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「 さいしょの 」本文サンプル
1シーンから部分的に抜粋しています。





「つか、水谷、ちょっとコンポのボリューム下げねぇ? 音楽聴くだけならいいけど、話したり勉強したりするにはでかい気がすんだけど」
「エッチなことするにはちょうどいい音量じゃないかなと思って」
「ちょ、おまえっ! 朝っぱらからなに一人で興奮してんの」
 振り払われかけた手をしっかりと掴まえながら、この扱いはちょっとひどくないかと水谷は胸中で嘆く。
「オレは間違ってないっ! だってオレたち恋人同士だよな? さかえぐちはっ、オレのこと好きなんじゃないの?」
「好きだよ。好きじゃなかったら告白してないし、朝っぱらから嬉々としてチャリかっとばしてきたりもしない」
 だったらなんで。
 もしこの状況、今のやり取りを他者に見せたとして、自分と栄口の関係が、栄口の告白から始まったと説明しても信じる奴は絶対いないだろうと水谷は思う。けれど、それは本当の話だ。
 そう、栄口はキスを拒むくせに、告白はしてしまうくらいに間違いなく水谷文貴を好きなのだ。たとえ今の状況が、はたから見ればどう見ても水谷が一方的に好意を寄せ、思い余って劣情を催し栄口に不埒な真似を働こうとしているようにしか見えないとしても。
 いろいろ不満に思いながらも、栄口のくれた「好きだよ」の即答と、こっちがキスしようとしてもけろっとしてるくせに自分から好きだと言うときには顔を赤らめる可愛い姿を見てしまえば、もう不満顔を保つことができない水谷も、もちろん間違いなく栄口のことが大好きだ。自分が栄口を好きすぎるのが悪いのかな、だとしても止めようがないしなと思ってしまうくらいに。
 頬を染めながら睨むように見つめてくる瞳を見つめ返せば、水谷の頬はやはり緩む。「今ごろそういうこと聞くかぁ?」と顔を背けた栄口の、けっこーヘコムよ、それ――本心から寂しそうに小声で続けられた言葉には、胸がきゅうっと締め付けられる。
 本気で疑ったんじゃないよ、ちょっと不安になるとそれが大きくなる前に確認したくなっちゃうんだよ、ごめんねという気持ちで、今また抱きしめたりキスしたりしたくなるけれど我慢。
 無理に迫って、頬に拳を貰ったこともある。痛いのは嫌だ。
 そして、好きな子に嫌な思いをさせるのはもっと嫌だ。
 歯止めがきかなくなるときっていうのはあるものだけれど。実際何度もあったけれど。
「……男同士でキスとかって、やっぱりなんか違くない? 違和感ない?」
「栄口と二人きりになるとさ、一緒にいるだけでもうれしいけど、オレはやっぱり期待しちゃうよ。電話して部屋に来てくれることになったときから、今日は絶対キスしようって気合い入れてた」
 本当はキス以上のことも現在進行形で期待しているけれど、キスに戸惑うような栄口にそれはもちろん言わない。男同士で恋人同士なんてやっぱり異常だからやめようと言われないだけマシじゃないかと、胸中で自分を慰める。
「気合いってなぁ。今までだって……したこと、ないわけじゃないだろ」
「嫌がる栄口に無理やりして殴られたのが一回と、あとはオレが頼み込んでさせていただいたって感じだろ。あんな寂しいのじゃなくて、さ……」
「水谷は不満だったんだ? そんならすんなよ」
「そういう意味じゃないもん……」
 水谷は頬を膨らませ、我ながら情けない甘ったれた口調で言い返す。気をつけなきゃ、と自分に言い聞かせながら言葉を捜す。ここで本気で食って掛かったらけんかになってしまう。栄口は思いのほか頑固だ。水谷だってけんかになっても譲れないときはもちろんあるけれど、今はそうじゃない。ちゃんと気持ちを伝えて、甘えたいだけなのだ。売り言葉に買い言葉で怒ってしまったらアウト、拗ねるまではセーフ。
「オレもね、栄口の嫌がることはしたくないし、合意じゃなきゃ意味ないと思うよ。でもオレは全部コミで栄口が好きなんだよ。オレのそういう気持ちはどうすればいいの? オレ、もう栄口じゃなきゃ欲情しねェんだぞ」
 小さく息を飲み、栄口は弾かれたように視線を戻す。元から大きな目が、さらにぱっちりと開かれていた。驚いた顔で絶句しないでほしいと水谷は思う。ここで驚かれるのは心外だ。ますます拗ねたくなる。