歴史とは何か

多くの国で歴史が国威の発揚に使われ、日本では例外的に国威の劣化に使われているが、いずれにしても政府公認の歴史観があり、それは各国で異なっている。

日本でも政府公認の歴史観が教科書に記述され、それには多くの嘘が含まれている。多数の者がそれを承知しているが、真の歴史が分からなければ批判は出来ない。

その傾向は近現代史にも濃厚に含まれているが、古代史に至っては歴史事実の骨格さえも失われ、史実とは異なる捏造史が記載されている。

20世紀には所与の道具を駆使しても、真の歴史は分からなかったが、21世紀に色々な道具立てが生れ、それを駆使した歴史の考察が可能になると、真の歴史は古代史に限らず、教科書に記されたものとは全く違う事が分かった。

 

21世紀に生まれた遺伝子変異の分類は、石器時代の人々の食料獲得活動が、経済原則に従っていた事を示している。発掘によって得られた歴史的な遺伝子分布の断片と、詳細に分類された現代人の遺伝子分布から、穀物の栽培史を論理的に再現する事が可能になったからだ。

石器時代の人々は穀物の安定生産を重視し、その栽培技術が母から娘に伝達されたので、特定穀物種の栽培と特定ミトコンドリア遺伝子が連動し、その様な女性達が情報ネットワークを形成し、生産性が高い穀物栽培を実現した事を示している。気候と地理的な環境の歴史的な変遷を再現すると、その過程を詳細に追跡する事ができる。

尾瀬の花粉から古気候を解明する糸口を、地理学者の坂口豊氏が発見したので、過去の海水準の変動を援用し、国土地理院の地図を活用して地形の変遷を読み取ると、それが可能になる。

 

歴史の解析は世界中で行われているが、大陸には極めて複雑な民族史があり、古代人の活動歴を追跡する事は難しい。しかし日本列島は四囲を海で囲まれた閉鎖環境で、海洋民族が必要に応じ、優良な穀物の栽培技術者だった女性達を選択的に招聘したので、女性達の渡航歴を追跡する事ができる。

日本列島に特定の穀物栽培が定着すると、同種の穀物栽培を新規に取り込む必要はなくなり、後続の女性達は渡来しなかったので、実験室内で科学法則が検証される様に、複数の栽培者群の活動歴を法則化し、女性達を招いた海洋民族の活動歴や、彼女達の大陸での故郷を推測する事ができる。

 

歴史事象には科学実験の様な再現手段はないから、歴史を論理的に扱う為には、科学とは別の手段が必要になり、工学的な手法がそれに適している。

科学は自然界の法則を明らかにするが、工学は自然界に存在しない物品を創造する知識体系であり、文明は自然界を人工的に変造する創造的な行為だから、両者の親和性が高い事もその理由ではあるが、工学では製品や製造工程で発生する多彩な現象を、科学的に説明できるか否かに関わらず、論理化して数値化する必要があり、その為に高度化した種々の手法があるからだ。

遺伝子分布の歴史的な変遷を追跡する数値解析は、製品の市場不良の発生原因を突き止め、製品品質を高める工学的な手法の転用が可能であり、石器時代の人々の経済原則に則った活動は、市場価値を見極めて新商品を企画する、マーケティング理論の転用が可能になる。いずれも平易な数学しか用いず、結果をグラフ化する事を常態とするから、文系の人にとっても難解な理論ではない。

画期的な歴史事象は一度しか発生しなかったが、それは装置の故障や不適切な原材料の使用によって発生する、突発的な不良発生に類似しているから、その原因を究明する手法も高度化され、確度が高い推測が得られている。

 

これらの手法により、石器時代の人々の活動歴を明らかにし、それを金属器時代の人々の活動に敷衍すると、史書と呼ばれる書籍にも色々ある事が分かり、事実を後世に遺す為に記された史書と、人々騙す為に創作された捏造史書の分別が可能になり、前者は金属器時代の人々の想定活動と良好に一致するから、その時代の歴史をより鮮明にしてくれる。

それらの解明の結果として、古事記の神話が他の手段によって明らかになった歴史と対応し、暗喩的に説話化されている事が判明する。それによって考古遺物や、他の史書で明らかにできない歴史も明らかになり、石器時代に続く金属器時代の歴史も、経済原則に従って展開した事が判明する。従ってこの事実が、歴史を論理的に解明する工学的な手法の、正当性を判断する重要な根拠になる。

 

但しこの手法には限界がある事も、事前に申告して置く必要がある。歴史の流れを論理化する為には、最終的な流れの帰結を、比較的良く分かっている時代まで繋げる事により、事実認識の正当性を検証する必要があり、場合によっては、近世までの流れの検証が必要な事項もある。但し全ての事象にそれが要求されるわけではなく、事実を伝承している史書に繋げる事により、検証可能な場合も多い。

この限界事情を、石器時代に遡って説明すると、歴史的に繰り返された気候の寒暖変化に応じ、北上したり南下したりした人々の移動の中で、最後に北上してその文化を後世に伝えた人々の歴史は、論理的に追跡できるが、1サイクル以上前に北上した人々の活動は、痕跡があっても追跡する事は難しい。

具体的に言えば、ヤンガードリアス期以降の歴史は把握できるが、それ以前に北上し、ヤンガードリアス期の厳寒と豪雨に晒された人々の痕跡は、豪雨によって消滅しただけではなく、ヤンガードリアス期以降に北上した人々の活動歴に塗り替えられ、彼らが辿った運命を明らかにする事は難しい。

歴史を工学的に論理化すると、大きな成果が得られる事が判明したが、それを人々に、実感として事実認定して貰う事は容易ではない。

 

論理化した歴史を直感的に理解できない事情は、天動説が支配していた世界に、地動説が紹介された際の事情と類似している。

地動説を否定した宗教者が、天動説は絶対に正しいと思っていたのではなく、地動説を認める事による社会不安の発生を恐れたからだと推測され、今普及している政府公認の歴史認識に慣れた人々に、論理的に解明された歴史が提案されると、その認知に葛藤が生れる状況と類似している。

「地面が動いているのであって太陽は静止している」と突然言われても、中世の人々は実感として理解できず、認知に混乱が生れたかもしれないが、現在は正しい認識に至っている。現代科学には人々を納得させる知的な蓄積があり、それが人々の安全性を担保しながら、地動説が正しいと説得したからだ。

 

現代の歴史観は地動説の段階にあり、真の歴史が暴露されると人々が動揺し、社会が混乱に陥る危惧があると考える人は、歴史学者より為政者に多いのかもしれない。しかし人々が現代の便利な社会に辿り着く為には、科学を認知する必要があったのだから、真の歴史に向き合う事も、社会の一層の安定化に必要であると認識する必要がある。

真の歴史には敗者も勝者もなく、現代の地球上の人々の祖先には、いずれかの時代に輝いた時期があり、それ故に現代に子孫を遺しているのだから、真の歴史を邪悪なものであると見做す必要はない。

祖先が営々と築いてきた民族文化が、現在も各民族の秩序を維持しているのだから、妄りにそれを否定する必要はなく、正しい歴史認識は、各民族の今後の発展方向を示すだろう。

同じ民族であっても、人々の秩序認識は時代によって異なり、理性的だった時代もあれば暴力的になった時代もあった。それらの多くの変化は、歴史的な必然によって生まれたから、歴史の必然性を裁く必要はなく、殊更それを強調する事は、現代社会や未来社会の安寧を阻害する害悪にしかならない。

暴力的になった民族が、歴史の必然に従って新しい段階に進む過程で、外部との抗争とは比較にならない多くの流血を、民族内で経験した事例は数多くあるが、その過程を経る事により、人類全体の文明の進化に貢献した事例もあり、歴史の流れは総合的に判断する必要があるからだ。

 

このHPの目標は、歴史の骨格を論理的に明らかにする事であり、全ての歴史がこの様に扱われるべきであると、主張するものではない。工学の世界では、先人が築いた論理体系を理解しても、それを深める事に大きな意味はない場合が多く、それを活用して新しい分野を切り開く事に、重要な意味がある事例が大半を占めるからだ。

 

遺伝子変異の分類には誤解も多いので、以下に簡単に説明する。

遺伝子索には機能しない部位が各所にあり、その変異は自然界での淘汰に影響しないので、長い歴史時代に経時的に発生した多数の変異を分類し、各グルーブにアルファベットの名称が付与されている。歴史を論理的に解析する際に有用な遺伝子は、母から娘に100%のコピーが伝承されるミトコンドリア遺伝子と、父から息子に100%のコピーが伝承されるY遺伝子で、両者の分類をそれぞれ別個に解析すると、女性の歴史的な挙動と、男性の歴史的な挙動を独立事象として扱う事が可能になり、石器時代には既に、両者が一体的な民族を構成していたのではない事が判る。

ミトコンドリア遺伝子とY遺伝子の分類には共に、アルファベットと数字を交互に組み合わせた分類記号が使われ、全く別物である両者の分類に同じ記号が付与されている現状がある。それを区分する記号体系は標準化されていないので、このHPでは、ミトコンドリア遺伝子の分類にmt-の接頭文字を付加し、mt-D4の様に記し、Y遺伝子の分類にY-の接頭文字を付加し、Y-D2の様に記した。

Y遺伝子の系統樹は、細分類が毎年改定され、既存分類の一部は毎年名称が変更されている。その最新版に追従し続けると、変更作業が煩雑になるだけではなく、過去に蓄積された記述やデータとの比較が困難になる。

狩猟や漁労が最も重要な生業だった旧石器時代には、Y遺伝子の分類によって活動歴が明らかになる時期や民族もあったが、新石器時代には穀物栽培が重視され、有用な栽培種を持った女性を中心に民族集団が形成されたから、単一のミトコンドリア遺伝子を共有する民族内で、Y遺伝子の変異が混在する事情が生れた。

女性達が完成した穀物種の多くが、現在も栽培されている一方で、男性達の生業だった狩猟や漁労の文化は、金属器時代に断絶し、その文化系譜を解明できないだけではなく、最終的には男性達が穀物栽培者になったので、Y遺伝子の変異を詳細に分類しても使い道がない。従ってこのHPでは、適切な解析環境を確保する為に、Y遺伝子の分類名のサブフィックスは、2013年版の分類名に準拠している。