女対女

後始末を終えた楓が信長の前に引き立てられるとそこには悔しさに歯噛みしている菊乃が待ち構えていた。
「新乃助との絡み、どちらも見事であった。さて、菊乃が昨日の仇討ちがしたいと申しておる。楓、受けるか」
信長は上機嫌に話して楓の顔を覗き込んだ。
酒で上気した顔で噛み付きそうな目で睨んでいる菊乃を目にした楓はこっくりと頷いた。
「勝負は股縄相撲じゃ。先に股縄を剥ぎ取られたほうが負けじゃ。負けた方は下の毛を剃り上げられた上、好きなように嬲らせ詫びを入れる。良いな」
「今度は負けないよ。楓」
既に股縄を締めている菊乃は闘魂を漲らせ、楓に毒づいた。楓も菊乃と新乃助の甘い身悶えを目にし、許せない気分になっていた。

既に膳も運び去られ、家臣たちが立ち上がり、二人を対決させるための土俵も出来上がっている。
国吉にかっちりと股縄を掛けられた楓は菊乃の待つ土俵に歩き出した。
一歩進むごとに官能の芯を刺激する意地悪い縄ではあったが菊乃も楓もそんなことに構ってはいられなかった。
信長が扇を打ち鳴らすと女対女の意地と誇りを掛けた戦いが開始された。
いきなり菊乃が身を沈めると楓の紐に手を伸ばしてきた。腰を引いてそれを逃れた楓ではあったがその急激な動きは楓のその部分を大きく刺激した。
「負けるもんか、負けるもんか」
楓が身動きしないのを見て、菊乃はじわじわと間合いを詰めてきた。いきなり突進してきた菊乃に楓は片足を分銅のように跳ね上げると菊乃の胸辺りにそれは直撃し大きくもんどり打ち、見守る男たちから喝采が上がった。

「ち、畜生」
阿修羅のような顔つきになった菊乃は楓の足蹴りを警戒しながら近づいてくる。
楓はじわじわと後退しながら隙を窺っていた。
繰り出した楓の足蹴りをうまく避けた菊乃はその足首を掴んで大きく打ち振った。
「あっ」
横転した楓のもう一方の足首を菊乃は足で踏み付ける。
「こうしてやる」
横転して喘ぐ楓を見下ろした菊乃は足首を捉えた手足を渾身の力を込めて大きく伸ばした。
「くう」
大きく股を開かされた楓は官能の芯を刺激され、呻き声を上げた。

何度もそれを繰り返す度に楓の体力は奪われてゆく。しかし、それは菊乃も同じであった。二人とも汗に塗れ、大きく息を付いている。
さらに大きく開こうと菊乃が力を込めた瞬間、踏み付けている足が楓の汗で滑った。
菊乃は大きく泳ぎ、そこに楓の蹴りを食らうと菊乃は布団の上に崩れ落ちた。
もう、楓も必死であった。菊乃の腰を蹴り飛ばし、うつ伏せにさせるとその喘ぐ背中に馬乗りになる。
「あっ、やめろ。離せ」
楓の手が股縄の結び目に掛かると菊乃は激しく身悶えた。楓は跳ね飛ばされてしまったが菊乃も強烈な刺激に思わず頂点を迎えてしまい、動けなくなってしまった。
再び馬乗りをしてきた楓を跳ね飛ばす気力は菊乃にはもうなかった。

悔し泣きの声を上げる菊乃から股縄を取り上げた楓がそれを誇らしそうに示すと信長は扇を大きく打ち鳴らした。
「この勝負。楓の勝ちじゃ」
新乃助に股縄を解かれ着物を身に着けた楓が信長の前に進み出ると懐剣を渡された。
「よくやった。これで菊乃の下の毛を剃り上げるのだ」
恭しく懐剣を受け取った楓が振り向くと仕置台の上に固定された菊乃はいまだに泣きじゃくっていた。

責める楓

「これで水を濡らして剃り上げてやれ」
国吉に手渡された水が入った小鉢と刷毛、それに懐剣を持って楓は大きく割り開かれた菊乃の両足の間に膝を折った。
「ち、畜生。いつかこの恨みは晴らしてやる」
楓が来た事を知って、涙に咽びながら菊乃は口を歪めて毒づいた。
「まだ、そんな事をいってるのかい。こうしてやるよ」
楓は菊乃の言葉に表情を一変させるとそそけ立つ恥毛を何本か指に絡ませ、一気に引き抜いた。
「ひーっ」
菊乃の喉から壊れた笛のような悲鳴が洩れた。菊乃を徹底的に懲らしめてやろうと楓は思っていた。そして、暗い悦びにも目覚め始めていた。
「じゃあ、水を塗るからおとなしくしているんだよ」
楓が刷毛を使い始めると菊乃はそのたまらない感触を耐えるように眉を苦しげに寄せた。

楓も幾度となく味わっているその感触を与えてやろうとわざとゆっくりと刷毛を動かしている。菊乃の太腿が耐苦に小刻みに震えている。
「さあ、終わったよ」
楓が刷毛を引き上げると菊乃は大きく息を付いて顔を横に伏せてシクシクと啜り上げて始めた。
「国吉さん。菊乃のおっぱいを揉んでやっておくれ、このままじゃ辛いだろう」
楓の指示で国吉の指が屈辱に震える菊乃の乳房をついばみ始めると一瞬、悲しげな目を開いて国吉を見た菊乃ではあったが諦めたように目を閉ざす。
菊乃の啜り泣きに甘い声が混ざり始めたのに気付いた楓は懐剣を鞘から抜き払い、菊乃の下腹に押し当てた。
「あっああ」

冷たい感触に菊乃はビクッと身体を震わせ、悔しげに歯を噛み鳴らした。
「さあ、菊乃さん。私に何をしてもらいたいんだい」
楓は嗜虐の喜びに浸りながら菊乃の太腿を叩く。
苦しげに眉を寄せて唇を噛み締めた楓ではあったが涙に咽びながら口を開かねばならなかった。
「き、菊乃の下の毛を綺麗に、そ、剃り上げておくんなさい」
口篭もりながら、屈辱の言葉を吐いた菊乃の姿に満足した楓は懐剣をその肌の上に滑らせ始めた。
真っ赤になった顔を左右に打ち振り、噛み締めた口から時折むせ返るような息を吐いた菊乃は罵りたくなる自分を必死に抑えていた。しかし、開股に縛られた太腿はその屈辱に痙攣を示すのである。
「そら出来上がったよ。可愛いじゃないか」
楓に剃り上げられた部分を撫でられると菊乃は呻き声を上げた。

さらに無残な心をけし掛けた楓は剃り上げられた亀裂の隙間から顔を覗かせている菊乃の陰核を指で弾いた。
「可愛いねるお礼が言いたいのかい」
「うっ、う」
菊乃は楓に悪戯されながら罵りの言葉も吐けない苦悩に身を揉んだ。しかし、楓に突っ掛かっていた事に対する後悔は無かった。胸の中に渦巻く怨念の心にいつかは復讐すると何度も誓うのであった。

「あっ」
菊乃は小さく悲鳴を上げた。楓がそれを抓み上げ、揺さぶり始めたのだ。
「さあ、詫びを入れるんだよ。新乃助の女房面するなんて笑わせるよ」
楓に唾まで吐き掛けられても菊乃は急所を抓まれたまま詫びの言葉を吐かねばならなかった。
「じ、自分の未熟さも顧みず。楓様に戦いを挑みましたることお詫び申し上げます。や、敗れたからには心行くまで、き、菊乃の身体を弄び下さい」
ようやっと言い終えた菊乃が号泣の声を上げると楓は喜色の笑みを浮かべて張り形を手に取った。
「よく言ったね。ご褒美を上げるよ」

信長は女同士の激しい鬩ぎ合いを目にして満足していた。こうまで完膚なきまで楓が菊乃を責めるとは信長も思っていなかった。楓の操作する張り形によって菊乃のはやるせないそして悲しいため息を吐き続けていた。

巨星、逐つ

1982年6月2日未明、織田信長は京都、本能寺で家臣明智光秀に寝首を掻かれ、四十九年の波乱の生涯を閉じた。濃姫、信忠も同道しており、出陣と言っても秀吉の開城のさいに立ち会うといった儀礼的な遠征のため僅かな手勢で本能寺に宿泊していた信長の不覚であったことには間違いない。しかし、二年前、勢津姫に頼まれた信長打倒の宿願を光秀は周到な計画のうちに成功させた。確実に歴史は動き始めていた。
しかし、時代は光秀に狂言廻しの役割を演じさせたに過ぎなかった。

五月下旬、光秀からの決意の詠を受け取った勢津姫は茜と三人の娘を連れ、すぐさま柴田勝家の居城である越前は北庄に向かった。生憎、勝家は越後国境に出陣して留守で、信長死すの報で戻ってきた勝家と勢津姫達が会えたのは6月7日の事だった。

二十年振りに目にする茜の姿も忘れるほどに勝家は信長の死に動転していた。
「市殿、えらいことになった。信長様の仇、儂が必ず討つ」
「柴田様、市はそのようなことを頼みにきたのではありませぬ。すぐ兵を挙げて明智光秀殿に御加勢くださいまし」
「なんと、謀反の張本人、明智に味方せよというのか」
あまりの唐突な勢津姫の申し出に柴田勝家は目を剥いた。一本気な性格の勝家は勢津姫の言葉の裏にある意味を汲み取れない。

「柴田様、兄が果てた後、天下を狙う秀吉と柴田様との争いは避けられませぬここは明智様と手を結んで秀吉と対抗するが得策と考えまする」
「うーむ」
考え込んでしまった勝家を翻意させるために勢津姫は茜を紹介した。
「柴田様、ここにいる茜を覚えておいででしょう。」
「あ、茜殿か」
「安土に茜の娘と男子が捕らわれて日夜言葉で言い表わせぬほど辱めにあっておりまする。秀吉がふたりを捕らえれば今より過酷な定めが待ち受けております。ここは忠義を捨て、実利をお取り下さいませ」

茜の子供が安土に捕らわれていると聞いて勝家は顔を曇らせた。しかし、光秀への加勢は勝家には決断できなかった。結局、勝家は日和見を決め込み、この事がのちに開かれる清州会議で勝家を苦しい立場に追い込むことになった。

その頃、明智光秀は安土城に無血入場を果たし、楓と新乃助も救出された。勢津姫の訴えを聞いた光秀によって坂本城に匿われていた楓の妹、桔梗も同道しており三兄弟は二年振りに顔を合わせた。

暗転

6月12日、楓達は突如、光秀の義息、明智秀満に安土城に呼び寄せられた。城の中は尼崎に寄せてきた秀吉の軍勢に備えての戦準備で大騒ぎであった。
「楓殿、猶予はならん。すぐ旅立つのだ。義父、明智光秀は秀吉を山崎で迎え討つおつもりだ、我らも城を出て加勢に駆け付けなければならん」
武者だまりで甲冑を身に着けながら秀満は無念そうに楓を見るのだった。

「秀満様。我らはも少しは腕に覚えがありまする。軍勢の隅にお加え下さい」
気丈な楓の申し出にも秀満は力無く首を振る
「お主達は越前の柴田勝家を頼るがよい。勝家の許には市姫様がいる。さあ、早く」
「秀満様」
決死の闘いに臨む秀満を前に三兄弟は掛ける言葉もなくしてしまう。
「本来なら篭城するとこだろうが安土の城は義父が手塩を掛けて造った城、燃やしてしまうには忍びない」
まな尻を上げて悲壮な決意を示した秀満に楓はようやっと涙声で一言、告げることができた。

「ご武運、お祈りしております」
「うむ、悔いのないように闘うだけよ」
楓に笑いかけた秀満の顔は何か寂しげであった。運だけではどうしようもない時の流れを秀満は既に感じ取っていたに違いなかった。

結局、明智光秀は山崎で羽柴勢に敗れ、敗走途中、土民に殺された。
秀満がその首を跳ねられた6月14日の夕刻、新乃助、楓、桔梗と菊乃、それに楓に抱かれた珍呑丸の五人は敦賀街道を北上し、越前北庄を目指していた。

不意に楓達は鍬や鎌をもった農民に取り囲まれた
「おまえたち、どこへ行く」
「怪しいものではごさいません。越前へ帰る途中にございます」
「殿様に誰一人通してはならぬといわれている。気の毒だが引き返してもらおう」
一番年長らしい背の低い男が答えた。
新乃助は進退極まりありったけの路銀を差し出した。
「どうかこれで御目溢しくださいませ、急いでおります」
差し出された路銀に男たちが垂涎のまな指しを向けたとき不意に菊乃が口を開いた。

「このものたちを殿様に差し出せば恩賞は望みのままだよ」
「菊乃」
新乃助が厳しい声を上げても、もう手遅れだった。欲に目の眩んだ農民は囲みを狭めてきた。
「菊乃殿、そ、そなたは」
「問答無用さ、私はねお前さんに言葉では言い表わせぬほどの辱めを受けたんだ。簡単に越前に逃がしゃしないよ」
必死のまなざしを向ける楓を跳ね付けた菊乃は不敵にも笑いを浮かべていた、
「路外者」

菊乃の不敵に笑う横面を張り倒した新乃助は刀を抜き放ち、身構えた。しかし、珍呑丸を抱いたままの楓は応戦することもできない。
「姉上、桔梗、この者たちは私が引き受けまする。一刻も早く越前の母上の許に」
「しかし、それでは」
不意に差し出してきた農民の鍬を払いながら新乃助は楓に笑いかけた。
「私も必ず後で参ります。さあ、早く」
新乃助の只者ではない身のこなしに農民がひるんだ隙に楓と桔梗は走り始めた。

「女が逃げるよ」
菊乃の激しい声に農民の一人が弾かれたように楓にすがろうとするのを新乃助がその背後より斬りつけた。
隙を見せた新乃助に仲間を傷付けられた農民の怒りに任せた鍬や鎌が打ち掛かる。
「あっちの女を捕まえるんだよ」
菊乃が叫んでも新乃助を叩きのめすことに集中している農民の耳には入らない。結局、新乃助は抵抗することもできぬほど叩きのめされ菊乃に捕らわれた。

越前

楓が珍呑丸を抱き締めたまま北庄にたどり着いたのは三日後の昼下がりだった、勝家はすでに軍勢を率いて尾張に向かった後で、ぼろ切れのように疲れ切った楓達を出迎えたのは懐かしい母と勢津姫であった。

「よく越前まで逃げおおせた」
無事に織田領から脱出した楓の姿に顔をほころばせた茜と勢津姫であったが楓が涙ながらに語った新乃助の消息を耳にすると悄然とせずにはいられなかった。
「悪辣な秀吉のこと、新乃助の命と引き換えにそなたたちを再び掌中に収めようとするはず、決してその手に乗ってはなりませぬ」
「しかし、母上、新乃助は私たちを救おうとして」
「こらえるのです。新乃助のためにも」
「柴田殿とわらわは既に夫婦。何の気兼ねも入らぬ、娘たちの話し相手になって欲しい」勢津姫にまで諭された楓と桔梗は哀れな新乃助を思い遣って涙を流した。そのかたわらで何も知らない珍呑丸が声を上げて笑っていた。

茜の懸念通り、秀吉は新乃助の処刑を通告してきた。楓と桔梗の事を知らぬ存ぜぬで通した勝家も苦境に立たされていた。
楓には嬉しい事もあった。楓は身篭っていたのだ。父親は新乃助に間違いなく、茜も桔梗もこの上の無い喜びであった。

北庄炎上

茜親子と勢津姫と娘たちの安寧の日々はわずか九か月で終りを告げることになる。勢津姫の懸念通り秀吉は自分の天下取りに目障りな勝家に正面切って挑んできた。
城を取り囲む圧倒的な秀吉軍の前に勝家は死を覚悟していた。落城前夜、勝家は勢津姫と茜とその子供達を天主閣に集めた。

「猿が大軍を率いて寄せて来た。今度ばかりは鬼の柴田も年貢を納めるようだ」
「殿。戦は行なってみなければ分りませぬ」
青筋立てて申し立てる勢津姫を手で制した勝家は既に無我の境地であった。
「戦にも時の運はある。しかし、ことここに至っては勝つ望みなぞあるまい。あのとき、明智光秀に加勢しておれば儂の運命も違ったものになっていたろうに」
「殿………」
悲痛な叫びを上げた勢津姫の声に茜を始め六人の女たちは涙をこらえることはできない。啜り泣きが渦巻く天主閣で勝家も涙を浮かべながら言葉を続けなければならなかった。

「お市、そなたとは夫婦とはいえ短い間柄だった。秀吉に落ちれば悪いようにせんはずだ」
「な、なりませぬ。秀吉のような無頼の輩に娘たちを預ける訳にはまいりません」
勢津姫が必死に訴えると勝家は苦笑した。
「ならば加賀の余燐寺に行くが良い。寺の住職に話はしてある」
「嫌にございます。市もあの世に連れていってくださいまし」
「しかし、それでは娘たちが不憫であろう」
「茶々はもう十五にございます。妹たちの面倒を見てくれると思います」
「母上」
長政の忘れがたみ茶々姫は勢津姫の膝に取りすがると声を上げて泣き始めた。
そして、この時、茜もある決意を胸に抱いていた。

加賀

加賀、余燐寺に逃れて、三月が過ぎていた。あの勝家も戦乱の姫君、勢津姫も既にこの世にはいない。茜も勢津姫に殉じて北庄の天主閣で四十三歳の生涯を閉じていた。
余燐寺にいるのは楓、桔梗と勢津姫の忘れ形見の茶々姫を始めとする三姉妹、それに勝家の忍のまとめ役斎藤景陣が付き添っていた。

身重の楓は余燐寺で玉のような女の子を出産した。新乃助の忘れ形見であるこの女子を楓は葵と名付けた。
斎藤景陣はいずれは越後の上杉を頼るつもりであったが秀吉側になびく可能性もあった上杉の態度に余燐寺での滞在を余儀なくされていた。

その日、産後の疲れも取れた楓は近くの農家から野菜を分けてもらい余燐寺への道を急いでいた。寺近くの雑木林に差し掛かった頃に不意に声が沸いた。
「楓様」
振り向くと木立のなかから斎藤景陣の配下の忍の者、小平太が顔を覗かせていた。
小平太の顔を余燐寺に移ってきて見るのは初めてであった。
「お久し振りにございます」
少し陰のあるこの男を楓はどうしても好きになれなかった。

「楓様。会っていただきたい方が近くに居ります。ご足労願いませんか」
「寺にこの品を届けなければなりませぬ。それからではいけないでしょうか」
両手に抱える野菜を示した楓の顔は不安に溢れていた。しかし、それを見透かしたように小平太は楓の腕からそれを奪い取った。
「手間は取らせませぬ。さあ、こちらです」
仕方なく小平太の後に従った楓を無視するかのように小平太は足早に森のなかに突き進んで行く。やがて、一軒の小屋の前で小平太は足を止めた。

「この中に居ります。どうぞお入りになってください」
「どなたなのでしょう。教えてください」
不安に駆られる表情をする楓を笑い飛ぱした小平太は今来た道に踵を返した。
「会えぱお分かりになります。私は一足先に野菜を届けて参ります」

足早に去っていった小平太を見送って楓は一人そこに取り残された。辺りを聾するる蝉の鳴声のために小屋のなかから物音は聞こえなかった。
楓は意を決したように小屋の引き戸に手を掛けた。
「ごめんくださいまし」
黴臭い匂が楓の鼻腔を刺激したが視野のなかに人影は見えなかった。
「楓でございます。どなたかいらしゃいませんか」
再びの問い掛けにも小屋のなかから反応はなかった。この小屋の主は留守をしていると楓は判断すると一歩小屋のなかに足を踏み入れた。
次の瞬間、楓の臍の辺りを戸の影から伸びてきた拳が強打し、楓は苦悶の呻きを上げながらその場に倒れ込むのであった。
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