・箱根神社  はこねじんじゃ、箱根権現


箱根神社 住所:神奈川県足柄下郡箱根町元箱根。
祭神:
瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、木花咲耶姫命。 本殿:平入、流朱塗権現、南向。
千木:外削(4) 。 神紋:三ツ割菊

場所:小田急箱根湯本駅,又はJR三島駅よりバス。pk有、箱根町の公衆トイレが隣接。

由緒:
古くより駒が岳では主峰・神山を神体山と崇める山岳信仰が行われていた。現社地は奈良時代・天平宝字1(757)万巻上人が神託により3神を箱根山(神山・駒が岳)より奉斎し1社を創建したことに始る。
奈良平安時代に本地垂迹思想の影響のもと箱根山固有の権現信仰が成立した。

治承4(1180)年8月、石橋山の合戦直後、箱根権現別当・行実は頼朝主従を援助、のち伊豆山権現と共に二所権現と呼ばれ、鎌倉初代頼朝から6代・宗尊親王まで将軍家恒例行事として続けられた。以来関東武将の崇敬篤く、北条早雲・氏綱、徳川家康などの寄進がみえる。

箱根神社元宮:駒が岳山頂にある。
摂社:駒形神社、高根神社。
末社:九頭竜神社、日吉神社、第六天神社、来宮神社、曾我神社(曾我兄弟)、箱根七福神社。

祭事:湖水祭(7/30,箱根権現御手洗の池・芦ノ湖の主・九頭竜明神に特殊神饌(3升3合3勺の赤飯)を献供する。例祭(8/1)。
箱根鳥居,芦ノ湖 箱根
<和漢三才図会、抜粋>
*(伊豆国)箱根権現、「上り4里、下り4里」、200石、別当東福寺「金剛院」、祭神彦火火出見尊、駒形権現、白和竜王「左鶏王・右鶏王」、客人まろうど、の宮。
考謙「天平宝字年中(757ー765)草創。開基は満月上人。什物の那珂に悉難(しちなん)の揃毛(そそけ)「これはなにかよくわからない」、友切丸の太刀「長さ2尺5寸、宗近作無名」、曾我の十番切りの長閑の太刀「長さ3尺、無銘」。。
山奥に地獄、塞の河原がある。元明天皇和銅7(714)はじめてこの山路を開いた。関がある、今天下第一の関所となっている。



箱根大鳥居
芦ノ湖の湖上にある箱根神社大鳥居(両部鳥居)。新しい九頭竜神社を含め箱根神社の朱色は落着いてなかなかしっとりした赤。

箱根参道 箱根参道
湖上の鳥居から三鳥居まで石段の参道が一直線に続く。

曾我神社
曾我神社:仇討で名高い兄・十郎祐成と弟・五郎時致の曾我兄弟を祀る。弟五郎が筥王の名で権現の稚児として居た。
この社の裏に散策路があり小路に沿って箱根七福神の社がある。

境内
石段を登り3鳥居をくぐると平地に出る、鍵型に置かれた石畳があり直線で続く参道から社殿はずらしてある。

絵馬堂
 本殿向って右手、西暦2000に建てられた九頭竜神社の門前にある。朱が新しいせいか九頭竜を含め華やか。


九頭竜神社 <九頭龍神社> 本殿瑞籬東に接する
祭神:九頭龍大神、例大祭4/29、湖水祭7/31。
九頭竜神社は湖水祭に因み平成庚辰(2000)に芦ノ湖畔の本宮から分霊を奉遷した。 湖水祭は天平宝字1(757)萬巻上人が調伏、湖の主・龍神として鎮斎されたのに始る。湖水祭は箱根神社の例祭の前日宵宮祭として行われる。
神前に御供・神酒を献じ祝詞を奏し神楽を舞い、御供を唐櫃に納め行列を整え湖畔に向う。岸辺で三艘の小船に乗換え漕ぎ出す。湖上の大鳥居前からは宮司が唯一人一艘のみが湖心に向い一社伝来の特殊神事を行う。(境内掲示)
御供は3升3合3勺の赤飯、3*3=9か。他にも九頭竜への御供に3合の舂(つ)かない生米など「3」がみえるが。。「九」は九夷か。。

 箱根神門三割菊

 花山65のとき皇子豊覚王が15代座主職に着任、この時から三割菊の神紋を使うという。(神職お話)


 箱根芦ノ湖

 箱根神社の南西・箱根峠あたりからの景色。箱根神社は赤い あたり。
赤い丸の手前に小さく見える船は湖水遊覧の海賊船。
神社縁起に萬巻上人が和銅7(714)はじめてこの山路を開いたとある。北の足柄道が富士の噴火・地震で通れなくなり箱根が官道(官荷路)になるのは延暦21年で百年ほど後になる。(日本紀略)