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エレベータの階数表示を見上げていたツナは、見回して中には防犯カメラの類が見当たらないのを確認して、小声で獄寺に話しかけた。
「獄寺君、そういえば……さっき、このマンションのこといろいろ教えてくれてたとき、完全にいつもの口調だったよね」
「え? あっ……ヤベ、スイマセン……そういや、口調だけじゃなくて、十代目って言っちまってました。……住人に見られてたらヤバイっスよね」
「オレもここまできたら大丈夫かなって、気抜いてた。獄寺君って言っちゃってたかも。獄寺君はオレよりずっと大変なんだよね、呼び方だけじゃないし」
「いえっ! ぜんぜん余裕っスよ! 十代目の兄役、完璧にこなしてみせます! 誰とも交代する気、ないっスから。十代目はオレが守ります!」
「いや、今……そういう話は、あんまり……」
「綱吉! 綱吉のことは兄ちゃんが守ってやっからな」
ニカッと笑って、親指を立てる。しかしその頬は少々引きつっているし、声にだって無理をしているのがはっきりと表れていた。
あんまり無理しない方がいいよ、と言いかけたとき、エレベータが小さく揺れて止まる。ドアが開くと、その向こうには住人らしい中年女性が立っていた。
ツナは慌てて頭を下げ、獄寺の手を引いて降りる。女性はいぶかしむように首を傾げたが、すぐに気にならなくなったのか、軽く会釈してツナたちと入れ違いにエレベータに乗り込んだ。
「あ、危なかったね」
「これは、完全に部屋に入るまでは、常に誰かに見られてると思って行動した方がよさそうですね」
「うん。すぐに切り替えられるほど器用じゃないし、徹底した方がいいかも」
先が思いやられる。ツナは深くため息をついてから、気持ちを切り替えて獄寺を見上げる。
「えっと、じゃあ……お兄ちゃん、オレたちの部屋って、どっち?」
もう今さらなのに、獄寺は初めて兄と呼ばれたみたいな顔で息を飲む。それからツナをじっと見つめて、ぱっと顔を背けた。
「あー……こっちだ」
ぶっきらぼうな口調でぼそりとつぶやくと、獄寺はツナがつかんだままでいた手を引いて誘導する。その手を思わず見つめ、ツナは躓きそうになりながら獄寺についていく。
獄寺のこと言えないな、とツナは思う。つないだ手を引かれて、ドキリとした。
実際の兄弟は、自分たちくらいの年頃なら多分手なんてつながない気がする。のろのろしている弟の手をつかんで急かすように引っ張るくらいのことは普通かもしれないけれど、その後は多分すぐに離すはずだ。兄の方が無意識につかんだままだとしても、弟の方が分かったから、ちゃんとついていくから、もう離してくれと解くだろう。そう、二人ならどちらかが気づいて離すのが、多分、普通。
そう思いながらもツナは、しっかりと手を握り締めてしまう。お兄ちゃんに手を引いてもらわないと迷子になってしまう幼い子供みたいに。
獄寺が振り返ってツナを見た。ツナはそれに照れ笑いで答える。獄寺はちょっと困ったような、けれど嫌がっている様子ではない顔つきで、ツナの手をさらに引き寄せると、また顔を背けた。それは甘えん坊の弟に懐かれて戸惑っている、照れ屋で不器用な兄という設定での演技なのだとしたらかなりうまい、十分に合格点の態度だったが、そのままでしっかりツナの指の間に指をもぐりこませてくるから、一気に兄弟の範疇から外れてしまう。
ツナは照れくさくて、気恥ずかしくて、もう笑うしかないみたいな心境で頬を緩ませた。
「ここだ」
廊下を突き当りまで歩いて、獄寺が足を止める。ツナは頷き、示されたドアを無言で見上げた。
この部屋で、しばらく二人で生活するのだ。