+++たとえば、もしも_2+++


 途中まで帰り道が同じだった阿部と別れ、一人きりになると栄口はそれまで快調に飛ばしていた自転車を止めた。
 道の端に寄って、携帯電話を取り出す。
 着信も、受信メールもなし。
 念のため、受信メールのチェックもしてみたが、結果は同じだった。
 どうしようかな。
 栄口は携帯端末をパクパクと開いたり閉じたりしながら思案する。
 こちらから連絡を取るか、ここでもう少し待つか。
 もしくは見切り発車で、いつもの場所、来た道を少々引き返したところにある公園に移動するか。
 もう一度携帯を開いて確認していると、背後から走ってきた自転車が、軽いブレーキ音を立ててすぐ横で止まった。
「おまたせー、栄口」
 息を弾ませながら、水谷は満面の笑みを向けてきた。相当なスピードで飛ばしてきたようだ。
「水谷っ! おまたせって、おまえ別に待ち合わせしてないだろ」
「あれ? もしかして、オレを待ってたんじゃなくて、誰か……」
「違う! おまえ、だけど……」
「よかったぁ! 今、一瞬ちょおっとびびった」
 びびるのはこっちだと、栄口は胸中で返す。他の誰かかと言いかけた水谷の眉がぴくりと、かなり剣呑な雰囲気で動くのが見えたから、栄口は慌てて訂正したのだ。普段お調子者の彼を怒らせるのは得策ではない。何度か、いろんな意味での「痛い目」を見ている。
 それからふと気付く。
「もしかして、水谷、もう別に機嫌悪くない?」
「あ? え? あー、しまった、ばれちゃった。ここぞとばかりに思いっきり拗ねて甘えようと思ってたのに」
 水谷はどこか芝居がかった仕草で頭を抱えた後、ひょこっと顔をあげ、口の端を横に引いてくいっと上げた相当機嫌が良さそうな笑みを浮かべる。
「まあ、いいや。最初はかなり腹立ってたけど、今さっきさ、律儀に自転車止めて、オレからの着信待ってる栄口見て、すっげーかわいいなーって、めちゃくちゃ愛しーぞーって、幸せな気持ちにさせられちゃったから」
「なんだよ、それ」
「いーの、いーの。ね、公園いこ? いつものところじゃなくて、前に栄口の家の近くにも公園あるって言ってたでしょ、今日はそっちにしよ」
「いいけど、水谷さらに遠くならね?」
「ここまで来たんだからオレはもう一緒だよ。栄口が引き返す方がもったいないって。ほら行くよー」
 上機嫌で自転車をこぎだした水谷を追いかけながら、栄口は「そっちじゃない。右、右!」と声を張り上げた。





 自転車は公園の入り口の横に止めた。
「栄口! 荷物はオレに貸しなさい」
 自転車に鍵をかけるなり水谷は得意げに手を差し伸べてそう言い放った。その言い方はなんだと思ったが、栄口は出された手にひょいっと自分のカバンを載せてやる。二人分を持つと相当重いだろうに、水谷は嬉しそうにひとまとめに持ち直して左肩に担ぎ、右腕を栄口の前に出した。
 何がしたいんだか、と思いながらも、その手を掴む。
 半端な広さの公園には常夜灯も少なくて人影も見当たらず、自分たちの姿が見られることもないとくれば、水谷の遊びに付き合うのはやぶさかではない。
「惜しいなぁ。手を繋ぐんじゃなくて腕を組んでほしいんだよ、オレは」
「腕?」
「うん。今日のいろいろに対する罰だと思って『女の子みたいに』オレの腕にしがみ付いて」
「罰ってなんだ?」
「田島ととんでもない約束するわ、西広ととんでもない単語飛ばしあうわで、オレ気が気じゃなかったよ。あと、あれだ、泉とは親密そうに話してっし、だれかれ構わずアイコンタクト、あれもかなり妬ける!」
 水谷が唇を尖らせて不満顔を作る。
 本気半分、といったところのようだ。
 栄口としてはすべて自分のせいにされるのは心外だが、水谷も一応は分かっていてわざと拗ねているようなので、大人しく乗せられておくことにする。
 こんなものは恋人同士のじゃれあいの一環。
「はいはい、こんなもん?」
 するりと腕を絡めると、水谷はうわーと声になっていない感じで漏らし、目をみはる。頬には、ぱっと見事なほどに朱が広がった。そんな反応をされると栄口も戸惑ってしまう。
 自転車を止めた場所から、公園のベンチまでの僅かな距離。
 途中まで歩いたところで、水谷は組ませていた腕を外して、今度は栄口の腰に腕を回してきた。
「こういうのはどーよ?」
「うっわ、変なとこさわんな、くすぐったいって! つか、歩きにくくね?」
「だね、さすがにちょーっときつい、かな」
「水谷が腕巻きつけすぎなんだよ。なんか不自然だぞ。密着しすぎだろ、これ」
「えー、だってしたいじゃん」
 そんなやりとりをしながらたどり着いたベンチに、二人で並んで腰を下ろした。
 すぐに水谷がぽつりと話し出す。
「ねーねー……もし、一日女になったらって話しだけど」
「え? その話はもういいよ」
「んー、でも、今の栄口ならどうなのか聞いてなかったなと思ってさ」
「あのバカみたいな話したあとじゃ余計言いにくいからいいよ。忘れて」
「でもオレは聞きたいよ」
 そう言って顔を覗きこみ、ごく近い距離から甘えた眼差しを向けて笑いかけてくる水谷は、かなり性質が悪いと栄口はいつも思う。
 そして、その眼差しを向けられると、高確率で簡単に陥落する自分も大概性質が悪い。
「……野球」栄口は少し躊躇って、結局答えた。「三橋じゃないけど、オレも野球する」
「へ? 野球? 女の身体でやんのはきつくない?」
「うん。だから、女じゃ厳しいってのを思い知って、男に戻ってから、思いっきり野球を楽しめる男に生まれてよかったーって、心底実感すんのも、悪くないかなって」
 言いながら、つまらない考えだよなぁと思う。
 ありえないのだから真剣に考えても仕方ないと思っていたつもりなのに、結構本気になってしまっている。
 水谷みたいに「女になったら、女性限定のケーキバイキングに行く」くらいのほうが、ずっと健全で夢があって面白みがあると思う。
 けれど、水谷はやや間を置いてから、「それ、いいねっ!」と感心した声を上げた。
「どこがだよ、つまんなくね?」
「ないない! 俺ら現実問題として男なわけじゃん。で、栄口は無意識にも男である自分を一番に楽しもうとしてるってことだと思うよ。オレも真似しよ。野球するよ! でさ、そんときはキャッチボールでもバッティングセンターでも、オレを誘ってね。オレのときも付き合ってね。約束だかんね」
 おまえもかと眉をひそめかけたが、頷いておく。
 だから、「そのとき」なんて絶対にこないのに、そんな約束をしても意味はないぞと言ってしまいそうになるけれど。
 三橋と同じくらいに、水谷にも「仮定の話なんだから気にするな」では通用しないと思っておいたほうがいいのだ。経験上、それを理解している。
「それから……田島と話してたアレも、絶対ダメだからね! しないって約束して」
「分かってるよ、絶対にしない」
「…………でさ、……お、オレと、しようよ」
 緊張がありありと感じ取れる声。
 一体どんな顔をして言っているのかと横を見たら、初めてキスをしたあとの顔にも似た、ものすごく赤い頬、ものすごく真剣な眼差し。頬は微妙に緩んでいるのだけれど、緩んだ形のままに強張っているみたいな、とても中途半端な表情。
 それは緊張を解そうとして失敗しているときの水谷の顔だった。
 驚いて返答に詰まってしまえば、水谷はこちらを見ずに顔を伏せ、ぽつりぽつりと言い募る。
「オレ、うまくできないかもしれないけど、っつーか、絶対下手だと思うけど、緊張しすぎて失敗だってするかもしれないけど、めちゃくちゃ大切にする自信はある。誰にも絶対負けないくれーにスッゲー好きって気持ち込めて、栄口に触れるよ」
 そんなこと分かっている。
 いまだってそうなのだから。
 この世で一番、栄口勇人を大切にし、いとおしそうに触れるのは、間違いなく水谷文貴だ。一番栄口を欲しているのも水谷だ。
 人好きする容姿に性格、その気になれば機会は得られただろうに、水谷は栄口と出会うまで誰ともつきあったことがなく、当然キスもしたことがなかった。ちょっと仲良くなって、いい感じの雰囲気になったくらいのことはあるけれど、正式に告白したりされたりして付き合ったような経験はなかった。
 キスは幼い頃にちょっと好奇心でしてしまったとか、親に愛情表現でされたとかいう経験さえない。「幼稚園通ってたくらいのころかなぁ、なんかでそんな話が出たんだろうケド、初めてのキスは将来大事な人とするためにとっておきなさいって言われたことだけ覚えてるよ」と、もう何度かキスを交わしたあと、はにかんだ笑みとともに言われて、栄口はかなりの衝撃を受けた。それから、水谷家の教育方針は、水谷の独占欲の強さとか、どこまでも一途なところとか、ときどき少々常軌を逸しかける激しい執着心に少なからず影響を及ぼしているだろうなと思った。
 もっとも水谷が向けてくる感情を心地よく思っている栄口には、それは少しも問題ではない。
「えっとな、正直オレ、冗談みたいな話を真剣に考えるのも抵抗があるんだけどさ、水谷が大真面目に考えてるみたいだから、オレも真面目に答えるよ」そう前置きして栄口は続ける。「そんな事態になったら、その間中ずーっと水谷の側にいてもいいけど、身体触られんのはちょっと躊躇うかなーって思うよ。だって、それ、オレかもしれないけど、期間限定の、言ってみりゃ知らない女の身体ってことになるだろ」
 一日限定の女の身体の方がいいと思われたら嫌だ。
 そこまでは言わないけれど、多分伝わったはずだ。
 水谷にどれだけ愛されているかなんて分かっているつもりだし、信じていないわけじゃないけれど、恋心ってなかなか割り切れないものだと栄口は思う。
 割り切れないくらい、栄口も水谷のことがすごくすごく好きなのだ。
「オレは、栄口だから、だよ! 別に『女の身体』なんてどうでもいい。だけど、栄口は興味あるんでしょ? じゃあ、その相手はオレじゃないと絶対ヤダ」
「分かってるよ。とりあえず、おまえ以外って選択肢は絶対ないから安心しろよ」
 安心も何も、そんな事態がもう絶対起こりえないんだけどなと栄口はついつい心の中で付け足してしまう。正直、かなり馬鹿馬鹿しい会話をしているとも思うのだが、それでも水谷がうれしそうに微笑むのを見るともう、まあいいかと思えてしまう。
「あんね、栄口。ずっと内緒にしとこうかなと思ったけど、今の栄口の話し聞いて、やっぱり言っときたくなったから言うね」
「ん? 何?」
「オレ、栄口が男でよかったーって思うことはあっても、女だったら良かったのにって思ったこと、一度もないんだよね」
 水谷はにっと歯を見せて笑い、ちょっと手持ち無沙汰に前髪をいじったりしながら話を続ける。気恥ずかしいのか、口調がわざとらしいくらいに舌足らずで幼い感じになっている。
「んーっとねぇー、初めて栄口の身体に触ったときあるじゃん。オレ、すげーてんぱっちゃって……でも、栄口は気持ち良さそうな反応してくれたし、ちゃんとオレの手で達ってくれたし、すげー嬉しくってさ。同じ男だから、初めてでもどこをどうしたらイイとかある程度分かるでしょ。ほんと良かったーと思って、栄口が女の子だったら、オレもっと焦って、絶対気持ちよくなんてしてあげられなかったなぁって……栄口? どした?」
 顔を伏せて、さらに片手で口元を覆い、目は頑なに水谷のいない方へと向けていると、呼びかけられ顔を覗きこまれてしまう。
 恥ずかしいなんてもんじゃない。
「おまえ、よくそういうこと言えるね」
「オレもすげー恥ずかしいって。でも、続き話していい?」
「ダメって言ったら拗ねるんだろ」
「さすが、恋人! 把握してんねぇ」ひひっと笑って、水谷は続ける。「今さ、オレたちけっこーいろいろしてっけど、まだ最後までしてないだろ?」
「……うん」
 栄口は半ば自棄になって相槌を打つ。
 手や口で、お互いの身体に触れた回数は、もう片手じゃ足りない。身体の奥を水谷の指で弄られたことも数回ある。水谷の性器を挿入する以外のことはなんでも一通り済ませていると言っても過言ではないくらいだ。機会は何度かあったが、途中で栄口が痛い痛いと喚いて中断になったり、それじゃダメだと必死に無言で痛みに耐えているときに水谷が栄口の状態を察して止めたりで、最後まで至らなかった。
「でも、栄口がもし女の子だったら、オレ絶対無理やりでもやってたと思うんだよね。無理やり犯して孕ませて、責任取りますって、すげくね? 好きな子手篭めにして既成事実作って、挙句の果てに責任とりますとか言って、一生自分のものにしちゃえるんだよ。男ってこええなぁって思ったね、それに気付いたとき。マジで絶対許されない、最低なことだと思うけどさ、でも……」
 そこで水谷の声のトーンが変わる。
 どこか間延びした口調は同じなのに、子供っぽさが抜けた。
「オレ、すぐ不安になるでしょ。だからそんな方法思いついたら、きっと実行する。自分のものにして安心したくなるんだよ。許されないことだって分かってても、栄口を自分のものにするのを優先しそうだもん。栄口が欲しい、手に入れるためならなんでもする。だから栄口を強姦魔のお嫁さんするような悲劇が起きなくてよかったなーって、栄口が男でよかったなと思うんですよー」
 茶化すように語尾を延ばし、とりわけ明るい声で閉めた水谷が、ぱっと栄口を振り返って笑いかけてくる。
 公園は暗くて視界が悪いけれど、栄口には今水谷の瞳が不安に揺れているのが分かる。たとえ目を閉じていたとしても、分かった。水谷のことなら、そのくらいはちゃんと分かっている。
 それだけの執着を向けていることが怖くないか、煩わしくないかと、栄口に問いかける目が、その返答に脅えている。
 水谷はこうやって、軽い口調で、甘えた態度で、ときにふざけながら栄口の気持ちを確かめる。
 付き合い始めたころは、もうちょっと器用に隠していたけれど、溜め込んで大変なことになったこともあるから、小出しにできるようになったのは多分いい傾向なのだ。
「水谷は、女にそんなことする奴じゃないよ。絶対しない」
 わざと軽い口調で返し、膝の上に置かれている水谷の手を取る。
 思ったとおりの冷たい手だ。
 ぎゅっと握って、体温を分け与える。
 体温だけじゃなくて、自分のものなら全部持っていけ、くれてやれないものなんて一つもない、全部おまえのものなんだと、その手に思いを込めた。
「そーかなぁ? 栄口にそう信じてもらえて喜べばいいのか、分かってないよって嘆けばいいのか迷うとこだね」
「迷うくらいなら、喜んどけよ」
「そっか、それもそだね」
 そう言って照れくさそうにまた前髪をいじる水谷からは、もう不安そうな雰囲気は感じなかった。
 浮き沈みの激しい水谷は、呆れるほどポジティブな面も持っているのだ。
 栄口は、肩を竦めてちょっとだけ笑い、その部分に気付かせてやることにする。
「おまえって、オレが女だったら最初っから出会ってないとか、そういうふうには絶対に考えないんだよな。水谷ってそういう変に前向きなトコあるよなぁ」
「え?」水谷はきょとんとして栄口を見つめ、それから拗ねたように唇を尖らせる。「何言い出すんだよ、栄口! オレと栄口が出会ってないとかそんなの考えないでよ。ダメ、絶対。栄口が女でも犬でも猫でも、離さないかんね。絶対オレと居てくんなきゃダメ。冗談でも言うなよな。オレのこれからの人生に栄口がいないとか、そんなのもうほんっとないから」
 だって野球部に入ってなかったら出会ってなくない?――と思ったけれど、本気で拗ねだしそうなので言わないでおく。
 それにしても、と栄口はこみ上げてきた笑いを堪える。
 人生とか言い出してしまう水谷って、すごい。
 どうやら水谷には、栄口が犬だったらバージョンやら、猫だったらバージョンも想像してみたことがありそうだ。いつかの機会にそれを聞かされることもあるかもしれない。
 栄口はもうどこにポイントを置いていいか分からないくらい、いろいろと楽しくなってきて、とうとう吹き出して笑ってしまう。
「さかえぐちっ! オレ、本気で言ってんだけど! 怒るよ!」
 本気で言っているところが、またすごいと栄口は感動した。
 握ったままでいた水谷の手は、今はとても暖かくなって、逆に栄口の手を温めてくるくらいになっている。
「水谷のそういうトコ、オレ大好き。めちゃくちゃ好き」
 大きく目を瞠った水谷に、不意打ちのキスを仕掛け、その後は顔も見ずにぎゅっと抱きつく。
 よほど驚いたのか一瞬にしてガチガチに硬直した体は、少しずつその強張りを解くと、そっと背中に手を回してきた。
 二人の身体の体温はどんどん上昇していく。服越しにも伝わるぬくもりでそれを感じる。
「あのさ、栄口」
「ん?」
「うれしーんだけど、ヤバイ感じ」
 水谷は腕を少し緩めて身を屈め、栄口の耳元に唇を寄せて続けた。
「栄口がエロい単語連発すんの聞いたときから、けっこーキてたんだよね」
「オレはそんなに言ってないだろ」
「言ったよー。栄口の方が多かった。オレ正確に頭の中で再生できるから、間違いないよ」
 男同士で猥談なんて、中高生にはいくらでもあることだ。
 でも自分たちの場合は、直結してしまうからそうはいかない。
 水谷にあらためて指摘されると、とてつもなく恥ずかしくなってくる。
「……栄口、マジヤバイかも。思い出したら、変な気分になってきちゃったよ」
「思い出すなよ」
「でも、全部栄口のせいだよな」
 そろそろ来るかなと一応は意識していたけれど、耳にキスをされると、分かっていてもピクリと身を跳ねさせ過剰に反応してしまう。
 水谷は構わずに、首筋にも唇を押し当ててくる。
「っ……」
 息を詰めて水谷のシャツを掴む。
 首筋に、熱くぬめる舌の感触。
「栄口って、身体もエロいよね。すっげーいやらしーの」
「身体も、ってなんだよ。も、って」
 じゃれるような軽い口調のくせに、水谷の声は欲望を滲ませて低く掠れているのが艶かしかった。そして、そんな口調とは裏腹に、水谷の腕は余裕なく栄口を強く抱きしめてくる。
 練習でくたくたになっていたのに、まだしばらく帰れそうにないなと栄口は頭の片隅で思う。体力もかなり消費しそうだ。全力で甘えてくる水谷を受け止めるのは、それこそ、自分も男でよかったと思わされるくらいに体力の消耗を強いられる。
 嫌じゃないけど疲れると愚痴って、心底嬉しそうに「栄口は敏感で、感じすぎちゃうからじゃね?」と返されたのは、つい先日のこと。
 思い出していると、首筋を吸われて、素直に甘く吐息を零してしまう。
 水谷の腕の力が一際強まった。
「好きだよ」
 首筋に、吐息と一緒に零された言葉。
 明日も早朝から部活だ。
 今日はもう帰りたいのかと自問して、その答えを頭に思い浮かべるより先に。
 栄口は水谷をしっかりと抱きしめ返していた。