発射台からスイカが飛びだしました。
ひゅーん。
ぐんぐん昇っていきます。青い空の中に吸いこまれていきます。おひさまに当たった側が、まぶしくキラリと光ります。
発射台を囲んだ人の輪の中に、大きな白いバイクが突っこんできました。砂煙をもうもうと上げています。
カリンちゃんは、もう夢中になって、カリンママの手をふりほどきました。観衆から抜けだして、手を振ります。
「パパ! がんばって!!」
青い制服、白いヘルメットの男の人がバイクを止めました。タイヤが十センチぐらい砂に埋もれてしまってます。長い足でバイクを支えて、腰から拳銃を引き抜きました。
ばーん。
空に赤い花が咲きました。
「たーまやー」
司会者が言うと、
「かーぎやー」
どこかのおじちゃんがこたえました。
遅れて、ばらばらと、緑や黒や赤い物体が落ちてきました。
みんな、ぐしょぐしょです。
でも、カリンちゃんは平気です。おニューの黄色いひまわり模様のビキニを着ているんですから。
ひゅーん。ひゅーん。ひゅーん。
スイカが上がりました。こんどは三つです。
カリンパパは、バイクのスタンドを立てて、砂浜に降りたっています。スイカが高く上がるのを見はからって、腰の拳銃を抜きます。
ばっ、ばっ、ばーん。
空に黄の花が三つ咲きました。
今度降ってきたのは、緑と黄の物体です。種なしスイカだったみたいです。
「カリンちゃんのパパ、かっこいいねえ」
クラスメートのヨシくんが近づいてきました。
カリンちゃんは片えくぼを作りました。
「ヨシくんのパパも、がんばってるよね!」
頭にねじり鉢巻きをした打ち上げ職人を見ました。髪の毛が短くて、立っています。ヨシくんとおんなじです。
「いいなあ、カリンちゃんのパパ、カウボーイみたいで、かっこいいね」
「拳銃持てるの、パパだけだもんね」
おまわりさんは銃刀法違反にならないのです。カリンパパは特別なんです。
「パパはたくさん練習してるんだよ。射撃場で練習してるとこ、カリンも時々見せてもらうよ。簡単に的に当たっちゃうんだから」
「オレのパパだって、練習してるぜ。夏はスイカ、冬はカボチャ、ない時はボウリングのボールまで打ち上げてるんだからな!」
「えー、ウソだあ」
「ホントだぜ。だって、今年無事にスイカ割り大会が終わったら、来年から花火大会になるっていうじゃないか。十年前に大事故があって中止になった、伝説の花火大会だぜ。火薬のいっぱい詰まった球を打ち上げるんだ。今からなんでも打ち上げられるように練習しとかなくちゃ」
「ウソだあ。火薬なんか打ち上げられるわけないよ」
「それが、できるんだな。手伝ってるうちに、オレだってスイカや爆弾の一つや二つ打ち上げられるようになったんだから。カリンちゃんはパパのマネ、できないだろう!」
ヨシくんはえらそうに胸をそらせます。カリンちゃんより体が小さいクセに生意気です。
「できるもん! カリンだって、パパの拳銃、撃てるもん!」
「ウソだあ」
「ホントだもん!」
カリンちゃんはムキになって叫びましたが、ウソです。小学三年生は拳銃なんか持っちゃいけないのです。
「ドロボー!!」
誰かが叫びました。
人の輪が崩れて、刃物を振り回した男の子が飛びだしていきます。中学生ぐらいで、大きな肩かけカバンをさげています。フタが開いて、何かが落ちました。黒い革の財布です。赤い小銭入れもあります。
カリンちゃんは追いかけました。だって、おまわりさんの娘です。血が騒ごうというものです。
男の子は、白い砂浜に足をとられながら、どんどん波打ち際に向かいます。
ぴゅーん。
カリンちゃんの隣を青い疾風がすりぬけました。カリンパパです。
「待てっ! 止まらんと撃つぞ!」
空に向かって一発。
ばーん。
男の子は止まりません。走り続け、とうとう海の中に入ってしまいました。沖には空のモーターボートが浮いています。あれで逃げるつもりにちがいありません。
「みんな、どけろーっ!」
怒鳴り声がしました。
ねじり鉢巻きのヨシくんパパが、スイカの発射台を横に倒していました。
見物客が二つに割れました。
びゅーん。
スイカがすき間を駆けぬけます。
どごーん。
男の子の頭に当たって、真っ赤な花が咲きました。
「よしっ! うまいぞっ!」
カリンパパは制服をパッパと脱いで、海水パンツ一つになりました。オレンジのハイビスカス模様があざやかです。
ずぶずぶと海にはいると、クロールであっという間に悪い人に追いつきます。
「もう。パパったら、お行儀が悪いんだから」
カリンちゃんは、脱ぎ散らかしたパパの制服を広げました。いつもカリンママがやっていることです。
「悪いヤツって、どこにでもいるよなあ」
ヨシくんが前に立っていました。
「まだ子どもなのに。怖いね」
カリンちゃんは制服をたたみはじめました。でも、うまくいきません。腰のところに重たいものがついていて、ジャマするのです。
「ホント、ホント。今時の子どもってヤツは」
ヨシくんはおおげさに両手をあげて首を振り、カリンちゃんの手元をのぞきこみました。
「あ。拳銃だ」
ヨシくんが言いました。
「カリンちゃん、それ、ホントに使えるの? さっき言ったこと、ウソじゃないよね?」
「ウソじゃないもん!」
「じゃあ、証明してみせてよ。今、スイカ打ち上げるから」
見てみると、発射台のそばには誰もいません。
みんな、カリンパパと、ちょっぴりヨシくんパパも活躍した捕り物に夢中になっているのです。
「でも……」
「ウソだったの? ウソつきはドロボーのはじまりなんだよ」
「ちがうもん! カリンはドロボーじゃないもん!」
カリンちゃんは、両手で拳銃を持って、ヨシくんについていきました。
「じゃあ、行くよ」
ヨシくんが横倒しになっていない発射台にスイカを入れました。
ぴゅーん。
スイカが青空に舞い上がります。
えーっと、最初は安全装置を外すんだっけ。
パパの練習は何度も見ているので、手順はわかります。
両手でかまえて、狙いをさだめます。
ばーん。
外れました。スイカは割れません。
ぴゅーん。
ぐんぐん落ちてきます。
狙いを下げなくちゃ。
拳銃を少し下ろします。
ばーん。
スイカは割れません。
ぴゅーん。
もっと落ちてきます。
拳銃をもっともっと下げなくちゃ。
ばーん。
やっと、赤い花が咲きました。
スイカはぐしゃぐしゃです。
地面に当たったからです。
ヨシくんの頭もぐしゃぐしゃです。
弾に当たったからです。
誰かが悲鳴をあげました。
カリンパパとヨシくんパパがおそろしい形相で走ってきます。
カリンちゃんは泣き出しました。
これだけはわかったからです。
「来年は、本物の花火が見られないよう」
ヨシくんパパが怒鳴りました。
「今時の子どもってヤツは……!」