・・・ショートSF 「別天地」・・・

23 June, 2000



抜けるような青い空の真ん中に、オレンジ色の太陽が絵のように美しく 輝き、ところどころに綿菓子のような雲が軽やかに浮かんでいる。

眼下には、青緑色の海がのんびりとうねり、波は規則正しいリズムを 刻みながら、ひたひたと寄せては返し、白い砂浜に不規則な曲線を描く。
海岸通りの駐車ロットには数台の車が止まっている。飛ぶように走って いく車も数台見える。

夏の強い日差しの午後、人は建物の中で涼んでいるか、エアコンの効いた乗り物で移動しているのだろう。町中は午睡の真っ最中のようだ。 ひとまず海岸のポートに降りて、久し振りに歩いていくことにしよう。 長時間の飛行で足がなまっている。少し動かして血の巡りをよくしなくては・・・

どこかから声がする。
「水を補給して下さい。」
誰かタンクを空にしたのだろう。この暑い中水がないとたまらないぞ。
ウォータークーラーのタンクか、製氷機のタンクか。
またどこかから、声がする。
「受話器が外れています。」
子供が駆け抜けた拍子にぶつかったのか。

今度は別の音が・・・
「ピー、ピー、ピー、・・・・」
家電製品のエラー警告音のようだが、なんだろう。

人工合金のサイディングがまぶしい、中流程度の住宅の中から聞こえてくる。
これだけの家なら、中の音は漏れないはずだし、セキュリティは万全で 複数のエラーが出るとすぐに対応するはずなのだが。

ここは最近開発されたウォータースフィアで、最新技術を駆使した、ヴァーチャル衛星とでもいうのか。それ自体一つの宇宙空間のようなもので、このなかですべて自給自足できるように設計されている。
小さい単位にして維持管理を容易にし、人口の増加に対応して 増産できるものだ。

友人の家は海岸の近くで、あまり家が建て込んでないエリアにある。最新設備がついているから、久しぶりに旧友と共に、さぞ快適な休日をすごせるだろう。
海岸から内陸に向かって、適度な傾斜を付けてデザインされているから、どの家からも海を眺めることができる。スクリーンではなくて、実際の 目で見えるんだから、こんな贅沢はしがない庶民には望めない。
ただ、スクリーンなら見たい風景を選べるという利点はあるが・・
汐の香りのするさわやかな風も吹いてくる。
ちょっと温度調節を考えたほうがいいが・・・

もうすぐのはずだ。あの家の隣が目指す友人の家だ。
また何か声が聞こえる。
「電源を入れ・・・、電源を入れ・・・、電・・、入れ・・・、ください・・・」
何だかいやに古いマシンを使っている家だ。
そもそも何の電源が入っていないというのだ。
電気製品の電源を切るなんて考えられない。そもそも電源なんてどこで切るんだ。
おまけにまたあの、ピー、ピーも聞こえる。
誰か早く何とかしろよ。

ここはチューブがないから自分で歩いて来たが、外を歩くなんて 何年ぶりだろう。ここにも、もうすぐチューブができるから、そうなれば ボタンさえ押せば座ったまま、望みの所へ行けてしまう。
歩いて汗をかくなんて経験はそうできるものではないが、今日の天気では、チューブの方がありがたい。

早く友人の家で、スペースアイスでもいただきたいものだ。

やっとたどりついた。
オートドアが開いたが、誰も出てこない。ドアの前に立った時点で、 たずねて来たことはわかっているはずなのだが。
見つめただけで自動的に認識されるのだから、泥棒なんて物は過去の遺物だ。
いつもなら、「おじさ〜ん、いらっしゃ〜い!」と飛んできてくれる、かわいい末っ子はどうしたんだろう。

エアカーテンを抜けてリビングに入る。誰もいない。
ここでも、あの声が聞こえる。
「受話器がはずれています。受話器が・・・」
ピー、ピー、ピー、・・・
「セキュリティが解除されています。」
「ドアが開いています。」
「ピッ、ピッ、ピッ、・・・
・・・・・・
ありとあらゆる警報が聞こえる。
どこにも人影は見えないのに、どうなっているんだ。
出迎えもしないなんて、何かあったのか。

突然、すーっと辺りが暗くなった。通常なら、明暗に反応してつくはずの照明もつかない。カーテンの揺れる窓際へ走っていってみると、外はいきなり夜になってしまったようだ。
今のいままで天空に浮かんでいた太陽はどこへ行ってしまったのか。 光の残像があっという間に消えて、真っ暗だ。

シュー、という音がどこからか聞こえる。
息苦しくなって来た。一体なんなんだ、これは。
おーい、皆どこへ行ったんだ。
どこかでかすかに警報がボー、ボー、となっている。
その音も段々遠のいていく。
おっと、なにかにぶつかって倒れた。
手で探ると、ロボットペットの犬みたいだ・・・

喉が張りついてきて、息ができない。

一瞬、目の前がぱっと白くなり、霧のようなものが見えたような 気がしたが、また暗黒・・・
だんだん頭がぼんやりして・・・

・・・・・・・・・・・

「やっともどったぞ。」
モニターを見ながら、スタッフが叫んだ。
「また一人犠牲者が増えたようだ。」
「しかし、情報を流すわけにはいかないから、しかたないんだ。 バグがどこにあるか必死に捜しているんだから。
市民に知れたら、パニックになってそれこそどんな犠牲が 出るかわからないからな。」

「ウィルスが動き出すきっかけがわからないと、またシャットダウンするぞ。」
「そうなんだが。他のエリアの方が人口が多いんだから仕方ないんだ。 人口の多い方を優先しないとな。こっちのウィルス感染を防ぐだけで、 手いっぱいなんだ。
ウォータースフィアは完成したといっても、まだ最終検査は済んでいないのに、準備ができていないうちに、売り出してしまうなんて気が知れないよ。
入居予定はまだ三月も先なのに、どんどん越して来るんだから・・・」
「それにしてもひどいよな。いきなりシャットダウンして、太陽は消える。 空気もぬけちまう。生身の体は蒸発しちまうなんて!」
「気密は完璧だから、窓さえ開けていなければ、なんてことはないんだ。」
「しかし、ここは海あり、潮風ありってのが売り物なんだから、外の空気を吸いたくて引っ越してくる輩も多いんだぞ・・・」
「俺の知ったこちゃねえよ、お偉方に言ってくれ・・・」

・・・・・・・・・・・・

ウォータースフィアの空は抜けるように青く、白い雲が流れている。
街は、何事もなかったようにまたきらきらと輝いている。
戻らないのは生身の人間だけだ。
合成砂に打ち寄せるヴァーチャル・ウェイブが、のどかな風景の中で静かなリズムを奏でている。






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