「ハヤトちゃん、遠慮しなくていいんだから、しっかり食べてね」
「……は、はい」
 見なれない子供をつれて帰ったツナを見てツナの母親、奈々はまたリボーンの友達が増えたのかと適当にそこそこ都合よい感じに判断してくれた。子供への対応はイーピンやランボへのそれと変わらない。名前はハヤトだと教えたところで、当然といえば当然だが『ハヤト=獄寺隼人』だとは認識されなかった。
 普段と大差ない夕食時の食卓の風景。
「あっ、もしかして苦手な食べ物とかあったかしら?」
「そっ、そっ、そっ、そんなことありません! とってもおいしいです。おかあさまのりょうりはいつもスゲーうまいっス」
 いつも?と首を傾げる奈々に自分の失言に気付いたらしい子供は、あえて取り繕わずに流してしまおうとしているのか、食べ物を口に運ぶ。
 ツナは自分の隣に座る子供、ハヤト=獄寺隼人のそんな様子に頬が緩みそうになるのを必死に堪える。
 とてもとても可愛い子供が、可愛らしく箸を握ってしきりに小さな口に食べ物を運ぶ姿は小動物じみていて、それが獄寺隼人なのだと分かっていても、やっぱりとてもとても可愛く思えるのだからたまらない。
 本人がとっても気にしているらしいことは十分に伝わってくるから、ツナもなるべく態度に出さないように気をつけてはいるのだ。けれど気をつけているという事実が伝わってしまうからか、困惑を映した視線が向けられてしまえば、その目つきまでもが幼い顔立ちでは愛らしく見えるから困ってしまう。困って考えるけれど結局なす術はないからツナは半分開き直って笑いかけてしまうのだが、そうすると今度は目元を赤く染めて俯かれてしまった。
 これがきっと普段の、いわゆるノーマルの姿であればツナはうわーとか、あちゃーとか、何かこうちょっといたたまれないような気持ちになったりするところだろう。けれど、自分も子供だがそれ以上に幼く愛らしく絵に描いたようなまさに子供の見本といえるような、とてもとてもとびっきりに可愛い子供が箸先を唇に当てながら照れたように気恥ずかしそうに俯く姿には、全くもって本当にもう一体どうすればいいのかと考えさせられる。
 かわいい。もうそれ以外の言葉が出てこないくらい可愛い。マジ可愛いわ、数年前の獄寺隼人はこんなに可愛かったのかとツナはその愛らしさを心から認めた。もう中身が同い年の少年であることも、年下の少年を可愛いと思ってしまう自分の感性も、ちっとも気にならなかった。
 もっともチビ獄寺を可愛いと思う気持ちに欠片も邪なものが混ざらないからこその話である。
 ツナのそれは純粋に猫かわいがりしたい系の可愛さだった。こんな弟がいたらいいのになと思う反面、一人っ子であるからこそ得られる恩恵も自覚してないわけではないから、本当にいたらいろいろ面倒なんだろうなと思う程度には冷静でもあった。
 食卓にはツナと獄寺、そして奈々の三人。今日は久々に母子二人きりの食事の予定になるはずだったようだが、予想外の珍客を向かえいれることになったというわけだ。珍客の多い沢田家にも、これ以上に珍しい客は早々訪れないだろうと思いながら、あらためて隣の子供をみれば小さな手に握られた子供用の箸が目につく。
 ツナより年下の子供など居ないはずの沢田家には何故か子供用の食器、小さな茶碗や短い箸、小さなスプーン、フォーク類が数組揃えられている。何故かってそれを使うくらい幼い子供が、当たり前のように入りびたり一緒に食事をすることが多いからなのだが。
 今までそれを見てもうちの親も付き合いがいいな、用意がいいな程度にしか思わなかったが、それを使っている隣に座る子供の姿には、中身が獄寺だと思うからだが、ちょっと凄いものがあった。
 沢田家に遊びに来た獄寺が夕食を食べて帰ることは少なくなかったが、そのときに使うのは当然大人用の食器である。最初の数回は来客用の箸で、そのうち獄寺用箸が用意されるようになった。獄寺はそれにまさに小躍り状態で喜んだし、喜ぶというかもう悦に入ってしまっている状態の獄寺を見て、奈々も嬉しそうだった。その情景はまだ記憶に新しい。
 ところが今日の獄寺隼人の前に出された箸は子供用の物で。
 ツナはその獄寺の落胆振りを思い出して、ずっと堪えていた笑いをつい漏らしてしまう
 目ざとく気付いてしまったらしい獄寺は――それは獄寺が獄寺であるがゆえに、そう、今は子供のなりでも中身はツナの溜息一つでベンチから転げ落ちてしまう男であるがゆえに、ツナの仕草や態度には気付いて当たり前だと言えなくもないが――上目遣いに控えめながら笑われるのは不満だとその目に込めて拗ねたように見つめてくる。その仕草の愛らしさにツナはもう本格的にどうしようかなどと考えながら、けれどどこか今の獄寺の姿には擬似的なものだが年上の余裕みたいなものを感じてしまうからやっぱり微笑みかけて。
「隼人、どうかした?」
 見開かれる瞳、淡く朱に染まる頬。次いで俯いてしまうチビ獄寺。
「な、なんでもないです」
 不謹慎だが楽しいと、面白いとツナは思った。
 隼人。
 その呼び方は既に打ち合わせ済みのものではあったが、やはり名前を呼び捨てにしたからこの反応なのだろうと思えば、くりかえし隼人と呼んでみたくなってしまう。それを実行したらイジメになるのだろうかと、かなり真剣にツナは考えた。試してみたい。反応を見てみたい。困って困って、どうしていいか分からなくなって困り果てているチビ獄寺の姿は、思い描いてみただけでもかなりイイ感じだから実行してみたい誘惑に駆られてしまう。けれど、やっぱりイジメになるのだろう。今の段階でもうすでに獄寺隼人は激しく動揺しているのだから。
 獄寺は俯いたまま食事を続けようとして、自分の皿の上のプチトマトに箸を伸ばす。けれど、もとから箸ではつまみにくいそれを、子供の体に慣れないせいもあるだろうし、さらに動揺も加わったぎこちない動きだから、結局箸先で弄ぶように転がすばかりになっていた。その状況そのものにもまた焦りが募って行くのが見ているツナには分かる。
 皿の上を転がり続けるプチトマト。
 ツナは不意に思いつき、とくに考えもせずに実行に移した。
 何気ない気持ちだった。
 本当に他意はなかったのだけれど。
「隼人」
 躊躇うように顔を上げる獄寺。名前を呼んだだけなのにまた一段と赤くなる頬は、ツナと目が合うとさらに紅潮した。
 そんなあからさまな反応は微笑ましくて、つい笑ってしまいそうになるのだがツナはそれを堪えながら、自分の箸で獄寺の皿からプチトマトを拾い上げて獄寺の口に押し付けてやった。
「えっ? じゅ……、うわっ」
 十代目、といつもの呼び方で呼ぼうとして失言に気付き言葉を飲み込んだ唇に強引にプチトマトを突っ込んで口から箸だけを引き抜けば、ねこじゃらしを鼻先で振られた猫のように獄寺の目はツナの箸先を食い入るように見つめて追いかける。
 もしかしてまずかったのかなと、いまさらだがツナは思った。
 反応はとてもとても分かりやすかった。聡い質ではないツナにも獄寺が何を考えているのかはうんざりするほどよく分かってしまう。やっぱり獄寺隼人は獄寺隼人なのだと、ツナはあらためて思う。
 幼い姿に幻影が重なって、自分と同い年の獄寺隼人が見える気がした。
 ツナの行動に獄寺が椅子から転げ落ちることはなかったけれど。
 小さな手から、箸が落ちた。


*****


 ツナが説明役にと呼び出した大人ランボは、やっぱりというかなんというか適任者ではなかった。
 とどのつまり結論から言ってしまえば役に立たなかったのである。
 自分の人選ミスに軽く落ち込んだツナだったが、ならばほかに適任者がいるかといえば、十年バズーカのことで話を聞ける相手などほかにいるはずもなかった。だが、それに気付いたところで落ち込む理由が、自分の人選センスなさの代わりに不幸な境遇になっただけだった。
 リボーンに聞いた方が早かったか、とツナはちょっとだけ考えた。実際それを真っ先に考えなかったわけではない。けれど、何度考え直しても引っ掻き回されて、自分が一番被害を被るところまで正確に思い描けてしまうから、頭に作ったリストに加えかけたその名前はすっきりきっぱりデリートした。
「やれやれ、厄介なことになりましたね。おそらく十年バズーカの発動にスモーキン・ボムのダイナマイトの爆発が作用してこんなことが起きたんでしょう」
 大人ランボの現在にとどまれる時間を気にかけつつ手短に事態を説明した後、返されたのはそんな答えだった。いかにももっともらしく語られたところで、正直聞かされた方にとってはどれも今さらな言葉である。
「誤作動もある程度は仕方ないんですよ。もともと使用するなって言われてる不安定な道具なんですから」
「全部憶測なのかよー。そのくらいのことならオレでも予測できるって! もっとほかになんかないの?」
 つい落胆の色を隠さずに声に滲ませてしまえば、ランボが少し慌てたように付け足した。
「えっとですねっ、ほかに……ほかに、となると……そうだ! 永久的に作用する道具ではないので、ある程度の時間が経過すれば効果が切れますよ」
「ある程度……」
 ある程度とはどのくらいなのかと問いかけようとするツナの声に被せるように、ランボの言葉が続く。
「ええ、多分……そのはず、です」
「多分!?」
 あまりにも衝撃的な出来事に見まわれたせいかツナとランボの会話には加わらず、延々と自分の小さく短い手足ばかりを何度も確認するように見ていた獄寺はいきなりランボに食ってかかっていった。
「こんの、アホ牛がぁーっ! なんとかしやがれ! こんなからだじゃ十代目をまもれねーだろうが! 抗争になったときどうしろってんだ! ふざけんな、あるていど? たぶん? いいか、いますぐなんとかしろ」
 気持ちは分かるが獄寺君もふざけてるんじゃないかな、もしかして結構余裕なんじゃないかな、とか正直ツナは思ってしまった。この身を大切に想ってくれているのは分かるがこの日本で抗争に巻き込まれるような事態に陥ってたまるか、と。
「若き……、いや、幼きスモーキン・ボム、落ち着いてください。命に別状は……」
 うわっ、この人言い直しちゃったよとツナが胸中でツッコミを入れたのと、獄寺がさらなる罵声を浴びせかけるのはほぼ同時だった。獄寺のプライドがいたく傷つけられたのだろうというのは想像に容易い。相手が普段格下扱いにしているランボだから、その効果にも絶大なものがあるのだ。
「てめぇー、このやくたたず!」
 獄寺がランボの胸倉を掴む。
 ――掴もうとする。
 いつもこんなタイミングなのだ。今日もそれは変わらない。
 ところが今は背伸びして手を伸ばし、いっそジャンプしなければ届かないという状態で。
 ランボも普段の習性からか身を庇うように腕を伸ばしたりなんかするから。
 それは、ちょっと凄い光景を生み出した。







 


長くなりすぎたのでページを分けました。 変なとこで区切ってます、すみません。
1ファイルあたりの文章の長さ、もっと長くてもいいとか、短い方がいいとかありましたらよろしければ指摘してやってください。