
娘を旅立たせて六年が経ちました。
著書、私の運命の後書きに記した当時の父の気持ちを載せてみたいと思います。
【あとがきに変えて】
平成12年2月8日娘の通夜を迎えた日、祭壇の沢山の花に埋もれながら微笑む娘の顔はとても幸せそうでした。沢山の方に見送られ安らかに旅立つ事ができたことでしょう。
そして翌日の告別式を終え、火葬場に向かう車中、私の脳裏には幼い頃から今に至るまでの娘との思い出が駆けめぐっていました。そんな私の背後で棺の中で静かに眠る娘が何か語りかけているような気がし、持っていた位牌を握りしめ「いつかまた家族全員で会えるようになったらもっともっと楽しい思い出を作っていこうね」と語りかけました。
この世に生を受け19年と4ヶ月。その間に闘病という試練を神に与えられ立ち向かった娘の人生。
病に勝つことは出来なかったけれど短い人生のなかで娘が勝ち取ったものは沢山あったと思います。
『父の後書きより抜粋』
【本人が16歳の時に記した気持ち】
16歳で命というものをこんなに身近に感じなければならないなんて思いもしなかった。
今までは、今生きているという事さえ考えなかった。
聞くことも、見ることも、話すことも、食べることも、眠ることも、学ぶことも、恋することもみんな生きているからできるのに・・・
生きているのが当たり前みたいに思っていました。
でも今は生きるという事はとても大変な事なんだなとつくづく思っています。
そして生きているだけで凄い事なんだと実感しています。
私はもう決めようと思います。
骨髄移植をしようと・・・
そしてどんなに辛くても乗りこえようと思います。
必ず元気になれる事を信じて。。。
『著書、私の運命より抜粋』
お陰様で昨日(平成18年2月5日)娘の七回忌の法要を無事に終える事ができました。
六年という月日が流れたのですが、正直、もうそんなに経った?という気持ちです。
思い出せば全てが未だ昨日の事のようで。
お経を聞きながら闘病中の娘の姿がまた走馬燈のように駆けめぐりやはり涙を抑える事はできませんでした。
しかし本堂の祭壇に置かれた娘の写真はちょっと幸せそうに見えて終わった後、心が晴れ晴れとし祭壇の前でみんなで記念写真?を撮り本堂を後にしました。
『誰でも臨終を迎え、生を全うした時お釈迦様の元に帰るのです・・・』
(お坊さんが聞かせてくださった説法より抜粋)
今年もまた、多くの皆様から
温かいお気持ちを沢山頂きました事心よりお礼申し上げます。
七回忌という節目が過ぎ、家族一同新たな気持で頑張っていきたいと思っております。
本当にありがとうございました。
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