたを一人で行かせるのは不安での」

 リュートは、泣き顔をムリに笑ってみせた。

「博士どのも、言葉の通じぬ東の外れの沿岸地帯に行かれたではありませんか。そして、ぶじに帰ってらっしゃった」

 かつて隣国の貴族だった老人は目を細め、手を伸ばしてリュートの頬に触れた。

「私は帰って参ります。必ず帰って、博士どのの跡を継ぎます。その時までどうかご健在で」

「そなたの行くところに幸いあれ。さあ、もう出発しなさい。家の者に気づかれぬうちに」

 翁は干物を袋いっぱいに詰めて持たせた。

「南下するとはいえ、これから冬がやってくる。そのなりでは凍えよう。これを持ってお行き」

 奥の部屋から分厚い外套を出してくる。黄土色の羊革で年季が入っており、羊毛がしっかりと裏打ちされていた。

「これは?」

「上空に昇るにつれ、気温は下がる。確か、そなたにそう教えたな。気球で上空にあがると、それはそれは冬のような風の冷たさよ。昔、これで暖をとったものだ」

「記念の品ではありませんか! そのようなもの、いただくわけにはまいりませぬ」

「やるのではない、返すのだ。これは、そなたの母君にいただいたもの。一介の気球乗りのためにわざわざ作ってくださったが、気球はもはや飛ばぬ。ここには、飛ぶように地を駆ける馬と翼の生えた黒猫がおるだけよ。ふむ。未知の旅に出る点では、どちらも似たようなものかも知れぬな」

 リュートの黒い眼が、再びみるみるうちにうるんだ。

 翁が扉を開けると、リュートは葦毛を呼んだ。素早く鞍の下から形見の剣を取りだす。白刃を抜き放ち、鞘を老人に差しだす。

「これを。刃は差し上げるわけにはいきませんが、飾りの石を。私には他になにも差し上げるものがないのです」

「これは……」

 老人は鞘に触れようとしなかった。

「これは、わしが持っていても分不相応のものだ。騒動の元にもなりかねん。見るのは初めてだが、これがなんだか、わしにもわかるぞ。こちらの巨大なサファイヤはパーヴを、あちらのルビーはリュウインを表しておる。かつて二つの国が一つだったことを示し、どちらの国が所持するかで、幾度も揉め事の種になった剣よ。たしか、先のパーヴ国王がそなたの祖母に賜られたのではなかったかな。そのため、パーヴの王室は王位継承権で揺れたという」

「王位など、石と同様、どうでもよいのです。この剣は刃にこそ価値があります」

 白刃は殺気を帯び、妖しく光った

 老人は目をそむけ、胸を押さえた。

「刃を納めてくれぬか。わしの心臓には耐えられぬ」

 リュートは鞘の代わりを探した。

「その鞘でよい」

 老人は差しだされた鞘を示した。

「しかし……」

「わしが持ってなんになろう? そのような由緒ある石を金に替えては足がつこうし、なにかの拍子に人目にさらしても災いを招こう。そなたが受け継いだものだ、そなたが持っていなさい。どんなに鋭い刃も、合う鞘がなくては役に立たぬよ」

 リュートは剣を鞘に納めた。

「そなたにも、鞘が要るな」

 老人はため息をついた。

「剥きだしの刃は、恐れられ、受け入れられぬ。自身、休息さえままならぬ。どこかで連れを見つけなさい。心和む、そなたに合う道連れを」

 リュートは首を振った。

「私とともにあれば、いつか災いが降りかかりましょう」

「そなた、自分の生とはなにか、知りたいのではなかったかな?」

「はい」

「答えは、そこにあるかも知れぬぞ」

 リュートは老人を長いこと見つめた。

「博士どの」

 ひざまずいた。

「どうした。わしなどに頭を下げるものではない」

「博士どの」

 リュートは強い口調で言った。

「博士どのこそ、師と呼び、生涯仰ぐ御方です」

 立ち上がり、流れるように鞍上に移る。

「そなたの行く手に幸いがあるように」

 リュートは黙ってうなずいた。白い咽が、こみあげてくるものを懸命に抑えつけ、小刻みに震えていた。

 主人が前を睨むと愛馬はたちまち駆けだし、薄らぎつつある霧の中に消えていった。

「行くがよい、かわいい黒猫よ」

 老人は一人つぶやいた。

「黒龍の娘よ」

 

 

 師の家からわずかに離れ、声の届かない距離までくると、馬の脚が緩んだ。鞍の上で主人が押し殺した声で泣いているのだった。

 しかし、長くは続かなかった。

「止まれっ、止まれいっ!」

 橋の前で黒い人影が行く手を遮っていた。

「馬から下りろ! 女ぁ!」

 リュートは一時的にせよ、情に浸ったことを恥じた。神経を張りめぐらせ、気配を探る。

 霧の中、どうやら人一人、馬一頭のようである。少なくとも、今、この瞬間だけは。

「何用か、長のご子息どの」

「決まってるだろ! 馬から下りて、正々堂々と勝負しろ!」

 人影が近づき、子どもにしては大柄な体があらわになった。声から推した通り、村長の跡継ぎ息子のトビだった。

「どうだ、びっくりしただろう! あんなお触れが出たから、きっとおまえはヤブ医者ンとこに戻ってくると思ってた…………、いいや、わかってたんだ。今朝来てみたら、飼い葉の量が減ってるじゃないか。そこで、先回りして、ここで待ってたのさ!」

 ミヤシロ家から道に出るには、必ずこの橋を渡らねばならない。待ち伏せするには絶好の場所だ。

「飼い葉の減りに、よく気づいたものだ」

「そりゃあ、昨日、ちゃんと調べといたからな!」

 昨日も来たのか。リュートは内心あきれた。

「さあ、勝負しろ! 勝ったら役人には突きださないでやる! いつもみたいに逃げるんなら、今すぐ役人に通報して、お前を狩ってやるぞ!」

 通報されるのはマズい。ミヤシロ翁に迷惑がかかる。

「そなたの相手をすれば、黙っているのか?」

「あたりまえだ! 村長の跡継ぎに二言はない!」

 信用できないな、とリュートは思った。しかし、選択の余地はない。下馬する。

「では、お相手つかまつろう。得物は何がよいか?」

 細い木刀が弧を描いて飛んできた。リュートは左手を伸ばして受け取り、右手に持ちかえた。

「行くぞ」

「ちょ、ちょっと待てっ! おまえが負けた時はどうなるか、聞かなくていいのか!」

「必要ない」

「ある! よっく聞け! おまえが負けたら、どうなると思う? 鞭で百たたき、村中を馬にひきずられて一回り、オレにひれ伏して許しを乞い、まあ、気が向いたら許してやる。そして一生、オレの奴隷となるのだー!」

 体を振るわせて笑う。

「そうか。では、行くぞ」

「まっ、待てっ! 話は終わってないぞ! 普通なら、そうなると思っただろ?」

「思わぬ。もうよいか」

「待てったら!」

 村長の跡継ぎは時間を稼いでいるのだろうか。追っ手が追いつくまでの時間を。

 リュートは無防備に後ろをふり返り、スキを見せて攻撃を誘った。

 しかし、村長の跡継ぎは踏みこまず、得々と話を続けた。

「オレはやさしいからな。なんせ、次の村長となる男だ。器が大きくて、頼れる男だ。そう思うだろ?」

「いや」

「思えったら! 強くて頼れる男のオレとしては、おまえが勝負に負けたぐらいでヒギョーの最期を遂げるのは……」

「非業か?」

「うるさいっ! おとなしく聞いてろっ! その、かわいそうだと思うわけだ。そこで、オレはミョー案を思いついた。そのミョー案というのは……」

「名案」

「黙れ、黙れ! そんなの知ってる! わざとおまえを試してやってるんだ! 感謝しろ! ……どこまで話したっけ。そうだ、そこで、おまえが人目に触れて恥をかかなくていいように、オレの屋敷の地下室に閉じこめてやる。一生な! おまえが何度も頼むなら、オレの気の向いた時に、庭に散歩に連れて行ってやってもいい。そうすると、おまえは感激して、なんでも言うことをききます、このご恩は一生忘れませんと言って、オレの前にひざまずくのだー! その馬もオレが乗ってやろう。オレがおまえのご主人さまになるんだからな、当然、おまえの馬はオレのものだ」

「口上が過ぎる」

 リュートは焦れた。

「なんだよ、人がせっかく気持ちよく説明してやってんのに。感謝しないか!」

「長口上は勝ってからにしてもらおう」

「勝負の前に説明しとくのが正々堂々ってもんだろ!」

「そなたがムダ口を叩く分だけ、追っ手は迫ってきておるのだ。相手の不利を深めて、何が正々堂々よ」

 村長の跡継ぎは口をへの字に曲げた。

「わかったよ。まず勝負しよう。だが、おまえに言われたからじゃないぞ! もうそろそろいい時分だと思ったからだ。オレに感謝しろよ!」

「では、よいか?」

「いいとも。どっからでもかかって来い!」

 村長の跡継ぎが棒を構えた。

 ふと、リュートは従弟のことを思い出した。一つ下の従弟のセージュ。パーヴの皇太后の寵愛を一身に受けた、世の中に怖い者知らずの暴れん坊。夏の離宮に遊びに行くたびに、何度もリュートに挑んではおもちゃの剣をはじき飛ばされ、悔しまぎれに捨てぜりふを吐いた。

『卑怯者! 不意打ちじゃないか! 今のはナシ! 三回勝負でやり直しだ!』

 一度ぐらい手加減しては……と周囲の者たちは進言したが、伯父も母も首を振ったものだ。

『世の中にかなわぬものがあると、しっかり教えておやり。過信は人を増長させる』

「そなたが先にかかって来い」

 リュートは言った。

「不意打ちと言われては心外だ。決着をはっきりつけよう」

「後悔するなよ、女ァ!」

 村長の跡継ぎは、木刀を大きく振りかぶった。

 スキだらけだ。つまらぬ。

 いつかのセージュを思い出す。あまりしつこいので、半分だけ本気を出したことがある。剣は折れ、セージュ王子はもんどりうって地面に仰向けになり、リュートはその頭をつま先で軽く蹴ってやった。しばらくして、王子は腹を抱えて大泣きした。あまりのことに、腹を打たれたことにも痛むことにも気づかなかったのだ。以来、セージュが二度と剣を向けることはなかった。陰で猛練習をしているというような話は聞いたが。

 伯父は大笑いした。

『よくやった! 我が息子ながら、あれの鼻っ柱の強いのにはまいっておったのでな! ついでに、一太刀二太刀よけいにくれて、そなたの子分にしてしまえばよかったのだ』

 伯母は眉をしかめ、弟王子を引き寄せた。

『エドアルや。そなたは姫に手をあげてはなりませぬよ』

 小さな王子はにこにこ笑った。

『姉上はとてもおやさしいですよ? 大好きです』

『おやおや、ここに子分が一人おったわい』

 伯父は額を打った。

 幸せに思えた日々。隣国の夏の離宮では、毒殺や闇討ちの心配がなかった。やさしい伯父や伯母がおり、遊び相手の従弟たちがいた。なにより、母がいた。何物にも代え難い、やさしく強く凛々しい母。今は亡い。龍は天に帰ってしまったのだ。仔を一人、地上に遺して。

 リュートの得物が閃いた。

 相手の木刀が天に踊った。二つに割れて地面に転がる。敗者は地に伏していた。

「勝負はあったな。約束は守ってもらう」

 木刀を放り投げた。

「腕はしばらく痛もう。馬には乗れぬな。おとなしく歩いて帰れ」

「待てっ!」

 村長の跡継ぎはよろめきながら上半身を起こした。

「勝負はついたであろう」

「行くなっ! ここにいろっ! 殺されるぞ! オレは聞いたんだ、黒髪の娘や、立派な馬を連れた騎手は、残らず殺されるって。おまえもきっと殺される! ここにいろ! オレが地下室にかくまってやる! だいじょうぶだ、家の者はオレには逆らえない。だから、誰もおまえのことを外にしゃべったりはしないぞ! オレは次の村長だ、誰もオレには逆らえない。オレは偉いんだ! 偉いんだぞ!」

 リュートの目が細くなり、瞳は鋭さを増した。

「七光りどの」

 ぞっとするほど冷ややかな声に、村長の跡継ぎ息子は凍りついた。

「長がどれほどのものよ。ましてや、親の威光を笠に着るそなたは? 己が弱者であることに感謝するがよい。でなければ、今すぐこの場で斬り捨てるものを。くれぐれも言っておく。もし約束を破り、私に会うたことを口外したなら、そなた自身もただでは済むまい。つまらぬ勝負にこだわり、大事な賞金首を逃したのだからな。命が惜しければ、その不愉快な口を慎むことだ」

 葦毛がすり寄ると、リュートはたちまち鞍上の人となった。駿馬は駆けだす。

「行くなっ! 行くなっ! おまえを守ってやれるのは、オレだけなんだぞ! 戻ってこい! おまえの主人はオレだ! オレのもんだ!」

 跡継ぎの声は、駿馬とともに白い霧の中に吸いこまれていった。 

 

 

  

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