・・・おじゅっさんの話・・・

31 July, 2000



数年前、大阪で祖母の17回忌をした。

ずいぶん前のことだが、お盆も近いし、御霊がこの世に帰ってくる時期だから、時節柄タイミングがよい話しなので思い出しながら書いてみる。

長年、実家の法事のときに来てもらっていたおじゅっさん(住職)が、高齢のため亡くなったので、わたしの知らない<おじゅっさんがやってきた。中年、白髪頭で、ちょっと変わった雰囲気の、余り坊主らしくない感じの人だった。

近親者のみのこじんまりした法事の席、まず仏壇の前に座っておきまりの読経が始まった。阿弥陀経を唱え終わると、おじゅっさんはわれわれ遺族のほうに向き直って話し始めた。普通は、ここでお茶を飲みながら、故人の思い出話をしたり、世間話をしてお開きになる。

しかし新らしいおじゅっさんは、故人を知らないので思い出話はできないし、世間話をしてもおもしろくもないから臨死体験の話しをしたいと言い出した。出席者はちょっと驚いたが、興味のない話しを延々と聞かされるよりはおもしろそうだと膝を乗り出して神妙に聞き始めた。

以下は、おじゅっさんの話し。

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一般に知られている臨死体験には、四つの現象がある。もちろん、死にかけた人が生き返った後に話す体験談であるが・・・

ひとつは「トンネル現象」といって、死んだ(と思っている)人は、気がつくと暗いトンネルの中にいる。そしてはるかかなたに光が見える。光のあるところが天国とか極楽という場所だということが多い。死者はその光に向かって進んでいく。

次は「霊体遊離現象」。魂が肉体を抜け出す。そして天井から自分の肉体を見たり、普通は絶対に見えないものが見えたりする。例えば、自分の肉体が手術されている様子を詳細に説明することができる。

三つ目は、「パノラマ現象」。絶壁から海へ落ちていくようなほんの数秒間の短い時間に、思い出の数々が走馬灯のように頭の中を横切る。一生を始めから終わりまで思い出す体験をする。

最後は「お迎え現象」。死者予備軍は仏のお使いに出会い、まだ来世には行けないから、戻るようにといわれる。そろそろ潮時だと言われて、行ってしまった人の話は聞けないから、その後のことはわからないが・・・

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これまでばらばらに聞いたり、雑誌で興味本位に読んだりした話をまとめてもらって、みんななるほどと納得。ここまでは、坊主の話しとしてなんの違和感もなく、聞き耳を立てていた。よく聞く話ではあるが、神秘的で超自然的で、なんとなく死ぬことに希望が持てるような気がするではないか。科学的に説明できないから、よけいにもっと聞きたいような、怖いもの見たさのような・・・

ところが、このおじゅっさんは、これらの現象はすべて科学的に説明できるのだという。ホログラム、干渉、量子論などという物理学の言葉をいろいろ説明して、果てはアインシュタインや聞いたことのない学者の名前まで出てくる。まるで大学で物理学の講義を受けているようで、そっち方面の素養のない出席者たちはこの辺でギブアップだ。

しかし門外漢のわかる範囲で理解したことは、この世の中のすべての物体は量子のレベルで緊密な相関関係がある。そしてこの理論によると、宇宙には、われわれが感じることはできないが、多数の球体が存在している。他の世界では、同じわれわれ(!?)が別の条件で暮らしているかもしれない。なんだかSFの世界そのままではないか!

そして、ある特殊な条件下で、この別世界のなにかを感じることのできる人がいる。その特殊な条件の一つが臨死というわけなのだ。信じがたい気はするが、来世はかならず存在するし、一見奇妙なスプーン曲げや千里眼もちゃんと説明がつくのだそうだ。

あっけに取られて夢のような気分の出席者を煙に巻いて、おじゅっさんは帰っていった。

母にあの人はなんなの? と聞くと、前のおじゅっさんは息子がいなくて、あの人は一人娘の婿だという。サラリーマンだった娘婿は、舅であるおじゅっさんの後を継ぐためにぼんさん(お坊さん)の学校に行って勉強したのだそうだ。中年になってからサラリーマンをやめて、こともあろうに寺の住職になるなんて、相当覚悟のいることだろう。

最初の頃はお経をあげるのもぎごちなく頼りなくて、あまりありがたみがなかったが、最近では一人前のおじゅっさんになった、とは母の言だ。 うっかり聞くのを忘れたが、あんなに専門的に話してくれたからには、なにか物理畑の仕事をしていたのか、よほどその方面に興味があるのかどちらかだろうと思われる。

でも、仏壇の前でお経をあげた後、いきなり物理学の話しを聞くなんて経験は、まずこれが最初で最後だろうと感慨深い。本当はもっと他の話も聞きたいのだが、両親も関西の家を引き払ってきたからもうチャンスはない。残念な気がする。

お盆が近づき、あのおじゅっさんはいまごろ、あちこちの家の法事やお参りにいっては、またおもしろい話をしているのだろうか? 信仰がらみで霊魂のことや、神仏のご利益、奇蹟などといわれても、すぐには信じがたいが、量子論や宇宙物理学で責められては一たまりもない・・・

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暑さ厳しい夏の盛りに、異次元の世界からお客様を迎えたり、背中合わせにあるという裏の世界を垣間見たりするのも、涼しさを呼ぶ一芸かもしれないなぁと、暑さでボケ気味の頭で夢見ている。

死ぬということは、もしかしたらこの次元から別の次元へ移るだけで、向こうの世界ではまた別の人生が待っているのだろうか? そのとき、この世での記憶があるというのが、生まれ変わりということなのか?

  それとも、少しずつ時間のずれた世界が無数に隣接していて、どこかに入り口があるのだろうか? その間を自由に移動するというのが、いわゆるタイムトラベルなのか・・・死んだ人はどこかの世界に滑り込んでまた生き直すのか? エネルギー不変の法則が生きているなら、今ある自分の持つエネルギーは消えてしまうことはないのだから、輪廻という理論は正しく成り立つのだろうか・・・

考え出したら眠れなくなりそう・・・これは秋の夜長に残しておこう!

せめて、若くしてなくなった親友が訪ねてきてくれたらいいのになぁ・・・


か





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