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「栄口の言うことには」(水谷×栄口・R18)
ふたりの馴れ初め話です。
1シーンから部分的に抜粋しています。




 物を食べるのに適してるとは言いがたい、ほこりっぽい空き教室。しかし、強烈な空腹感と、一緒に食べる相手への好意でいっぱいいっぱいになっている心境では、その教室も、今よりずっと幼いころに夢見て作ろうとして挫折した秘密基地の具現と言っても過言ではない、最高に魅力的な空間だ。
 窓の外の雨音にまでなんだか楽しくなる。雨雲が日光をさえぎって重々しくくすんだ空の色も湿気をいっぱいに含んだまとわりつくような空気も、憂鬱な気分を誘わない。昼間の校内、電気をつけない無人の教室の薄暗さは妙に秘密めいた雰囲気を醸していて、何の根拠もなく何か非日常的な、楽しいことが起こりそうな予感がする。
 雨のせいだけじゃなくて、ここに栄口と一緒にいるっていうのも重要な要素だよなと、気を抜けば緩みそうになる口元に困らされながら水谷は思う
 昨日の練習後に「明日の昼休み、また一緒に屋上で食おうよ」とドキドキしながら、けれど平静ぶって軽い口調で声をかけたら、「いいよ」と同じく軽い調子で、笑顔で即答された。
 朝、起き抜けに雨音に気付いたときは、もしかして中止にしようと言われるかな心配したけれど、「雨降ってんね」とベッドの中から送ったメールに、「屋上は無理だな。空き教室にしようか」と返ってきて、水谷は思わず身を跳ね起こし、クリーンヒットを決めたみたいなガッツポーズを決めた。
 そんな自分にちょっと冷静になって「喜びすぎじゃね?」とツッコミを入れてみた。そんなことしてみても、ちっとも気持ちは収まらないのに。うれしいものはうれしい。
 午前の授業中はその気持ちが態度に表れていたのか、やたらと教師から指名されたり注意を受けたりした。それでも、ワクワクした気持ちを抑えることは不可能だった。
「今日はいいもん持ってきたんだー」
 隠すように持っていたものを、並んで座った栄口の前に差し出す。驚いたように見開かれた目に、じわじわと楽しげな色が浮かぶのを、水谷はくすぐったい気持ちで見つめる。プレゼントの箱を開けた瞬間の子供みたいな、期待と好奇心いっぱいの瞳だ。
 打てば響くように感じたことが表情に出るのが栄口だ。根が素直なのだろう。変化に富むわりに、大げさな感じは全くしない。自然な反応が愛しい。水谷は楽しくなって、肩を小さく竦めて笑ってしまう。
「ぶっちゃけ音質は最悪だけどな。値段聞いたらビックリすると思うよ」
 耳元に唇を寄せて、そっと先日購入したばかりのスピーカーの金額を囁けば、栄口が派手に吹き出して笑い出す。
「マジで? それはもう音が出るだけで上等だよ、褒めてやろうよ」
「やっぱそう思うよねぇ。まっ、その金額なりの音だから、期待しないでね」
「一緒に聴けるんだからいいよ。飯食いながらじゃイヤフォンで聴くのはきついもんなぁ。気ぃ利くじゃん、水谷! ありがとな!」
 即答にうれしくなる。水谷の頬が柔らかく緩んだ。